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2024-12-16

障害者雇用公務員になったら鬱発症した

なっがい自分語りゆるして

増田スペック

25歳こどおば 先天性の軽度片麻痺にて身体障害者手帳持ち

大学は休学中(後述)

政令市正規職員をやって3年が経とうとしている

精神手帳は持っていない(身体手帳で事足りるし、精神手帳自立支援医療担当が同期なので余計に無理)

障害年金はもらっていない(20歳前障害なので面倒だし、申請しても多分落ちる)

幼少期から就職まで

ここからフェイク入れつつ話すよ

私は今でいうところの超低出生体重児だった それゆえ呼吸が上手くいかず脳に酸素が行かなくて軽い片麻痺が残ってしまった 生まれた瞬間から親族一同「この子は生きられない」で全会一致していたらしい、今考えればあの状態から軽い片麻痺だけで済ませてくれた医療感謝すべきだと思っている ありがとうNICU

なんせ母の腹を半年で蹴破って出てきたもんだから身体能力が何ひとつ健常児に追い付かなくて療育通い 3歳頃、当時の主治医の「多分ここまで重くはならないと思うけど、税控除受けて浮いた分をこの子の成長のために使ってあげてください」との言葉身体障害者手帳を取得 私は知らん間に障害者になっていた

で、大方の予想をひっくり返してメキメキと成長 むしろ低出生体重児特有の「生まれた瞬間から飢餓状態からすべての栄養を溜め込もうとする」クッソ迷惑な体質で多少ふくよかになった 階段上り下りができないのと体育全般からっきしであること以外は普通の子だった(クラス対抗大縄跳び大会は縄回し係固定だった)

 時は過ぎ、無事に大学に進学した

就活始めっか~って時になって母が「お前は自力階段降りられないんだからそういう配慮を受けられるところで働いたほうが良い」とか言って障害者手帳を出してきた

 私は自分手帳持ちであることを知らなかったので「持ち駒増えるじゃんラッキー!」と思って一般枠と障害者雇用枠の両方で就活を始めた

 就活特に障害者枠では無双した 私はだんだん自分が「企業が求める障害者像」そのものであることを理解して、どうせならと障害者枠に舵を切った 最終的に一般障害併せて12~13社から内定をいただいたと記憶している 今思えば小賢しいカスである

でもその内定は早々に散った 当時猛威を奮っていた新型コロナウイルスワクチンを打ったら心筋炎になって卒業できなくなってしまったのである

※私は断じて反ワクではない。ワクチンを打ってでもコロナから守らなければいけない人(医療関係に勤めている家族と、癌で胃を切除したばかりのばあちゃん)がいたから早く打ちたかった これ以上踏み込んだ話は戦争を起こしそうなので控える

 最終的に「大学卒業“相当”なので卒業してなくてもいいですよ」と言ってくれた市役所にお世話になることにした 待遇一般枠同等だったし

 休学はタダだったので教授に「一旦働いてみて合わなかったら戻ってきたらいいよ!うちのゼミ生半分以上留年してるし」と言われ、大学に籍を残したまま私は社会人になった うちの学科は「陸の孤島」やら「最果て」やら揶揄されていることを後から知った

社会人

障害者枠って何すんだろな~と思っていたら普通担当事業をドシドシ振られた

振られた以上は自分仕事なので完遂しなければならない 待遇も一緒だし

今だから言うが、公務員の一事業担当制って気が狂ってると思う

普通は前任に電話しまくって仕事を覚えるらしいのだが、私の前任は何かの特殊資格持ち+非常に有能だったらしく、あろうことか国に派遣されていた 嘘だろ

当然こちらのシステムを前任が見ることはできないし、連絡も取れない

仕方なしに上司相談するも「前任に聞けば?」としか言わない だから連絡取れないんですって、と相談しても変わらなかった 仕方ないので前任の残した僅かな事績を手掛かりに一人で仕事していた 正直に言うとめちゃくちゃ苦しかった

年明けのある日、1週間ほど異様に体調が悪くなって職場トイレで吐き続けていたのをお局にサボりだと咎められ、ついでに「発達障害を疑う」などとありがたいお言葉を頂戴したので開業したばかりのメンクリに駆け込んだ ここで駆け込めたのは不幸中の幸いだったと思う 色々検査を受けたが発達障害ではなくて鬱だった 「仕事に!穴は!開けたくないです!!!」と高らかに宣言して通院しながらの勤務が始まった 身体も頭もおかし人間になってしまったが薬のおかげで多少は楽になった このメンクリには今も通院中だ

2年目は上司が総代わりしたが1年目とやることは変わらないし、担当事業のことを知ってるのも私だけなので逆に上司に教えながら仕事をしていた ますます穴は開けられなかった やはり公務員の一事業担当制って相当気が狂ってると思う

3年目 新しい事業を立ち上げることになり、私が担当になった

振られた以上は自分仕事なので完遂しなければならないが、ちょっと規模がデカすぎて私には重荷だった

初めて身体が動かなくなって欠勤し(社会人失格のカス)、上司に謝り倒しながら「実は自分鬱なんです、すみません、でも振られた仕事責任持ってきちんとやり遂げますので」と告白した 即日上司同席のもと産業医面談が組まれた 主治医のところにも上司と母が来てくれて話し合いをしていた 心底申し訳なかった

私の心が弱いせいで上司たちは貴重な時間を奪われている もし面談がなければこの方々はこの1時間弱で他にどんな仕事を片付けられる?大した成果も出せない下っ端の付き添いなんて何の生産性もない無駄時間だ 人事ちゃん、こんな外れクジ引かせてしまって本当に申し訳ない

大学にいた頃は幼少期にお情けで貰った身体障害者手帳を使って障害者雇用で無双し良い気分になっていたけれどそこがゴールではなかった それに気づかなかった私は大馬鹿者だ 自分能力限界値が見えていなかった

皆に気を遣わせて 当社比200%の力で頑張っても平均で見れば30点も取れなくて それで帰宅すれば夜の9時には電池が切れて身体が動かなくなって 眠剤飲んで無理矢理眠って 不眠のくせに朝起きられなくて突発で有給もらったりして こんな怠惰があってたまるかよ 少なくとも市民血税から給料をいただいてる人間の取って良いムーブではない

同期の人らは薬なんかに頼らなくても80%の出力で80点は取れているだろうに薬に頼ってこれって何なんだ 無能の証か?

鬱病カミングアウトしてから残業もない 他の人の方が遥かに多くの仕事をこなしている 私の場合はただ自分に甘く無能社会の厳しさに適応できていないだけだ 私は本当に鬱なのか?「クスリ飲んでる私かっこいい」という誤った承認欲求、「鬱であるアタクシ」的自尊感情を確保したい気持ちから来る甘えではないのか 無能のくせに何様だ?

少なくとも今の私は市民の皆さんが納めてくれた税金から給料をいただけるだけの働きはできていない 情けなくて申し訳なくて もう辞めた方が良いんだろうか

ここまで読んでくれたみんなありがとう 推敲もしてないし長いから読みづらくてごめんね

みんなに超ド級幸せが降ってきますように願っています


結論:早く死にてえ

2024-12-10

anond:20241210160249

うわ懐かしいな、あの時のアホ増田が今成長してまだここにいたか……、

ってはよ卒業せんか! 何年留年するつもりだ

2024-11-28

国立大学私立大学団体を掛け持ちしてみての所感

どちらも難易度最上位。N=1。

国立大学

好奇心が強く、行動力がある。

常識を重んじていない。

・なんとなく混沌としている。

留年率、院進率が高いため年齢に幅がある。

上下関係意識は低め。

論理的に正しいことを言う人間意見が通る。根拠のない主張は相手にされない。

個人主義。個々の自由尊重。それゆえ統率はあまり取れない。

人間のクセが強い。

読書習慣がある。

・遊び感が強い。真面目に働くときサボるときの差が激しい。

早口人間が多い。

言葉遣いが難解。

私立大学

バランス型。人間としては小粒で面白みはない。

常識的。

保守的冒険しない。

キッチリしている。

ノウハウ継承されていて、最終的な成果物の質が高い。

倫理的に怪しい人間がいる。それが野放しにされている。

上下関係意識が強い。先輩の意見反論をするようなことはまずない。

仕事感が強い。真面目に働く。

・縦横の区切りが明確。組織としては洗練されている。

議論において主張の論理性はそれほど重視されない。

・変なこと、必要ないことに労力をかけない。

2024-11-25

私文留年大学生日記

ずっとメンタルが変だな〜という感覚がある。先月は良かった。課題はぼちぼちの提出具合だったが大学は基本通学できていたし、バイトシフト通り入れていた。11月に何が大きな出来事があった訳ではない。何がダメだったのかも分からないのに無気力になり帰り道には涙が出てくるようになった。元々情緒不安定なのでこの程度は2週間ぐらいで治るかな〜と楽観視していた部分はある。

それなのに11月が終わろうとしている今は11月終盤より確実に頭がおかしくなっている。朝起きられない10時間以上寝てしまう。無気力感が続いて課題が出せない困った。卒論が1文字も進まないこんな駄文を書いている場合ではない。バイトに行く前にいきなり泣き出してしまい当日欠勤をした社不の極み。なのに食欲だけはずっとあるご飯を食べすぎて全てのボトムスがキツい。

冬季鬱かな?と思い亜鉛ビタミンを泣きながら買いに行き飲んでいる。調べたら買ってきたビタミンはなんか違ったらしい。今朝飲み忘れたからか大学で泣きそうになっている最も愚か。亜鉛ビタミンプラシーボでも効果があったのかもしれない。

大学キャリアセンターから電話があり来年以降の進路を聞かれた。留年することを伝えた。留年が決まっているのに卒論を書いている状況って本当に変だな〜と思うパソコンを前にして全くかけてないけど…

母親からは再度精神科受診を勧められた。元気になるためにまたあそこに通わなければいけないんだろうか。精神科の待合室でまわりをみると自分はこんなにも世間から外れているんだと実感してざっくり言うと死にたくなる。精神科に通っていたときよりずっと症状はマシだ。不眠にはなってないし、色々やる気が出て全てを片付ける日がまだ週一ぐらいであるし、他人の連絡も返せてるし、1日はそこそこ短く感じるし、長い文章も読めるし、趣味を楽しめてるかは怪しいが楽しめますようにという期待感存在している。何より自傷行為をしていない。

こうやって見ると私はただ怠惰情緒不安定なだけなのだ。早く生きやす人間になりたいな〜

獣医学科の学生生活就活国家試験を語る

1年

選択授業や第二外国語サークル活動など唯一大学生らしい大学生活を送れる。ただし2年次からパンパンに詰まっている必修単位のせいで時間割毎日比較的詰まっている。

上下関係の厳しさが1つ上の先輩から示唆される。独特な文化を前にやや選択を後悔しだす。

2年

必須単位が牙を剥く。5年次まで時間割が必修単位で詰まっているため、この先の落単は=留年意味する。また一般教養も同じ理由でこの先ねじ込む先がないため、やはりこちらも落単すると留年。6年次に国試があり留年組は不利になるため皆必死

基本的に午前は座学、午後は実習(授業終わりの時間は決まっておらずレポート必須)のため、実家サポートの有無(バイトをしなくてよい等)が成績の明暗をわけるが、実家が裕福な学生が多いため基本的には問題がない。

3年

基本的に2年と同じ。この2年間が1番キツい。

秋以降は4年次の研究室配属にむけて情報錯綜し、緊張感が走る。成績の悪い学生前評判の悪いアカハラ研究室に叩き落とされ、地獄の3年契約を交わす羽目になる。

4年

研究室配属。アカハラ教授、疲れ切った准教、5,6年の先輩に囲まれ実験主義を教わりつつ研究室雑用をこなす掃除備品管理、果ては忘年会幹事など。

授業は臨床科目(座学)がメインを占めるようになり獣医学生らしい日々を送る。また面倒見のよい研究室では卒論の準備を始めるところも。

学年末にオスキーという仮免試験があり、こちらも落ちたらもちろん留年来年病院実習に出られないため)

5年

座学がかなり減り実習メインになる。大学病院での小動物診療だけでなく学校外での公務員や大動物診療の実習もここ。1番気楽な一年間。卒論を書き始めるが、テーマによっては気楽でなくなる。

民間企業への就職(ほぼいない)を考えているごく少数の人間就活もするが、ハンデが凄まじく一般大企業はだいたい落ちる。

冬、1学年上の先輩がノイローゼゾンビとして一日中国試勉強している姿を見て来年の今頃は…とゾッとする。


6年

授業はほぼなくなる。民間企業以外を希望する学生は春から就活開始。よほど選ばなければ病院公務員、その他診療系、だいたい受かるので、キャリアセンターで取り急ぎの面接対策をしてゆるく過ごす。

からは秋冬の卒論〆切に向けてラストスパート卒論で落ちることはほぼないため、内定後の夏から開始した自由研究並のクオリティ卒業研究を行う者もいる。

11月-12月卒論提出後から国試対策を開始。この時ばかりはほとんど全員が朝から晩まで勉強し、大量の語呂合わせを作りながら2月の本番での合格を目指す。

出題範囲が膨大、過去問の解答はあっても解説がない、ノウハウ化されていない等の理由によりボッチは合格できないことが多い。不思議と毎年9割前後合格するが、合格率以上の難易度が確かにそこにある。

合格できなかった場合大学からのアフターケアはないため、卒業後も出入りできるよう研究室先生や後輩とは極力仲良くしておくのが無難である

なお、東大北大学生以外は就活難易度と引き換えに獣医師免許必須内定が出ている場合が多いので、落ちたら就活もやり直しである

3月合格発表と卒業式をもって大学卒業

なお、数年後には小動物臨床に進んだ人以外のほぼ全員が獣医になったことを後悔しだすが、待遇小動物臨床が1番悪い。

医学部受験をする者が後をたたない。


番外編

卒業試験: 私立にはある。国試の合格見込みがないもの強制留年とする親切なのか余計なお世話なのかよくわからない制度

国試対策授業: 私立にはある。科目毎に先生から重要ポイントを教えてもらえるらしい。

国試浪人のアフターケア: 私立にはある。詳細不明

2024-11-13

学校が怖い

1年間仲良かった友達2人と距離が空き今や全く話しかけてくれない。なのに同じクラスから必然的事務会話しなきゃならない時もあるから地獄。向こうはどう思ってんだろ

完全に3人組から2:1に。

1年間は仲良かったと思ってた、友達だと思ってたのは私だけだったのかな。悲しい……

2人のほうにお局がいるかクラスのみんなはそっち側。私は腫れ物扱い。もともと私もクラスの半分くらいを嫌ってたから当然なのかな。

行きたくない学校

けど勉強したいんだよ。

やりたくてずっとやりたくてやっと入ったんだから

わざわざ社会人経験してから専門学校入るとかちゃんと覚悟あるに決まってんじゃん。

こんな人間関係で辞めたくないよ

私の方が成績いいからって僻まないでよ。精神疾患持ちだから体調崩しやすいのなんで理解してくれないんだろ。

1年前に戻って友達選びからリセマラしたい。

勉強させてよ。授業受けさせてよ。

授業中の決まり守ってないひとたちがいいのに私はだめなの?私語もしてないし真面目な生徒だよ?

出る杭は打たれるんですか?

もっと鈍感でバカになりたかった

神経質で真面目なのって、なんにも得しないじゃん

うつ病にもなるしパニック障害も持ってるし不安障害もある。

このクラスになりたくてなったわけじゃないのに

ゆっくり休息したくても出席日数に重きを置いてる専門学校から勉強全く出来ない授業ずっと寝てる無遅刻無欠席のほうが重宝されるんだきっと。

たぶん今の私のフェーズは休息な気がするけど

休息すればするだけ出席日数は削られていく。

なんのためにわざわざ4年生の大学じゃなくて3年の専門学校にしたと思ってんだ、留年は嫌だ。留年するくらいなら大学通いたかった。大卒になりたかった。

普通生活出来ないのかな。なんでだろ。

早めに起きて学校で予習したいなできるかな

寝たらちゃんと起きてね。仮眠はもうこりごり

自分の体がわかんないよ。

わかんないわかんないわかんない。

ただ勉強たかっただけだったのに。

このまま私がダメになったら一生恨みそう。

おやすみ

2024-11-09

理解のある彼くんに振られたりして分かったことなど

 続・理解のある彼くんに振られた

https://anond.hatelabo.jp/20230213021705 からもう1年以上経つらしい。つまり最初の「理解のある彼くん」に振られてからはもう3年以上経つわけだ。当時はまだ大学1回生だったが、今はもう3回生になってしまった。(躁鬱なので普通に休学という名の留年をしたよ)

 おさらいすると私は発達障害(アスペルガーADHD)持ち躁鬱芸大生で、16歳から付き合った「理解のある彼くん」に(私から精神DVに耐えかねて)19歳の時に振られてしまうが、新しい彼くんを見つけてまたヨシヨシしてもらう生活を続けて、22歳の現在に至るよ。

 16歳で異性と恋愛し始めてそれから振られたり付き合ったり色々して、考えたこととか気付いたことをまとめてみることにした。今回はかなり個人的な話が多い上に大した不幸話みたいなのもないから、すごくつまらないと感じる、何ならちょっとムカついちゃうかもしれない。読んでくれる人だけでも読んでくれると嬉しいな。

 まず「続」に綴っている理系国公立大学生についてだが、なんとまだ付き合っている。最初の彼くんよりも長い、まさかの2年10ヶ月(2411月現在)。彼くんは歳上なので、もう先に就職して現在ハウスメーカー設計仕事をしている社会人になった。正直面白みには少し欠けるくらい真面目な人だが、私の障害病気に付き合ってくれる優しい?人だ。私の弱ヒスや鬱と向き合えるくらい精神力が強いが、私の病気に対して良くも悪くもあんまり何も思ってないんだろうなとは思う。「俺はお医者さんじゃないか増田病気や症状については何も言えないし、先生の言うことをよく聞いて自分で実行してね。」というのが彼なりのアドバイスらしい。以前書いた通り差別意識のない彼くんは一度も「発達障害」や「躁鬱」といったフィルターを通して私を見たことがない。なんていうか、私という人物最初に通して見てくれている気がする。それが良いのか悪いのかは分からないが、両親は「増田という人をちゃんと見ていてくれているね」と言ってくれるし、実際私もそう思っている。正直付き合ってしばらくの間は初めの彼くんのことをチラチラ考えてしまっていたが、今となってはこんな風に私と一生懸命向き合ってくれる現在の彼くんのことが大好きだ。

 しかしどうしても腑に落ちないことがある。彼くんのスペック内面的にも私みたいな病気女と付き合う意味理由なんてどこにもないということだ。彼くんは国公立大卒大手就職するくらいしっかりした人で、いわゆるチー牛みたいなタイプでもないし、友人からも「普通にかっこいいよね」とよく言われる。実際話を聞く感じかなりモテたらしいし、学生時代元カノ特定してみたら普通に可愛かった。しかしそういう話を一度も自分からはしないあたり余裕を感じる。多分彼女なんて選ぼうと思えば普通に選べるくらいの立場だし、私みたいな障害女と付き合わないといけないような人ではないっぽいのである。裏があってもおかしくないと本気で悩み、以前素直に「私みたいな障害のある女と付き合い続けるのはどうしてか」と聞いてみたころがある。すると「障害云々はちょっとからないけど、明るくて素直で嘘がつけなくて、夢中でお喋りする姿が可愛くて好きだから」と言われてびっくりしてしまった。それって、発達障害者の特徴では?と思ったのだ。明るくて、とは楽観的で発達が遅れているってことだし、素直で嘘がつけないのは顔に出やすい上に本当に嘘が下手すぎるからだし、夢中でお喋りに関してはアスペオタク早口ってことじゃないか発達障害に生まれて22年間、ずっと自分が嫌だと苦しんでいたのはチャームポイントになるのかとかなり衝撃的だった。少し話は変わるが、日本人男性がいわゆる「幼児的な可愛さ」を女性の可愛さに直結させてて気持ち悪い!みたいな言説を良く見る。自分発達障害でありながらもここまで溺愛してくる彼氏がいること、そもそも彼氏が途切れないのは自分の幼稚な部分、つまり発達障害アドバンテージになっていた可能性が低くはないということに最近気が付いた。そういえばうちの母親も確実にADHDで、空気の読めない発言そもそもの頭の悪さでしょっちゅう怒られている気がするし父親以外まともな友人は一人もいないが、そもそも美人な上に「発達障害っぽい可愛さ(母親場合は本当によく笑う)」で父親(母親旦那)に超溺愛されている。発達障害とは(少なくとも日本の)恋愛市場においてはかなりアドバンテージなのかもしれない・・・と薄々感じ始めた。

 この手の話をすると必ず「発達障害の女なんてまともな男性は選ばない!ハイスペ男性は自立した健常者の美人を選ぶ!何とかの何とかさんが良い例だ!」みたいなことを言う人が男女問わず現れるけど、正直周りや自分自身のパターンを見てても結局「男性は相当大きな問題が無い限り、明るくて素直で可愛い人を選ぶ」気がする。ハイスペとかも正直あんまり関係ないと思うし、実際先述した父親会社を一代で築き上げたやり手だ。私の地元はそういうエリート?な父親が多かったが、大体のお母さんは別にバリキャリみたいなタイプではなくて、ただ美人な人は多かった。私が今の彼くんと結婚するかどうかとかは分からないし、ここまでベラベラ良い気になって話してても浮気されるかもしれないし、それは分からない。確かに昨今の「女だから恋愛が出来る!男だったら今頃〜」的なのは賛同するが、それでも発達障害女性って顔とかが可愛い場合につきまあまあモテるのではと最近考え始めた。モテる層がどんな人とかはわからないし、それも年齢とかで変わってくるんだろうけど。

 また以前は「女はセックス以外価値がないから、セックスさえさせてくれて多少可愛ければ男性と付き合える」「中身より外見が好みじゃないと付き合ってもらえない」と思っていたが、やっぱり周りを見ていると結局中身は死ぬほど重要だということが分かった。どれだけ可愛くても、エロくても、最終的には中身だ。これだけは断言できる。主に夜職系のアカウントで「外見は大事だし外見さえ良ければ何でも許してくれるし何でも買ってもらえる」みたいなことを自慢げに書いてらっしゃる方々を散見するが、成人してまでそんなことを本気で思っているのならば早急に考えを改めて、これまで自分がしてきた恋愛についてもっと反省するべきだと思う。結局恋愛なんて人間関係に性を含めて延長させたものなんだから、中身が伴ってないと駄目に決まっているのだ。

 まあ偉そうにいっぱい書いたけど、どれだけ自分正当化させるように思想を固めたところで結局は「まあ女だからね」になってしまう。実際そうなのだとも思う。大昔、友人に言われた「お前本当に女に生まれて良かったな」という一言が忘れなくて今もずっと心にこべりついたままだ。自分の魅力は結局性別なのかもしれない。分からないのだ。

 文章なんて久々に書いたせいでまとめ方が分からないな。大した大学に通ってないから、書き方が合っているのかも分からないし。なんか、不幸な結末を期待して読んだ人がいたらごめんね。まあ安心して、いつか不幸になるかもしれないから。その時はまた「理解のある彼くんに振られた」って、匿名はてな書くから

2024-11-06

カイジに救ってもらった

自分は、某私立医学部を出た医者なんだけど。

学生時代に、カイジになんとか助けられた。

  

自分は、勉強ができず、進級試験で2回、退学になりかけた。

シンプルに、暗記が苦手で、進級試験に通らず、留年し、留年は2連続でしたら退学である

2年生と4年生に、2回、留年し、留年したのに、本試験合格できず、再試験になった。

  

退学になってたら、人生終わってたと思う。

2回とも、なんとか合格したが、その時は、カイジを読んで、「ここ一時だけ集中しろ!そしたら後の人生は遊んでもいい!!」と集中してなんとかなった。

  

今は、その時に集中したからか、ずーっと医者になってもダラダラ遊んでいる。

医者としての研鑽など目もくれず、ショボい期間限定の雇われ仕事を、数ヶ月で辞めては雇われってのを繰り返している。

履歴書なんてひどいもんだが、医者になれないよりはマシだろう。

2024-11-03

下ネタが原因で医学部中退した

医者になりたかった。

から一生懸命勉強した。

地方公立高校から国立医学部合格した。

高校先生から女子医学部医学科に行った生徒は、あなたが初めてかもしれないと言われた。

けれど、今は医学部中退して、今後の進路について考えている。

中退した原因は下ネタだ。

医学部テストでは大量の暗記を行わないといけない。

数学みたいに道理理論理解していればなんとかなる、とかじゃくて、本当に棒暗記しないといけないことが多い。

骨の名前とか、暗記するしかない。

医学部生はそういう大量の暗記テストを乗り越えるために仲間で勉強会を開く。

私もとあるグループに混ぜてもらって一緒に勉強していた。

そこでは暗記しないといけないことについて、語呂合わせをみんなで作って、覚えていく。

けれど、その語呂合わせがほぼ下ネタオンリーなのだ

男子学生女子学生セックス関係の語呂合わせをひねりだして、みんなでゲラゲラ笑った後、手許のiPadメモっていく。

私はその下ネタ語呂合わせに耐えられなかった。

男子学生下ネタなんてセクハラだし、女子学生の語呂合わせは妙にリアルで生々しい。

グループの人たちに下ネタをやめてほしいと頼んだが、こういうエグいものでないと覚えられないからと拒否された。

から私はひとりで勉強するしかなかった。

しかしひとりでは覚えきれなくて、試験は通らなかった。

留年を重ねてしまい、大学中退することになった。

大学ハラスメント相談室にも行ったが、学生勉強のために工夫していることでセクハラには当たらないと言われたし、

下ネタ語呂合わせを使わないと合格しない試験があるのはおかしいとも訴えたが、大学としては下ネタ語呂合わせは強制していないと言われて相手にされなかった。

医療現場では、男性医師によるセクハラが深刻だと聞く。

その土壌は学生時代に培われているのではないか

2024-10-25

anond:20240724231215

DQN高校出て就職

池沼ゴキブリゴキブリの癖に体が弱く留年続き

しょうもない茶番して卒業

DQNゴキブリがボロアパート同棲

ゴキブリ生命力の無さを無視してセックスしまくり

コンドームをしらなかったため中出し

妊娠発覚。DQN「産もうぜ(笑)

産卵シーズンの冬到来、ボロアパートの隙間風によりゴキブリ瀕死

産婦やゴキブリ両親の心配無視。自宅で出産させることに

無事出産かと思いきやゴキブリが死亡

DQNふてくされて育児放棄子供ゴキブリ両親に預けてパチンカス三昧

ミニゴキが五歳になった頃二人で旅行、様々な茶番を繰り広げた結果、急に父親風吹かせて帰宅

ボロアパートゴキブリ育成開始

冬到来。ゴキブリが弱る

ゴキブリ瀕死状態しかゴキブリが外に出たいとの事

DQNゴキブリを外に、結果死亡

DQNなにを思ったのか号泣

2024-10-24

故人に語りかけるような、独り言のような、そんなとある曲がマジモンの追悼作品と知った。

作者とともに破滅的な青春を送っていた友人が数年前に死んだらしい。

引きこもりドラッグ遊び。アニメエロゲ

トレインスポッティングNHKにようこそみてーな世界もある所にはあるんだな。

SNSで遠巻きに見てた高校生が死んだのを思い出した。ぼちぼち一年半くらい経つ。こちらがボーっと生きてる間にも歳の差が開いてく。

フォロー圏内でこっちから一方的に眺めてただけ。多分向こうはおれを知らない。でも思考回路といい趣味嗜好といい、コイツは別の世界線を生きる自分なんじゃねえかって思ってた。インターネットでたまに巡り合うドッペルゲンガー

不登校になったり転校したり留年したり、色々あったらしい。一回り上のオタク連中から面白がられてた。見世物感覚とマジの心配の半々。

自分紙一重でそういう生き方だったのかもしれない。フツーをやれる能力があったのか、重力に抗えなかっただけなのか。結局まあ大学で躓いちゃったけど。

不安に気づかないほど鈍感でもないし、気づかないフリ出来るほど我慢強くもないし、取り除けるほど賢くもない。分不相応思慮深い、よくいる愚かな人間

それでも学校行かない分バイトを始めてみたり、絵を描いてみたり、フォロワーオタクと会ってたり、生きる事に全くの無気力ではなかったらしい。高認勉強もしてたらしい。オタク馴れ合いつつ、人生もぼちぼち進めて安心したいって。

そうやって抗ってる中で、楽しい時間が全くない訳じゃない。でももっと底の方の気分は常に晴れない。そんな感じのことをこぼしてた。

おれが同じ立場ならバイトの応募なんて出来なかっただろうな。案外行動力はあったのかもしれない。じゃなきゃ自殺だってしないだろうな。

駅で自殺したらしい。ネトストから調べた。

人身事故なんて滅多にない地域で、10男性死亡。最後ツイートはその駅のホーム風景。これで別人ならとんだゾディアックだな。

意識的ものじゃなくて、死ぬ時の気持ちっていうのはもっと切迫してんのかな。希死念慮とは長い付き合いだけど、未だに死んだ事はねえから分からん

発達障害を疑ってメンクリ行く所まで自分と同じだった。

無気力。お粗末な集中力普通に過ごしてると友達がいない。

これはただの怠けなのか?生理的問題を抱えていて、それは対処可能ものなのか?有効対処がないのなら、救いはないのか?

みたいな悩みをずっと口にしてた。

はっきりナントカ障害という訳でもなく煮えきらない診断がおりてからも、「障害」を烙印と思ってかなり気に病んでたっぽい。

おれもそういう時期あったな〜〜

でも結局障害かそうじゃないかっていうゼロ百じゃないんだよな。

性格障害なんてはっきりと線引きは出来ない。する意味もない。その境界にこだわるより、何ができるのかを考える。ごく当たり前かつ重要な気付き。それは理屈じゃなく、自分時間身体を使って納得を得なきゃ辿り着けない。そうでなきゃ、今度は鬱かもしれない。自律神経失調症かもしれない。HSPかもしれない。それさえ病院で治せば……なんて、いくらでも別の「可能性」にすがれちゃうんだよな〜〜

とか思ってる間に死んでしまった。

アニメ世界に行きたいって言ってたな。おれも行きたい。物語があるし。永遠だし。

止まった時間に守られて永遠に老け込むことはなくなったし、現実よりはちょっと近づけたのかな。でもやっぱ死ぬだけじゃ随分と廉価版になってしまうか。異世界転生してアニメ萌え女になれてたらいいよな。全くの虚無じゃ味気ないし。地獄行きがあるなら多分お互いそうだろうな。

おれが死んだらこっちが後輩か。アニメアイコンしか見てないから姿は分かんねえな。

彼のことは自分を見る鏡のようにばかり思ってたかもしれん。死ぬにも生きるにも振り切れないところに、歳も近く自分みてーな奴が死んだことに光すら感じてたかもしれん。 もうちょっと社交性があったら自分とは違う所も知れたのかもしれんな。楽しく生きるのってそういうのが面倒で嫌なんだよな。

2024-10-20

人の話を理解できない

自分が抱えている問題を書くので悩み相談に乗って欲しいです。

改善方法があるのか、専門機関を頼った方がいいのか、

身近な人に相談し辛いのでここで回答を募りたいです。

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追記(10/20 22:47)

皆さんご返信ありがとうございます。初めて投稿したのですが、ここまで多くの人にコメントいただけるとは思っておらず感動してます

せっかくコメントいただいたのに全てにご返信できずすみませんが、似た内容のものについてはこちらにまとめさせていただきます

情報処理全般が苦手なのでは?文字を読むときはどうなの?

→耳からに限らず、文章を読むのも苦手です。人よりも文章理解するのに時間がかかってますね。

例えば、同じ部分を理解できず何度も眺めてしまったり、(意図せず)読み飛ばししま理解できてないこともありました。

ワーキングメモリ?というものも初めて聞きました。内容的にこの部分も弱いんだと思います

発達障害では?(ADHD、APD)精神科受診してみては?

→確かにそうかもしれないです。APDについて調べたことはありますが、あまりヒットしなかったのでそのまま流してました。

ちなみに病院を選ぶ観点とかありますか?

テレワーク会社転職した方が楽なのでは?

→実は完全テレワーク、出社タイミング自由、みたいな会社でして、だからこそ録音ができ自由に聞けているというのはあります

これがもし完全出社だったら。。と考えると今以上に悲惨状態だったと思います

コロナブレインフォグでは?

罹患したことはありますが、コロナ流行る前からこんな感じなので多分関係ないです。

文字起こしのアプリを使ってみては?

→そんなアプリがあるんですね、見てみたいと思います

1から文字起こししたときとでどれくらい理解に差が生まれるかも確認したいと思います。(別の問題があるかもしれないので)

視覚優位/文字情報の方が理解やすいのでは?

→(どっちもレベル低いですけど)比較文字の方が理解やすい気がします。

文章レベルでの記憶はできないんですけど、あそこにあんな事書いたな、みたいな映像記憶は残りやすく、

それで過去に書いた資料を探すことは多々あります

メモを取ってみたら?

メモは取ってはいます。明確に5W1Hを順番で伝えられたらメモにも落とせるんですけど、

業務上の会話って色々話している中で5W1Hを把握する力が必要だと思うんですけど、そういうコミュニケーションになった時に理解できなくなります

最近は「一応確認ですけど、~~ですよね?」と聞くようにはしてます

ただ、コメント頂いている通り相手から文章で貰う、できるだけテキストベース仕事を進める、はできてなかったのでそこは早速明日から業務実践したいと思います

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スペック

・25歳で新卒3年目

・ド田舎出身

高校偏差値は50前半

成成明学文系)のどこかを卒業

都内IT企業勤務

○悩み

  • 人の話を理解できない。音としては頭に入ってくるけど、意味のある文章として入ってこない。
  • 短期記憶も弱いので、1度だけの説明だとその人が数秒前に何を話していたか覚えてられない。

(今言ったこと復唱してみて、と言われたら詰む)

仕事上で困っていることの例)

文章としては理解できておらず、なんとかキーワードを拾って自分理解できる形に落とし込んでいるが、

当然自分理解した話と違う場合が多々あるので、「いやそうじゃなくて・・・」と訂正されることが多い。

顧客定例中に同僚からも訂正を入れられてしまう)

・初めて聞いたキーワードがある場合は、自分の中で理解できず頭がフリーズしてしまう。

(話を理解するきっかけがなく呆然としてしまイメージ

・話を理解できておらず、間違った作業をしてしま関係者に迷惑をかける。

複数質問を一気にされると、1つ目の質問ギリギリ覚えてられるけど2つ目以降は覚えておらず聞き返すことが多々ある。

・軽くこれとこれ確認として、と言われた内容を覚えていられず漏れしまう。

全てではないものの、日常的にこういうことは発生しています

○この3年間どう耐えているのか?

・(ほんとはいけないけど)お客さんとの会議上司との会話を逐一録音して、

文字に書き起こしています。そこまでやって初めてちゃん文章として理解できるようになってる気がします。

とはいえすごい時間はかかってますね)

普通の人はこんなことしてないんだろうなと思って惨めな気持ちになりますし、能力的にこの会社場違いなんだなと思い勝手に疎外感を感じてます

1年目のときは今以上に何も理解できず、それを産業医相談してみました。

「慣れ」の部分が大きいのではないか、と回答されまして、確かに慣れで1年目よりは周りとの理解のずれが少なくなりましたが、

慣れ以外の根本の部分がおかしいんだと思います

こういう悩み相談を周りからされないし、そんな悩みが無い前提で仕事が回っているように感じるので、会社の人には誰にも相談できません。

相談したとしても、その悩みのプロではないので解決策など出ず、「できない奴」として評価されるだけな気がします。)

○その他気になったことを雑に書いていきます

現代文の成績は昔から下~中の上くらいでした。文章の読解力が会話の理解に繋がっているのかもしれないですね...

・思い返すと、これまで留年浪人もなく、普通卒業はできているけど、授業は先生の話を理解する、というより、とりあえず板書や先生発言内容をノートに写すことに必死になっていた気がします。

(いわゆるノートが綺麗なタイプ?)

これは理解ができなかったがための行動なのかもしれないです。

大学生とき飲食店アルバイトをしていましたが、料理名を誤って聞いたり、間違ったテーブル料理を出したりして迷惑をかけていました。

・両親も私と同じようで、質問したのに全然別の方向の回答が返ってきたり、そもそも話を理解できていない、というケースがあり、

会社での自分を見ているようで辛くなり帰省の足が遠のきました。遺伝とか家庭環境関係あるんですかね。。?

高校1年の冬からずっと予備校に通って夏休み受験生顔負けなくらい、青春を投げ打ってひたすら勉強していましたが、大して偏差値は上がらず、地方公立大と中堅私大しか受かりませんでした。

出身高校からすると快挙と言える合格大学ですが、上京した際に受験勉強と並行して青春謳歌した上で自分と同じ大学に入った人やそれ以上の大学に通っている、「完全上位互換」がそこら中にいて死にたくなりました。昔から親族親友から努力家」と評されますが、実際は人並みになるために人の何倍も時間がかかっているのが現実です。

漠然とした質問なんですけど反応いただけると嬉しいです。

2024-10-18

絶対マンガを描かないマンガ家志望者

親戚の子です。

フェイクを混ぜます


現在23歳の男の子

現在無職

高校1年で留年

2度目の高校1年の途中で、学校に行かなくなり中退

先生いわく「提出物を出さない。救いたくても救えない」

家でゲーム三昧なのを見かねた母親が、「あんた、絵が好きでしょう」という理由で、マンガ専門学校を勧めて入学

マンガ専門学校も退学するのでは」という親戚中の懸念をよそに、無事卒業する。

以後、働かずに、甘やかしてくれる祖父母の家にいる。

バイト経験2か月あり)

基本的に、毎日ゲームをしている。

たまに、絵を描いている。

ものすごい描き込み量のベルセルクみたいな一枚絵を、何時間、何日もかけて描いている。

人外か、モンスターか、わからないが、得体のしれないもの

キャラ人間)を描いているのを、見たことがない。

専門学校卒業してからマンガを完成させたことがない。

漫画家志望者の9割は、マンガを完成させたことがないらしいよ」と言うと、当人いわく、専門学校卒業制作でマンガを描いたらしい。

黒歴史」と言うので、「ジャンルは何?学園ものとかSFとかギャグとか」と聞くと、絶句して固まってしまう。

よほど、記憶から消したいのだろうか?

見せてくれるはずがないので、「見せて」とも言ったことはない。

増田は、彼がいつも描いている人外イラストを、何枚か集めてごまかしたのではないかと疑っている。

デジタルは、フリーズしたりするとわからないと言って、アナログ派のようだ。

しかし、マンガ原稿用紙を持っていない(買っていない)。

Gペンも、持っていない。ボールペンで描くようだ。

トーンは、使わないと言っていた。

陰もすべてペン表現するので、彼いわく、すごいそうだ。

専門学校卒業制作は、アナログで描いて、ペン入れはデジタルでしたそうだ。

専門学校としても、お金をかけて、トーンなど買い揃えたくないのだろう。

そうすると、彼は、アナログで、ペン入れをした経験がないことになる。

彼には、とっておきのネタがある。

主人公は、青年

お世話ロボットと、一緒に暮らしている。

両親は、いない。

ある日、初めて家の外に出ると、あたりは、一面の海だった。

お世話ロボットに案内されると、そこには、潜水艦があった。

お世話ロボットいわく、母は生きていて、海底で待っているという。

ここから、海を探検する、海洋ファンタジーアドベンチャーが始まる。

彼いわく、世の中のどこにもないストーリーで、描く人がいないか自分が描くのだそうだ。

ネタオリジナリティはあるのかもしれないが、人の感動を生むのは、人と人とのドラマだと思う。

人物を登場させにくいと、人間ドラマを描く難易度が上がるのではないが。

彼は、このネタを、世界で唯一のジャンルと称しており、他のマンガ家に嫉妬することはないらしい。売れた新人も、「ジャンルが違うから関係ない」そうだ。

彼は、ジャンプを読んでは、その作品をディスっている。

ほっておくと、30分でも1時間でも終わらない。

非常に嬉しそうに、その作品がどうダメかを語っている。

彼は、ジャンプルーキーは読まない。

いわく「素人マンガは読まない」そうだ。マンガを1作品も完成させたことがないが、ジャンプルーキー作者より、上のつもりのようだ。

彼は、ジャンププラスは読まない。

いわく「簡単に連載できるマンガは読まない」そうだ。マンガを1作品も完成させたことがない(以下略)。

1月に、彼に、「今年デビューできる可能性はどれくらい?」と聞くと、控えめに言っておくかという様子で「10%」と答えたので、仰天した。

原稿用紙も買ってないし、1作品どころか、1コマも描いてないのに、どうやってデビューするつもりなのか。

漫画賞に応募しないのか、と聞くと、「編集者主観評価されるから嫌」とのことだった。

編集者主観」も何も、応募経験も、作品完成もしたことがないのに、何で今から編集者に不信感を持っているのか。

応募も持ち込みもしないで、どうやってデビューするつもりなのか。

最近は、Twitterでバズれば、出版可能性もあるが、繰り返すが、マンガを1作品も完成させる様子がない。

彼いわく、マンガ家は、「大金がゲットできる」、「「青天井」の仕事だそうだ。

売れている人は、そうかもしれないが、彼がマンガで1円でも稼ぐ可能性は、ほぼゼロだろう。

彼に、「バイトでもしないのか」と聞くと、「働かなくていいうちは働かない」という。

「働かなくていい」というか、祖父母生活費を払ってもらっているだけなのだが。

床屋も行かず、ひげもそらず、「描かないマンガ家」(えりちん)の、専門学校卒業後の主人公、器根田刃みたいな見た目に、本当になっている。

えりちん先生イメージした、「自宅に閉じこもりマンガを描くと称して描かないマンガ家志望者」に、現実が追いついたかのようだ。

彼は、高校中退したことからもわかるように、ドロップアウト耐性が非常に高い。

働きもせず、マンガもまともに描かない現状に、まったく危機感はないようだ。

30歳、40歳になっても、今とまったく同じことをしていても、驚かないと思う(祖父母が死んでいると思うが)。

母親は、「生きていればいい」と、現実逃避している。

自分の手元で育てているならともかく、自分の死にかけているような親のもとに、無職の息子をやっといて、これである

お金を送ることもなければ、気にして連絡することもない。

おそらく、この母親の血を、彼は強く受け継いでいるだろう。

父親は、優しい性格の人だが、小さい頃から放任だった。

彼いわく「パパは俺に敬語を使う」そうだ。

彼の無限の万能感は、父親不在の影響もあるのだろうか。

彼は、同居の祖父母に、大威張りである

「オメーは」などと呼ぶこともある。

彼にとって、祖父母は、感謝することはあっても、悪態をつくような相手ではないはずなので、理解不能である

国民年金は、祖父母が払っている

精神年齢が、小学校3年生くらいなのだと思う。

夏休み小学生のように、毎日、楽しそうにゲームをしながらすごしている。

2024-10-17

anond:20241016223412

AI正直すぎて、いくら上手に書いても「不要人材」感しか増してなくて草。

留年したことしかるべき理由がある設定にしない限り、惨敗は確定なので、家族介護でも海外への1年間のボランティアとかでも、何か理由でっちあげるしかない。

2024-10-16

anond:20241016221707

試しにGPTに「趣味・特技・バイト経験無しの留年野郎でも出来る自己PR教えて」と聞いたら30秒で完成したわ。

GPT使わないやつは火を恐れる猿だわ。

留年経験がある場合でも、それを逆にポジティブな要素として自己PRに取り入れることができます。例えば、困難や挫折を乗り越えた経験や、そこで学んだ教訓を強みとしてアピールするのが効果的です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

例文:

私は、一度挫折経験しましたが、それを通じて粘り強さと自己改善重要性を学びました。学業において留年経験しましたが、その際、自分学習方法生活スタイル見直し、より効率的かつ効果的に物事に取り組む方法習得しました。この経験を通じて、どんなに困難な状況でも諦めずに継続することの大切さを実感し、目標を達成するために必要努力を惜しまない姿勢が身につきました。

留年後の学び直しでは、勉強の進め方を工夫し、自己管理能力を高めることに成功しました。また、他者と協力し、サポートを受けながら課題解決する力も磨かれました。こうした経験を通して得た柔軟性と忍耐力は、今後の職場でも困難な状況を乗り越え、成果を上げるために役立つと考えています

~~~~~~~~~~~~~~~

ポイント:

失敗を強みに変える: 留年というマイナス経験を、成長や学びにつなげることで、自己改善や粘り強さをアピールします。

改善と結果: 留年後にどのように改善し、どのような結果を得たかを具体的に説明します。これにより、学びからの成長が強調されます

企業への貢献: 留年経験で得た忍耐力や柔軟性を、職場でどのように活かせるかを示します。

失敗からの立ち直りや成長は、多くの企業評価する要素です。このように、自分経験を前向きに捉え、今後の仕事にどう活かすかを考えるとよいでしょう。

anond:20241016095954

うん。それなりです。ありがと。

高卒ストレートに通って就職してたら氷河期に引っかかってたけど、通信制で4年(留年ではなく標準コースね)→専門学校2年で合計3年ズレたのでなんとか就職できました。

で、実家から通える専門学校が一校しかなく、偶然にもIT系医療事務学校だったもんだからIT医療事務スキルをゲットして、年齢それなりの給料と、わりと安定した仕事につけてます

人生何が幸いするかわかんないねHAHAHA

いまだに若い子が苦手だけどHAHAHA

私は友達にとって「友達」でしかない

幼稚園時代からの付き合いの友達がいる。

彼女とは幼稚園から中学校も一緒で、高校は別の学校だったが、大学でまた同じ学校に通うことになった。

高校時代特に受験シーズンになってからは忙しくあまり連絡を取っていなかったのでお互いの志望校すら知らなかったが、受験会場でたまたま出会った時は本当にびっくりした。

他にも受ける大学が被っていたので試験会場まで一緒に行ったら受験番号が前後だったこともあった。

大学時代学科は違ったものの、同じ授業を取ったり空きコマを一緒にして遊びに行ったりもした。

授業が厳しくお互い留年と隣り合わせな危機もあったけど、何とか乗り越えて無事に卒業出来たのは彼女がいたからだと思う。戦友のようだった。

社会人になって私が一人暮らしを始めると、彼女はその3年後に私の隣駅で一人暮らしを始めた。

「私が近くにいるから」という理由でその周辺で家を探したいと話してくれた時、私はとても嬉しかった。

でも家が近いからといって頻繁に会うわけでもなく、それはそれで私たちらしい距離感でいる。

私は彼女のことを自分の一番の理解者だと思っているし、彼女からも昔同じようなことを言われたことがある。

でも私は彼女にとって「友達」の役割しかできない。


私達は歳を重ねていって、周りは結婚したり、子供を産んでいたりもする。

お互いに彼氏が出来たり別れたりで、将来を見据えた付き合いをするような相手はなかなかできない。

私はそれでも良かった。結婚願望も子供が欲しい気持ちもないから。

でも彼女はきっとそうじゃない。

彼女恋愛相談を聞いていると、「あなたのこと大切にしねえ男なら必要なし!!!!!!何なら私の方があなた幸せにできる自信が大いにある!!!!」と思うことがある。

恋愛で上手くいかず心に傷を負い、自己肯定感がどんどん下がっていく彼女そばで見ているのはとても辛い気持ちになった。

「もう良いじゃん、もしこのまま良い人が現れなかったらマンションでも買って一緒に住まない?」

こんな冗談を言いたかったけど、私は言えなかった。

何故なら彼女はきっと、それを望んでいないから。

彼女が求めているのは、やっぱり自分幸せにしてくれる「異性」なんだと思う。

自分のことを好きだと言ってくれる人がいればいい。こちらが相手に求める条件とか言ってられない」ということをポロッと口にしたことがあった。

そんな自分に自信がないような発言すんな!!と思いつつ、それでも、傷ついて「私が相手に条件を求めるなんて烏滸がましいのかもしれない」という気持ちにまでなっていても、彼女の心の隙間を埋められるのは「異性の誰か」なんだと思う。

私は彼女に対して恋愛感情があるわけではない。

だけど、私が埋められる隙間はないのかもしれないと思うと、やっぱりどこか寂しい気持ちになる。

私は彼女友達だけど、それ以上でもそれ以下でもない。


私が直接彼女幸せにしたかった。

2024-10-13

村上春樹作品ポリコレガン無視云々で思い出した恩師との会話

ノルウェイの森キモいとか嫌いだったとかコンプラの欠片もないとか色々言われている(私はノルウェイの森に関しては学生時代映画を観てヒロイン役の水原希子が「もう二度と演技の仕事はやりたくない」みたいなコメントをしていたこしか覚えていない)。

そういう意見に対する反応の中に「コンプラ違反キモい小説禁止されるようになったら小説は終わりだ」みたいなものがあった。

それを見て、以前に恩師と話したことを思い出したので、何となく回想する。ただ、記憶曖昧な部分も多いので、架空の話と思ってもらったほうがいいかもしれない。

恩師(A先生とする)は文学が専門の大学教員で、ゼミでお世話になった。私はリアル留年するレベル卒論に手こずったのだが、A先生は急かすこともなく私が自分なりに納得できるものを書き上げるまで待ってくれた。私がA先生を恩師と呼ぶのは、その「恩義」によるところが大きい。

昨年の5月、久しぶりにA先生を訪ねた。先生はその年の3月大学早期退職していたので、会ったのは駅の近くのルノアールだった。

挨拶やら近況報告やらを経て、話題A先生が定年を待たずに大学を去ったことに移った。先生退職理由について「学内の過剰な『コンプラポリコレ意識に窮屈さを感じた」というようなことを話した。

私は少し身構えた。当時の私(今もだが)はどちらかといえば「コンプラポリコレ重視派」というか、フェミニズム共感したり、不公正に違和感を抱くことは大切だと思ったりする人間だった。Twitter(現X)のおすすめタブも、かなりリベラル寄りに構築されている。だから尊敬するA先生がいわゆるポリコレアンチだとしたらちょっと嫌だなぁ困るなぁ、と思ったのだ。

私はA先生の話をもっと聴くことにした。先生言葉をどうにか納得できる形で解釈するための材料が欲しかった。

A先生は、最近学内には過剰な(と先生が感じる)ほどの「配慮」を求める空気がある、と言った。例えば、講義の中で残酷と思われる映像を扱う時に、事前に警告して「苦手な人は見なくていいですよ」と言わなければいけないのだという。

そのような「配慮」は、私も見たことがある。以前、NHK地上波ドラマで、作中に出てくるセンシティブな要素(性的描写暴力自傷行為など)について冒頭で警告していた。ある種のネタバレとも言えるのだが、人によってはフラッシュバックを起こしかねない描写に警告を入れるのは「正しい」ように思われた。

大学サイドはクレームを恐れている。事なかれ主義的に先回りして、学生を傷つける可能性の芽を片っ端から摘んでいる。それは学問を教える場としてあるべき姿だろうか? 人間が学び成長する契機の一つは『ショックを受けること』だ。本来人間には、ショッキング経験咀嚼し消化することで新たな知見や価値観を得る力がある。『コンプラ』に基づいた『配慮』によって学生たちをショックから『守る』ことは、彼らの『ショックを消化する力』を信頼していないということではないか?」

といった内容を、A先生は語った。確かに、誰でも見る可能性がある地上波ドラマと違い、大学講義を受けに来るのは一定以上のリテラシーを持った一定以上の年齢の学生に限られる。「後から訴えられるリスクを避けるため」という理由だけで、彼らの「ショックを受ける権利(≒成長する権利)」を奪うのは、学問の場の在り方としておかしいと言えるかもしれない。

また、A先生は「今これを読んでいるのだけど」と、明治時代私小説(確か森鷗外)を見せてくれた。詳しいあらすじは忘れてしまったが、端的に言ってクズな男の話だった。

「この話は、『ポリコレ』としては全く『正しくない』。だが、そういう『正しくなさ』を持っているのが人間ではないのか。そして、人間の正しくなくて醜くてクズな部分をも描くことができるのが文学(≒フィクション)ではないのか。『ポリコレ的に正しい』文学しか認めないというのは、非常に危ういことだ」

と、A先生は語った。これはまさに今回の村上春樹作品の「正しくなさ」論争に重なる話だろう。

ポリコレ」つまりポリティカル・コレクトネス」とは本来政治的な正しさ」を意味する言葉だった。ゆえに、配慮対象となるのはあくま現実社会を生きる人々であったはずだ。にもかかわらず、今ではフィクション評価軸として「ポリコレ」が使われており、なおかつ「ポリコレ的に正しくない」作品非難対象となっている。

だが、A先生の専門である(そして私が多少なりとも学んだ)文学という分野において、フィクションを「ポリコレ的に正しいか否か」で評価することはある意味危険視されている。文学にとって「多様性」は命だ。文学は唯一絶対の「真理」を信じない。なので、「ポリティカル・コレクトネスはどんな時も決して譲るべきではない」という立場とは、そもそも相性が悪いのだ。さらに、先ほどの先生言葉の通り、文学は「正しくないもの」の居場所でもある。フィクションには、現実社会では犯罪になるような行為差別的とされる感情も受け入れる余地がある。もちろん、受け手がそのようなフィクションに触れて「キモい」「傷ついた」「作り手の人格を疑う」などの反応を返すことは当然ありうるし、(特に商業的な作品では)作り手がそういった反応を回避するためにコンプラポリコレ意識することも普通にあるだろう。だが、「正しくない」フィクションを一律に禁じ、「正しい」フィクションけが存在を許される事態は、少なくとも文学畑の人間からすれば「あってはならない」ことなのだ。

1時間少々をルノアールで過ごし、私とA先生は再会の約束をした後、駅で別れた。電車の中で、私はずっと先生との会話を反芻していた。今思えば、私はまさに先生発言に「ショックを受け」、それを咀嚼し消化しようとしていたのだろう(この投稿自体がその行為の一環といえるかもしれない)。

最後に、フィクション受け手を傷つけることについて、思うことを書いておく。

私は昔から小説漫画など色々なものを読んできたが、その中でショックを受けたり傷ついたりしたことも少なくない。今でも覚えているのは、小学生の時に読んだ児童書で、登場人物クラスメイトのことを「グループ渡り鳥」とバカにしている描写だ。当時の私は特定グループ所属していなかったので、「私は『グループ渡り鳥』なんだ、良くない状態なんだ」と思い込み自己肯定感が下がっていった気がする。

それでも、私の基本的スタンスは「傷つくのは受け手事情」だ。明らかな悪意に基づくものならともかく、一般的フィクションに触れて傷ついたとしても、それは「自分の傷つきやすい部分に当たった」に過ぎない。「勝手に傷つくお前が悪い」とは言わないが、少なくとも「人を傷つける作品が悪い」とはならないと思っている。そもそも、誰も傷つけないフィクションなんて、誰も感動させないフィクション同義ではないのか。

以上、長々と書き連ねたが、今言えるのは、私が恩師にまた会える日を楽しみにしているということくらいだ。そしてその時には、また色々な話がしたいものだ。

2024-10-09

anond:20241009004133

とりあえず大卒資格メリットかいから取っておくといいよ。

留年はそこまで気にする必要ない。

読んでてこんなんでまともに生活できねーだろ、と思ってたらオレよりスムーズ大学進級してんのな。

オレはふつうに楽しみつつがんばって二年留年だぞ。

とにかく留年はそこまで気にする必要ない。

月末卒業研究中間発表なんだけど教授から発表させられないって連絡がきた。

部活メンバーも発表なしだからまじめな人とペアになって研究してもらえばいいって話してたか自分でやらないといけないなんて聞いてなかった。

卒業研究の出席は取らないって他の先生に聞いてたか研究室に1週間くらいしか行ってないよ。

留年したら内定先にも迷惑かかるから教授が代わりにしてくれればいいのにね。

手が震えてデイリー任務に支障が(泣笑)

やる気があまりに起きない

やる気が起きない生活が3年ぐらい続いている。

やる気が出ずに専門もやめ、入り直した大学もやる気が出ず留年休学、食いつないでいた仕事もやる気が出なくて最小限未満のことしかせずにいたら首を切られそうになっている。

友人との約束は守って飲みに行ったりしてるから鬱じゃないんだと思う、やる気が出なくていつも遅刻してるけど。

  

今後社会で生きていける気がしない。

でも全部やる気の出ない自分のせいだか何かの言い訳にすがることも許されないんだろうな。

  

一体どこから狂ってしまったのだろうか。

2024-10-01

高専進学ってそんなにお得なのか?

高専卒業してからしばらく経つのだが、定期的に高専はうんぬんですごいみたいなXの投稿が流れてくる

実際のとこ世の高専卒のみなさんってその選択に満足しているのだろうか?

自分高専卒業後に大学編入をして、以降は普通大卒ルートに乗って社会人になっているので、キャリア的な不満は一切ない

高専卒でそのまま働いている人たちはみんな早婚で20代で2人子供がいる人もよく見かけており、それなりに幸せそうには見える。学生時代女性に縁がなさそうだったやつも子供がいたりするので、実質男子校に5年間幽閉されても恋愛面での影響はないのかもしれない

一方で学業的の不満はたくさんある。

5年間の学生生活講義フル単要求され、受けないという選択肢がない。

きちんと出欠を取るのでサボることも難しく、それでいてどの科目も宿題があるので放課後も忙しい。高専は進級要件が厳しく全単位の平均点数が6割を超えてないと留年したりするが、自分高専は下限の学生に合わせた救済措置がある。課題プリントの点数が最終点数のn割、中間期末試験の点数の10-n割が最終点数として計算されるケースが多かった。

まあ大学講義でも似たようなシステム採用してたりしますが、編入学志望の学生大学受験関係ないことにかなり時間を割かれるので厳しいわけです

編入志望的にもう1つ苦しいのが成績決定のシステム

高専は四半期に10科目以上の講義を受講し、それぞれの最終点数平均で席次が決まる。体育や第二外国語みたいな科目の点数も席次に影響してくるので、本当に5年間学生生活コミットしないといけない。それに加えて受験科目の勉強必要なので拷問

厄介なのが、就職希望学生もいいとこの推薦が欲しいので成績ガチ勢になる。席次を上げるのが受験生活で1番苦しかった

推薦入試はこの席次の点数配分がめちゃくちゃに高いので受験までの4年間きちんと努力しないといけない。

特に苦しいのが、旧帝大などハイレベル大学そもそも一般受験を受けるために推薦が必要となるため、受験勉強に全振りすることができないところ。よく編入生は優秀なんていわれたりするが、単に受験難易度が高いか本来の適性の大学に進学できていないだけでは?と感じる。一方で地方駅弁レベル大学はそれほど受験需要が高くないので、クラスで下位の学生が数ヶ月勉強して受かってたりする。上を見るときついが、とりあえず進学したいならたしかコスパのよい選択肢かもしれない

正直、普通高校から理系進学したほうが楽だと思う

編入のペーパー試験過去問を公開している大学が少ない(特に旧帝大など)ので情報量格差が大きい。それだけでも赤本というもの存在する普通受験が羨ましい。他にも模試が定期的に開催されるので自分の適正感を測ることもできるし、お金さえかければ学習塾でみっちり対策できる。編入試験基本的に宅弁なのでね、内省力とか調査力が高くないと受験競争に勝てない

そして高専5年のうち後半の2年は無駄

高専はどこも金がない、まともな論文指導ができる教員もいないし、講義熱量教員によって露骨に違う。授業時間の半分くらい高専卒は優秀、大企業コスパよく入社するのが幸せ連呼する教授のせいでその専門科目が嫌いになった

大学図書館のような時間を忘れて学業に専念できる空間もないし、そもそも専門科目が難しくなる時期は受験生なのでそれほど授業に集中できない。編入生は在来生よりも専門科目が得意っていうのは当時から大嘘だと思っている。東大講義資料クラウド構築して〜とかやってたりするのを見ると、高専ではBASICGOTOしてましたとは言えない。

レポート作成も全部手書きだし(多分地元では今でもそうだと思う)、なにかと無駄が多い。大学はなにかと勉強するためのストレスが一切ないので楽しすぎワロタだった

あとはサークル活動もしょぼいし、恋愛模様も少ない。というか年齢層が中学卒業したてから大学4年生(専攻科)の年齢まで在籍している空間なので、校内恋愛が本当に歪で気持ち悪い。16歳と20歳恋愛していることもザラだし、学校見学にきた中3と連絡先交換して付き合ってた奴はマジでキモかった。女性が希少すぎるのでとんでもないブスが高飛車になってたりして、男女双方に悪影響すぎる。女性理系進学が推されている昨今ではあるが、自分が親ならせめて大学理系学科進学にしときなさいと伝える

社会人になってから久々に高専出身人間にあうと、みんなどこかズレてるなと感じることが多いが、いつまでもあの頃のノリで会話ができるのは嬉しかったりする。愚痴っぽくなったが、それなりに悪くはない選択だったと思っている

2024-09-28

Fラン薬学部かいう魔境

ストレート合格率が驚くほど低かったり、姫路獨協大薬学部募集停止をしたりして、近年局所的な盛り上がりを見せている私立底辺薬学部

今日はそんな底辺薬学部に通って6年目。これから国家試験を迎えようとしている私が内情を少し書いてみようと思う。

通っている薬学部地方にある入学偏差値37.5の薬学部だ。BFではないので厳密にはFランではないが世間一般的にはFランと呼ばれる偏差値である。私が入学した頃、充足率は100%を越えていたのに、いつからか定員割れをして今では充足率も100%を切っている。

一般的に低偏差値大学というと学力的にやばい方が多くて、ごくごく希に近所の優秀な人がなぜか来ることがあるといった印象を持つ人が多いだろう。しかし、薬学部だとそうとは限らない。弊校が地方部に立地しているのと、資格さえ取ってしまえば学歴があまり関係なくなることもあってか、地元の優秀層が毎年一定数入ってくる。割合でいうとだいたい1~2割といったところだろうか。弊校の場合特待生枠が増えた下の代からその割合が多くなっている。県内唯一というのもあり、県内トップレベル進学校からあなたもっと上の大学を目指せたでしょうという人間ごろごろいる。だいたい漏れなく特待生だ。もちろん入学偏差値の低さからとてつもなく勉強ができない方も入ってくるし、その難易度の低さから脱サラして入ってくる社会人経験者や高卒認定を取得して入ってくる人もいる。恐らく学生の多様さは高偏差値薬学部より勝っているだろう。この多様さが魔境にせしめたる一因だ。

薬学部入学するまでの学力より、入ってから学力が物を言う世界だ。これがFラン薬学部さらに魔境にさせる。下克上簡単に起こる。地元進学校から来た特待生が成績下位層に落ちるなんてざらだし、入学時成績が下位だった子が今では上位層なんてこともよくある。私の学年なんか入試成績上位1割に設定されていた特待生の内、今でも学年の上位1割に留まり続けているのはたった一人だけだ。なんなら特待生だったのに国試怪しいなという人も何人かいる。入った時の成績でしか特待生になれないのマジでなんなのだろうな。

学力サラダボウルになっているから上はどんどん勝手勉強して伸びてくし、下は下で勉強についていけなくてドロップアウトしていく。弊校、単位認定がザルなので余程ことが無い限り落単なんてあり得ないのだけど、それでも単位が取れなくて留年していく人はまぁまぁいる。普通は再試にならないと言われているCBT試験(車の免許で言うところの仮免許試験みたいなやつ)でさえ1割ぐらい再試になっていたし、再試でさえ落として留年した子もいる。入学した同期の内、1割強は留年や退学などでいなくなった。6年まで来て1割強だとかなり薬学部としては健闘しているようにみえるかも知れないが、弊校は卒業試験で絞る大学だ。ここで2~3割程が消える年もある。今年はどうなのだろうね。去年が酷かっただけに今年は厳しくなるかもしれない。

他の薬学部雰囲気を知らないか一般化できないけど、バイタリティーが無い人間が多い。バイタリティーに満ちあふれているとは言い難い私でさえ、バイタリティーに満ちあふれていると言われる。バイタリティーがないからかチャレンジングな人間が少ない。入りたいサークルが無いという理由サークル活動をしない子が多い。ないなら創ってしまえばいいのに。学年全体にやんわりと「企業なんか......」という空気がはびこっていて、企業志望の人間が超少ない。学歴フィルター以前の問題だ。今年なんか数少ないチャレンジングな人間ほとんど院進するか医学部受験だよ。

バイタリティーが無いばかりか体力も無い人間が多い。「講義疲れたから帰る~」 「今から勉強するの疲れてむり~」 「一日4時間限界10時間なんでできない」国試を迎える学年なのに平然とこのようなことを言う人が多い。国試厳しそうな人間ほどこのような傾向が強い。講義疲れたと言ってもたがが2コマだけである。なにをふざけたことを抜かしているのか。この1年間の勉強の出来で生涯年収1000万から変わってくるのだぞ。

大学大学結構酷い。パンフレットには4年次から研究室配属がされ6年次まで研究ですと書いてあるのに、蓋を開ければ実質5年次の実習に行っていない半年間だけだ。詐欺である。5年次以外の時間なにをしているのかというと対策講義だ。4年ならCBT対策だし、6年なら国試対策である。隙あらば講義といわんばかりに講義が所狭しと設定されている。最近では5年次にも国試対策浸食してきている。弊薬学部研究が活発でなく5年次に遊んで堕落する人が多いかららしい。知らんがな。正直言ってクソである。こっちは研究に勤しみたいのだよ。ビジネスの都合なのは十分承知しているけど、ここは小学校か。大学なんや自己責任で片付けろよ。対策講義なんて先生方の自己満みたく感じる。国試対策の方は少なからずありがたみを感じているけど、CBT対策に関しては完全にそうだったと思う。対策講義を受けるべき層はかなりサボるし、受けなくても余裕な層には冗長しい。ぶっちゃけそんなことさせるぐらいなら4年からバリバリ研究させた方がもうちょっと成績もマシになると思う。

ここまでつらつらと書いてきたが、底辺薬学部での生活はその人の主体性と関わる人間に大きく左右されるように感じる。冗長しい対策講義も、逆に言えば恐ろしい程手厚い学習サポートと捉えば大きなメリットである入学してくる学力層も富んでいるから賢い子と仲良くなって勉強を教えてもらったり、その子からモチベーションを得たりすることも出来る。けど最終的には当人主体性がなければこれらは全て得られない。主体性がなければ、ただただ一千万超えの学費と6年という時間を溶かすだけだろう。

2024-09-21

anond:20240921000918

国立大学部大学院に行ったのは親孝行だったかもしれないが、留年と退学をしてしまったやで、親不孝やで…😟

国立の某研究所インターンしたりもしたけど、コネもつくれずに終わってしまったやで…(まあ、ボスちょっとパワハラ酷かったので良かったのかもしれんけど…

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