はてなキーワード: 同調とは
この動画では、LUFTホールディングス会長の南原竜樹氏と対談。一連の炎上をめぐって、麻生氏は女性外科医について「あの先生の動機は善なんですよ」と擁護した上で、炎上が起こる要因として「生活状況が良くない人が増えてるのかなっていうのをちょっと感じますね」と推察。南原氏も「間違いないね」と同調した。
すげーな
燃料追加していくスタイル
普段はほとんど芸能ネタに興味のない人間である。ドラマは全く観ないし、アイドルにもぜんぜん興味がないし、M-1などのお笑い番組も、観ても面白さがほぼ理解できないレベルで疎い。当然ながら芸能に関する知識も全くない。
しかし、今回の中居正広「女性トラブル」問題については、リアルタイムで情報を追っている。その理由は芸能スキャンダルにとどまらない、日本社会の大きな転換点・分水嶺を感じるからだ。
1980年代以降、日本社会の世論はほぼテレビで代表されていた。日本の政治や社会問題で何が争点で論点なのかは、テレビが取り上げるかどうかや、テレビのフレーミングですべて決まっていたと言っても過言ではない。1993年の自社さ連立政権も、2005年の小泉郵政選挙も、2009年の民主党政権とその後の転落も、大袈裟ではなく全てがテレビ発のイベントだった。平成期の政局で最も大きな影響を与えたのは、明らかに小沢一郎でも小泉でもなく田原総一朗だろう。
1980年代当時の、子どもだった私たちにとって「たけし」「さんま」「とんねるず」などのテレビスターは既に総理大臣よりも偉い人だった。その後20年を経て、国会議員や総理大臣の権威は地に堕ちた一方、彼らテレビスターの権威は、本当に総理大臣以上になっていた。実際、彼らは上の世代の芸人がそうしたような、さらなる高みを目指して国会議員に進出する、という道に全く関心を示さなくなった。テレビ芸人の権威が、国会議員をはるかに上回るようになったからである。
しかし、ジャニーズ、松本人志そして中居が次々と性加害報道で凋落していったように、テレビで売れている人が日本社会で最も社会的地位が高い、という2010年まで続いた強固なヒエラルキーは、2020年代に入って急激な勢いで崩壊しつつある。誤解してはいけないのは、SNSやYouTubeの影響、というだけではないことである。ネットの配信者は基本的にネット記事を紹介するだけの「コタツ記者」であり、取材能力は全くの皆無である。週刊誌の取材力とSNSの拡散力が連動して、はじめてテレビの力を打ち倒すことができたのである。
もともと芸能事務所やテレビスターの性加害事件スキャンダルは、週刊誌や夕刊紙で頻繁に報道されていた。かつて中居も堕胎強要事件が報道されたことがあったが、週刊誌の読者に隅っこで読まれるだけで、「週刊誌はデマでも記事にして商売する」というイメージもあり、テレビで報道されない限り社会的影響力は皆無だった。
しかし現在は、状況が一変した。週刊誌の記事がネットで配信され、SNSとYoutubeで瞬く間に拡散するようになった。結果として、松本や中居などがSNSで大炎上し、Youtubeで詳細な解説動画が膨大に溢れているにも関わらず、テレビをつけても全く報道されない、という風景が繰り返されるようになった。少しずつ報道するようになっても、「痒いところに手がとどかない」レベルの報道であるため、「テレビは報道しない自由を行使している」という非難をより強めるものになっている。
結果として、「テレビが報道しない真実」を常套句とする、質の悪い陰謀論的なYoutubeチャンネルが溢れかえるようになっている。中高年の主婦がより陰謀論にハマりやすいと言われるが、これまで彼女らが家の中で一日中テレビをつけっぱなしにして生活してきた層であることとおそらく無関係ではない。SNSでは質の悪い情報ほど拡散力が高く、インフルエンサーの社会保障の理解などは絶望的にひどいものが多く、今後日本はますます衰退・崩壊していくのだろうという悲観的な未来が予想される。
最後に、テレビ局はこうした変化に柔軟に対応してアップデートしてこなかったことを指摘しておく。松本も中居も1990年代半ばから既にテレビで見ない日がないテレビスターだった。言い換えると、「テレビの顔」が30年も更新されてこなかったということである。そして、テレビ制作の現場の価値観も、テレビ画面上で公然とセクハラで笑いをとっていた90年代のノリを引きずっていたことが、今回改めて明らかになってしまった。metoo運動以降に就職した、Z世代の高学歴女性アナウンサーからすれば、松本と中居の女性に対する価値観や扱いと、それに積極的に同調して性加害を隠蔽するテレビ局員と幹部の姿は、ほとんど現実とは信じがたいものと映っていたはずであり、彼女たちが精神を病んでしまうのも当然と言えるだろう。
〇〇な母親に~ とか、 駅で〇〇おじさんが~ とか、 危険運転動画とか、バイトテロとか、そういうネガティブ感情を発信してそれに共感してもらうというネガティブ感情をただただ共有するコンテンツマジで滅んでほしいわ
”怒”や”悲”みたいなネガティブな感情は同調しやすいからインプレッションが伸びやすい、のでインターネットの主流コンテンツになってしまった
口座なんか売ったら反社の一員扱いで人生詰むぞって内容に対してこのブコメが人気になるの異常でしょ。
id:cinefuk 荻野稔議員が不正に詐取した銀行口座を半グレ特殊詐欺グループに転売する闇バイトやっても、いま「オタク議員インフルエンサー」としてアイドル活動やれてる訳で、日本は犯罪者に優しい国だと思う(被害者家族の感想 詐欺 オタク 犯罪 Togetter 闇バイト
おぎの自身への是非は置いておくと、
反社に口座売ったりしても荻野の実例のように人生は詰まないぞ!って内容じゃんこれ。
おぎのが悪いって言いたいだけのブコメだろうから是非を抜いたら本質じゃないって話はあるにしてもさ
「口座売っても平然としてる」実例エピソードって明らかに「口座を売っても構わない」の文脈になってるのよ。
この人がブコメ中に「おぎのも人生詰んでればいいのに」的な批判を込めてるなら、口座を反社に売るなって流れに同調する話で不自然じゃないんだが。
しまいには「日本は犯罪者に優しい国だと思う」で〆てるわけで、口座を売っても人生は詰まないぞって内容なのが明らかに強調されるブコメになってしまっている。
何度も言われていることだけれど、そもそも似たような悲劇がたくさん繰り返されているから何度も言われるのだ。
まず、メンヘラ人間はなぜかやけに見た目がいいことが多い。というか、友人関係や恋人関係が成立しうるくらいのコミュニティにおいて、深く関わる前ならば「かわいいから」「かっこいいから」で許されていることが多く、結果として仮にブサイクならばとっくに弾き出されていたようなやべーやつ、見目が良いから生き残ったという話なのかもしれない。じっさい俺がいま付き合ってるメンヘラ女もすげーかわいい。
しかしそのかわいさに絆されて付き合い始めたら、その先には地獄が待っている。まず、なにかのトラブルにたいして、やつらは表面上「自分がが悪い」と言う。この「自分が悪い」という気持ち自体は嘘ではないのだろうが、そのあとに口をひらけば「XXのせいで自分はこうなってしまっているのだ」と言う。自罰的ではあるが、他責的なのだ。自分が悪い、と自分を罰しながらも、自分がそうなった責任は他人に転嫁している。最初のうちは「親のせいで」とか「周りのともだちのせいで」という話が多いだろう。そしてその「まわりの友達」や「親」を悪者にしたトークで同情者を募り、また「味方」を取り込んでゆく。そして、そこに「恋人」という役割で関わり始めたら、終わりの始まりだ。すぐに「私がこんなにダメなのは恋人かこんなにひどいから」というストーリーをあっというまに作り上げて、自分自身で信じていく。自分自身がそう信じてしまったらもう客観的にどうかなどは関係ない。それが本人にとって真実だから客観的事実がどうであろうと関係ない。
この「わたしがこんな状態なのはXのせい」という他罰性と、「わたしはダメな人間だ」の自罰性が絡まり合って、メンヘラはほんとうに「どう扱っても自己嫌悪してるか他人を激しく攻撃しているかしかしてない触りにくい人間」になっていく。そして周りの人間をおおいに困惑させ、傷つけ、結果として周りの人間は去っていく。
そしたらまた「わたしはなんてダメなんだ。わたしがこんなにダメなのはXXに(親に、恋人に、いままでの友達に、通っている病院の先生に)ああいうことをされたからだ」のループに入っていく。だから、自責の念と他罰性を強く持ったメンヘラには関わるべきではない。可能ならばいますぐ逃げるべきだ。
では、メンヘラは救われないのか? わたしは、彼らは他人の力では救われないと思う。他人の力で救われようとしているメンヘラは他人を不幸にするだけだ。しかし自分自身のケアの方法を覚えたり身につけたりすることができるメンヘラ、支援者に対して誠実に向き合えるメンヘラはきっと救われてほしいし、そうじゃないとしたらあまりに悲しいことじゃないか、と思う。
いくら相手の見目がよく、相手のことを大事だと感じられて、いくらあなたが「だからこそ自分が必要なんだ」と思うような優しい人間でも、取り返しがつかなくなる前に他責性の強い(なんども見てきたように自罰性の強さと他責性の強さは両立するのだ)メンヘラ人間とは距離を置いた方がいい。いままでも同様の警告は多く書かれてきたし、この文章だってそれらと同じく、ほとんどの悲劇を救うことはないんだろう。
それでも、自罰的で他責的なメンヘラが自らの他責性に気づくきっかけになったら、あるいは自罰的で他責的なメンヘラの支援者が逃げるきっかけになったら、すこしでも役立てたら、と思う。
自罰的で他責的なメンヘラの相手をするのは楽ではない。まずはそれを改めて確認しよう。自罰に対してはなるべくよりそいと安心を、他責に対しては同調せずにその考えから距離を取ることを大事にしよう。他責のターゲットが自分である場合は、あえてその問題を軽く扱う、触れない、気分の変化を待つなどの自衛をすることが、結果的に長期的な支援につながるはずだ、がんばろう
会社って、自分の希望で共同作業者を選べない割に何年も朝から晩までそいつらと共に過ごす異質な環境。
そんな場所で定年まで生き残って退職金を勝ち取るには友達を100人作ることではなく敵を1人も作らないことだよ。
俺はこの教えを新卒一社目の自称アットホーム、実際はドロドロだった職場で経験したので、転職して登場人物リセットされてからはこの絵でいう無関心ハゲを貫いてる。
https://i.imgur.com/m78ZKly.jpeg
忘年会とかの全体イベントは、飲み過技て気が大きくなり陰口言いまくって本性である攻撃的な人格晒して敵を作るアホや、そいつの発言に安易に相槌打ったり笑ったりして同調してしまい陰口マンと共に人望失っていくアホが後を絶たないので、原則参加しない。
今だに女性の弁に乗ってもっと盛ってと言った言わないで攻めたつもりになってる阿呆が多いので解説してやるね。
妥協の◯山したんだけど食べ物で遊ばれたから2度と行かねー、最悪、マジで不快
全マシコールでこれはさすがにきしょいよ
「多いけど大丈夫?(ニヤニヤ」のお得意の女は食いきれないだろのツラされてマジでキモかった、他の人のマシコールは普通で私のだけ手でギチギチに押し込んでたのきしょすぎ
おおよそ同量の立川マシマシを食べ切ったことあるけどこれは予め量がわかりきっていた構えがあったため美味しく食べ切れた
今回の◯山に関しては色んな店舗で毎回マシ,マシマシで頼んでいたけど初めてギチパン盛りされて萎えた、あと店主のニヤつき顔がマジ不快
これを見て『女性をバカにした!絶対に許さん!』ってなった阿呆が男尊女卑!と店のレビューを荒らした事から大事になった訳だけど、とりあえず上記の投稿から事実ベースとお気持ちベースの文句を分けてみようか
・妥協の◯山したんだけど食べ物で遊ばれたから2度と行かねー、最悪、マジで不快
お気持ち全開で店が食べ物で遊んだと言うのは客観的事実に基づかない不快さからの脚色に過ぎない。
・全マシコールでこれはさすがにきしょいよ
全マシに対して多いとの意味だろう、後に言った言わないに発展してるように要はよくあるオーダーミスがこの問題の中心にあるのがわかる。
・「多いけど大丈夫?(ニヤニヤ」のお得意の女は食いきれないだろのツラされてマジでキモかった
完全にお気持ち。
接客が笑顔なのは普通で、ニヤニヤや〜のツラは思い込み、その上その思い込みをキモいと重ねて貶すどうしようもなさ。
この時点で何かで腹の虫の居どころが悪かったから八つ当たりで話を盛った可能性まであるなと感じた。
よく居るよなそう言う困った人。
・他の人のマシコールは普通で私のだけ手でギチギチに押し込んでたのきしょすぎ
手で詰めたのが不快と言う気持ちはわかるが量が量だし、調理で手を使うのは普通よね。
これもオーダーミス故の話に集約される。
・おおよそ同量の立川マシマシを食べ切ったことあるけどこれは予め量がわかりきっていた構えがあったため美味しく食べ切れた
思ってたのと違うのがきた事に対する文句。それは一般的な話としてわかる。オーダーミス故の話。
・今回の◯山に関しては色んな店舗で毎回マシ,マシマシで頼んでいたけど初めてギチパン盛りされて萎えた、あと店主のニヤつき顔がマジ不快
オーダーミス故の話。後に店側が出した『もっと盛って』が焦点ではあるだろう。
店主のニヤつき顔は先ほど同様接客の笑顔への八つ当たり。不快だから何もかもがそう見えたんだろう。
不味かったのが手を使って押し込んだからかどうかは不明だろう。
これだけ店に苛立っていては気持ちだけでも不味くなりそうだ。
ちゃんと読むと最初からオーダーミス問題と、それ故の不快さによる八つ当たりに集約されているのがわかる。
そしてこの八つ当たり部分により店が男尊女卑、女をバカにしたなどとレビューが荒らされた。
しかし事実として店がこの女性客をバカにしたような客観的描写は一つもない。
ニヤつき顔なんて接客を笑顔で行っていれば普通のことで、無表情で接客したら不快そうな顔で接客しただのそれはそれで脚色されたろう。
また、女は食い切れないだろ、と言う認識は実際に私が男性の知人と二郎系に行った際に経験していたり女は二郎を食うなと言うネットスラングが存在しているためこう言った発言をしてしまいました。不快になったのは本当です。ただその意図がなかったのでしたら申し訳ありません。
男尊女卑的な描写に関して完全に店が無関係であることがわかる。
『女性客が嘘を言ったとは言ってないだろ』とか擁護したつもりの阿呆がいまだに多数見受けられるけど、今回の騒動で一番大きかった焦点はなんだった?
今は後の店の釈明から『もっと盛った』の言った言わないで鬼の首取ろうみたいになってるが、お前らがそもそもバズらせたのは店が男尊女卑だと同調したからだろ。
これはその根幹が嘘だったと言う内容だぞ。
つまり、数多の女性擁護者がバズらせてレビューを荒らす原因となった女をバカにした描写は全てマシマシに盛られたものだった。
店側の釈明でも女性をバカにするような余計なことは一切書かれておらず、過度なバッシングに対して営業上やむを得ないから店側が確認した事実に基づく真摯な声明でしかない。
そこからこの客が『もっと盛った』を言った言わないの問題に発展してるが、この手の飲食業界でのオーダーミスに男女は関係なく、世間的によくある些細なミスの話であり、周囲の野次馬が言ってないのに言ったって言った!許さない!といちいち取り立てて怒るほどのことなのかと。
じゃあ女性が店側でオーダーを取り違えたような場合でもお前らはネットで挙って嘘つき!と私刑に走るのかと。
だから、引くに引けなくて女性は『もっと盛った』と言ってないだの擁護してる阿呆、それはもうお前がそもそも憤ってた男尊女卑の話の延長線上にはなくて、ただの些細なオーダーミスにスライドして固執してるだけなんだよ。
女性客が男尊女卑描写が店と無関係な事を言った時点で残った問題は客側か店側かはわからないが『単なるオーダーミス』と、『一方的な情報で男尊女卑だのと店がバッシングされも荒らされた事実』だけなんだよ。
俺は言いたい事は言い切った。
本気で言ってます?
>きもい奴に性的な目で見られた性加害だまで話が行っちゃったから
初耳だ
「清潔感がない男はキモく、そんな奴に性的な目で見られるのは性加害である」?
だがこういう発言があったとしよう、こういう発言があったなかった追及するのは時間の無駄だから
・女の大部分がこういうことを言い出している
・女の大部分が少なくとも賛同しているように見える、最低限反論すらせず同調するそぶりがある
・ごく少数の意見といえど、実際に一定以上「女性のそばにいたというだけで、『清潔感のない男が女性を性的な目線で見ていた(性加害を受けた)』と主張され、警察なりの取り調べを受けた」
これのどこかの段階に当てはまらなきゃ「そこまで話がいっている」には該当しないだろ
「誰かが言っている」だけなら「そこまで話が広がっている(清潔感がないとみなされた男が理不尽な損害を受ける事態になっている)」とは言えない
しりたくなかったなあと思う。
私の持病とその治療の影響で、それが分かってて結婚して2人とハムスター1匹とで生活してきた。
この2年くらい、夫側の兄妹夫婦が諸般の事情で子どもを育てるのが難しい状況があり、私達夫婦がほぼ親代わりとして面倒をみる状況にあった。
来年の途中からは徐々にもとの状況に戻れそうな見通しではある。
こうした事情は私の職場はもちろん、園や学校、子どもが仲良くしている子の保護者にはある程度話していた。
言わなくても子どもが「ママじゃなくておばさん(おじさん)なんだよ〜」とか言ったりもするので知ってる保護者はまあまあいたと思う。
ただそんなことは知らない保護者もいるわけで。
夫側の親族の子ではあるので学校とのやりとりは夫がよく対応してはいるけど、やはり保護者コミュニティはママがメインであったりもするので私も学校行事とか必要な場にはよく参加してきた。
私を含めて仕事をしているママたちも多いので仕事の愚痴みたいな話のときや、連休近くだと親族関係が話のネタになることがあるんだけど、そういうときに
「子どもがいない人ってほんと理解なさすぎてさぁ、意味わからないよね笑」
「うちの姉も結婚してないし、子どももいないしでさぁ〜どうすんだろうね笑」とか。
ちょっと困ることあるよね〜、ではなくバカにして見下しているという空気を隠さないで話をされることがままある。
私自身には子どもがいないということを知っている保護者はちょっとハラハラというか、ヒヤヒヤというかそんな表情をしてたりする。
そういう話題に同意はせず「まあそうですね〜」で流してる人はたぶんまともな人で、とはいえここで「そういう言い方は良くないですよ!」みたいに輪を乱しても面倒だしなあと思ってとりあえず同調しないという最低限の抵抗をされてるんだろうなと思う。
でも割と乗っかって話す人も多くて、子持ちのコミュニティで私はこう思われてたんだなって思った。
https://togetter.com/li/2484660
内海はキャラクター造形が独特というだけだし、ゆうきまさみの過去の発言(ガルディーン対談など)からするとネタ元のけっこうな部分は植木等の無責任シリーズあたりじゃないかなと。名前の通りでサラリーマン無責任、いつもへらへら笑い、すちゃらかでいつも上司を怒らせてるが、いいかげんな言動で結果的に「仕事ができた」ことになっちゃう
さておき、テック系「人類の進歩(なんなら進化)」のために個人の犠牲はあってしかるべきだマンというのは伝統的に繰り返されてきた悪役の典型パターンである
公害を垂れ流して「国家の発展のために必要な犠牲だ」とかと変わらん。古臭いにもほどがある
というか、そういう「権力者や金持ちの都合が優先され、底辺が一切救われることのない現実」に対するガス抜き、息抜きとして正義のヒーローってのが求められてきたので、同じなのは当然とさえいえる
何一つとして変化はない
新しいのは、そういう「悪党のいいわけ」に対し、「そういう理屈もあるよな」と説得されちゃう情弱が発信する時代になっただけ
ただ「その理屈は自分にとってどうなのか」という価値判断を持ち合わせてない「自他の境界があいまい」 ( by ウィリアムズ・アリシア ) な取巻きモブが周囲でわめくのが、拡声器で広がるようになっただけ
悪役令嬢断罪シーンが流行るわけである。いつだってモブ嬢やモブ貴族、モブイケメンがその場の雰囲気に流され、声がでかいだけで法的根拠の一切ない断罪に同調する、その光景が毎日のように現実で垂れ流れてるのだもの
思考の整理のために書く。
私は人が悪印象をもったIT系の何かしらに対して「技術者倫理に背く」のような言い方する事が嫌いだと気づいた。
これは別に”技術者倫理的なもの”を軽視しているわけではなく、その用語の意味が曖昧で、その曖昧な言葉で複数人が同調してしまうこと、それを根拠に何かを叩いて(比喩)いる事が嫌いなのかもしれない。
まるで『普通』とか『性的搾取』とか『多様性』とか『世間では』とか『マンスプレイング』などの使い手が恣意的に運用している言葉のように、『技術者倫理』も運用されているように見えている。正しい方向に導くというより、私が正しい/お前が正しくないを主張するような使い方に見えてしまう。
この考えが出てきたのは顔画像から自閉症判定アプリを作ったQiitaの記事が燃えてからだろうか。当時も何が正しくないのか、色々な技術者が『技術者倫理』を語っていたが、全員同じ筋を語っていたわけではなかったように見えた。
そういえばこの騒動の時に資格の中に『技術者倫理』のある資格を少し検索したことがあり、今は失念したが、ITパスポートレベルの誰でも持ってるような資格ではなかった。
『技術者倫理』には公式ドキュメントがない。IT技術者は公式ドキュメントを参照する事を重要視しているように感じるが、そういった環境で『技術者倫理』を使って語る事に違和感はないんだろうか。
人間は環境の奴隷で、多数派だって多数派の価値観を植え付けられただけに過ぎない。
大人になって家庭で植え付けられた常識を疑う、というプロセスは誰でも変わらない。
他の人はその常識が「犯罪者は悪い奴!」で、あなたの疑うべき常識は「人権!」だっただけ。
それを疑った結果どう考えるかは人それぞれ。
少なくとも俺は凶悪犯罪を揶揄してウケる連中よりも「犯人だと決まったわけじゃない」と真顔で言える人のほうが好きだな。
飲み会でもそう思ってて、ただ立場を守るために多数派に同調してるだけの奴がいたかもしれない。
自分でも「健常者エミュレーター」と言っているように「普通でうらやましいな」と思ってる相手も実はエミュレーションかもしんないよ。
人間は環境の奴隷で、多数派だって多数派の価値観を植え付けられただけに過ぎない。
大人になって家庭で植え付けられた常識を疑う、というプロセスは誰でも変わらない。
他の人はその常識が「犯罪者は悪い奴!」で、あなたの疑うべき常識は「人権!」だっただけ。
それを疑った結果どう考えるかは人それぞれ。
少なくとも俺は凶悪犯罪を揶揄してウケる連中よりも「犯人だと決まったわけじゃない」と真顔で言える人のほうが好きだな。
飲み会でもそう思ってて、ただ立場を守るために多数派に同調してるだけの奴がいたかもしれない。
自分でも「健常者エミュレーター」と言っているように「普通でうらやましいな」と思ってる相手実はエミュレーションかもしんないよ。
この世論よく見かけるようになったなぁ
この先年金もなくなることが見えていて、物価高はとどまることがなく、けれど年収はあまり変わってなくて。
子どもに不自由をかけてしまうくらいなら産まないほうがいい、その方が子供のことを考えられている。
これに対する反論を持ち合わせていないから、これを言われるとだんまりになって、でも同調は難しいから、とりあえず微笑んでしまう。
子どもがいると、どんなに周りが協力してくれても完全に子供のことを忘れて一日過ごすなんてできないし、子供ってすぐ風邪を引くから決まってた旅行やお出かけが当日におじゃんになるし。
でもかわいいから、子供の存在そのものがまるっとぜんぶ愛おしいから、それだけでもう、しあわせではあるんだけどな~
でもこれって親が幸せなだけだから子どもは人生トータルで見たときに幸せじゃないかもしれないんだよな、と思って。だから反論ができないんだよね