2013年4月、突如として音楽シーンに現れた天狗集団、this is not a businessがついに8月21日、デビュー・アルバム『10 Goods』をリリースする。リリースに向けてOTOTOYではメンバーひとりひとりにインタヴューを行い、彼らがこれまで音楽の道を目指しながらも経験してきた挫折、そしていま、this is not a businessに懸ける思いを語ってもらった。また、まだまだ素顔の見えない彼らに迫るため、20の質問もぶつけてみた。本日より1週間ごとにひとりずつ公開し、5回連続で特集する。
記念すべき第1回目は、ベースの陣下須(ジンシモズ)。学生時代にZepp Tokyoの舞台まで一気にのぼりつめた彼がどんな思いを抱えていたのか。そしてまたいまthis is not a businessでZepp Tokyoを目指す彼の思いとは。
インタビュー : 前田将博
写真 : 外林健太
まさに天狗になっていたんです
――陣下須さんはいつごろバンドをはじめたんですか?
陣下須(Ba)(以下、陣) : 高校時代に、「TEENS' MUSIC FESTIVAL」という公開オーディションを受けたいなと思いまして。そのオーディションに出るためにバンドのメンバーを集めたんですよ。
――それまでに、楽器はやっていたんですか?
陣 : 中学校のとき、家庭教師の先生に「志望校に受かったらエレキ・ギターをあげるよ」って言われて、合格するために進学校から工業高校にレベルを下げたんです。それで、フェルナンデスのギターをもらいました。
――ギターをもらうために進路を変えたんですね(笑)。
陣 : でも、もらったのはギターだけだったんですよ。アンプもないし、チューナーもない。唯一あるのはピックだけみたいな。だから、練習を歪みもない生音でひとりでやってたんです。で、高校入ってオーディションを受けようと思って楽器できるやつらに声をかけたら、空いてるパートがベースだけだったんですよ。それでベースをはじめました。
――なぜオーディションを受けたいと思ったんでしょう。ずっとバンドに対する憧れみたいなものはあったんですか?
陣 : はい。人の前で僕の演奏したいなって思いがありましたね。
――オーディションの結果はどうでしたか?
陣 : あれよあれよという間に全国大会まで行きまして、Zepp Tokyoでやる最後の12、3組のなかに残ったんですよ。若干16歳ながら、大舞台に立ちました。
――バンドを組んですぐなのに、それはすごいですね! 曲はどうやって作っていたんですか?
陣 : そのときにヴォーカルだった女の子が作っていました。で、それをみんなでアレンジして。
――楽器をはじめたばかりなのに、アレンジまでできるものなんですか?
陣 : 感覚でやっていましたね。だから、いま聴くとなんでこんなコードを使ってるんだろうっていうものもあると思います。
――そのバンドは、その後どうなったんでしょう。
陣 : オーディションで全国大会に進むまでに何段階かあって、全部で半年くらいの期間だったんですけど、特に賞とかにもひっかからなかったのですぐに解散したんですよ。目的がオーディションに出ることだけだったので。
――全国大会まで行けたの解散してしまったんですか! もったいないとは思わなかったんですか?
陣 : 16歳とかだったので、その重大さに気づいていなかったんですよ。まさに天狗になっていたんです(笑)。何回でもチャンスがあると思っていたんですよ。
――バンドを解散したあとも、音楽は続けていたんですか?
陣 : そのオーディションに出た関係で、音楽学校の資料がやたらと家に届くようになって。音楽の大学とかは知っていましたけど、こんな進路もあるんだなって思って、まんまと音楽の専門学校に進みました。進路のことは、それまでなにも考えていなかったので。
ちょろいなって思ったんですよね。そのときにも、まさに天狗になっていたんですよ(笑)。
――専門学校では、どんな活動をしていましたか?
陣 : 同じ専門学校のなかでバンドを組ませてもらったんですけど、それもあれよあれよという間に校内と繫がりのあるレーベルから全国流通のCDを出させてもらいました。一応インディーズではあるんですけど。
――それはまた、かなり順調に進んでいったんですね。
陣 : そうですね。専門学校が2年間なんですけど、1年でぽんぽん順調にいって、CDのリリースが2年目の6月くらいだったんですけど、その前の5月に某バンドさんのZepp Tokyoのライヴのオープニング・アクトが決まっていたんです。でも、そのころにメンバー間の連絡ミスが原因でギターと大喧嘩して、僕はその日で辞めましたね。スタジオの練習があるっていう連絡が、僕に届いていなかったんです。
――では、せっかく決まっていたZeppのステージには立たなかった。
陣 : 同じ科のベースに、もうあいつとやっていけないからベースを弾いてくれって頼みました。僕はそのまま実家に帰りましたね。
――それは、音楽自体をもう辞めようと思って。
陣 : そうですね。音楽は楽しくて続けてたことなんですけど、毎日学校に行って、授業で音楽を習って、それ以外でライヴ活動をしてっていう生活のなかで、あまり気が乗らなくなっちゃったんですよ。そんなときに喧嘩をしてしまったので。
――専門学校が思っていたほど楽しいものではなかった。
陣 : もともと僕自身があまり明るいタイプじゃないっていうのもありますね。音楽の学校にいた人たちは、みんな底抜けに明るかったんですよ。
――自分の居場所がなくなってきたと。
陣 : そうです。まわりの人は嫌いじゃないし、僕も嫌われてはいなかったとは思うんですけどね。
――全国流通でCDを出したり、Zeppクラスの会場でまたライヴをやるチャンスをつかんだことは、満足感や充実感に繋がると思うんですけど、下須さんにとってはそうでもなかった?
陣 : ちょろいなって思ったんですよね。そのときにも、まさに天狗になっていたんですよ(笑)。短いスパンで、簡単にZeppのステージに立てるものだと思っちゃったんですよね。
――実家に帰ってからはなにをしていたんですか?
陣 : 地元には帰ったんですけど、実家に帰ったら母親に殺されちゃうんで(笑)、5月に帰ってから約10ヶ月くらい友だちの家を転々としていました。それで、学校に学費は振り込んでいて籍は残っていたので、最後に当時やってたバンドで卒業ライヴをやりに東京に行って、卒業証書は出してもらったんです。そのあとにやっと実家に帰って、地元の居酒屋に就職しましたね。
――バンド活動は完全に辞めてしまったんですか?
陣 : そのときはそうですね。地元に戻ってからも、趣味でちょろっと友だちとスタジオに入ったりはしてたんですけど、ライヴをやってるわけでもなかったので。
お客さんに笑顔を振りまきながら、俺はなんでここで笑ってるんだろうって思ったりして
――そこから、もう一度音楽をやろうと思ったきっかけはなんだったんでしょう。
陣 : 就職して働いてるなかで、当時のバンド・メンバーだったり同じ専門学校のやつが、地元の方にツアーでまわってきたりするんですよ。毎回お誘いをもらって、それに観にいってたんですけど、その度にものすごく落ち込むんです。
――地元は岩手県とのことですが、そこにツアーで来るとなると、それなりに大きなバンドですよね。
陣 : そうなんです。それもひとりやふたりじゃなくて、何組か当時の知り合いが来ていました。
――昔の仲間たちが、変わらず音楽でがんばっていたと。
陣 : 僕自身、音楽に対して悔いが残っていたんだと思います。自分と同じステージに立ってたやつが、大きくなって知らない土地に来てる。そこに、フロアで観てる自分とステージから見下ろしてる彼らがいて、その差に落ち込みました。僕はいまなにをやっているんだろうと。居酒屋で働いているときも、お客さんに笑顔を振りまきながら、俺はなんでここで笑ってるんだろうって思ったりして。それで、もう1回東京に行こうと思って、居酒屋を辞めて出てきました。結局地元にいたのは4年くらいですね。
――東京に戻ってバンドを組んだんですか?
陣 : 東京に戻りました。またメンバー集めてバンドを組んで、そっちも、またすぐにCDを出させてもらうところまではいったんですけど、それからは鳴かず飛ばずです。ライヴもシェルターでやるくらいで、そこからはなかなか…。そのバンドはいまもやってるんですけど…。
――なかなか芽が出ないと。
陣 : 出ないですね。本当に何をやってもダメで… すごいフラストレーションたまってました。
――では、this is not a businessをやろうと思ったのは、やはり売れたいという思いがあった。
陣 : ありますね。やっぱり音楽やるからにはみんなに聴いてもらいたいですから。this is not a businessは売れたいという意味ではビジネス的ではあるんですけど、意外とそれが一番にあって、素直に音楽やれている気がします。
――専門でやる前に思い描いていたように、音楽を純粋に楽しめていると。
陣 : そうですね。あと、this is not a businessは、同じような考えを持った人たちなので。
僕が惹かれたってことは、街で見かけるような人たちにも伝わるんじゃないかなって思う
――これから、どうやって売れていこうと考えていますか?
陣 : 好きなもの、かっこいいと思う音楽って世のなかにたくさんあると思うんです。それを本気で人に聴かせようと思ったら、やっぱりお金がかかったりとか、ヴィジュアル面とかも考えていかないといけない。このバンドには、そういう音楽以外の部分でも惹かれたんですよね。しっかりとしたコンセプトがあって。僕が惹かれたってことは、聴いてくれる人、街で見かけるような人たちにも伝わるんじゃないかなって思うんです。
――どうすれば自分たちの音楽を広げていけるかを、音楽以外の部分も含めて考えて活動していると。
陣 : パフォーマンスとかも考えてやろうかなと思っていますね。この前のライヴで、人生ではじめてモニター・スピーカーに足を掛けてお客さんを煽ったんですよ(笑)。
――いままではそういうパフォーマンスはしていなかったんですか?
陣 : やっぱり、売れないバンドがやると怒られちゃうので(笑)。あとで機材費が上乗せになったりするし。今回はそういうのを考えずに、気づいたら自然と足を乗っけていましたね。
――お客さんの反応はいかがでした?
陣 : すごいレスポンスがありましたね。聴いてもらっているだけじゃなくて、すごく楽しんでくれてるなって思いました。
――高校のころにZeppの舞台に立ったときと比べて、どんな感触がありましたか?
陣 : またやれるんじゃないかっていう感触はありましたね。だから、当面の目標はZepp TOKYOです。3度目のチャンスがきたのかなって思いますね。
――ところで、下須さんはTHE YELLOW MONKEYが好きだとうかがいました。
陣 : THE YELLOW MONKEYは、小さいときからずっと好きですね。「太陽が燃えている」のころから。自分の人生の節目節目に聴いていました。
――小さいころから影響を受けているんですね。ベーシストとしても、ヒーセ(廣瀬洋一)さんの影響は大きいですか?
陣 : 僕はピックで弾くのがメインなんですけど、それこそジーン・シモンズとか、ヒーセさん、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのウエノコウジさんの3人をイメージしながら弾いていますね。僕の根源にあるのはそのあたりです。
――来月リリースするアルバム『10 goods』に収録されている「migite」では、下須さんはヴォーカルも披露していますね。
陣 : 曲はみんなでアレンジしてるんですけど、中心的に作っているメンバーがそれぞれいるので、この曲の場合はたまたまそれが僕だったんですよ。仮歌で僕が歌ってたんですけど、加藤小判の方から「そのまま歌っちゃいなgood! 」って言われたので、じゃあ歌っちゃおうかなって。
――加藤さんのヴォーカルと並んでも違和感なく聴けたのですが、歌を録音するのははじめてなんですか?
陣 : コーラス以外が音源になるのは人生初ですね。ライヴでも僕が歌ってます。
――アルバムが完成した手応えはいかがですか?
陣 : 揃ったなと思います。聴いてもらった人に楽しんでもらえる自信はありますね。
――最後に、下須さんが個人的にこのバンドで実現させたいことを教えてください。
陣 : シグネイチャー・モデルを出したいですね。ジーン・シモンズって完全に自分のオリジナルのベースしか使っていないんですよ。なので、僕も斧みたいなベースとか、天狗を模したベースを作れたらいいですね。あとは、聴いてくれる人のなかに常にあるような、愛される曲を作りたいです。
>>次回、木須利茶(Gu)のインタビューは7月31日(水)公開!!<<
PROFILE
this is not a business
加藤小判(vo) / 否戸田雲仙(g) / 木須利茶(g) / 陣下須(b) / 序鬼間(prog)
俺たち、
負け犬(天狗)バンド
this is not a businessでgood !!!
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