REVIEWS : 010 VTuber(2020年12月)──森山ド・ロ
毎回それぞれのジャンルに特化したライターがこの数ヶ月で「コレ」と思った9作品+αを紹介するコーナー。今回はVTuberをメインに活動するライター、森山ド・ロが登場。様々なジャンルにまたがったVTuberによる楽曲のなかから、9作品をセレクト。
[ahi:]『mandala』
トマト組の中でもラジカルな印象が強い[ahi:]。いわゆる“チルい”音楽ユニットとして活動する彼ら、一般的な昨今のチルアウト・ミュージックの域を越えた、攻撃的かつ無機質さを持ったドラム・サウンドを作り出す園崎ナクラ、アンバランスなほど綺麗なピアノで緩急をつけていく堺ことりの2人によるデュオだ。VTuber業界には数少ないインスト楽曲を世に送り出しているプロジェクトと言えるだろう。アンビエントな質感を持ちつつ、90年代のピアノ・ハウスを現代の“チルい音楽”に置き換えたような、デビュー曲「Crystal/Crystal -reprise-」で見せたこのプロジェクトのファースト・インプレッションから、今回のEPでは音楽性を変化させている。それはアップテンポにドラムとピアノがぶつかり合う先鋭的な音の組み合わせの表現に端的に示されている。彼女たちが、踊れる音楽をストレートに作り込んだ結果がサウンドとして結実した「変化」の作品とも言える。とはいえ、本プロジェクトの作品らしい、艶美で無機質な側面と、“踊れる”という新たなサイドを獲得したアンバランスさが上手く昇華されていることに間違いはない。
ピーナッツくん『False Memory Syndrome』
ショートアニメ『オシャレになりたい!ピーナッツくん』の愛くるしくも憎たらしいピーナッツくんのタレント性をそのままヒップホップに落とし込んだかのような1枚。時流にのってノリでラップしてみた的な態度ではないことが、バースからフックまで作り込まれたフローを聴けばわかる。メロウなものから早口までトラックに融合したフローを小刻みに使い分けている。しかし、ピーナッツくんというタレント性と本格的なラップ作品というギャップを表現しているわけではなく、ピーナッツくんとしてのアイデンティティをユニークなリリックで上手く音楽性とともに統合し、そのキャラクター性とのバランスをとっている。その世界観を保ちながら聴きやすさを重視した器用さがとにかく際立っている作品。
小宵『分裂する世界系』
情景描写をベースに書き上げられたスッと入ってくる文学的な歌詞と、ソリッドなバンド・サウンド──今宵のすべてが詰め込まれている、この1stフル・アルバムにはまずそんな印象を持った。アンニュイで生活感のあるナチュラルなワードが並んだ歌詞に、主張の強いギター。その組み合わせを聴いていると、注目するべき点の多さに驚かされる。小宵の個性的な歌声が、オルタナティブ・ロックな音楽性を際立出せており、そのサウンドに、「新しさ」や「古さ」といった時代の音を追求している様子は伺えない。彼女の真骨頂とも言える、その歌詞を伝えようとする鬼気迫る歌い方、そしてロジックを求めない自身の世界観を追求することでたどり着いたであろうそのサウンドも、彼女にしかできない音楽をこの1枚で体験することができる。
樫野創音『おいわい』
どこか懐かしく心地のいいギターの音と、淡いメロディー・ラインがブリット・ポップのエッセンスを感じさせる樫野創音の新EP。とことんラフで優しさを追求した作品に仕上がっている。イントロから全曲を通して感じることのできる、鼓膜に吸い付くようなギターの馴染みやすいメロディ。そしてそのメロディは甘酸っぱい青春時代を彷彿とさせる歌詞との相性が抜群。バンドの音にカチッとはめて歌うわけではなく、少し不器用な感じに崩したような歌い方が特徴的。それでもサウンドとの一体感は、そのセンスの賜だろう。あくまでも自然体で、そこに狙って作られたというは感じはない。スタルジックな余韻を残す樫野創音の音作りの繊細さが全曲通して伝わる傑作。
霊界ラジオ『Poltergeist』
イタコと霊媒師の2人がHIPHOPの道を選んだルーツが少し垣間見える、シンプルで独創的な側面を存分に発揮した1st EP。歪んだトラックとリリカルなスタイルで、ジャジー・ヒップホップやPOP、メタルといったジャンルもなんなく歌いこなしている。どんなジャンルでもドスの利いた声で歌いながらも、圧倒的な聴き取りやすさが彼ら最大の武器だろう。イタコと霊媒師という世界観を全面に押し出しつつ、日常を汲み取れる気だるさをそのまま吐露したかのようなリリックの融合がとにかく新鮮。ジャンルが変われど言葉遊びを忘れないスタイルと、ラッパーとしての格好良さを押し込んだ、自己紹介としては少し贅沢すぎるこの1枚を聴いて霊界ラジオを堪能して欲しい。
窓辺リカ『Open Window vol.1』
可憐で儚げなビジュアルで異質な存在感を放つ窓辺リカの1st EP。ドス黒いブレイク・コアに見た目そのままのウィスパー・ヴォイスで歌うヴォーカルとのアンバランスさが癖になるサウンドは、彼女の初投稿曲である『The shilver key』の頃からすでに完成されていた。儚い歌声のなかに狂気を宿した、その堂々としたボーカル。歪んだ音が徐々に徐々に侵していくのを見るかのような展開、言葉選びや“SCP-1437”をモチーフにした楽曲など、世界観の演出が細かく施されている。ただ単に少女の声をブレイクコアにはめ込んだだけのものではない。VTuberという括りのなかにいれば、一部の熱狂的ユーザーからの支持を厚く得ることができるとは思うが、そのサウンドのポテンシャルはそれ以上。このEPを皮切りにクラブシーンでこの少女の声を機会は増えるのかもしれない。
雨ニマケテモ『Palette』
一度聴いたら頭から離れないキャッチーなメロディーと、心揺さぶるストレートな歌詞が特徴的なヴォーカルのSHiNOを中心とした4人組バンド、雨ニマケテモ。本ファースト・アルバムでは、ドラマチックな事柄から心情的に直接訴えてくるようなストレートな表現ではなく、季節感や天気、日が立つごとに変化する環境や生活に並行して揺れ動く心の機微を表現することで、聴いているだけでいつの間にか前向きになれる、そんな芯に響く優しいメッセージが全曲通して伝わってくるアルバムとなっている。ボーカルSHiNOの力強い叫びを感じる歌声が、色鮮やかなバンドの音色にカチッとハマっているのが特徴。誰が聴いても愛されるようなポップな楽曲が詰め込まれた1枚。
ミディ『HYP3R L1NK』
Vtuberカルチャーにおいて、その黎明期からバーチャル・トラックメーカーとして活動を続けるミディ。本作、3rdEP『HYP3R L1NK』では、”夜の街”をコンセプトに、夜の爽やかさと“治安の悪さ”を1曲1曲に上手く落とし込んでいる。こうしたテーマ性を1枚の作品で表現しつつ、とにかく踊れる音楽を提供をするという部分こそ、まさにミディのアーティストとしてのぶれないすごさだ。斬新な新境地と思わせるようなジャンルを取り入れることをしなくても、常に新しさとミディらしさが楽曲の中に垣間見える。リードトラックである「Never dreaming night girl」はミディの代表曲であり、VTuberのクラブシーンの新たなアンセムとして語り継がれる楽曲だろう。
Mori Calliope『DEAD BEATS』
ホロライブEnglishの死神Mori Calliopeが界隈に与えた衝撃は、ホロライブというカルチャーを代表する大型事務所からこのEPが配信されたことがとにかく大きい。それは楽曲云々を語る以前の話と言えるだろう。ネイティヴな英語のファスト・ラップと、どこか微笑ましい日本語のワードが散りばめられたバイリンガルなラップの新鮮さ、さらにVTuberという形からは似つかわしくないストリート感のある楽曲が、ギャップ、そして衝撃を同時に生んで爆発した印象。ゴリゴリに畳み掛けるラップや、メロディアスな楽曲まで、自己紹介として放たれた1枚だが、多彩な表現が詰め込まれることで、むしろMori Calliopeというその存在感の同定を惑わすような作品でも或。ここまで馴染めた要因として、日本語を織り交ぜたことが大きいだろう。1枚のEPでここまで自身の名前を広めたVTuberは他にはいない、それほどインパクトのある作品とも言える。死神の遊び心と斬新さが生んだ賜物として2020年を代表する1枚だ。
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