2023/09/15 18:00

REVIEWS : 064 ロックetc. (2023年9月)──石川幸穂

“REVIEWS”は「ココに来ればなにかしらおもしろい新譜に出会える」をモットーに、さまざまな書き手がここ数ヶ月の新譜からエッセンシャルな9枚を選びレヴューするコーナーです。今回はOTOTOYスタッフの石川幸穂がロック、フォークなどなど、さまざまなタイプの作品を紹介します!


OTOTOY REVIEWS 064
『ロックetc.(2023年9月)』
文 : 石川幸穂

Baths 「Slut  Hymn」

LAのビート・メイカー、Baths。彼の最新作のシングル「Slut  Hymn」は直訳すると「歪んだ讃美歌」。パチパチと火花のように跳ねるビートが表層で鳴り、物理的な圧力によって均衡がくずれたような不穏な低音がうごめきながら背景をうめつくす。そこに美しい鍵盤の旋律とBathsのヴォーカルがあたたかみを添え、これはまさに歪んだ讃美歌。Bathsの楽曲からはいつも宇宙がみえる。途方もなく広大で真っ暗な空間に、孤独をエネルギーに青く強烈に輝く惑星の姿が思い浮かぶ。この楽曲もそんなBathsらしさを強く、強く感じる。

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The 3 Clubmen 『The 3 Clubmen』

XTCのアンディ・パートリッジが新たに始めたプロジェクト、The 3 Clubmenが待望のデビューEPをリリース。Jen Olive、Stu Rowe、そしてアンディの3人からなるThe 3 Clubmen。気の向くままに描きはじめた落書きのようなラフさを感じさせつつも、確かな技術と経験値に裏づけされた安心感と包容力によって耳どころか全身をゆだねたくなる。随所に仕掛けられたループと変拍子とが絡みあい、大きなうねりとなって知らずのうちに聴く者をを飲み込む。どこかがおかしいけどどこがおかしいのかを言い当てられない奇妙な夢を見ているかのような心地だが、夢から覚めると妙に気分がいいことに気づくのがこの3人の持つ不思議な魔法だ。遊び心あふれる頭脳派パワー・ポップの名盤。

トロ・イ・モア 『Sandhills』

夏の終わりにこんなものを出されてしまったら心の平静を保てなくなるに決まってる。『Sandhills』はトロ・イ・モアことチャズ・ベアが自らの故郷へ宛てたラヴ・レターのような作品。トロ・イ・モアといえばインディー・ポップの代名詞的存在として知られているが、今作には5曲のほろ苦いフォーク・ソングが収められている。1曲目の“Back Then”から2曲目の“Sidelines”への流れですでにたまらない気持ちにさせられる。バンジョーの音色がさらに追い討ちをかける。聴く人がそれぞれに、記憶の彼方にある失くしかけた景色を観るだろう。人間は過去に思いを巡らせることをやめられない。でも、それでいいじゃないか。そんなことをこのEPを聴いて思った。

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