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2024-12-08

IT系に来ればキラキラクリエイター出来ると思ってるアホの8割は絶望の中で人生を終えることになる

5割の人間クリエイターではなく単なる手配師として一生を終える。

仕様書通りに作られているか確認差する作業の一環としてコードを覗き込むことはあっても、それを自分で手直ししたりは基本的にしない(責任問題になるから)。

国内外のよく分からん企業フリーランスの連中に仕事を振りまきながらひたすらに工程管理をして一生を終える。

その路線からコーディングデザインに深く関わる道に逸れることもあるが、大抵は「今まで◯年間手配師しかしてこなかった奴らが今更こんなこと一から勉強とかもう出来ないんだ……」と絶望して戻ってくることになる。

作業デザインに関われる立場になれた人間でもキラキラした部分に関わることなく終わる人間が大部分である

何次請けかも分からない仕事仕様書通りに仕上げていくが、伝言ゲームが挟まりすぎてそもそも目指している完成形がよく分からない。

最大公約数を取れるような方法を目指そうとするが、そうすると拘りもクソもなく「比較問題が起きそうにない平凡なもの」をひとまず作るだけになる。

そのような状況で下手に自分気持ちを乗せると仕事に失敗するので、ひたすら心を殺して単純作業に徹する。

何年もそうやって働いている頃、ふとした拍子に自分が拘りを発揮してもいいような仕事が舞い込んでくる。

今回こそはと気合を入れようとするも、長年の癖が抜けず最大公約数的な形しか出力できない自分に気づく。

長年溜め込んだフラストレーションが捌け口を一切失っていることに気づき、心が壊れるか、心を守るために人生への期待を一切投げ捨てるかとなる。

最初から自分にとってのキラキラに関われる人もいるが、その場合でも心を病むパターンが多い。

未熟な自分の実力を正面から叩きつけられる日々の中で、「俺はなんて考えが甘かったんだ」とのたうち回って暮らすことになる。

周囲の人間相談しようとするも「俺は単に自分にできることやってるだけだしなあ」と返ってきて、この仕事に妙なあこがれを持っているお前がおかしいのだと暗に突きつけられる。

から理解も得られないのだと孤独感に苛まれ、最終的には心を病んで自分から降りてしまう。

2024-11-16

anond:20241116143223

俺は秘書雇ってるけど、教員仕事は減るとはいえ無駄コミュニケーションが増えて全体として仕事量が増えてるし、結局いろんな指示を出すために俺の仕事ゼロにはならないんだよね

たかだか月額1000円のサービスを使うためにその書類要る?サービスごとに書類2枚ずつ?ほんとに?っていうの多すぎ

そのたびにこれはどういうサービスで、何のために必要でみたいなの秘書説明して大学職員に提出して、伝言ゲームが終わったかと思えばアホみたいに細かいことで差し戻されて再度説明してようやく1000円の手続き完了する・・・と思ったらまだ終わらず、利用後に領収書クレジット明細出せだのなんだの

俺や秘書給料で換算すると、1000円のサービスを使うために5000円くらい人件費かけて書類使ってたりするから

これはこれでこれまでの大学教員の悪行の末なんだと理解はしてるけど、学外の人から研究費で豪遊できるんでしょ?みたいなこと言われるしな

2024-11-14

仕事をずる休みしたら脳神経外科に回された話

前日、突発的な業務が立て込んでしまい、始業時間1時間上前からの出社を命じられた。

また、客先へ報告に行くことになったので、3時間残業も命じられた。

そのため、非常に疲れてしまい、今日休みたいとしか思えなくなった。


起きると体も頭もだるい

もう休むことしか考えていなかったので、とりあえず電話


事務員はい会社です」

私「私です。今日頭痛がするのでお休みしてもよろしいですか」

事務員部署長に変わりますね」

部署長「部署長です」

私「私です。今日頭痛がするのでお休みしてもよろしいですか」


前いた部署では病気休暇の申請チャットアプリOK電話事務員が出たとしてもそのまま部署長に伝言してくれる。

長期間になるとさすがに医師診断書必要だが、数日なら何もいらなかった。


一方今の部署は今いる部署病気休暇の時の手続きがめんどくさい。

チャットアプリがないので電話による事前連絡必須だ。事務員が出た場合伝言はしてもらえない。

休みたいんですけど」というや否や「部署長に変わりますね」と言われてしまう。気まずい。

休むのが多いと部署から仕事の進捗大丈夫?」とか「休みの日遊びすぎたんじゃないの」とか詰められるので面倒。

さらに1時間の取得でも診断書の提出が必須となっている。一応物的証拠があるので疑われない、という見方もできるのだが…。


さて、証拠づくりに動くか。

初めは診断書のひな型をダウンロード編集して出そうと思ったが、保険証の利用履歴を調べられたら面倒だ。

そういうわけで病院受診することにした。

1カ月前も同じことをしたので、そんなに頻繁に行くと医者も疑ってくるだろう。

そこで、自宅から少し離れた総合病院に行くことにした。


総合病院の受付にて。

係員「今日はどうされましたか

私「頭が痛く、のども少し痛いので、内科受診しに来ました」

係員「では、内科の問診票を書いてください」


少しすると係員が来て「最近インフルコロナが再流行してるので、一旦熱を測ってもらえますか」と。

熱を測ると平熱だったものの「発熱外来で抗原検査を受けてきてもらえますか」。警戒されているようだ。

ついでに「前金として5千円をお預かりします。陽性の場合お帰りいただき後日の会計となります」とも。


発熱外来へ。再度の体温測定の後抗原検査を受ける。鼻に綿棒を突っ込んで粘膜をえぐり取るアレ。痛い。

わずせき込んでしまう。看護師も「綿棒を抜くのでゆっくり息を吐きましょうね~」と慣れている様子。

あれ、検体採取は片方の鼻だけでいいのか。

おまけに血圧測定と血中酸素濃度測定(人差し指をはさむやつ)もした。

当たり前だがインフルコロナともに陰性だった。

ウィルスを調べるなら抗原検査よりもPCR検査の方がいいんじゃなかったっけ?

一応これから発熱する可能性があるのでそうなったら再度受診せよとのこと。あるわけないって。

とりあえず一般外来受診許可が出たのでそちらに戻る。


戻るや否や、「頭痛ですと内科ではなく脳神経外科管轄になると思われるので聞いてみますね」

え?脳神経外科ってくも膜下出血とか脳梗塞とかそういうのじゃないの。

などと考えていると、本当に脳神経外科に回されてしまった。


一体どうなってるんだ、と思いながらも脳神経外科へ。

私「しばしば頭痛になるので、そろそろ診察を受けた方がいいと思い来ました」

脳神経外科医「この時期頭痛の人が多いんですよ。一応MRIを撮ってみますね」

係員「では、検査室へお越しください」


検査室にて。

から違うって…。まぁ自覚症状のない脳腫瘍とかもあるしいいか…と思いながら待機。

MRIなんて、トラックにはねられた時以来、20年ぶりだ。

MRIは強力な磁石を使うため金属類は全部NGだが、金属がないはずの衣類も脱がなければいけないらしい。こうして私は人様の前でパン一に。

臨床検査技師検査は15分ほどかかります

そんなにかかったっけ。確か前やった時は1分強で終わったような。

(後で調べたら、15分は最短時間であり、状況によっては90分かかることもあるとか)

やたらとピーピーガーガーうるさい機械だった。狭くて薄暗い空間が落ち着いたけど(閉じ込められるのは勘弁してほしいが)。


検査を終え診察室に戻る。当たり前だが、何の異常もない。

脳神経外科医「あなたの頭は大丈夫ですね」

私「(は?)」

脳神経外科医「気圧によるものと思われるので市販頭痛薬で様子をみてください」


受診終了。抗原検査に加えMRIという大げさなことをしたので2時間・料金は〆て9千円。

9千円の出費は痛いが、仕事を休めるならお金くらい払う。

診療明細書には内科文字はなく、代わりに「脳神経外科」というとんでもないものが載ってしまった。

事実小説より奇なりとはいうが、もし部署長とかに聞かれたら受診の経緯を正直に話そう。事実から


結論。ずる休みしたいとき証拠づくりをするなら精密検査対応していない個人医院を選ぼう。やる気のない医者ならなおよい。

罪悪感は全くない。休みたくなったらまた休もう。有給休暇を減らさずに合法的に休めるなんて最高だぜ。

午後はやることがないので、カラオケでも行ってデレマスシャニマスの曲でも歌ってくるか。アイカツきらりん☆レボリューションもいいかも。

何で仕事に行く日はだるいのに、休めるとわかるとここまで元気になるんだろう。これ、新種の健康法だったりして。

anond:20241114095318

戦争してるのも始めてるのも他人で、あとは全て伝言ゲームなので正確な情報なんて入りっこない

俺たちは戦争を知らないし、戦争する権利すら奪われた状態

2024-11-09

anond:20241109213108

内田樹は「政治家推定有罪を受け入れるべき」って言ってたな。近代法根本がわかってねんだよナンチャッテ学者は。

ほんでそういう界隈で権威だけはあるやつが言うことを伝言ゲームで口真似するのがネット言論の正体だから

2024-10-31

anond:20241031174728

「人相が変わる」が「顔がグチャグチャ」に変換されるの伝言ゲーム典型を見た思い

急激に痩せたとかむくんだとかを想像したが、「顔に大怪我してグチャグチャになった」みたいな捉え方もできるんだな

2024-10-26

色んな政党マニフェストを読んでいるんだけど、「どうせ石破みたいに手の平を返すんだろ?」と思ったら虚しくなってきた

虚無感しかないよ。

座る席によって平気で言うことを変えるやつばかりじゃ。

風俗射精した途端に説教を始めるオッサンみたいな多重人格者ばかりだと思ったら、もう政治家の主張なんて読むだけ無駄にさえ思えてきた。

政党じゃなくて本人を見れば違うとかそんなことなくて、むしろ政治家自身が一番信用できねえ。

HP活動報告を見ても「衆議院選に向けて頑張る私」「過去政見放送」「俺、当選した」みたいなのばっかで、お前は結局当選した後なにをしたのか言えよって奴ばかり。

泣きそうだよ。

なんなんだよこの国は。

人生ピークが受験勉強ときに終わった名ばかり高学歴みたいな空っぽ人材ばかりじゃねーか。

状況に合わせて吹き込まれ空気を吐き出すだけの単なる空気人形、伝言ゲームを繋がるだけの糸電話程度の価値しかないゴミ共がよ。

なんなんだよ俺の地区は。

ゴミゴミ比較さえ出来ないよ。

無と虚と空の比較みたいな状態だよ。

選ばせてくれよ。

選びようすらないよ。

2024-10-21

anond:20241020141755

私も全く同じ。

議事録がとれない、伝言ゲームが苦手。

会議増田と同じように録音したもの文字起こしして乗り切ってきた。

見たり聞いた情報他人に伝えることが本当に苦手で、日常であった面白かった出来事を話したくてもうまく説明できないので話すことを諦めることが多々ある。

仕事はなんとかなっているけど、話すことが苦手なせいで夫につまらない思いをさせていることが辛い。

訓練で改善できるのかなぁ。

2024-10-18

anond:20241017120858

昨日は「自分は頭がいいと思っているIQ90くらいの人間」の思考過程を多く見られて楽しかったよ

賢らな文章伝言ゲーム始めてデマを広げるのもこの層なんだな

2024-10-06

思考の補助線を引くことができない

 他人に興味がない、という発言はどちらかというと悲鳴に近い。

 他人に興味を持つことが出来なければそもそもそのステージに立てていない、という意見もまったくその通りだと思う。

 ただ、努力ないし訓練において著しく困難を感じる場所についての言語化を、他人への配慮なく行うと「興味が持てない」という悲鳴になる。

 他人に興味がないのにじゃあなぜ他人といっしょにいようと思うのか、といえばそれは社会的要請であったり金銭欲求であったりといった包み隠すべき何らかの存在があるだろうし、それ以外に単純なエンターテインメントコンテンツとして相手を見るのも手放しに良いという理由とも言い難い。

 興味を持つ、好意を持つという事柄には得てして理由があるけれども、その理由に基づいた行動が、思考によって引き出されるという前提は覆せない。

 著しい問題は、いつだってそれを『会話』という場所において行うことができるのかどうかだ。

 様々な技術革新が古から今に至るまで数多積み重ねられてきた中で、唯一現代に残されていると言って良い、外部装置が(ほぼ)介入できない場としての『会話』だ。

 その場において、メモリが足りないことによって『思考の補助線』が目に入らない。

 普通の人は熟慮を重ねたりあるいは自らの身体の反応を抑え込んだりすることで、適切な相手の捉え方を反芻し、感情を乗りこなし、ないしは記憶に残る目的を元にして相手に対して適切なコミュニケーションを図ることができる。

 それを、思考の補助線を脳内メモリに残すことができる、と言い換えてみたい。コミュニケーションの『視界』において、思考の補助線に基づいて言葉を選び、相手の反応を読み取り、蓄え、そして出力すること。

 その超複合的な行動が、俺にはどうしてもできなかった。メモリがあまりにも足りない。

 もともと俺は、複数桁の算数複数要素の入り込むボードゲームなどは脳内だけで思考するとすぐにフリーズして、脳内が本当に面白いくらい真っ白になる。いくらやってもそれだけは変わらず、ただただ伝言ゲームのように続けることの速度を重ね、または目の前の紙やパソコンに吐き出して、外部記憶媒体に頼って擬似的に『出来ている』風を振る舞うのが限界。にも関わらず日常の『会話』だけは、何にも頼れない。目の前でメモを取ることが許されるのはよくて仕事だけ。

 相手の会話の内容の論理構造に気を取られる。相手感情に引き摺られ防衛反応や焦燥が相手から得るべき情報を摘み取る。まさしく『幼稚』な高揚感に引き摺られ自らの口から吐き出す言葉がどこにぶつかるかを『視界』に捉えられない。終わった後には何が悪かったのかや、そもそも相手がどんな様子だったかなどの仔細は頭から吹き飛んでいる。

 メモリけが、どうにもならない。ワーキングメモリの鍛え方、みたいなものいくら調べてもろくな学術成果はなかった。いくつかの効果があるとされたのは、単にそのトレーニングにおいてのみの向上を認めたというだけで、実際にトレーニングによってワーキングメモリが向上した訳ではなかったらしい。

 『興味を持つ』という補助線を引くメモリの空き容量があれば、その思考順序から導き出せる質問や態度、そして引き出した解答を記憶してそれに基づいて相手対応検討し引き出すといった余地が産まれるのだと思う。勿論、徹底的にあらかじめ準備をして、相手の興味を事前調査し、その上で行動する営業接待などの対応は多少はできるだろうが、それも短期記憶ギリギリで、長期的に様々な要素を頭に留めておき、足りないメモリで半分パニック状態で常に会話している俺のような存在にはほぼ不可能と言って良い。

 『興味を持てない』というのは、単に相手に興味を持つといったマナーを果たせていない、というよりは、ただ目の前のボールを蹴ることだけで本当に必死になっていて、まさしくサッカー場に立てていないことについての悲鳴しかない。

 でも、その悲鳴を上げたらサッカー場には居られないから、沈黙する他にない。

2024-09-26

レプリコンワクチンに関するチェーンLINE

今日、弊社ボスから社員全員に、下に貼るチェーンLINE転送されてきた。

ボスいわく「このLINEの内容には、医学的根拠があるの!陰謀論とかじゃないの!必ず読んで!」

読めと言われたから読んではみたものの、一体どういう知能だとこれを鵜呑みにできるんです?って本気で心配になるクオリティ文章で、内容の真偽以前にまず添削必要っていうか、

ねえ……弊社のボスやばくない?

このまま着いて行って大丈夫かな?

転職考えた方が良い?

とにかく、そのチェーンLINE、ここまでアレだとむしろ面白いってレベルなので、みなさまにも是非ご覧になって頂きたい。

二通あります




貴重な情報です‼️

周りにも教えて上げて下さい。

  ⬇️

今秋、始まる「レプリコンワクチン」についてです。

これは従来のコロナワクチンとも、全く別のものです。

(危険)超完璧生物兵器」と呼んだ方がよいかも知れません。

一回、身体に入ると、スパイクタンパク永久に作り続け、止める作用は有りません。

スパイクタンパクは、『かなり毒性のある物質である事は、海外では常識』となっています

このワクチンの恐ろしいところは、打った人の唾液、呼気、汗、体液から他人電波し、スパイクタンパクを作り続ける可能性があると言う事です。

レプリコンワクチンは、世界日本けが承認しました!

明治製菓提供し、他の会社も参入する予定です。

海外ではその危険性ゆえに製造中止となっています‼️

日本政府は、5000億円を明治製菓に補助するそうです。

海外学者は、日本人がどうなるかで検討する予定だそうです。

このワクチン接種者から感染動物にも移るそうです。

マウス実験をやればすぐに分かる事なのに、日本政府はやりません。あくまでも“ 日本人で実験”するようです。異常事態です。

日本中にワクチンパンデミックが広がれば当然、日本人は他国から入国禁止にされますし、海外からも1人も来ません。鎖国状態になり日本自然消滅します。

今は、安全だと言う学者危険だと言う学者に別れています

ただ、リスクがある以上、やるわけにはいかないのが常識というものです。

日本政府財界は全くこの危険性を無視しています

皆に知らされていません。

しかすると、あるもの達の意図的計画可能性があります人口削減計画日本人でやるという事です。モルモット計画です。

これは絵空事では有りません。現実です。

周りの人に教えて下さい‼️

時間が有りません‼️👁️




社会的に信頼ある方の主治医から伝言お伝えします。

今迄のワクチンも接種に賛成ではなかったですが

今回のレブリコンワクチン💉はどんな事が有っても決して打たないで下さいね。と。

このドクター若い時に大学病院治験仕事をしていたから余計に色々分かるそうです。

今回のレブリコンワクチン世界中で許可されたのは日本のみ。

欧米アジアオセアニア全て許可されてないにも関わらず日本けが許可され政府が推奨してます

アメリカから押し付けられ日本日本人だけが治験される。

このワクチンは体内で増殖し続けて止まらないばかりか、人に感染する猛毒成分です。

シェディングでワクチンを打ってない人にも呼吸や会話や汗や排泄で猛毒ワクチン成分を家族や近くに居る人等に感染させて影響を及ぼします。

実際に九州大分で行われた新しいレプリコンワクチン治験では5000人がワクチンを打った後

即死が数人、

1週間後死亡十数人

1〜3か月後体調不良や寝たきりが100人単位

日本中がワクチンで侵されると外国から日本には行かない。日本人は入国禁止にされ鎖国状態になります

TV新聞などマスコミ政府に統制されワクチン副作用の事は表には出せない。

政府特に高齢者にはインフルエンザ帯状疱疹にも効くと言って新しいワクチンを接種する様に促します。

このドクター自分も 今迄ワクチンは1本も接種してないし勧めていないそうです。

伝えてあげれる人には新しいワクチン絶対に打ってはダメだと本気で伝えて欲しいと言ってます

絶対に次のワクチンは打ってはいけないとの事です。

人は知らない情報を軽視する

同僚からサーバ不具合相談を受けた。

起こってる現象からなんとなく不具合の原因のアタリはついたので、

管理者の人にこれこれこう伝えてみて」

アドバイスした。

しばし後、同僚がサーバ管理者に宛てたメールCCで届いた。

見ると、私が「これこれこう」と申し送ったことのうち、わりと肝心な部分がまるっと端折られていた。

(なんでそこ端折るかな……)

やがてサーバ管理者から何度か逆質問メールが返ってきた。

質問の大半はすでに私が「これこれこう」と伝えていた事柄についての確認だった。

(ほらね、こうなる……)

人は伝言ゲームの際に無意識情報の取捨選択をしてしまう。

その時、自分理解の外にあるもの特に省略されやすい。

当然、自分も同じことをしてしまっているかもしれない。

自戒せねばならないと思った。

2024-09-20

anond:20240920131903

伝言ゲームみたいな?

A→BとB→Cでそれぞれノイズがあるけど共通部分があるのである程度伝言できてるけど

A→Cにはもはやどこにも接点がない感じみたいな

2024-09-17

「異性と遊ぶ経験」を積まないと詰む

最近気がついたんだけど、恋愛とか結婚本質って「遊び」だと思う。

平日は仕事から帰ってパートナーと過ごす。仕事愚痴とかSNSで見たくだらないこととか話して笑って、これも一種の遊び。

週末もパートナーと過ごす。外食に行く、買い物行く、旅行する、だらだらする。こんなもん完全に遊び。学生時代友達同士でやってたことと変わりない。

子どもがいても同じ。子どもを遊ばせているようでいて、自分たちもパパ友ママ友交流したりして、けっこう遊んでる。「子どもたちの成長を見守る」という遊びをやってる感覚

恋愛結婚というと、どうしても金のこととか仕事との両立とか、家事が大変とか育児が大変とか、しんどい話になりがちだけど、そんな諸々に関わってる時間より「パートナーと遊んでる時間」のほうが圧倒的に長いと思う。一人になる時間もそんなにないし。

から、もし将来家庭を築きたいと思うなら、若いうちに異性と(一対一でも、グループでも)遊ぶ経験をしておかないと詰む。

いい年になってからの「女(男)友達ゼロ」は、マジで恋愛イベント参加の障壁になるから20代のうちから重々気をつけてほしい。後から後悔しても遅いんだ。

30歳交際歴ナシからなんとか結婚できた人間から伝言でした。

2024-07-26

anond:20240725142420

増田くん、長すぎるってブクマで言われてるよ。

id:lostnamer 岡美穂子の感想→「弥助の見た目は大黒天八幡神っぽいかも」→X民「弥助はネ申」/マジカバナナ/人は皆思い付きとその場の感想で喋るものだなあと/自身も長すぎて飛ばし読みしてたら誤読したので自戒を込めて。 ブコメ修正

増田君の文章が長すぎるからid:lostnamerさんは、

「岡美穂子先生あくま感想として述べたものを愚かなX民が早とちりした」

という話だと誤読したみたいだよ。

マジカバナナ」が何を意味してるかは分からないや。連想ゲームだよね?「伝言ゲーム」との混同かな?

まあなんにせよ、かわいそうだから短くしてあげなよ。

ちなみにこれは思い付きとその場の感想だよ。

2024-07-20

今日の暇空茜

自慰行為を18歳になるまで許されなかった陰惨な家庭事情を語る

貧乏家庭に無償で8千円分の食料を支援するNPOに「8千円分もない」と噛みつくが、写真商品の値段1つずつ調べるとむしろ1万円オーバーだと論破される(企業から無償提供分を引くと8千円ほどになる?)

支援食料の米のパッケージが2年前の古米だと騒ぐが、今年の分も同じパッケージだと論破される

・暇アノン、「貧乏家庭に8千円で古米を売りつける悪徳業者」だと伝言ゲームで信じ込んで集団団体攻撃

・アサクリ騒動に絡みつき表現規制に加担、アサクリ問題の背後にColaboがいると主張

・Colaboと関係のある団体がアサクリ制作会社UBIの背後にいると主張するが、別にUBIはその団体関係ない

2024-07-17

小2から20年くらい片思いしてる人のインスタにフォローリクエスト送った

中1のときキモいって言われてたよって言われ(伝言)てから避けてて高校から物理的な距離も開いて完全に今何してるか全く分からない

大学入ったあたりからは流石に思い薄れたけど未だにたまに思い出すので多分吹っ切れてない

最後に喋ったの12年前でこれなのヤバくね?

2024-07-14

anond:20240707234939

自分に都合悪いから伏せてたけどブロックされる前に鬼電しちゃいました

友達の親御さんにはそれも正直に話した…

先週の日曜(7/7)に向こうのお父さんが「今日明日探してまた連絡する」と言ってから音沙汰がなく、金曜に一度発信したが出ず、昨日日曜日にまた20時頃かけたが出なかった。

友達の父の名前は知っているので検索するとInstagramFacebookも出てくるので見てみると今日は夜はイベントに行っていたようだった。

明日以降また電話する。

2024/07/15追記

今日15日に20時頃電話をかけたけど出なかった。

21時頃再びかけたら友達の父が出た。

私は忘れられていたとしたら思い出して欲しいのもあったけど、先週伝えた内容だけだと探す際に情報不足で見つけられないかもしれない、だから難航していて連絡をくれないのかもしれないと思ったからもう少し外観について伝えようと思って電話をした。

でもなんか初っ端から怒ってる?雰囲気だった。先週の日曜日に「今日明日探してみてまた連絡する」と言ってたからそれを待たずにこっちからまた連絡したのが催促のようで不快だったのかな。

なんか繰り返し10年以上前のものを突然催促されても〜みたいなのことをいうからそれを怒っているのかな?と思って聞いていると娘も記憶曖昧なようで、みたいな着地の仕方をするから困っているだけなのかな?

正確には10年前貸したんじゃなくて15年前貸して10年前催促してそこから連絡手段が断たれてたんだけど。

から話し始めたことも向こうから聞かれたことに答えている最中にも被せて話してくるからこっちも心が折れてあまり情報を伝えられなかった。こちらが簡潔に答えられないのも悪いけど。先週話した時はまた探すと言ってくれたり、鬼電したこと謝罪伝言お願いしたいと言ったら「それは娘が悪いので」と言っていたからすっかり友人父のことは味方のつもりで連絡したから怒りのトーンに面食らってしまった。

とりあえず貸した物の外観に関わることを伝えられた。あとインスタのDMであとで外観の参考画像送りますと言った。

今回主に向こうから言われたことは

①娘(友人)曰く、(今回友人と友人父に主に伝えている、)それを渡す時に入れた鞄の見た目見覚えはあるけど正直中身に関する記憶がない。なので本当は借りていないのでは?

②娘(友人)に「自分が直接対応するかは間に入らなくていい」と言われた。(から繋ごうか?ってことなのかな はっきり言われなかった)

③また探して来週末にでも連絡する

①に関しては10年前催促した時も実家に置いてるはずと言われたから正直初耳だった。

②まだLINEブロックされてるしTwitterは消されたんだけどどう連絡したらいいんだろう、ブロック解除するように言ってくれるってこと?電話番号を伝えてくれるってこと?

①②は話して認識を擦り合わせたかったけどあまり話させてもらえなくて言えなかった。来週末電話もらう約束したので精一杯だった。

インスタフォローしてDM送ったけど向こうがDMリクエスト承認してくれないから読んでくれたのかもわからないし返事もこない。最新の投稿自己紹介リプライDMリクエスト許可一時的にでもフォローバックして欲しい旨を書き込んだけどいいねがついただけ。

2024-07-09

自分の父が毒親だとわかった日

「30年近く同居している祖母精神疾患があると知った日」

https://anond.hatelabo.jp/20240706023024

数日前に↑を投稿した。

思ってた以上にたくさんの方に反応してもらえて、本当にありがたかった。私は自分の家のことを誰かにしたことほとんどなかったから。

前回の投稿追記にも書いたが、父と言い争いをした次の日、私はカウンセリング相談に行った。

そして、カウンセラーに「あなたのお父さんは残念ながら世間一般で言う毒親です」と言われて衝撃を受けた。

コメントでも、父に対し「毒親だ」「まともじゃない」「そんな親からは逃げろ」という意見が見られた。

正直、私は今も自分の父を毒親という言葉表現していいのかはわからない。

でも、私にとっていい父親ではなかったと、ようやく思えるようになった。

長い間、父がおかしいのか、自分が求めすぎているのか本当にわからなかったのだ。

私と同じように、父から、あるいは母から離れるべきか悩んでいるひとも多いはずだ。

悩んでいる方の参考になるかわからないが、私が生まれるまでの父の人生と、私から見た父と祖母の話をそれぞれ書き出していく。

私には父方の祖父がいない。幼い父と叔母(父の妹)、そして専業主婦だった祖母を置いて、祖父は突然出ていったからだ。そこから祖母は女手ひとりで父と叔母を育てた。私が想像もできないくらい壮絶な生活だったのは確実だと思う。

それでも父は猛勉強して、希望していた大学合格し、それなりに知名度のある有名な会社に入った。そして実家を出た。数年後、叔母も実家を出て、祖母一人暮らしになり、このタイミング精神疾患発症し、精神科に3回入院していたようだ。

父はその事実を伏せたまま母と結婚し、その数年後に私が生まれた。その2年後に妹が生まれ、同時に祖母との同居が始まった。

父は定年まで同じ会社で勤め続けた。おかげで私は金銭的に苦労をしたことがない。

父も叔母も祖母も、祖父が出ていったときの話を一度もしたことがない。なぜ私が祖父が出ていったことを知っているかと言うと、父方の祖父がいないことを不思議に思った私が、子どもの頃に母に理由を聞いたからだ。母は言いにくそうにだったが教えてくれた。加えて、「お父さんがいるって本当に幸せことなんだよ」と私に言った。この言葉が、わたしの中で、ひとつ価値観になってしまった。

ここからは私から見た家庭内の話になる。父のことから書いていく。

父が仕事から帰ってきたとき、母は「おかえり」と必ず声をかけていた。でも、「ただいま」を父が返すところは見たことがない。

父は母が作ってくれた食事を美味しいということは一度もなかった。眉を顰め、あまり噛まずに飲み込む。うまく切れていない野菜を箸でつまみあげ、「見てこれ。ひどいね」と笑いながら言うこともあった。母の前で、私や妹に向かって言うのだ。

仕事が忙しくなり、私が寝た後に父が帰ってくるのが当たり前になった時期があった。母が父の分の食事ラップをして、箸を置いて、すぐ食べられるように準備しているところを私は見ていた。私が朝起きても、食事はそのままだった。母はそれを流し台に捨てていた。

家族食事をしているとき、私が箸を落としたり味噌汁をこぼすたび、父はうんざりした顔をして、なにも話さなくなった。母に「なにやってんの!」と怒られることより、自分のせいで父の機嫌が悪くなることのほうがなぜかずっと怖かった。

私は母のことが大好きだった。同じくらい父のことも大好きだった。でもなにより、父に嫌われることが怖かった。

から母はかわいそうじゃない。父は母をそういうふうに扱っていいひとなんだから。母の失敗は笑っていいんだ。そう思っていた。私は切れてない野菜を見つけるたび、父と笑った。母は何も言わなかった。

気づけば、元から会話が少なかった父と母はほとんど話さなくなった。相手用事があるときは、私か妹に伝言を頼むのだ。

喧嘩しちゃったのかなあ」と私は思っていた。それでも、すぐ仲直りするだろうと気にしないようにしていた。

いつしか父と母が話さないことが当たり前になっていた。そしてそれに触れること自体タブーなんだとわかっていた。

学校休みの日、「〇〇(近くの遊園地)に行くぞ!」と突然私と妹に行った。父の行動はいつも突然だった。どれだけ気乗りしなくても、私も妹も何も言わず父について行った。それが一番正しい行動だと思っていたからだ。

でも、その日はどうしても行きたくなかった。家で友達から借りた漫画を読むのを楽しみにしていたからだ。

行きたくない。家にいる」と返すと父は「行ったら楽しいぞ。行こう」と眉を顰めつつ言った。少し怖かったが「読みたい漫画があるから」と返した。「そんなんいつでも読める。行くぞ」うんざりした口調で父は言った。どれだけ駄々をこねても、私が泣き出しても、父は全く引かなかった。私は諦めて遊園地に行った。

父は私を楽しませようとしているんじゃなくて、"休日に娘を遊園地に連れていった"という事実がほしかったんだと気づいたのはもっと後のことだった。

中学生になると流石に父との会話は減ったが、それでも父が好きだった。正直、父の振る舞いに違和感を感じていた。信頼はできなかった。父の行動を真似るのはやめた。でも父に勉強を教えてもらうのも好きだった。そして、まだ父が怖かった。

そんな家で育った私が友達の家に初めて泊まった日、衝撃の連続だった。たぶん、私が中3か高1の時だったと思う。

その日、友達のお父さんは先に夕食を済ませ、夜勤に行く準備をしていた。夜にお仕事するひともいるんだなあと思っていたら、お父さんがお母さんに「たぶんいつもより遅くなる」と話しかけた。お母さんが「ならお腹空くやろうから朝ごはん多く用意しとくわ」と答えていた(多分こんな感じの会話だった)。

え?お父さんとお母さんってこんなに普通に話すもの

友達のお母さんが私と友達に準備してくれた食事を食べていると、友達が「このおかずめっちゃ好きやねん!」と私に言った。友達のお母さんは「いつもそれ言うから今日は多めに作ったよ」と笑いながら言った。

え?お母さんの食事って、おいしいって感じるもの?そしてそれを伝えるもの

友達の家の全てが衝撃だった。

私の家のお父さんって、もしかしてひどいお父さんなんじゃないか

私って、ひどい娘なんじゃないか

ずっと感じていた違和感の正体がわかった気がした。

そしてモラハラ、という言葉を知ったとき、まさにお父さんじゃんと思った。

それから、父との関係は一気に悪くなった。勉強でわからないところがあっても父に聞かなくなった。あまり顔を合わせたくなくなった。

父が突然態度が変わった私に困惑するのを感じた。まあ反抗期なんだろうと納得しようとしていたのもわかった。

私が直接父に不満を言うことはなかった。

父にはお父さんがいないんだから。父の方が私より辛かったんだ。そして、"父"を知らないんだから父親が下手なのも当然だと思っていた。

父が友人とどこかに出かけることは見たことがなかった。会社の人と飲みに行くこともほとんどなかった。

父には友人がいないことにも気付いていた。だから私のように自分以外の家庭を知るきっかけもなかったんだろうと、私は自分を納得させて生きてきた。

自分父親大事にできない自分こそ、"娘"が下手なんだと思う気持ちが強かった。

それでも父への違和感は日に日に強くなっていった。

こうして私は父を避けて生きるようになる。

ここから祖母の話になる。

正直、祖母との思い出はほとんどない。私が幼稚園の頃、オセロ相手をしてくれたことくらいだ。

日中妄想独り言を呟き、自分で作った変な歌を大声で歌い、一人二役で会話をする。 部屋に監視カメラがついていると言ったり、テレビから電磁波が出てると大騒ぎしたり、好きな野球選手結婚することになったから出て行くと言い出したり。皇室手作り人形を送りつけ、返送されることもあった。そして母や親戚と揉め事を起こす。それが私が知っている祖母の全てだ。

様子がおかしくなっていく過程を見ていたら、病気になったのかと疑うこともできたかもしれない。

でもまともな祖母を見たことがなかった。だから祖母は生まれた時からこういうひとなんだと思っていた。

祖母普通じゃないかもしれないと思ったのは、私が高校生の頃だ。

クラス友達数人とお昼を食べていると、友達の1人が「最近おじいちゃんボケてきててさ、ご飯食べたばっかりなのに食べてない!って言うんよね。認知症の人ってほんまにそう言うんやってびっくりした」と笑いながら話していた。別の1人が、うちはひいおばあちゃんボケちゃって〜と笑っていた。

それを聞いた私は、点と点が繋がったように感じた。

みんなのおばあちゃんよりちょっと早いけど、私のおばあちゃんのあの行動は、認知症だったのか!と本気で思ったのだ。

祖母のことは、今まで誰にも話したことがなかった。でも、認知症だったんだ。それなら話せる!と私も笑いながら友達に言った。

「うちのおばあちゃんも、なんかテレビから電磁波が出てるとか、部屋に監視カメラがついてるとか、会ったこともない好きな野球選手結婚するから出て行くとか言うんだよね」と。

空気が変わるのを感じた。みんなが一気に警戒するのがわかった。「いや、それ、ボケとかじゃないんじゃない?病院に行ったほうがいいような…」と1人が遠慮がちに言った。周りも同意するように頷いた。そしてすぐに違う話になった。

今なら笑えるが、当時の私にとっては本当に恥ずかしい出来事だった。やっぱり祖母普通じゃないんだ。それがわからなかった自分普通じゃないんだ。死にたくなった。それから誰にも祖母の話はしなかった。

私が部屋で寝ていると、深夜にドンドンドンドン!と凄まじい勢いでノックする音で目が覚めた。

「〇〇ちゃん!〇〇ちゃん!」と部屋の外から祖母が私を呼ぶ声が聞こえた。

私が「もうなに!?」と声を荒げて扉を開けると、「なにかあったか?なあ、なにかあったか?」と、祖母は虚な目で縋るように私に聞いた。

祖母には何かが聞こえたんだろう。何かが見えたのかもしれない。でも私には何も聞こえてないし見えてない。私は「なにも起きてない!もうほんとにやめて!」と怒鳴って部屋を閉めた。部屋の外から祖母がなにかブツブツ呟く声が聞こえた。布団を被って目を瞑った。しばらくすると、祖母が諦めて自分の部屋に戻って行く音が聞こえた。

次の日、祖母が「昨日は悪かったなあ」と涙を浮かべて私に謝ってきた。勘弁して欲しかった。泣きたいのは私だと言ってやりたかった。私は祖母無視してその場を離れた。

部屋に戻った祖母が大声で歌ってるのが聞こえてきた。「〇〇さんお願いしまーす!〇〇さんと結婚しまーす!ひとりで〇〇さんのところに行きまーす!」と何度も何度も繰り返していた。

こんなことは日常茶飯事だった。

祖母がずっとずっと不気味だった。

でも病気なのか、もとからそういうひとなのか、私には本当に長い間わからなかった。

祖母が早く死んだらいいのに。

そしたらこの家ももう少しはまともだったかもしれないのに。

そう思うこともあった。

そんなことを考える自分が情けなかった。

気付けば、私は祖母のことを見えないもののように振る舞うようになっていた。それが一番楽だったからだ。

これが私から見た父と祖母だ。

もちろん書いたことが全てではない。

父や祖母から愛情を感じることもあったような気がする。

でもなぜか今は思い出せない。

父も祖母も、普通じゃなかった。

私は、気づくまで30年近くかかった。

2024-07-08

anond:20240707142628

今日ケアマネが来て話し合い、主治医病院入院することになった

すでに3回入院しているが、治療のためだったので3か月が限度である

主治医から伝言は「次の入院がおそらく最期なので、入る前に会いたい人に会っておいてください」とのことだった

ケアマネが帰ってから介護入院までの我慢ということで比較的穏やかに進んでいる

母は条件として「入院前に髪を切りたいからなじみの美容師を家に呼べ」と言っているが

2024-06-05

受験勉強無責任にやるもんだ

人が言ってたことを伝言ゲーム再現コピー具合を競争している

又聞き力、拡声器としての力

2024-06-04

anond:20240604013430

推しの子伝言ゲームまんまだな。

小学館原作者の「歴史文化的にあり得ないか確認して」という言葉をそのまま伝えずに改変して、「監修者OKが出たのか」に後退させてるし。

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