空想から現実へ、現実から空想へ──哀楽をラップする“ダーク・トロピカル”な2人組、OGGYWEST
孤立した時間が増えた今年。家から出れなくてもネットを使えばなんでもできるのだろうが、実際の自分は代わり映えが無いまま…。そんな静かな無力感に気付かせるラップ・デュオを見つけてインタヴューを申し込みました。その2人の名はOGGYWEST。地道にEP、LPのリリースを重ねながら初のアルバム『OGGY & THE VOIDOIDZ』を夏にリリースしましたが、彼らはライヴを行わず、ネットを主にした活動でもありません。西荻で制作しつつも鎖国のような活動を行ってきた彼らは、一貫して自粛生活のように薄暗くてジトっとしたトラップが特徴的です。しかしシリアスにはならず、むしろ笑いすら誘うような音楽を作る彼らは一体どんなアーティストなのか。この場を作ってくれたVOLOJZA氏にも参加してもらってのインタヴューです。「ネットで色々な情報を得ているから、少しは広い世界を見れているはず」そう無意識に思っていた自分は、後半に大きな気付きを得た回となりました。
8月にリリースした最新作『OGGY & THE VOIDOIDZ』
INTERVIEW : OGGYWEST
インタヴュー&文 : 斎井直史
今回の僕らのテーマは虚無
──Inter FMの『100byRadio』に出演されてのインタヴュー、聴きました。2人は町田と日立で地元が違うだけでなく、知り合ってからすぐにOGGYWESTができたのではなかったようですね。
ヤング・キュン : 出会ったのは2013年ぐらい?
88Lexuz : 僕は昔、バンドを組んでたんです。そのバンドのメンバーがヤング・キュンの中学の同級生で、俺が西荻に引っ越す時に「音楽好きな友達が西荻に住んでる」ってヤング・キュンを紹介してくれました。
──当時はどんな音楽をやっていたんですか?
88Lexuz : バンドは大学卒業の時に解散しちゃって、その後鬱々としたニート生活を送りながら、パラダイス・ガラージとか前野健太が好きで弾き語りを宅録してたんです。だけど、あんま才能ないなって感じ始めて(笑)。他に1人でできる音楽ってなんだろうと思ってビートメイクを始めるんですけど、寂しく作ってるのも嫌なんでラップを乗せたくなるんですよ。それでビート・テープをヤング・キュンに持ってって、「ラップしない?」って言った感じだと思います。それが2015年かな。
ヤング・キュン : そう、それで今のスタイルになったのは2018年の『OGGY SEASON』からですね。
88Lexuz : それまで一緒に50、60曲くらい作ったんですけど、結局ほぼ出さなかったよね。僕も当時はまだヒップホップに詳しくなかったり、ビートもほぼサンプリングで作っていて。
ヤング・キュン : でもLexuzが新しいことやろうっていつも言ってくれていて、それでトラップのスタイルを試すことになって。ずっと好きで見てたSampling Loveさんのブログに取り上げてもらって、それが対外的に初めて認知されたタイミングだったんじゃないかな。
──全然関係ないんですけどヤング・キュンってなんでそんな可愛い名前なんですか?
ヤング・キュン : 前は「午前四時」って名乗ってた時もあったんですけど、たまたまよく行くファミマにあった成人雑誌に「ヤング・キュン」っていうのがあって、トラップってヤング・〇〇とか多いし、ヤング・キュンだなと思って。
88Lexuz : しかもそれが廃刊号でしたね。
──うわほんとだ! 検索したら、確かにありますね(笑)。
ヤング・キュン : そうなんですよ。一応そこから。88Lexuzはレクサスに乗れるくらいっていうね。
88Lexuz : いや、グッチ・メインとかラッパーはラグジュアリーな名前をつけるから、俺もつけたいなと思ってレクサスにしました。あと、88ってつけがちじゃないですか。あれは808なのかもしれませんけど僕が88年生まれだから、そんな感じです。理由は全て後付けです。
──なるほど。〈レクサスやっぱカッコいいねぇ…〉っていう変わったタグが僕は大好きです(笑)。制作環境はどんな感じなんですか?
88Lexuz : MPD32とキーボード、あんま使わないタンテとギターがあって、Logicを使ってます。
──宅録のころからずっとその環境なんですか?
88Lexuz : いや全然。『OGGY SEASON』(2018)と『関東.EP』(2019)の半ばまではガレージバンドとMPC500で、ちゃんとミックスをやり始めたのはLogicを買ってからですね。
──話は変わりますが、OGGYWESTのアルバムジャケは印象に残るものが多いのですが、なにか意図はあるんですか?
88Lexuz : 意図はなくて僕の趣味ですね(笑)。ダーク・トロピカル、みたいなのがすごい好きなんですよね。
──ダーク・トロピカル! 確かにOGGYWESTは一貫してそうですね! でも今作『OGGY&THE VOIDOIDZ』のジャケは、よく見ると背後に巨大な影が映っていたり、なにか狙いがあるんじゃないですか?
88Lexuz : 僕が、上から来るなにかを見上げる構図と、ロゴがキラキラ光ってるというのは考えてて。海と後ろの謎の影は、ヤング・キュンがデビルマンの最後のシーンで天使軍団が迫ってくるシーンみたいにしたい、と言いだして。
ヤング・キュン : そうなんですよ、デビルマンの最後のシーンって、海みたいなところで禍々しい神々みたいなのがいっぱ来る嫌な夢のような感じで終わるんですけど、今回色々なひとに参加してもらったので、後ろにいるのがVOIDOIDZっていう感じで。
──ところで、VOIDOIDZって何ですか?
88Lexuz : 今回の僕らのテーマは虚無なんですが、虚無は英語で“VOID”で、リチャード・ヘル&ザ・ヴォイドイズっていうパンク・バンドを思い出して。今作は客演も多く呼びたかったので、バック・バンドではないけどやっぱりVOIDOIDZが僕の中で出てきちゃって。
現実の重力みたいなものから逃れようとして、逃れられない感じ
──2人ともいままでどんな音楽を聴いていたんですか?
ヤング・キュン : 僕は日本語ラップリスナーでした。いま31なんですけど、やっぱ中学の時にRIP SLYMEとかKICK THE CAN CREWから聴いて、日本だとニトロやギドラ、アメリカだどエミネムとか50セントとかが流行ってた世代なんで聴いてました。でも、僕自身こういうタイプだったので、マッチョでなければならない風潮がすげえ嫌だなって思いながら、でも聴くみたいな。
一同 : (笑)
ヤング・キュン : 地元が茨城の日立で、水戸にLUNCH TIME SPEAXとかいて、割と日本語ラップが盛んな時期でもあり。ちょっと大きい服とか着て歩いてるだけで絡まれたりとかするんですよ。CDを買いにレコ屋へ行くのもすげえ怖くて(笑)。
──“Dirty”(EP『スウィート・オーメン』収録)を思い出させますね。
ヤング・キュン : そうなんですよ。あれはいくつかのエピソードを重ねあわせて作っているので、全く同じことがあったわけではないんですけど。ナンバープレートを見られて、「あの時、あそこいたでしょ」とかって特に地方はあるじゃないですか。
──〈誰のことだかわからない先輩の家で二次会〉とか、独特の面倒臭さを下から描いた視点はおもしろかったです(笑)。どういう時に曲のアイデアが生まれやすいんですか?
ヤング・キュン : トラックとかコンセプト決めとかはLexuzがやってくれることがほとんどですけど、自分のアイデアが生まれるタイミングは銭湯に行ってるときとかですかね。
──意外です。銭湯帰りのような多幸感は無い音楽なので(笑)。
ヤング・キュン : 僕は印刷会社で営業をしていて『OGGY SEASON』のころは特に働き詰めで。本当に辛かったですね。だから、現実のレイムな感じが凄いありまして。反対にLexuzは割とドリーミーというか、郷愁とか、空想みたいなエッセンスを足してくれている感じですかね。
──お2人とも喜怒哀楽でいうと、哀楽にすごいフォーカスしている音楽ですよね。でも、リアリティがありすぎて笑いを誘うパンチラインもあります。
88Lexuz : 実はあまり自分たちの音楽を客観視できていないところがあって、どういう風に聴かれているのか全然わかってないんですよね。クラブも行かないし、ライヴもしない。僕は音楽の友達が少ないんで、感想もほぼ言われない状態なんですよ。
──VOLOさんは、OGGYWESTの刺さったところってどういうところなんですか?
VOLOJZA : ステレオタイプな悪そうでかっこいいスタイルではない、もっと自分にとって身近で機知に富んだ暗いユーモアのあるスタイルに惹かれた感じですね。例えば車についても、それっぽい高級車とかじゃなく、その辺に走っている軽自動車から先輩の車とか出てくる車種が豊富なとことか好きです(笑)。
──生々しいですよね。“Tanishi interlude”(『New Heaven』収録)のヤング・キュンさんのリリックで〈着ているTシャツ新品〉しか言ってないのに声の力で、それでも変わり映えしない失望感が伝わってくるんですよね(笑)。現実が持つ重力に勝てないというか。
ヤング・キュン : 確かにそうすね(笑)。僕はまさにいま言っていただいた、現実の重力みたいなものから逃れようとして、逃れられない感じでやってます(笑)。
──“Moldives Sky feat.入江陽”も、背伸びをした空想から転換して現実に引き戻されるじゃないですか。想像するだけなら自由でも、現実の自分からは自由になれない無力感というか。
88Lexuz : やりたいのは対比ですよね、やっぱね。
VOLOJZA : 粗悪(ビーツ)くんが紹介してくれたのも、自分の前のアルバム『In Between』に似てるところがあるからみたいなことを言ってくれていて。そのアルバムも向こう側と、こっち側の間みたいなのがテーマでして。それで聴いてみて自分も内容や音像とかOGGYWESTに共感する所が多いと感じました。
88Lexuz : 良い感じなんだけどジメッとした不穏な感じも漂う“Mood”とか、僕も良いなとは思いました。
VOLOJZA : あと、Lexuzくんのディレクションがとても上手だと思う。
ヤング・キュン : 本当それですね。僕だけであれば現実の重力に負けている感じを、Lexuzが良い意味で使って曲として成立させてるところはありますね。多分、旧来のヒップホップ的な考え方で作ってないから良いんだと思います。僕は90年代のヒップホップもすごい好きで、あれが当たり前だと思ってきたけど、今聴くとブーンバップってめちゃくちゃ特殊な音楽なんだなって思いますね。
──ロックを聴いてた頃、88Lexuzさんから見てラップってどういうイメージだったんですか?
88Lexuz : もう大っ嫌いでしたね(笑)。50セントの“In Da Club”が流行ってた時代に「こんな筋肉野郎の音楽を聴いている人たちに、ボブ・ディランの良さがわかるはずない」って思ってて(笑)。しかも中三の時に、ヤンキーのグループとカラオケに行って、“公開処刑”でクラップを曲に合わせてやらさせられるんですよ。それで「お前も仲間な」みたいな感じで根性焼きを押される、みたいな。
一同 : (笑)
──“Fake Love”にその話が使われてますよね! 自分でもそんなんされたらラップが嫌いになると思いますもん(笑)。
88Lexuz : いやもう、大っ嫌いでしたね本当に。でも、高校になって唯一音楽の話ができる友達が、ECDとかブッダ、スチャ、海外はトライヴとかジュラシック5とかを教えてくれて、良さがわかり始めました。それからはヒップホップも一応聴いていて、今は逆に50セントも「懐かしいし、いいな」とか思えますね。苦甘い思い出です。
ヤング・キュン : 僕ら2人とも、1番ヒップホップがマッチョな時期に嫌な思いをしてたんですね(笑)。
88Lexuz : 僕町田出身なんですけど、学校が湘南だったんです。湘南は苦甘い地域で、ラヴァーズ・ロックが流れる後ろで、ブリブリのやつが人を殴ってるみたいな思い出もあって。あのころに戻りたいような、戻りたくないような、そんな感じが出ちゃうんですよ。
──それもまたダーク・トロピカルですね。ちなみに粗悪さんのビートは文字通りダーティなものが多いですけど、今回の“ヘル・ハワイ”はトロピカルに寄せてくれてますよね。
88Lexuz : そうですね。かつてないほど優しいというか、僕らのイメージに合わせて作ってくれてて、粗悪さんも新機軸みたいなのをやろうとしてくれたみたいです。でもハイハットが暴れてる感じは粗悪さんぽいなと。
ヤング・キュン : 『New Heaven』ができた時、実は色んな人に聴いてもらいたいからメールを送ったんですよ。illicit tsuboiさんとか、〈カクバリズム〉のお問い合わせフォームとか(笑)。で、唯一反応してくれたのが粗悪さんだったんです。そこから繋がりができて、VOLOさんを紹介してもらって今に至るっていうところなんで。
88Lexuz : 誰も俺らのこと知らない状態から、粗悪さんが色んなひとを紹介してくれたりとかして、1年でめちゃくちゃ変わりましたね。かなり良くしてもらってます。
今年あまり胸に残るものがないんですよね
──なるほど。2人は他にどんなアーティストを聴いてるんですか?
ヤング・キュン : 最近だとDos Monosを聴いてます。凄いかっこいいなっていう思いプラス悔しさみたいな。この前、〈小岩Bushbash〉で没(a.k.a NGS)さんに会って、話せて楽しかったです。ソロもかっこよかった。後はUSとかの現行の新譜のヒップホップは2人ともチェックしてますかね。
88Lexuz : でも、今年あまり胸に残るものがないんですよね。
──おお、自分もなんです。
88Lexuz : そうなんです、ハマんなくて。VOLOさん今年良かったのは、なんかあります?
VOLOJZA : 俺はBoldy James & The Alchemistがすごい良かったです。ただ今年はコロナもあって以前はもっと楽しめる作品も楽しみづらくなってるかもしれないですね。
88Lexuz : まぁ、もう…しょうがないっすけどね(笑)。
ヤング・キュン : あと、外で聴いた音楽って思い出と結びついたりするけど、それがあんまりないですね。
VOLOJZA : あんまり立体的にならないよね。OGGYWESTだって、本来ならライヴで新たな繋がりが生まれる時期だろうけど、いまはできないじゃん。聴く側もライヴ・チケットを買った後に作品を聴き込んで、ライヴで更に好きになる流れもできないという。
──個人的にはコロナやBLM運動の動向に関心が割かれてしまっていた期間がありました。自分のタイムライン上も同様で、音楽の情報が減ったように感じます。
88Lexuz : 確かにここ数年って新譜が出るとSNSで騒いでミーム化する流れで現行の音楽を知れてたけど、いまそんなにみんな呟かない。でもアボかどさんのツイートや記事はすごく参考にしてます。
VOLOJZA : 年を取って、聴く機会が減ってるのもあると思いますよね。若い子は盛り上がってるのかもしれないし。自分のSNSのタイムラインだけではわからないのかもしれない。
88Lexuz : アクティブな音楽ファンである若い世代と、自分のフォローしてるひとたちと年齢層が分断されてるのが問題なんじゃないかなーと思いますね。僕最近キテるエンジニアさんで、今作のマスタリングもしてくれた向啓介さんのスタジオで教えてもらってるんですけど、向さんが手がけられてるmaco maretsさんのことを僕はあまり知らなかったんですよ。だけどSpotifyとかで視聴者数を見たら「戦闘力俺らの100倍あるぞ!」と。日本のラップでも俺の知らない活躍してる人たちが実はめっちゃいて、それを知らないのも良くないのかもなと見直すようになりましたね。
──ネットで世界中と繋がれるのに実はSNSでは狭い世界しか見てないことに、いま気が付かされました。
ヤング・キュン : またSNSの中でも実は相互監視になってるのは息苦しいですよね。今回のアルバムに参加していただいたonnenさんも〈別になーんにも思ってないけど押しちゃういいね〉って。
──あの1曲目はパンチありますよね!
ヤング・キュン : 最初のラップだから本来は僕が出てくるところに、代わりにonnenさんに出てきてもらうの良いかなって!
88Lexuz : 真面目な話、社会情勢とかに思うところがあって、『OGGY & THE VOIDOIDZ』は最初にダウナーな現実を示して、“つづける”でポジティブなメッセージに転換するという意図があります。
──今作の流れで気になったのはその後の“Maldives Sky”で現実へ引き戻されるような展開を見せた後、急に“Pink Calvin Klein”でパンツを自慢する曲になるのは何故なんですか(笑)?
88Lexuz : あそこからB面開始みたいな感じで(笑)。“ヘル・ハワイ”、“134”、“Maldives Sky”とかでメロウな曲を並べて、B面はすこしダークな感じで。
ヤング・キュン : satiのRYUKIさんと蔵さんは昔からの大先輩で「ピンクのカルヴァンクラインでボーストするしかない男の歌なんです」とか言って無理なお願いをする日が来るとは思わなかったです(笑)。
──(笑)。最後に今後の活動は何かありますか?
88Lexuz : とりあえずVOLOさん、Poivreさんとやってる、『Die,No Ties,Fly.』を僕がいまミックス中です。(既に完成し11月にリリース予定。)そして来年の春ごろに粗悪さん名義で、全曲OGGYWESTがフィーチャリングの作品も出ます。でも、ヤング・キュンは12月に子供が生まれるんで、あまり固まってできなくなるので、僕のソロや、シングルで出していったりする予定です。あとは、客演とかミックスの依頼を待ってます。
ヤング・キュン : Lexuzミックス、本当に評判いいですからね! 引き続きマイペースにいろいろやっていけたらなと思うので、チェック何卒です!
編集 : 高木理太
編集補助 : 鎮目悠太、安達瀬莉
『OGGY & THE VOIDOIDZ』の購入はこちらから
過去作もこちらにて配信中
PROFILE
OGGYWEST
東京都町田出身の88LEXUZと茨城県日立市出身のヤング・キュンからなるOGGYWEST(オギーウエスト)。2016年に杉並区西荻窪で結成。2018年夏の『OGGYSEASON』以降、『New Heaven』『スウィート・オーメン』など、短期間で複数のMIXTAPEをリリース。2020年4月にVOLOJZAのEP『PARALLEL WORLD TRACKS』に参加。6月には〈100byKSR〉からシングル「Spirit Phone」を発表。そして8月、ファーストアルバム『OGGY& THE VOIDOIDZ』が完成。88LEXUZのエモーショナルなフロウとヤング・キュンの無骨なラップ、対照的な組み合わせが生み出す唯一無二のグルーヴとlowな世界観。ビートもミックスも自家製の88-89年生まれ。続けるぜ。
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88LEXUZ Twitter : https://twitter.com/88lexus_
ヤング・キュン Twitter : https://twitter.com/mitaka2mitaka