詩に多種多様なキャラクターを宿して──視点を意識したPredawnの新作
シンガーソングライター清水美和子のソロプロジェクト、Predawn。バンド・サウンドを軸としつつ、ヒーリング的な要素を持つ純度の高い音をパッケージした全編英語詞の新作『The Gaze』がリリースされた。タイトルの日本語訳は、「まなざし」。その名の通り、自分以外の誰か、もしくはなにかの“まなざし”を歌詞に宿した多角的な作品である。事象や人間、自然など、様々なものを哲学的に読み解き、現世への新しい入口へと招き入れる。そんな力を持つ、ユニークで奥深い彼女の世界観に近づくため、歌詞を中心としたインタビューを実施。Predawnというミュージシャンの哲学の輪郭が一段と鮮明になる本作について話をきいた。また新作音源のハイレゾ版をOTOTOYでは独占配信中。新作をぜひ高音質で。
ハイレゾ独占配信中!!
INTERVIEW : Predawn
Predawnの『The Gaze』。音源が素晴らしいだけでなく、英語詞に込められた歌詞の世界に思いっきり浸ってみてほしい。このインタビューでは、そのヒントをいっぱい話してもらった(それでも少ないかも...)。空想のような、謎解きのような、別世界のような...とにかく知れば知るほど100倍楽しい! 勢い余って取材中にamazonで「詞の世界を深めたい新作にしたい」と彼女が思うきっかけとなった本『哲学者は詩人でありうるか?』をポチってしまいました。まだ読めてないけど...(笑)。
インタヴュー : 飯田仁一郎
文 : 梶野有希
写真 : 山川哲矢
自分ではない色々なキャラクターの視点から書いた曲が多くなっています
──アルバム発売おめでとうございます。前作『Calyx』は全曲日本語詞で、今作は全編英語詞なんですね。
前作は日本語でまとめたいという意図が元々あって。今回は全編英語詞のアルバムになっていますけど、今作もふんわりと構想はあったんですよ。こういうアルバムを作りたいなっていう。
──どういう構想?
ちゃんとアルバム作品として聴いてもらえるような1枚にしたいなって。構想段階で、“New Life”、“The Bell”、”Ocean Is Another Name for Grief”はできていたので、それを軸に今作は12曲作ることも決めていました。特色豊かだけどまとまって聴けるような作品にしたいし、いままでよりも“重ため”の1枚にしようと考えていました。
──歌詞と音像、どちらも重たいものにしたかった?
そうですね。そもそも重たい音楽が好きですし。あと今作は「みんなに聴いてもらいたい」というより、「届く人に届くように」という想いもあって。テーマや歌詞の内容に関しても、音像にしても重たくなるのは避けられないなと。
──歌詞の内容も重たい方が好きなんですね。
歌詞を書きながら、「(歌詞に限らず)そもそも詩ってなんだろう」ということをずっと考えていて。その上で歌詞を書いていきたいと思うようになりました。やっぱり普通のポップスでは取り上げないテーマに取り組むことが自分の仕事なのかもしれないという気持ちが結果的に内容も音像も重たくさせたのかなと思いますね。
──なるほど。詞の世界を深めたかったのはなぜ?
大学の時に哲学を専攻していたんですけど、その分野の研究や勉強に私は向いていなくて。だから自分は感覚的な人間なんだなと思いつつ、卒業後も哲学に関する本はちょいちょい読んでいたんです。その中でモーリス・メルロ=ポンティの『哲学者は詩人でありうるか? 』という本入門書のタイトルに興味を惹かれたんです。難しいんですけど、彼の本のなかには詩的な表現を感じるところがあって。ちゃんと理解できたのかわからないですが、自分はミュージシャンとして詩にもう少しフォーカスできるかなという想いが芽生えてきたんです。それで詩ってなんだろうというのを考えたり、詩集を読んだりして、今回は書き進めていきました。
──それによって、自身や詞の世界は前作と比べてどう変わりました?
前作まではその曲に出てくるキャラクターが自分自身、もしくは同世代とか同性みたいな自分に近い存在の目線から書いているものが多かったんです。でも今作は、目線を変えて、自分ではない色々なキャラクターの視点から書いた曲が多くなっています。
──「色々な視点で歌詞を書く」という点で、いちばん軸にした曲は?
“Fictions”だと思います。この曲で歌っていることって、自分も含め多くの人が感じていることだと思うんです。切羽詰まった時や緊張状態にある時、関係性が危うくなった時とかに、わざと自虐っぽいことをしたり、自嘲したりする人って結構多いと思っていて。そういう意味で「ピエロ」という言葉を用いているんですけど。
──この曲の着想はどこからきたんでしょう。
大統領選挙とかコロナ禍での生活もそうですし、日々生活するなかで意見の対立が目立つことってあると思うんですけど、そういうのってみんな「未来はもっとよくなる」って思いながら議論しているわけですよね。でもどこかで限界がくると思うんです。議論をしていくなかで、それをどこかで思い知ってしまう気がするんですよ。そういうことを考えながら作った曲です。…だいぶ冷めた目線ですね(笑)。
──(笑)。コロナ禍の影響を強く受けた曲はありますか?
“Willow Tree”ですかね。もともと「Willow Tree(柳の木)」というタイトルと、「If I had planted a willow tree」という部分のメロディーはできていたんですけど、コロナ禍にヒントをもらって仕上げました。ニュースをみて色々な人がいるなぁと思いながら書いたんです。なんで柳の木なのか、うまく説明できないんですけど…。でも昔から好きで。よくお化けが出るとか言われていますけど、私は上と下が逆になってしまうような魔力をいつも感じるんです。最終的にはこの曲はちょっと悪い男が主人公の、やんちゃな感じの曲になったんですけど。
──なるほど。いま言っていた「ニュースを見て色々な人がいると思った」というのは、今作が様々なキャラクターの視点から描かれていることにもつながってくると思います。それが顕著な曲はありますか?
“New Life”かな。5年くらい前にできた曲なんですけど、これはモブのことについて書いていて。その当時「モブってなんだろう」ということをよく考えていたんです。ゲームとか映画の雑魚キャラに対する感情移入がすごくて。(主人公よりも)モブキャラをすごく見ちゃう時期だったんですよ。実態としての命はないけど、「この人たちにもうちょっといい人生があるといいな」と思いながら書いた曲です。だからいちばん最初の歌詞「新しい人生」は、ゲームのライフのことでもあったりとか。
──その発想、すごいなぁ。
この“New Life”の続きみたいなイメージで書いたのが、“Star Child”で。だいぶ前の映画なんですけど、『Shape of water』という作品があって。海洋生物と耳の聞こえない女の人が恋をするお話なんですけど、あの世界観がすごく好きなんです。湿っているんだけど、ギラギラしていて。古びていて、悲しい感じ。でもすごい綺麗なんですよね。それを表現したくて。あと2曲目“Paper Bird”は、ふたつの視点から書いたので比較的イメージしやすいかと。
──というと?
“Paper Bird”は、「夢のなかの自分」と「現実にいる自分」が交互に出てくるんです。この両者ってすごく影響しあっているじゃないですか。現実の自分が見聞きしたことは夢に出てきたり、夢の中にいる自分が処理した出来事が次の日の現実の自分に返ってきたり。「あれ、これ夢でみた気がする」みたいな。そういう風に影響しあっている関係性を書きたいと思って。1曲のなかで主体となるキャラクターが入れ替わっているので、よく聴くとその立ち位置によってちょっとだけ軸がズレるようにしています。