REVIEWS : 022 ヒップホップ、R&B(2021年4月)──斎井直史
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回はヒップホップ〜R&Bに独自の視点でフォーカスする『パンチライン・オブ・ザ・マンス』を連載中の斎井直史が国内外のヒップホップ〜R&Bのなかから9枚の作品をピックアップ、紹介します!
OTOTOY REVIEWS 022
『ヒップホップ(2021年4月)』
文 : 斎井直史
GOODMOODGOKU 『PURITY』
16歳でデビューした旭川の少年はデビュー当時から酩酊している。昔はスモークに、今は恋愛感情に酔いしれている。 改名後に荒井優作と出した4年前のEP『色』と2年前のEP『GOODMOODGOKU』の2枚と今作を比較すると、陰鬱さを帯びたセルフ・ボーストは希薄になり、女性を描いたトピックの純度(=PURITY)は前2作よりも高い。しかし、これらをラブソングと呼ぶのは違和感がある。彼のもう一つの魅力は、そのミステリアスさだ。彼が描く女性は浮世離れした存在感の女性をイメージさせる。GOKUはそんな女性に対して恋心を通り越して尊敬や憧れとも言える感情を楽曲にしているが、その感情はまさしく寡黙で謎めきながらも他にいないスタイルを持ったGOKUを見る我々の視点に重なる。またセックスをイメージさせる描写が少ない点がミステリアスさに透明感を与えていて、並ぶ楽曲達はどれも曇りガラス越しに見る美女のシルエットのようだ。つまりテーマが一貫した18曲が続くのだが短いアルバムに思えるのは多様なアプローチによるものだろう。前作収録の「Down」からダウナーさを抜いたようなアフロビートの「Only You」や、TAM TAMのYuta Fukaiによるギターだけのシンプルなトラックである「Bokuraha」、I-DeAによる切ないビートの「Silhouette」など、同じ方向性でもタイプが異なるビートによって聴く者を飽きさせない。ラッパーらしいサンプリングを忍ばせたビートやリリックもスパイスとして効いている。そして特筆すべきは、18曲中13曲はビートまで自身で制作している事だ。彼が女性アーティストをプロデュースしたら、どうなるのだろう。
Joyce Wrice『Overgrown』
2016年よりシングルやEPのリリースを続けてきたジョイス・ライスによる初のアルバム。Mndsgn、Devin Morrisonを主として〈Stones Throw〉や〈Soulection〉関連のアーティストとの共作の多さのせいか、彼女がオルタナティヴR&Bシンガーに分類されるのも頷ける。しかし、その声の質や楽曲のチョイスはアリーヤ、タミヤ、エイメリー、ティードラ・モーゼスといった00年前後にヒットしたR&Bシンガーたちの作品にとても近く、ある意味で“王道のR&B”とすら形容したくなるだろう。初のアルバムはその個性を強く意識したサウンドに仕上がっている。例えば今作のリード・シングルである「On One Ft.Freddie Gibbs」は気持ちの良いダンスと美しいコーラスに、渋めのラップが添えられた、近年のR&Bにおいて稀に見る構成。ビートもトラップ以降のトレンドとは距離を置いたオーセンティックな仕上がりで、メロディアスなギターと心地の良いドラムが十分に盛り上げてくれる。またアルバム中、突如Westside Gunnが登場しストリートなラップだけで完結するインタールードがあしらわれていたり、どこか往年の〈Bad Boy〉や〈Murder.Inc〉といった男性ラッパーと女性シンガーが二人三脚でヒットを出しまくっていた時代を思わせることは間違いない。しかし、このアルバムを懐かしいと評したくないストーリーがある。今作のエグゼクティブ・プロデューサーであるD’Mileは過去に多くの有名シンガーにヒットソングを提供しながら同時にシーンに失望していたと語る。彼は後にラッキー・デイ(Lucky Daye)のアルバム『Painted』とH.E.R.「Could've Been」でグラミー・ノミネートを果たし脚光を浴びるようになったのだが、ラッキー・デイをプロデュースした際は2人が愛する古き良きソウルをベースにしたアルバムを最後の挑戦にするつもりだった。結果そのオーセンティックさが評価され、最近ではブルーノ・マーズとアンダーソン・パークによるスーパー・デュオ、シルク・ソニック(Silk Sonic)も手がける程のプロデューサーとなった。一方のジョイス・ライスもかつてはYouTubeに様々な過去のヒットソングのカヴァーを投稿した事で注目を集めた事がスタートなのだが、それは嬉しくもあり落胆させる事でもあったと振り返る。現行のシーンが音楽ファンを満足させるものではない事を意味するからだ。「On One」はジョイスがD’Mileと初めて制作した曲であり、この曲でアルバムの方向性が固まったと語る。そんな2人による、トレンドに寄り添わず懐古的にもならないアルバムを作る挑戦があった事を知ると、耳馴染み以上の価値をアルバムに見出してしまう。
Jazmine Sullivan『Heaux Tales』
ジョイスのアルバムをある意味王道のR&Bと書いたが、一般的には王道R&Bとはこのようなアルバムを言うのであろう。グラミーにノミネートする事12回の実力派シンガー、ジャズミン・サリヴァン。今作は構成にひと工夫あるアルバムで、ほぼ全ての曲の前に女性たちによる生々しい語りがインタールード的に挟まれる。彼女たちはいかに自分の立場が弱く、リスクを負わされる側であるかをフラストレーション込めて“Heaux(売春婦)”たちであるかと物語る。以下、アルバムは彼女達の視点で進む。 アルバムの序盤を飾るリード曲「Pick Up Your Feelings」は、男をまくし立てるように歌うブリッヂがゴスペル仕込みの力強いフックへと発展するソウルフルなR&B。強い言葉と、伸びのあるヴォーカルで厚みのある印象なのだが、アウトロでヴォーカルが静まるとこの曲はがとても質素なループであった事に気づかされる。その余韻はとても物悲しく、今思えばアルバムの全体像を表現しているかのようだ。続いてアリ・レノックス(Ari Lennox)を迎えた「On It」は女性がセックスで主導権を握る曲であり、アンダーソン・パークが参加する「Pricetags」では貢がれる側に立つ女性が主人公の曲と、強い女性によるストーリーが続く。しかし、幼少期に同性から告白を断った経験を語る「Rashida’s Tale」から、恋人が去った失望と怒りを歌う「Lost One」へと展開する時、アルバムの流れが変わる。満たされた人生を夢見てもがく「The Other Side」でサウンド的には一瞬華やぐのだが、聴く者にバッドエンドの予感を誘うリリックは次の「Amanda’s Tale」で回収される。Amandaは、性的な魅力を売りにするしか無い人生の虚しさと不安を語り、最後の曲「Girl Like Me ftea.H.E.R.」では、〝Tinderに登録してみたの。だって、あなたはあの娘のもとへと去ってしまったんだし〟と歌い始める……… この無力感と、妙に現実味のある終わり方に、何も解決せずに話が終わってしまったような怖さを感じないだろうか。あくまでストーリーと思いたくても、間に登場していた生々しい女性たちの言葉がそれを許さない。女性を主人公においた楽曲を紙芝居的に並べる事で不安定な女性の人生を多角的に描き、結果として作品全体で女性のエンパワーメントを訴えた秀逸な作品であった。