はてなキーワード: 上司とは
県職員アンケートのパワハラの項目に対する反論で良く言われるのが
「これだけパワハラが噂になっているのに録音データの一つも出てこないのは何故?」という意見である
それに対する反論として以下の回答を紹介したい
中間報告(https://web.pref.hyogo.lg.jp/gikai/iinkai/index/tokubetsu/bunsho/documents/060823_2.pdf)
記入方式 "無記名"
回答 "B:目撃、経験等により実際に知っている人から聞いた"
昨年の秋から冬頃だったと思いますが、福祉部局のある課において、知事レクの日程調整がなかなかつかず、やっとのことで月曜の朝一に時間を確保でき、
知事に説明したところ、「月曜の朝からするような内容ですか」と事業を軽んじるように感じられた発言があったということを聞きました。
知事にとっては、そのような感じられたかもしれませんが、朝一になったのは、知事のスケジュール確保が容易でなかったことが原因ですし、
そもそも職員は、各々の業務に一生懸命とりくんでいるおり、業務の重い軽いはありません。その上で、このような発言は、人の上にたつ人間が発した言葉として耳を疑いました。
私自身は、地方機関の勤務が長いのですが、懇話会等でお近くに来られても、庁舎に寄られるようなことはありませんので、
知事にお目にかかったことは一度もありませんし、生の声を拝聴したこともありません。ただ、このような話や記者会見の様子を拝見すると、
知事や行政人としては言うまでもなく、一人の人間として全く信用ができませんし、尊敬もできません。
なお、知事レクの件に関しては、ICレコーダー等の記録は残っていると聞きましたが、今年度に入り課長さんも変わられている上、そもそも知事レクにICレコーダーを持ち込むことがはばかれるような雰囲気になっています。
昨年度については承知していませんが、少なくとも今年度は、R6.4.1付で秘書課・総合政策課から「知事への協議、報告等に関する取扱要領」が発せられており、
協議入室の注意事項として、「ICレコーダー等機材の持ち込みは現に慎むこと」と定められています。
この要領により、知事のパワハラ発言や、ネット等で噂されている「机をたたき激怒」等を録音していたとしても、録音自体が要領に違反する恐れがあり、
証拠の提出することで自分も処分を受ける可能性があることから、証拠として提出することを躊躇する職員は多いと思います。
レク等でICレコーダーを持ち込むことは、よほどの秘匿案件でない限りは、上司の意見を反映させるの忘備のために当たり前のことだと思います。
どのような趣旨で、どなたの指示で発せられた要領なのかはわかりませんが、個人的には証拠を作らせないためのものと感じられてなりません。
(82ページ)
このように録音は禁止とされていたという回答が公開されている
「無記名」の「B」なので信頼性が低いと思う人もいるだろうが
熱心な方が開示請求したようでXにこの『R6.4.1付』の文章のソースを上げている(https://x.com/Prince_Ootsu/status/1859419240023065063)
この文書のキャプ画像を疑うなら同じように開示請求すれば本物かどうかは確認出来るだろう
それでもパワハラを訴える気ならガン無視して録音してタレ込めば良いだろ!と言う意見もよく言われるが
内規に反した行為によって作られた証拠はどのように扱われるのか…
斎藤支持者の方のほうが良くご存知なのではないでしょうか?
11月くらいに転職決まって現職すぐに辞めようと思ったら、繁忙期に入るから年度末までいてくれと言われた。
しかたないと思ったのと、転職先が待ってくれるというから従ってあげた。
退職理由は表向きには分野を変えた仕事をしたい。だけ伝えてあるが、裏には職場環境や人間関係がつらい、というかこれが大きい。
同僚には辞めると言ってないけど、最近の仕事の振られ方とか帰り時間とか休みの多さとかで悟られてるとおもう。上司ともギクシャクし出してるし。
仕事も難しい技術力がいるようなものを振られなくなったし、やることがない。ほぼ定時帰りになった。普段は残業60時間ぐらいあるのに。気まずい。
この環境を作ってるのって繁忙期まで辞めさせてくれない部長のせいだと思うんだが、これってパワハラに当たらないか?どうなんだろう。
駅員になって5年くらい、数日前に心が折れて休職中。
お客様対応で酷い目に遭ったとかではなくて、社内の人間で心が折れた。
常にマウント取ってくる男とか、一方的に期待して勝手にあれこれやらせてくる上司とか、改札の大変さを理解せずに仕事を手伝わない総括とか。
今時いんのかよっていう典型的なお局を始め、一度教えたからと放置するやつ急かすやつ、そんなののせいで休職せざるを得なくなった。新入社員のフォロー役をしていた私は今までのフォローには意味がなくて、助けられなかった自分の無力感に苛まれたし、そんな奴らと同じ空間で働くことがストレスだった。何もしない会社もクソだと思った。
そういうのが積み重なって数日前。
制作した書類に上司から指摘を受けたとき、こういう根拠でこう書いたと反論した。反論というかおそらく周りから見たらキレてるようにしか見えなかったと思う。自分でも今更思い出して引いている。あの時は絶対正常じゃなかった。
その件について総括から謝れと言われて、長いこと仲良くさせてもらっている先輩からも「謝ったほうがいい」と言われて、その時に「何故謝らないといけないんですか」と言った。その時くらいに心が折れた。糸がぶっつりと切れた。
休職とりあえず1ヶ月。
1ヶ月でなんとかなるかな。
明日も仕事にいかなくて良いと思うと、心から安心してる。本当によかった。
ここ最近、仕事中ずっとイライラしていた。イライラして、それが理解できなくてまたイライラして、お客様にイライラが出かけて理性でギリ押さえ込んで、自己嫌悪して、イライラしていた。心に余裕が無さすぎた。それから解放されて今はとても楽だし、今思うと自分おかしいとしか思えない。
仕事のことを考えると苦しくなる。時々頭が割れそうなほど痛む。心はいまだに余裕がなくて、呼吸が荒いような感じ。
でも駅の仕事は好き。それは今でも言える。理不尽なこともあるけど、やっぱり毎日ちゃんと動いてて、行った人が帰ってくる、誰かが信頼して使ってくれている駅や路線って良いものだと思う。改札対応も好きだと思っている。それは変わらない。
いつかまた帰りたいなあ。
賞与の評価を上げるためだったり、昇進昇格を狙ったり、あるいは方への異動を回避するのに社内政治が行われる
いわゆる根回しとかゴマ擦りとかそういうやつだ。
まあ利用悪用しないまでも、社内政治は自分が快適に仕事を進めるうえで大事なのは言わずもがなである
で、日本には政治家がいる。私はずっと政治家というのが国民を代表して世界のルールを決めたり調整したりする人たちだと思っていた。
総理大臣もいる、天皇もいる。あとは三権分立もある(詳しくはアホだから知らん)
でもまあ、政治家たちがやいのやいの言い合って日本をいい方向に向かって進めてくれているんだろうと、そんな封に考えていた。
だが「社内政治」というのはカンタンに言えば役員や上司や決裁者に向けて自分をよく見せることだ。
右肩下がりで減っていく貯蓄がそうさせるのかもしれない。
無職に成りたてってのはそういうもんだ。
これから先日本は総人口が減る時代なので、採用側は選り好みする余裕なんかとうに失われている。
だから、職歴が虫食いでもキチンと説明すれば食いつなぐのにそう困ることはないだろう。
国内消費の需要が減っていくことは確定だが、業界や職種によってその速度に差はある。
次の仕事を選ぶときは自分の残り寿命と業界の寿命を比較して選ぶと良い。
中年にとっていまはそう悪い時期ではない。
職を自分から強奪する競合相手である若手は国が口減らしをしてくれてて競争相手が少ない。
なんかすげえ私が初めて言ったみたいな反応されるのしんどいんだけど
担当と上司って内容が間違いないか確認してるんじゃないの?もしかして印鑑押してるだけ?
お前らのチェックが甘かっただけじゃん
こっちに文句言うなよ
お前ら知ってんだろ、じゃあ間違いに気づいて指摘しろよ
世の中の多くの人々は負け犬だ。
老荘思想をよろしく、人間社会を俯瞰して距離を置くのか、仏教よろしく、悟りを目指して頑張るのか。
宗教を調べると、私たち負け犬に救いを与えてくれるいろいろな考え方を教えてくれる。
どの宗教、どの思想、自分に合うものが見つかれば救われるが、心の折り合いを付けれるかというだけで負け犬であることに耐えられない人もいるだろう。
負け犬という概念がオワコン?それも肯定。だけど逃げてるとも言える。逃げじゃない、考えても仕方ないこと。生まれつき能力は決まってる。
お金が欲しい、異性にモテたい、他人から尊敬されたい、承認欲求が抑えられない。
上司に恵まれない、環境が悪い、理解してくれる人がいない、他責が止まらない。
フォローする同僚との間で信頼関係が築けていないだけなんじゃない?と思われてならない。
コレ(https://x.com/Keisuke69/status/1867360301508964405)の話である。
というのも、自分の経験を思い返してみると、相手によって自分の気持ちもずいぶん違った実感があるからだ。
尊敬している先輩が急に産休で3カ月いなくなった時は「全然大丈夫です!あとは任せてご家族を大切に!」と思ったし、
クソ嫌いな上司が当然みたいな顔で打合せドタキャンしたときは「は!?舐めてんのか?(ブチギレ)」くらいに思ってた。
しかし考えてほしい。
どのような事情であれ同僚からしたら「突然私用で仕事に穴をあけて、誰かにフォローしてもらった」というだけの話なんだ。
家庭の都合。子供。親。仕事が嫌になった。どんな情報だってノイズでしかない。
「社会的に認められた事情」とかは関係ない。心情的にそれを許容するか否かはフォローした側だけに決定権があるんだよ。
だからこそ、互いに支えあおうという信頼関係が物を言うんじゃないですか?
言うまでも無く、子育てはとても大変なことだ。命を預かる仕事で、24時間365日無休でトラブル続きの過酷な仕事だ。
そんなことは百も承知だ。しかしそれは親子の外には関係のない話なんだよ。
どのような社内の事情があっても、ステークホルダに迷惑をかけないように最大限の誠意を尽くす。
それって社会人としての基本じゃない?それと同じことだと思いませんか?
なのに、「いや子供を産み育てるのは尊い事だから配慮されて当然」だとか「家庭を持ってない奴にはわからんでしょうね」だとか
そういう事を平然と言い放つ手合いのなんと多いこと。そういう自己弁護じみた事をやる性根が嫌われてるんじゃないですか?
「あなたの事も大事だが、どうしても他を優先することになった」という態度と
「あなたは別に大事ではなく、私の大事な物を優先するのは当然です」という態度
そういう微妙な態度の違いを周りの人は見ているよ。
会社に限らず多くのコミュニティはギブアンドテイクで成り立っている。
皆いろんな事情を抱えていて、時にはテイクばかりに偏る場合もあるわけです。
いつ自分がそういう側に回るかわからないからこその「お互い様」でしょう?
そんな中、「家庭の事情を優先して同僚にフォローしてもらう」という、会社の中だけをみれば紛れも無く「テイク」である振舞いに対して、
「ちょっとテイクばかりでごめんね、いつも助かっているよ」と言えずに
「これはテイクじゃない!当然の権利!」という態度を取ってしまうならば、
それは嫌われて当然でしょう。
別に心から申し訳ないと思えとか、罪悪感を持てという事は求めていない。口先三寸で構わない。
会社というコミュニティの維持のために、せめてそれっぽいフリくらいしてみようよ。
「迷惑かけてごめんね。助かっています」とリップサービスを振り撒くとか
「誰々さんに助けてもらったので評価上げてください」と上長に耳打ちしてみるとか
V〇Wareという沈む船を15年お守りしてる上司、そろそろヤバいと気づいたらしく、「人を管理する方向に専念したい」とか言い始めてるらしい
ワンシーズンに一回は体調不良で10日くらいに音信不通になる。
体質なのは仕方ないんだけど、その間応答ほとんどなしだし、他の人にバトンタッチもしないから業務が滞る。
本人は、周りに申し訳ないとかではなく、病弱でかわいそうな俺って感じ。
シゴデキではあるんだけど、正直この無責任さなんで許されてるのか謎
2024年は54冊読みました。
ブロガーとかがやっているピックアップ記事を自分もやってみたかったので書きます。
行ったところで食事をして、言いたくもないことを話して、キャラじゃないことをやらされる。
そんな感じだった。
しかし、本書を読んで、やはりそういったイベントが微妙に思えるのは当然のことだったと思えた。
など。
集まりとは多くのことに繋がると思う。
日常生活で店に入ったり、テレビを観たり、そういう誰かの注目を得ることも、大きく「集まり」と言えるのではないか。
具体例が色々。エンパイアステートビルが100年前、18ヶ月で建てられたことや、日本の「もんじゅ」がどのように延期して廃止に至ったかも書いてある。オペラハウスの歴史も知らなかった。
上手くいくアプローチが紹介されていて、
など。
メガプロジェクトは数字が大きく、工期の延期や予算の超過や採算が合わないものが99.5%という。
ただこれはメガプロジェクト特有の性質ではなく、小さなプロジェクトにも当てはまるという。
本質的には同じなんだろうなあ。
科学は真実に近づく方法であり、科学が真実というわけではない。
小保方さんの話も出てきて、そういえばその上司が自決していたな……と思い出し、不正はお金や見栄だけの問題では無いと感じた。
読みながら、「見てきたものや聞いたこと 今まで覚えた全部 デタラメだったら面白い」と、ブルーハーツの情熱の薔薇が流れていた。
疲労についての本。
疲労とは身体からのアラートであり、無理やり無くそうとしても逆に身体を壊す。病的な疲労(うつなど)は脳の炎症であることが多い。
うつ病について疲労の視点から触れられていたのも良かった。まだ病気だと思っていない人もいるから。生理的な観点からの考察だけど、心因的な観点は証拠が弱くなりがちだし。
4. 脳が「疲れていない」と解釈。
軽い運動で疲労が回復する理由や、なぜ疲労があるのかというのも考察されていて面白かった。
疲労で鬱になるとかは今後修正されるかもしれないけど、休むことに若干の罪悪感みたいなものがあったので、疲れたら気兼ねなく休むようにしよう。
詩篇?
『NEEDY GIRL OVERDOSE』というゲームをプレイして、モチーフに『好き?好き?大好き?』があると知った。
読んだ感想としては……よくわからなかったです……。状況とか人間関係とかが。
ただ小説や物語は何回か読んで自分の感じ方の違いを感じるものだと思うので、よくわからないという感想もアリだと思う。
「能力」が「高い」「低い」、だから「選ぶ」「選ばれる」。当たり前のようで、見えもしない「能力」で人を判断している。これが正しいのだろうか?
油断するとすぐに能力の優劣での説明に傾いてしまうので、『「できる」「できない」は状態のこと。固定的な能力ではない。』という言葉を忘れないようにしている。