はてなキーワード: 現象とは
例えば、理科の授業で植物の構造を学ぶ。花の花弁がどうこう、葉緑体の構造がどうこう、毛細の仕組みがどうこう。
そこに、「ある花は綺麗で、ある花は醜い!」とか「日本古来愛されてきた桜の構造だけ学べばよくて他の木は適当でいい!」みたいな価値判断は普通入らない。
社会の授業で、世界の国々の様子を学ぶ。アメリカの選挙制度はどうこう、ロシアの大きさはどうこう、世界の人口はどうこう。
そこで、社会の授業という枠組みで「アメリカの政治制度は正しく、中国は間違ってる!(逆も)」とか「北方領土!竹島!日本の国土!」という授業を何時間も続けるということは異常である。少なくとも社会科の枠組みではない。
性教育はどうか。
性器の構造。精通や生理。妊娠と出産。これらは理科的・生物学的側面といえる。
一方で、「成人するまでセックスを我慢しよう(逆にどんどんセックスをしよう)」とか「セックスの前に合意をしよう。その合意は空気ではなく口頭で行うべきで~」とか「堕胎の是非」とかは思想的な問題である。
だが、性教育は前者と後者が混然と一体になり、しかも数多くの自称専門家が、その政治思想の左右を問わず好き勝手言い合うことが平然と行われている分野である。
これらにカリキュラム的な問題が合わさり、「外部の『専門家』を学校に呼んで特別授業を行う」という他の分野ではほとんど見られない現象が生じ、ますます事実とそれ以外の混入に拍車がかかっている。
それも、たとえば修学旅行前の平和授業なら、目の前にいるのが被爆者の語り部であり個人的な経験を語っているということは、子供ながらでもわかる形となっている(そしてこれは社会科の枠組みではないはずである)。
だが性教育の出張授業になると、途端に目の前にいるのは実際の業績が不明で、科学的なことを語るはずが事実と思想の分別がつかない言動をする教授や医者のいうことを、子供たちは鵜呑みにさせられることになる。
実際、私の時は、女医が学校に来て、そういう教育を受けた。しかもその女医は「そんなんじゃ女の子にモテないよ」式の言動をテコに性教育を行うタイプの人間であった。
もちろん、学校という現場だけの問題であるとは言わない。文科省。公立・私立。地域や家庭。色々な問題が絡んでいる。
個人差が大きく、急激に変貌する個々人の身体。「初めての生理が来たら赤飯を焚いて…」という風習に代表されるような、事実・思想以前の地域的な性のあり方。
だが、それにしても、である。
仮の話、私が「全世界フリーセックス!」「0歳児でも100歳の老人でもみんなセックスセックスセックス!」と子供たちに教えることも、究極的には、性教育になる、ということである。それで私は学位も実績も無しに専門家を名乗れるということである。
何をバカなことを、とみんな思うだろうが、この逆の立場の「純潔教育」は堂々と行われてきたし、今も行っているところがある。
以前、母親たちが自発的に性教育の授業を行う取り組みが「ニッポンの性教育 セックスをどこまで教えるか」というタイトルでドキュメンタリー番組として放映されていた。
その番組では、2000年代のいわゆる性教育に対するバックラッシュにも触れられており、自民の山谷えり子議員に直撃取材も行っていた。
番組としては、明記などはされないが、母親たちが先進的かつ真摯であり、バックラッシュに加担した山谷は後進的かつ不誠実であると描写したいようだった。
だが、性教育の「教育」を考えるとき、無論山谷の行為には旧来の「寝た子を起こすな」式の問題があったとしても、前述の母親たちの行っている授業が果たしてどこまで「教育」なのか、その側面には触れられているようには見えなかった。
謝って引き下がって終わらせたい、そんな意図を汲み取らずどこまで燃やし尽くすガソリンおじさんがますます女性客を遠ざけてくれる
女性よりも女性について詳しく、女性よりも女性服について詳しいという謎の自信をみなぎらせろ!!!
@tobetobetombe
で、おそらくは顧客ではない、100円ショップで買ってるような人たちが攻撃してるのがね。
「取り出すだけで破れる」なら、取り出し方が悪いって理解できない人たち。
チー牛……😢
・袋(台紙)から取り出す時に破れる
・着用1回目で伝染
大体の人経験あると思う
あと百均で3年バイトしてたけどストッキング買う女の人見たことないかも。急遽必要になって買う人はいるのかもしれないけど(それすらも見た記憶ない)普段用で買う人っているのか…?
なんで顧客ではないって決めつけるんだろ。
普通にショッピングセンターなんかにもよく出店してるお店だし、買ったことある人も多いはずだよ。
なんで顧客ではないって決めつけるんだろ。
普通にショッピングセンターなんかにもよく出店してるお店だし、買ったことある人も多いはずだよ。
この世界ではおよそ20年に1度、神様に選ばれた印を顔に刻まれて生まれてくる子供がいる
発光した複雑な模様で人為的には作ることはできず、神の業だとされる
その印を持つ者は15歳になって成人したら国王になり、また次の印を持つ子が生まれて15歳になったら譲位する決まり
主人公は印を持って生まれたが、ワケアリの母に「みっともないアザは隠しなさい」と言われて育ち、母が急逝後に呆然として言いつけを破って顔を晒していたせいで14歳になって初めて王城に連行される
本来なら20年ごとにしか印持ちは生まれないのに王城には主人公の他にもう一人印を持った子供ヴァイルがおり、生まれた時から帝王教育を受けて育ったヴァイルの能力を15歳になるまでの1年間で追い抜けたら主人公が玉座を勝ち取れることになる
「神の業、人の業」は、神の業によってつけられた印を人為的に他人へ移植ができないかという実験が行われるイベントだ
ヴァイルの従兄のタナッセと憎み合っていると、タナッセが魔術師を雇って無理矢理主人公の印を奪おうとする
その魔術師の発言によれば、印はもとより神の恩恵などではなく、古代の強力な魔術師が人間に植え付けたものにすぎないという
一定以上の魔力を持って生まれた者に発現し、印を持つ者はその魔力の高さを無意識に活かしているがためにあらゆる分野で非凡さを見せ、まるで神に選ばれたような実力を発揮できるにすぎないという
タナッセは印によって王位を得る制度に懐疑的であり、人の業で奪える程度のものだと証明することで制度をぶっ壊そうとしていた
しかし古代の術師の能力は現代魔術師からすると複雑深遠すぎて、印を奪っても主人公の生命には問題ないという話だったがやっぱり続行すると死んじゃうわとなった
結局タナッセは人殺しになるほどの度胸がないので儀式を中断、主人公は瀕死状態になるも回復していく
だが完全には回復しきらない
主人公のパラメーターはグングンズイズイ上がりやすくなっていたのだが、儀式前よりも上がりが悪くなる
中断したとはいえ途中まで儀式をやって、魔力をタナッセにかなり吸われてしまったせいで本来よりも弱体化したのである
その後タナッセと恋愛展開になってキスをすると体力値がピコーンと上昇するので、粘膜接触により魔力返還が行われるというエロゲでよくある現象が発生している可能性がある
タナッセと恋愛関係になった後で、無性別の主人公が成人してタナッセと同性の男性を選ぶと、タナッセはホモは嫌じゃと姿を消してしまう
しかしそれから数年後、タナッセから指輪が届けられ、奇妙なぬくもりのあるその指輪をつけると主人公の体力がピコーンと上がる
主人公から魔力を奪って弱らせたことを後悔したタナッセが、ホモセックスはお断りだがそれ以外の方法で返還するために石に魔力を込める方法などを模索して届けたのではないかと思われる
主人公が女になった場合はすぐに結婚しており、セックスによる返還が行われているだろう
粘膜接触による魔力の譲渡ってタナッセにしかできないのだろうかと昨日から妄想している
印を持つヴァイル、リリアノも魔力高いはずだから分け与えてはもらえないか
あとルージョンも魔力高そうだし、信仰によって魔力値が上がるからティントアからももらえないか
主人公のものだった魔力を返還、というのはタナッセからしか無理だろうけど・・・
単純にエネルギーとしての魔力ではなく、魔力を生み出すための回路みたいなのがタナッセに移ってしまったのだろうか
ティントアは「双子の片割れと手をつなぐと同一のものを感じるが、主人公とだと混ざる感じがする」と発言しており、これは魔力のことだと思われる
信仰心の高いティントアは魔力修行自体はしていなくても勝手に魔力がかなり高くなっており、魔力の動きも感じ取れていそう
ティントアが恋愛ルートで主人公にベタベタしてくるの、魔力の混じりあいが気持ちいいからってのもあるんじゃないか
タナッセ返還ほどではないかもしれないが、触れ合うことによる魔力の移動はあるようだし、弱った主人公を治せるかもしれない
神業人業経由のヴァイルエンドとかルージョンエンドとかで、体を治すためという名目でのイチャラブ、アリではないか?
ルージョンに「勘違いするな。私はお前を弟弟子としか思っていない。お前の体がボロボロのままじゃ私が不便だから協力してやるだけだ」とツンデレされながらセックスできる未来があるかもしれない
一つ付け加えさせてもらいたいのは
“ネット(SNS)は一部の先鋭的な人間を抽出し拡散する装置だ”ということ。
ここで書かれている「ブクマカ」にそういう傾向があるとして、
それをはてなユーザー全体に敷衍するのは危険だし、さらに「日本人の特性」も言い過ぎかもしれない。
狂ってる奴ほど声がデカくなる、というのは仕方ないので、
それが多数派に見えても、それはやはり大きな全体の一部で、
ネットに触れていると忘れがちになるけど
自分も今年読んで良かった本を5冊書いてみたい。フィクション文芸本縛りで。
ちな今年読んだ本は61冊。
夜にしか現れない謎の生物「夜片(やへん)」を、主人公の男性と幼馴染である彼女とで追いかける話。
話が進むにつれてその夜片の謎が解けてきて、自分自身の過去や人生の意味に向き合うことになるのが秀逸。
静かな文章の中にじんわりと心に響く切なさがあって、ラストの衝撃的な結末には胸がギュッとなった。読後感がとにかく余韻たっぷりでよい。
東京の大半が水没して、人々は「泡舟」と呼ばれる浮かぶ小さな島に分かれて暮らしてる。
主人公の青年はある日、別の泡舟から流れ着いた少女と出会うんだけど、彼女の秘密がきっかけで世界全体の再生計画が動き出すって話。
自然と人間の共存がテーマなんだけど、絵描写みたいに鮮やかな文章がすごいのと、キャラクターの成長がリアルで感情移入しまくりだった。
この世界では、人が生きている間に経験した記憶が本の形になって図書館に収められる。でもそれを読めるのは本人だけっていう設定。
主人公は記憶図書館の司書なんだけど、ある日、自分が封印したはずの記憶の本を偶然見つけてしまう。そこには彼が「忘れたい」と願った真実が書かれてて……って感じ。
記憶とは何か、過去とどう向き合うべきかを考えさせられる深い物語だった。
長い間風が吹かなくなった世界で、主人公たちは「風を起こす装置」を開発するために奮闘する。
風が止まった理由は科学的な現象だと言う人もいれば、神々の怒りだって信じる人もいて、村同士の争いが激しくなっていく。
その中で主人公は過去の失敗や裏切りと向き合いながら、風の復活を信じて挑む。
科学と信仰のテーマが重厚で、登場人物たちの葛藤がリアルだった。秀作。
都会から田舎の大学に進学した主人公が、ゼミのフィールドワークで山奥の村を訪れるところから始まる。
村では毎年「木霊祭」という奇妙な儀式が行われていて、木々の間を揺れる光や音が「木霊」として崇められてる。
最初はただのホラーかと思いきや、村の秘密や儀式の真相が明かされるにつれて、人々の悲しみや希望が浮かび上がる。
ホラーと人間ドラマが絶妙に絡み合ってて、ラストはちょっと泣いてしまった。
この説明は心理学や行動経済学の観点からある程度正当化できますが、いくつか補足が必要です。以下に整理してみます。
1. リスク回避行動と最悪の状況
人間は「損失回避」や「リスク回避」に強く影響される傾向があります。これは行動経済学で広く認識されている現象であり、最悪の状況を過大評価してしまう心理(例:危害を受ける可能性)が、意思決定に大きな影響を与えることが知られています。
2. 最善の結果を考慮するかは人による
一方で、最善の状況(例:相手が善良である可能性)を積極的に考えるかどうかは、個人の性格や価値観、また状況に依存します。リスクに対する感受性が高い人は、最善の結果よりも最悪の結果に偏る傾向があります。全ての人が「両方を天秤にかける」わけではありません。
3. 避ける行動の合理性
「避ける」という選択肢が合理的かどうかは、文脈や背景情報に左右されます。タトゥーの有無が本当にリスクに関連している場合、その判断は合理的と言えます。しかし、もしタトゥーと危害の関連性が統計的・科学的に裏付けられていない場合、この判断は偏見やステレオタイプに基づくものである可能性が高いです。この場合、行動経済学の観点では「認知バイアス」による判断ミスとされることもあります。
4. 全体的な判断
このプロセス自体は人間の自然な意思決定のメカニズムであり、完全に「間違い」とは言えません。しかし、前提条件(例:タトゥーをした人=危害を加える可能性が高い)が偏見に基づくものである場合、その意思決定プロセス自体が問題視される可能性があります。
結論として、「最悪の状況を避けるために避ける行動を取る」という点は行動経済学的に説明可能ですが、前提条件の妥当性や背景にある認知バイアスに注意する必要があります。
一方的に嘘松認定したものが実は創作でなく事実であった場合に、デマであると断定して吹聴した側が罰せられることがないっていう抜け穴を使って常に自身を制裁する側に置くためのハック行為だよ
仮にそれに失敗したとしてもリスクが何もないんだから、少しでも話の展開が気に食わなければ片っ端から嘘松認定していけば、情報の真偽を見極める目を持った正しい側でいるためにそうしない理由がない
それに突っ込まれれば情報を盲目的に信じないことの意義やフェイクに対する賢い態度としていくらでも反論できるし、なんなら自身は直接嘘松認定しなくても、それをしてくれるブクマにスターを上げることで間接的に正義ポイントを稼げる構造になってる
↓どれだけそれっぽく言い訳しようが、ようはこれと同じだ
/´ ̄ ̄ ̄`Y
| チョ .ジャ .|
____ | オ ア |
/ / /| | オ アッ |
_| ̄ ̄ ̄ ̄| .|__ ∠ ン プ |
/ |____|/ / \ ノ
 ̄ ̄  ̄ ̄  ̄ ̄ ̄
https://anond.hatelabo.jp/20241214151650
何でこんなに親の仇みたいに叩くの?って、ただこれって似た現象よく見かけるんだよね
・不倫した人に対して
・炎上した人に対して
・不良に対して
・ハラスメントした人に対して
・自転車乗りに対して
(あと人によっては、海外で犯罪にあった女性、夜職、性病持ち、マナー違反者、病気持ち、勉強ができない人、貧乏人、情弱も、原作レイプ。
つまり、「叩いて良いと判定すると死ぬまで叩く」って現象なんだよね
昔から興味深く観察している
一応言うとブクマカだけじゃなくて、ネット世論は大体そうで、いっそこれは日本人的な考え方だと言っていた人も見たことがある
個人的には性犯罪者が一番わかり易い、法律的に微罪であっても死刑や去勢を求める人が居るじゃん?「◯◯した人には何でもしていい」となる
特徴としては
たとえばタトゥーなら
・叩かれてもしょうがない、なぜなら〜
普通に考えたら「施設出禁」なんてペナルティーを負うほどの事って中々無いと思うんだが、それを言っても「自業自得」で片付けられる
(ちなみに世の中の温泉の半分は入れるが、それについても無視している)
判定に入ってない者(例えば温泉に慣れていない外国旅行者)には寛容
この現象がなぜ起きるのか、正直分かっていない
村人がそいつらをコミュニティから排斥しようとするような感じで
現代のホワイト社会がそれに拍車をかけていて、そういう属性を持ってる人が身内に居なくなり「彼ら」となることで排斥しやすくなったのではないだろうか
実は同じような排斥はオタクが昔受けていたんだけど、だからやめましょうとはならないらしい
この現象が発現する人、しない人は明確に別れてると思うが、ネット世論の半分以上の人がこういう論調をやるので、いきなり攻撃的になってビックリする
こうなると言葉も通じない、「こいつらが悪い」「自己責任」を繰り返すマシーンとなる
これが行き過ぎると実際の行動・クレームになると思うんだよね
あと、2chのような斜に構えてる、アウトロー集団はこれが発現しづらい傾向にあるのではないかと思う(あくまでしづらいだけ)
はてなーのように「自分は善良な市民だ」と思ってる奴らほどこれが発症する
誰かもっと研究して欲しい、ひょっとしたら日本人特有の病気かもしれん、もしくは人類皆そうなのかもしれんが
例えばだけど、これって関東大震災の時の在日韓国人殺害みたいな感じで
災害時に「タトゥーしてる集団が毒を流そうとしてるらしい」みたいな噂がたったら普通に殺しかねないよね?
普通に恐いんだよなあ、いつかそういう奴らにターゲットにされたらと思うと
叩いて良い判定になると全く冷静さを失うから、今そのモードなのかどうかわからない
________
>おまえもブクマカで括っている
真面目に受け取るのであれば、自分の判定がソレなんだろうけど
ちょっと違うんだよね、俺は別に排除排斥したいとか、死ねとか、自業自得だと、人格否定だとか言ってないし思ってないからね?
一番大きいのは「お前らどうした?」という困惑だよ、「急に攻撃的になる」って元増田も言ってただろ?怖いし冷静だと思えないんだよ
これをずっと前から抱えている、まるでキレ散らかさない俺がおかしいみたいだ
あと、ここがはてなだからそう書いたけど、上で言った通りネット世論の特徴か、日本人の特徴か、人間の特徴かまだ判別がついていない
こういうのはよくあることで、ある集団の特徴かと思ったら生物皆そうだったとかあるからね、だからこそ特徴を定義して他集団ではどうか観察すべきなんだが
________
ちょっと仮説思いついたんだけど
子供がルール違反者に対して糾弾するのにちょっと近い感じがするんだけどどうだろうか
つまり「自分たちはルール守ってるのに」の思いから「ズルした奴らは許されないべき」の気持ちに発展するみたいな
で、皆で攻撃することで自分らのルールを守っていこうという結束に繋がってるみたいな
要は村ルールに基づいた私刑の一種なんだけど、自警団みたいな?
例えば犯罪者が減刑されたりすると「死刑にしろ」っていうようなタイプ
この「アウトローを許さない良い子ちゃん」と「故意のアウトロー」と「自然体」に分かれない?
自然体は「たまたま良い子ちゃん」と、「たまたまアウトロー」に分かれる
委員長とか風紀を守りたい勢が、この許さない良い子ちゃんなのではないかと
例えば俺なんかは自然体でさ、たまたまタトゥー入れてない陣営なんだけど
この人、元はてな村住人で、はてなイナゴに絡まれてはてなからエクソダスしたんで「北朝鮮から亡命してきた人が大韓民国の秘密警察になって脱北者を拷問していた(歴史的事実)」みたいな現象だよ
実際精神的に危ないやつの方が危ないものを見せないでくれ、配慮するべきだと主張する現象はあるし、健常者側が配慮すべきだと思う
精神障害者の犯罪率はそうでない人とほとんど同じなので、特別な配慮は必要ないと思うね。むしろ、以下の記事では、健常者のほうが犯罪率が約0.1%高いという結果が出ている。
https://gendai.media/articles/-/56073?imp=0
京都アニメーション放火殺人事件の青葉被告のような人もいるが、自分の作品をパクられたと主張したからといって、それに配慮して京アニのアニメを自粛する必要はないだろう。