あたしがラップしないで、誰がこのカルチャーを引っ張っていけるんだ──Awich、『Queendom』完成
圧倒的なスキルと存在感でシーンのみならず、RADWIMPSやAI、KIRINJIといったアーティストからもラヴコールを受け共演を果たすなど目覚ましい活躍を遂げるラッパー、Awich。2020年から活動の場をメジャーに移し、約1年半。待望となるメジャー・ファースト・アルバムとなる作品『Queendom』がついに完成。純度100%のラップ・アルバムに挑んだという今作は、本気でシーンの頂点を獲りにいくという覚悟を感じさせる1枚に仕上がっている。今回OTOTOYでは、連載〈パンチライン・オブ・ザ・マンス〉を執筆中のライター、斎井直史によるインタヴューを公開。今作についてはもちろん、日本でヒップホップが根付いた未来とは一体どういうものなのか、じっくりと話を訊いた。
待望となるメジャー・ファースト・アルバム
INTERVIEW : Awich
静かな笑顔と会釈で現れたAwichは、真っ白なバスローブを纏っていた。まるで有名女優のようだ。足元は黒のピンヒール。いうまでもなくこれも似合う。目の前の彼女は頭から爪先まで、画面で見せるままの威厳を漂わせていた。『Queendom』という力強いタイトルで、キャリア史上最も硬派なラップ・アルバムを仕上げたのだから、今日はさぞかしギラついた言葉も飛び出すのだろう。そう、こちらも身構えていた。
しかし、そのような展開にはならなかった。彼女はこちらの予想とは真逆の思いで『Queendom』を仕上げていた。女性だからと見下げられてきた経験。ラップがメジャーに根付かない現実。何より、それらを無意識にも認めていた己に気づかされてからの迷い。そこで生まれた葛藤をどのように乗り越えたのかを聞くと、目の前の女王は特別に強い人間などではなかったと分かる。華やかな大物女優のような印象はやがて、心のなかで覚悟を固めた挑戦者のように見えた。
インタヴュー&文 : 斎井直史
写真 : 西村満
「ヒップホップだけでいいんだろうか?」という葛藤があった
──YENTOWNのブレーンであるChaki Zuluとの制作が中心である動きは以前と変わりませんが、メジャーから出す初のアルバムとなれば違うところもありますか?
最初はマーケットを大きく意識したものを作っていて。それはみんなが聴きやすい歌ものだったり、ちょっとポップなものというか「メジャーでやっていくうえでラップだけでいいんだろうか?」「ヒップホップだけでいいんだろうか?」という葛藤があったんです。
──それはレーベルからの指示で?
いや、私とプロデューサーのChakiさんで作品を作るにあたって最初にいろんなことを話すんですよ。メジャーに入ったときも指示される前に私たちは考えていたけど、ラップというストレートな表現を、なぜか私たちはそれだけじゃダメだって思ってたんです。ふたりともヒップホップがアンダーグラウンドなカルチャーのときからやってるから「日本でラップがメジャーになるわけがない」「ポップ寄りじゃないとダメ」って固定概念があったんだろうな。
──確かにAwichさんなら、ちょうどいいところも器用にできてしまいそうですし。
そう! Chakiさんも私も上手いことできるんですよ(笑)。正直、最初はそういう気持ちで作りはじめたけど、途中でYZERRと話したら、「みんなAwichさんがラップしてるところを見たいんすよ」っていってくれて。それがきっかけで私のチームで何回も議論して、アルバムを作り直したんですよ。
──最後“44 Bars”では、アルバムを一度白紙にした事を明かしますよね。
そう。何回も吟味して、自問自答して、メジャーでも作るものは関係ない、むしろラップのほうがいいんじゃないかと。「あたしがラップしないで、誰がこのカルチャーを日本で引っ張っていけるんだ」ということに、YZERRの助言で気づいた。それをいってくれる彼にも、心からありがとうと思ってます。考えてみれば今まで私はラップしてきたし、上手いとも思ってる。これでいけるって思ってたんです。でも、「クイーン」とか「頂点に立つ」とか自分でいうことで、叩かれたくないという恐怖もあったんですよ。
──それは少し意外です。
14くらいからラップを始めて、「お前みたいなガキが何いってんだよ」「無理じゃん女のくせに」みたいなことをずっといわれてきたトラウマというか、拭えないものがあったんだなって。それを認めたうえで「じゃあこれからどうなりたい」「なにがしたい」という自分のビジョンを再構築した。そして恐怖に降伏して、ちょうどいいところで生きるのか、怖さも含めてやってみるのか。どうしようかと自問自答のチャンスがあって。そこで「でもダメだったらどうなるの? どうにもなんないじゃん」って思えた。「お前はトップじゃない」って叩かれてキャリアが終わるとしても、やらないよりマシだろうなと思ったんです。むしろ、やって死にたいとすら思ったんです。
──そんな背中を押してくれたYZERRさんの名前が“口に出して”のクレジットにありますよね。客演ではなく、どのように制作に関わったんですか?
YZERRが「Awichさんなら日本のヒップホップを引っ張っていけると思うし、武道館とかもやったほうがいい」って最初にいってくれて。そのときに制作中のアルバムについて相談してて、“口に出して”を聴かせて。でもそのときは全く違う曲で、爽やかでポップだったんですよ(笑)。
──いまとなっては逆にそれも聴いてみたいですね(笑)。
でしょ(笑)? それも後々に出そうと思うんですけど、YZERRは「コンセプト自体めっちゃ良いから、ラチェットというか、アトランタの強い女たちのノリに一緒に作り直そう」ってなって、BAD HOPのスタジオで皆で徹夜で作りましたね。
──だからスペシャルサンクスがBAD HOPなんですね。
そう。めっちゃ手伝ってくれた。最初は過激すぎないか悩んだんですよ。例えば〈腹ばっか立てずに立てろよ Chimpo〉ってところ、私はめっちゃ良いなと思ってたけど、人が聴いたらドン引きするだろって。次の日に電話で「“立てろよ”じゃなくて“立ててよ”にしたほうがいいかなぁ」とかギリギリまで相談したんですけど、「絶対“立てろよ”ですよ、Awichさん! 大丈夫です! 」とかいってもらって(笑)。それに、こういう曲を男に確認してもらいながら作る経験はいままでなかったから心強かった。女だけで作るのも勿論良いけど、それだと身内ジョークで終わってた可能性があるなと思っていて。