これは日本にケンカを売る作品、否定でもいいから絶対無視させない──Moment Joonが“いま”伝えたいこと
Moment Joon『Passport & Garcon』──昨年の『Immigration EP』や“令和フリースタイル”などで鋭いメッセージを投げかけるMoment Joonは、ナイーブで繊細な性格が裏にあってこそなのだと感じさせる今作。これは間違いなく2020年の国内ラップ・シーンを代表する1枚でしょう。しかしこのアルバムを語るとき、僕は言葉を選んでしまいます。それは自分が彼のような経験をした事がないから。彼のアルバムに出てくるような日本人も実在すると思いますが、幸い身の回りにいないのです。そんな自分が彼のインタヴューをしていいのだろうか。いや、このアルバムを聴いてそう感じている自分こそ、彼が日本に居場所がないと感じさせる社会に加担しているのではないだろうか。みんなが自分と同じような豊かすぎず貧しくもない人生を送っていると思う、このお前こそが。その気持ちでインタヴューをしました。
今年を代表する1枚になること間違いなしの必聴作
INTERVIEW : Moment Joon
インタヴュー&文 : 斎井直史
写真 : 小原泰広
僕の芸術の中で大きいテーマは両面性
──まず、このアルバムから、いかにMomentさんが差別的な扱いに苦しんでいるかを、感じることはできるんです。そして普段異文化の人たちと関わりの薄い僕が、その刺激を受けて、日本人の僕は同調圧力的な空気に敏感になるべきなのかなと思わされました。僕個人はおそらく、多少の理不尽を飲み込めてしまうタイプの人間なんです。だから排他的な集団意識の犠牲者に気が付けないだけなのかもしれない。その視点でのインタヴューをさせていただければなと思います。
Moment Joon(以下、Moment) : はい。よろしくお願いします。
──最初にタイトルが『Passport&Garcon』と公表されたときから“Garcon”(少年)というフランス語を用いたことの理由がずっと気になってました。
Moment : まず“Passport”は、在日…… と自分を呼んでいいのかわからないですけど、外から来た人間である僕の象徴としてあるんです。『Immigration EP』の曲のようにハードでイカつい曲に嘘はないんですけど、みんなが求めているからやるというのは嘘なんじゃないかと思っていて。そこまでハードな人間ではないんですよ、実は。すごく子供ぽいし、繊細な部分もある。そういう部分を見せないと、ひとつのステレオタイプな外国人に過ぎないんだろうなと思ったとき、本当の自分を示す単語が欲しかった。それは“Boy”でも、カタカナで“ショウネン”って書いてもいいと思いますけど、英語の文脈でフランス語を使うときの遊ぶ感じがよかったので“Garcon”を選びました。
──そうした理由なんですか。フランス語を選ぶにも、なにか理由があるのかなと考えていたんですよ。
Moment : 英語圏のレストランでは、ウェイターをギャルソン(フランス語で男の子、少年の意味)って呼ぶ文化があるんですよ。そうした、人を子ども扱いする文脈も合うんじゃないかと思って使いました。
──それは知らなかったです。ちなみに今作は日本語のタイトルをローマ字表記にした意図もあるのでしょうか。
Moment : よくテレビ番組とかで、外国人が日本語を話すとき、日本語で話してるのに字幕がカタカナになってる事ってありません? それが外国人の自分からすると、ものすごく気持ち悪いんですよ。この違和感を日本語ネイティヴの人にも感じてほしかったから、日本語をわざとローマ字の大文字で書いたんですね。慣れてるはずのものに、違和感を感じて欲しかった。
──なるほど。違和感を仕掛けようと思ったのは何故ですか? というのも僕が思うに、日本人って違和感があるものを無視してしまう傾向が強いと思うんですよ。
Moment : うーん……。いや、違和感こそが僕の生活に関係しているからです。僕は留学生として日本に来て、これからも日本に住んでいこうという立場として、この違和感に触れずにいられない。自分の経済的な側面にも影響を与える問題なので「気持ちが悪かった」で終われないんですよ。そして、そういう違和感と関係ないところに、大多数の日本人が生きているのも僕は分かります。でもこれは数の問題じゃなくて、自分も現実の日本だと思うから、僕が抱えてる問題もみんなの共通意識として持ってもらいたい思いがあるんですよね。無視してスルーすることは簡単にできると思いますけど、それが後から癌のように爆発することも十分あり得ると思う。僕はたしかに韓国から日本に逃げて来ました。だけどこれ以上は逃げないと決めているんです。そのつもりなので僕みたいな人の居場所を作るには、違和感と縁がない人々のために、これはやらないといけないんですよ。
──そうですね。Momentさんの感じる違和感を普段感じない / 感じれない人は、実際多いと思うんです。だからこそ、無意識的に違和感を排するような僕らは敏感になるべきなのかなと思わされました。楽曲についての質問ですが、1曲目“Kix / Limo”は、2曲を繋げたような構成ですよね。その狙いを訊いてみたいです。
Moment : あの曲だけじゃなくて、僕の芸術の中で大きいテーマは両面性なんですよね。逆に“Passport”的なところだけを歌ったら、それがキャラクターになってしまい、人間として見られなくなってしまう。だから強いことを歌った裏には、こうやって傷ついて子どもっぽい自分があることを見せないとという、両面性を常に考えているんです。テーマだけじゃなくて、エンターテイメントとしてもコントラストは気にしています。“Kix / Limo”では、ついさっきまで怖くて緊張しながら弱い立場に居た人が、入国審査を通った後にいきなり「全部勝ち取っちゃうぜ〜!」と変わっちゃいますよね。いろんな側面を見せるのが人間だと思うんですよ。でも個人的には日本のヒップホップって、そこまで立体的ではないんです。ひとつのキャラクターを見せるだけで、裏にある人間的な部分を見せないし、そもそも聴いてる人もアーティストの人間性を深く理解したいと思ってないので、互いに浅いエンターテイメントで満足してる。でも、僕は同じように消費されたくないんです。キム・ボムジュンとして日本で生きていても「キムくんて日本語上手らしいよ」、「へえ、日本が好きなのかな」で終わっちゃう。音楽をやっても「あいつこの前、日本の政治がああだこうだいってたな」「じゃあ日本のこと嫌いなのかな」で終わっちゃう。その浅い理解が嫌なんです。芸術って他の立場になって経験させてくれるものじゃないですか。アーティストに完全に同意できなくてもいいけど、その人の立場に立つためには、その人が感じるさまざまなものを見せなくてはいけないのに、そうじゃない芸術が世の中には多いと僕は思うんです。
──例えば日本では有名人が政治的な発言などをしたら、内容よりもそれ自体に否定的なリアクションが多く返ってきますもんね。相手を深く理解しない・したくないというか。
Moment : 情報が多すぎるから、難しいというのもありますけどね。なにかをじっくり深く考えるという時間が、そもそもない気がしますから、それに合わせてエンターテイメントや芸術が変わっていっているだけかもしれないです。だけど、僕はそういう音楽をしたくないです。“Kix / Limo”もトラックがひとつになってるから、(後半を)飛ばせないじゃないですか。違うものをひとつのトラックにして、構想も面白くして、より聴かれるような仕組みにしています。
政治的な音楽は1回もやったことがない
──その観点でいえば、“Home / CHON”で四国出身の男性が出てくるじゃないですか。あの男性は、その前の曲の最後に登場する男性ですか?
Moment : そうですね。バース2をその人の観点で歌ってます。だから「m-floはダサい」といってたのは僕じゃなくて、その1980なん年生まれの人。m-floが流行ってた時期は、ハードコアなラップも盛り上がっていたので、その頃のコアなヒップホップ・ファンが「m-floはダサい」っていってたよねという。
──あの人は実在した人なんですか?
Moment : いや、僕が経験した何人かを合わせて、1人の人間にしたって感じです。リファレンスになる人々はいます。
──なるほど。この曲を聴いていて自伝的小説『三代 兵役、逃亡、夢』を読み終えた僕の解釈を思い出したんです。韓国社会やお父さんとの関係がいかにMomentさんにとって辛いのかを知ると、Momentさんはありのままの自分を受け入れてもらえる居場所を探しているのかな、と思ったんですよ。
Moment : うーん……。いや、僕は探してないです。作りたいんです。「こっちへどうぞ」、「Momentはここが似合いそう」って居場所を探してくれる人は既にいるんですよね。でもそこに応じてしまうと、またそれも自分ではない気がするんですよ。例えば政治的なメッセージに反応する人たちは「もっとそういうこといってくれ」となるじゃないですか。そういうものに応じて、それだけやっていくと、それは僕の中で嘘になるんですよね。
──ちょっと安心しました。今日は政治的な議論へと発展してしまうのではないかと、正直身構えていたので。
Moment : 僕は僕の生活、僕の周りのことをいっただけなのに、それを政治的なメッセージといわれること自体が「みんなそんなに現実の日本から離れて生きてるのかな?」と思います。そして、それが胸を痛めるときもあります。そんな人たちは単に鈍感になのか、そう教育されたのか理解できず、正直怖いんですよ。僕が感じたことをいくら叫んでも、「変わったやつだな」で終わってしまうんじゃないかと。だからこそ“Garcon”的な繊細でメロディカルで、“Passport”の側面に同調できない人でも理解できるような要素が必要だと思ってます。
──今回のアルバムの中に具体的な政治的メッセージを入れなかったのは意図的だったんですか?
Moment : 僕はいつもそうでした。政治的な音楽は1度もやったことないですよ?
──そうですか……。いや、たしかにそうですね。受け取る僕がいつしか政治的な見解とともに語らなければならない、としてしまっていたのかもしれません。
Moment : というか、日本語の“政治”という言葉の語感自体が、日常生活から離れすぎてるんじゃないですか? 政治と聞いた瞬間、国会議事堂で議員が話し合うイメージをしちゃう。でも生活と政治と社会って全部同じですよ。そもそも政治というのは資源や権力をどう分けるのか、ということなんですよ。だから細かくいうと家族関係も、恋人との関係も政治です。でも、なぜか僕の音楽が政治的だっていわれる。それ自体、ある意味でいまの日本がどれだけパラダイスのように毎日を過ごしてるのかってことを示してるんじゃないかなと思います。でも、政治的だっていわれることはわかってました。『Immigration EP』を出したときもそうだったので。だけど今回はあえて言わせてもらうと、僕は政治的な音楽は1回もやったことがないです。
──安倍総理になりきった“Bathing Abe”や、“移民”という言葉にさえ反応してしまうのかもしれないですね。
Moment : みんなにとって“移民”って国家政策の言葉でしかないかもしれないけど、僕は僕自身が移民なので政治でもなんでもないです。
──外国人に対して意識が低いからなのかもしれません。
Moment : 意識が低いというよりかはただ触れてない。
──そう。自分の感覚がある程度は他人にも通じると思っているけれど、客観視すれば普段接するコミュニティは日本人で固まっていて閉鎖的ですらある。そういえばMomentさんはLAに住んだ時期があっても肌に合わなかったそうですが、そのころに感じた違和感は日本とはまったくタイプの違うものでしたか?
Moment : まったく違います。といってもアメリカにいたのは11歳くらいだったので。
──じゃあ、あまり比較にはならないですかね。ちなみにアメリカの生活に馴染めなかった印象的な出来事ってありますか?
Moment : 学校から友達と歩いて帰っているときに、遠くから爆音で音楽を流す車の中から若い人が銃を空に向けて撃っていて、友達が急いで「伏せろ!」って。それでダメだなあと(笑)。
──それは無理ですね(笑)。すいません、脱線してしまいました。そして韓国のラッパーJUSTHISさんが“Seoul Doesn't Know You”で、どんな内容のラップしているのか教えていただけないでしょうか。
Moment : むしろ、彼のラップはどういう風に聞こえてますか? 歌詞がわからない人にも聞こえてほしいイメージがあって、彼を呼んだんですよ。
──僕はケンドリック・ラマーの“Compton”でドクター・ドレーが出て来たときのような流れを感じました。曲のメッセージは真逆かもしれませんが、自身の街を代表する存在が出てきたような。
Moment : そういう側面もありますね。彼を呼びたかったのは、ソウルという都市を彼に演じてもらいたかったんですよ。僕は日本にもソウルにも居場所がない気がする。その間に挟まれてる絶望を歌うために、フロウもわざとゆったり目で音節も少なめにしたんですね。彼にも企画書を送って、「ソウルの権化になってラップしてほしいです」といったんですよ。実は彼と僕は同い年で、生まれたところも同じ地域なんです。聴いてる人にその事情は分からないと思いますけど、僕の中で彼は「僕がもしずっとソウルにいたらああいう風になってしまったんじゃないかな」って思う対象なんですよね。彼って実はすごい怖いんですよ。ヤンキー的な怖さじゃなくて、知識であれ、熱量であれ、ラップスキルであれ、普通の人間の3倍くらいパワフルなんですよ。1度話はじめたらキリがない。そんな彼の本質的なところから、僕は自分と似ている弱さも感じるだけに、ソウルという都市が彼を化け物にさせてしまったんだろうなと。そしてその化け物になってしまった自分というのが、彼の音楽のテーマにもなっていると思う。そういう彼だからこそ、韓国語がわからない日本のリスナーにも怖くなるようなラップをして欲しいと最初から伝えました。
──続く“DOUKUTSU”のバックで「今日は結婚式だ〜!」という男性の声が繰り返されますが、あれはなんの引用ですか?
Moment : 『フレンズ』(アメリカで放送されていたテレビドラマ)です。僕はあんまり観ないですけど(笑)。
──じゃあ、あれはNetflixを家で見てる音なんですね。
Moment : そうです。自分が鬱になったときの生活を音で再現していて、よく聴くとポテチを噛んでる音もずっと入ってるんですよ。
これを聴いてなにも感じないラッパーはいないと思うんです
──なるほど。余談なのですが、アリやクモを潰すのが楽しいという箇所があるじゃないですか。多分、やたら排他的な人って人を差別することに、そんなくらいの意識なんじゃないのかなって、ふと思ったりもしたんです。理由無く排他的な人なら僕の身近な人にもいますし、理由がないのは自覚すらないからだとも思うんです。ここで浅芝(祐)さん(Moment Joonマネージメント)について聞きたいんですけど、居場所のなさを歌う一方でMomentさんがシバさんこと浅芝さんに絶対的な信頼を寄せていることが伝わってくるのですが、その出会いについて教えてもらえませんか?
浅芝 : 今回のアルバムも全部担当してもらったエンジニアのNoahという人がいるんですけど、その人に紹介してもらったのかな? 大きな出来事があったわけではないけど、そこからはずっと一緒にやってて、いまでは家族みたいな感覚ですね。
──もともと浅芝さんはA&Rをされてたんですか?
浅芝 : Momentに会う前にはなんにんかやらせてもらったり、イベントとかはしていたんですけど、音楽業界にいたわけじゃなく、いきなりレーベルを作りましたね。
──お互いが思う、お互いのいいところはどんなところですか?
Moment : 厳しいことであっても、なんであっても、素直にすべてをいってくれるのがいい。それがものすごく大事な意見なので心強いです。
浅芝 : 単純に好きなんですよね。勿論音楽としても1番のファンだけど、人間として好きです。巡り合えてこうして生活していることにありがとう、と思ってます。指摘したりしたときにイラつく事もあるし、逆に教えてもらうこともあるけど、家族のような関係なので彼がやりたいと思うことを応援したい。仮にMomentの幸せが音楽でなくなった時が来たら、俺は音楽をやめていいよ、といえます。居心地のよさや、レーベルとアーティストという仕事の関係は超えていますね。
──Momentさんの大阪での活動ってどうなんですか? Ace Cool、Gokou kuytとは一緒に曲をつくっていますが、地理的には遠いですもんね。
浅芝 : 韻踏合組合のみなさんとかはずっと好きでいてくれて、応援してもらってますけど、そこまで大阪にがっつりみたいな感じではないですね。
──ちなみにMomentさんがNoahさんと出会ったのは。
Moment : Noahさんの後輩の人に昔から録音とか手伝ってもらってました。その経由でNoahさんのスタジオに行くことがあったんです。そのころは“Fight Club”を出したときだったのでNoahさんもおもしろがってくれて、そこを使うようになりました。
──“Fight Club”を出したとき、Momentさんはシーンに対してケンカを売るようなアグレッシヴなスタンスがあったと思うんですけど、今回そのアグレッシヴさが違う形になったのかなと思います。その変化のきっかけになったことってありますか?
Moment : きっかけは“Fight Club”自体だと思います。日本で居場所がみつからなかった時期にラップで認めてもらえるのが嬉しくて、それが僕の音楽をやる理由でした。でも兵役後に大阪へ戻ってきたら、もともと興味を持ってくれてた人がいなくなってしまっていた。だからみんなの注目を集める為にラップ・ゲームを仕掛けることが1番だと思ったんです。やり終えた後に振り返ってみると、当時は音楽をやる理由が浅かったんですよ。若いときはそれでもいいけれど、ラップ以前に自分の生活があるのに、生活から離れた音楽をずっとやり続けるのは、僕からすればピーターパンみたいで意味がない。しかし残念ながら、多くの人が既にそうしてると思うんです。僕は今回のアルバムが“Fight Club”よりも日本にケンカを売るアルバムだと思うんです。これを聴いてなにも感じないラッパーはいないと思うんですよ。多くのヒップホップをやる人達がこれを聴いて、もう1度自分がなにをやっているのか考え直してほしいんです。そして危機感を感じてほしいです。「俺がやってることって、ピーターパンみたいじゃないのか」って。
1番怖いのは否定よりも無視されること
──それを踏まえるような質問ですが、アルバム制作にあたり参考にしたラッパーはいますか?
Moment : いないです。
──ビート選びのときにも参考にした人はいないんですか?
Moment : それもないですね。むしろNoahさんのほうがありました。今作を作るにあたり僕は制作に関わる人に全体像を理解してもらうために企画書を書いたんですよ。プロデューサーはそれを読みながら、曲に合うスタイルを探してくれました。僕から例として挙げた曲もありましたけど、全くのゼロから作った曲もあります。今回のアルバムは僕のアーティスト名義で出していますが、みんなのインプットでできたアルバムなんです。客演の人のインプットもすごく多かったです。ジャケットを描いてもらった渋谷さんからのインプットもありました。みんながテーマを理解して、それぞれの解釈を合わせたものがこの『Passport & Garcon』です。だから「ここは絶対こんなビートにしなきゃ」という気持ちはなかったです。
──ほとんどのビートをNoahさんが?
Moment : 全曲Noahさんのプロデュースです。これは彼の野望も込められた作品なので。
──“TENO HIRA”が生まれたエピソードを訊いてみたいです。HARDEST MAGAZINEでのインタヴューでアルバムの構想はあれど、締め方がまだ決まってないとのことでしたから“TENO HIRA”ができたことでアルバムが完成したのかと思うのですが。
Moment : それは本当にその通りで、ラストまでは全部アイディアがあるのに結末をどうすればいいのかがずっとわからなくて。そのときに、たまたまNoahさんが他のラッパーにあげたビートを聴かせてくれたとき、「これだ! これ僕にください!」と無理をいったんですよね(笑)。そのスタジオの後、ビートを聴きながら、阪大の図書館で用事を済ませたあとに金時鐘さんという詩人の方に興味があって彼の詩集を読んだとき、強烈に衝撃を受けて「あぁ、僕はこれを書かないといけないんだ」と思って2時間後には気づいたら歌詞が全部できてたという歌詞ですね。
──それはどんな詩だったんですか?
Moment : タイトルは「ある労働者の詩」。それに関するエピソードを岩波書店の『図書』という冊子(2020年1月号)にそのまま書きました。
──ちなみに、自伝は衝撃のラストで終わりますが、そのあとどうなったんですか…?
Moment : あれは最後だけがフィクションなんです(笑)。自伝的小説なのは、そこだけがフィクションだからです(笑)。
──そうなんですか(笑)! それにしても、兵役の話から負の連鎖を痛感させられて、僕は同調圧力的なものに意識が向くようになったと思うんです。このアルバムで無自覚だった視点を持つようになった人が、どんなことを考えてほしいとか、ありますか?
Moment : う〜ん…。そういうのはないです。
浅芝 : 制作段階で込める意図はあっても、こちらの手から離れた時点でどう受け取ってもらってもいいというのがあるんですかね。否定でもなんでもいいですけど、なにかを感じて議論が生まれるなら、作り手がそれに対して「こう聴け!」というのはまったくない。
Moment : ただ、スルーはしてほしくない。1番怖いのは否定よりも無視されることなんですよね。同調圧力といいましたけど、僕にとっては無視されることの方が多いんですよ。同調されるのは、どこかに属しているからですよね。僕は日本人と同じようしても、同じにはなれないんですよ。例えば日本語を少し話したら発音の違いでバレちゃうから、その瞬間に相手の態度が変わるのが怖いんですよ。僕にとっては、みんなが虚構の日本を見ているような気がするんです。だから「お前の話に興味ないっす」といわれないように、なんとか話題を提供し続けるよう頑張るしかないですね(笑)。その後どういうふうに聴いていくかは、みなさん次第です。
編集 : 高木理太
編集補助 : 津田結衣、鎮目悠太
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過去作はこちらにて配信中
PROFILE
Moment Joon
移民者ラッパーとして、唯一無二の目線を音楽で表現する。2019年に『Immigration EP』を発売。2020年には最新アルバム『Passport & Garcon』をリリースしジャンルを越え大きな反響を呼ぶ。執筆業では、「文藝」秋季号で4万字にわたる自伝的ロングエッセイ「三代」を執筆。今の日本に必要な事、今の日本に届いて欲しい言葉をMoment Joonでしか書けない目線で届けている。
Twitter : https://twitter.com/MOMENT_JOON