ハナカミリュウ──札幌から聞こえる、エレクトロニカの新たなる躍動
数多くいるアーティストのなかから編集部がグッときたアーティストを取り上げるこのコーナー。第28回は、札幌の若きトラックメイカー、ハナカミリュウをフィーチャー。7月10日にリリースしたEP『SOREKARA』を探るべく、新たなエレクトロニック・ミュージックの才能に初となるインタヴュー!
INTERVIEW : 第28回 ハナカミリュウ
インタヴュー&文 : 佐藤遥
生まれも育ちも札幌のDJ、トラックメイカー、ハナカミリュウ。活動の軸はエレクトロニカ。大学ではDTMサークルに所属している。札幌の若手トラックメイカーのためのコレクティブ〈Prototype〉と、フロアが持つ役割を注視したイベント〈ネストノミコン〉を主催しており、さまざまなDJイベントでも引く手あまただ。そんな彼がトラックメイカーとして新たな一歩を踏み出した作品が、7/10にリリースしたEP「SOREKARA」。インタビューを通してわかってきたのは、自身の感情に向き合う作風からは窺い知れなかった仲間や地域とともに活動を持続することへの強い思い。今回の初インタビューでは、ルーツに始まり、ここ最近の変化から今後の展望まで、EPの制作過程と合わせてお話を伺った。
──音楽活動をはじめたきっかけはなんですか?
DJをはじめたのが、たしか中3のときで。きっかけはニコニコ動画で中田ヤスタカの楽曲だけのDJミックスを聴いたことです。かっこよくて、自分もこれをやりたいって思いました。当時はいろんな音楽を並行して聴いていて、中田ヤスタカ、東方projectというオタクコンテンツのアレンジ楽曲、サカナクション、日本人の作るエレクトロニカとか…雑食でしたね。もともとエレクトロニカも好きだったのですが、扱える技量がないという自覚があったので、今とは違って最初の頃は4つ打ちのDJをしていました。
──ニコニコ動画が活動のルーツにあるんですね。
そうですね、ニコ動は自分の遍歴の中で大きな存在かもしれないです。いまの活動の下地になっている要素がほとんどニコ動で見つけた曲なので。とくにGo-qualiaさんの「つかさの声だけでエレクトロニカ」という、らき☆すたの柊つかさの声をサンプリングしてエレクトロニカを作った動画が原体験みたいなものになっているかもしれないです。イレギュラーを除いていわゆる萌えアニメなんて、言ってしまえばエレクトロニカとは対極の位置にあるじゃないですか。きらきら明るい美少女と冷たくて非人間的な側面をもつ音楽がうまく合致している妙があって、いままで聴いてきた音楽と全く違うものを聴いているという衝撃がありました。あとは、日本人エレクトロニカアーティストのAOKI takamasa、レイハラカミ、ausも全部ニコ動で知ったんです。タグ機能がすごく優秀で、いろんな動画に繋がって発見の連鎖が起きていくので、それで自分の見識というか音楽のストライク・ゾーンが広がったかもしれないですね。
──今回EPをリリースされましたが、DTMはいつ頃からはじめましたか?
本格的に始めたのは去年の春からです。以前にもオリジナル楽曲を制作したことはあったのですが、理想とギャップがあって自分ではしっくりきていませんでした。その後ありがたいことにDJの出演が増えてきたので、しばらく活動の中心がDJでした。でも去年のコロナ禍で出演が減って、有り余るくらい時間ができたので改めて曲を作ってみようかなと。DJで表現できるもの以外のものも表現してみたいと思うようになったのもあります。
──大学でDTMサークルに入っているとお伺いしましたが、曲を作るにあたってサークルのメンバーに相談などはしましたか?
2019年くらいまではDJの場面でサークルと関わることが多くて。曲を作るようになってから技術的なアドバイスももらったのですが、ほかにも曲を作る上でのマインドや何を表現したいのかとかを議論し合ったりもしましたし、そのやりとりがインスピレーションの元にもなりました。なので今回の制作はサークルの人との対話で事進んだ感じがあります。
──議論の具体的な内容を教えてもらってもいいですか?
よく話し合っていたのは音楽を続けていくことについて。大学生の趣味で終わらせるのではなくて、どうやったら就職後も音楽活動を持続していけるかという話をしていました。そのなかでトラックメイカーとバズることとの距離の置き方という話題がでてきて。多くの人に聴いてもらって自分の生活に繋がるという点では、あって損はないけど、それによって自分のできることが狭められちゃうんじゃないか、そのバズった曲を聞いた人が求めるものを作り続けるようになっちゃうんじゃないかという危惧もある。そうなったときに、対極の位置にあるもののうちひとつは、誰かの承認や受けを狙わずに、単に自分が表現したいと思えることのみを純粋に表現することじゃないかということを話しました。サークルには後者のひとが多いですね。最終的には、バズりのなかで自分を消耗せずに、曲を作ること自体を楽しんで自分の報酬にしていけば無理なく音楽活動をやれていくんじゃないかという結論になりました。〈Prototype〉というコレクティブをはじめたのも、こうやって話していて一緒に音楽をやっている仲間がこれからも音楽を続けられるようにという思いがあったからです。
──音楽活動は札幌で続けていく予定ですか? その理由も教えてほしいです。
そう思っています。率直に言うと、この土地がすきだから。生まれてから1回も離れていなくて、やっぱり愛着もあって、ここに人間関係を持っていますし。住んでいて気持ちのいい土地で自分のやりたいことをやれるのがいちばん最高なんじゃないかと思っています。東京とか中央に対してのカウンターみたいな意識も若干ありますが(笑)。あとは自分がDJあがりなので。DJイベントって土地から離れられないじゃないですか。その土地のベニューで開催されて、その土地の人が主催してっていう。クラブカルチャーはその土地と一緒にあるっていう感覚がありますね。
──札幌のクラブシーンにはどんな特徴があると思いますか?
自分の感覚ですけど、ものすごいミクスチャー感というか。ジャンルの垣根がないとはいわないけど、いろんな畑の人が混じり合っている感じがあって。お世話になっているPLASTIC THEATERの店長も、常に新しいことだったり違う世代違うジャンルの人たちを繋げることを考えている人で、sound Lab moleはイベントでそれを体現していますし。理由としては、切実だけどお客さんを共有していかないとイベントも箱も回らないっていうのがあると思います。あと自分の推論ですが、mole、THEATER、PROVO、spiceとか色の違う箱同士の距離が近いというのもあるんじゃないかなと思っています。土地的にもそうならざるを得ない、そうしないと回らないということもありつつ、ジャンルや活動の場は違えど、札幌で活動する人たちとゆるく連帯して、活動を継続していきたい気持ちがありますね。
──先ほどコロナ禍で時間ができたという話がありましたが、どんな変化がありましたか?
プラスな面で言うと、自分と向き合って趣味嗜好ややりたいことをちゃんと考えられる時間が持てたっていうのがいちばん大きいです。DJで言うと、それまでは割とかちっとしたフロアに向けての踊れるようなDJが多くて、甘えかもしれないですが、そうやってフロアを意識しすぎると自分を押し殺すことになる場面も多々あって、それがきつくて消耗していたところもあって…。でも自分のやりたいことに向き合った結果、身体の動きではなくて感情の揺れ動きに重きをおいて選曲するようになりました。曲同士の繋がりでグルーヴ感をつくっていくという意識が薄れてきて、グルーヴ感とか全体的な緩急がそれ以前とはまるっきり変わりましたね。身体の動きが制限されている状況とも繋がっていると思いますが、自分の思うようなことができているんじゃないかなと思います。あとは同じような状況の人とさらに密な連携がとれるようになったのが大きいです。曲を作りたい若手のトラックメイカーと仲良くできるようになりました。マイナスな面は、長らく目標にしていた遠征イベント含めイベントが全部中止になって、自分の活動方針がすべて白紙になったことですね。それで精神的に不安定になって、まあまあな期間悩んでいて、その時期がいちばんきつかったです。でもそれがEPに繋がったので両側面がありますね。
──フロアを意識したDJがつらいときもあったというエピソードは、トラックメイカーとバズりの話と似ていますね。
言われて気づきました(笑)。聴く人を想定したり反応を伺うものを「公」、そういったことを一切考えないものを「私」とすると、その公私のバランスを自分で決めてコントロールしたい気持ちがありますね。…そういえば去年『今年の漢字は「私」です」ってツイートしていたのを思い出しました(笑)。
──今回のEPではそれができましたか?
そうですね。今回のEPでは、本当に自分がやりたいこと、自分が表現したい質感だけを表現して、それを根拠とか拠点にしてこれからのトラックメイカーとしての活動を進めていきたいという考えがぼんやりあったので。あとは自分がやりたいこと、表現したいことを一度がっと外に出せば、そこからまたやりたいことが発生するんじゃないかなという思惑もありました。受けとかではなくて、自分が表現したいものを純粋につくった、公私でいえばかなり私的な作品ですね。
──世間一般的にはポジティブであることが推奨されますが、ハナカミさんの作品は、いままでのDJミックス作品も含めて、一貫してネガティブさを肯定してくれるような印象を受けます。
人間が抱えるネガティブな感覚は悪と捉えられがちですけど、自分はそうは思っていなくて。絶対付き合っていかないといけない感情だし。不謹慎と思われてしまうかもしれないですけど、そういう感情のことを美しくみている節があります。人間が絶対に突き当たるかなしさや鬱屈とした感情、希死念慮とかが孕んでいる美しさを自分なりに描こうと精一杯つくったのが「HEAVEN」というDJミックス作品でした。今回のEPもコロナ禍で巣食ったネガティブな感情を昇華させる目的もあって、自分の内に目を向ける感覚を大事にして作っています。
──ここまでの話を伺っていると、全く違うものが組み合わさることだったり、生活におけるある種の不具合だったり、言い換えると“違和感”とか“バグ”みたいなものに心を動かされるのかなと思ったのですがどうでしょうか?
たしかに表現の核にそれはあるのかもしれないです、正常な現実があってそこに生じる傷みたいな。DJしかり作曲しかり、その感覚は自分の活動の中で一貫して存在している気がしますね。DJの話だと、好き勝手やっていいよっていうときは意識していなくても、正常に穏やかに始まってだんだん壊れていくような構成になることが多いです。正常な何かが壊れていく、また壊れている状態にかっこよさを感じます。なので、違和感とかバグは自分のフェティッシュのひとつに絶対あると思います。ハナカミリュウという名前も、レイハラカミへの憧れもありますが、英語だらけの中にカタカナがあるときの違和感みたいなものがおもしろいというのもあって、この名前にしましたし。
──これまでにポジティヴさを描こうと思ったことはありますか?
基本ないかもしれないです。去年かなり明るい「True End」っていう曲を書いたことがあって、『utsu so』っていうEPに入っているんですけど、その曲では抑うつ状態から抜け出したあとの開放感、爽快感を描いています。なので一見明るいけど起点はネガティヴですね。
──EPの楽曲はアニメが連想されるタイトルがいくつかありますね。
1曲目はカヲシン(注:TVアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の登場人物、碇シンジと渚カヲルのカップリング名の略称)の曲です。アニメが下地にはありますが、そこだけに向けて作ったわけではなくて、知らない人が聴いても自由に解釈できるようになっています。
──作詞もされているんですか?
はい。もともと文学が好きで、以前から物語るっていう行為と音楽を自分のやり方で結びつけて表現したいなと思っていたのですが、DJではこれといった形が思いつかなくて…。コロナ禍で曲を作るようになって、「あ、作詞があるじゃん」っていう気づきを得て、やってみようかなってなったのがいきさつですね。でも難しいです。自分は小説とか評論とか、1から10まで説明する文章が好きで詩には苦手意識があったので…。聴いた人が自分や誰かに当てはめて考えられる普遍性のある言葉を紡いでいくことに難儀しました。
──1曲目のパンニングにレイハラカミっぽさを感じました。
日本人のつくるエレクトロニカにめちゃくちゃ影響を受けていて、それを聴いた時の自分の感覚を根拠に音作りとか編曲をしているので、そうかもしれないです。1曲目に関してはその時自分の中でトレンドだったEkcle的なベースミュージックの音像を取り入れています。サンクラを追っていて流れてくる楽曲が耳にぴたりと張り付くような曲が多くて、聴いていて気持ちがいいし自分の好きなエレクトロニカとの共鳴も感じていたのでこのような音作りになりました。なので日本人の作るエレクトロニカを聴いた時の自分の感覚と、当時マイブームの音像感の組み合わせになっていますね。
──ボーカロイドを使う理由はなんでしょうか?
自分は歌が得意じゃないので、手段としてのボーカロイドっていうのがまずひとつです。もうひとつは、自分のやりたい質感の一つに非人間的というか血の通っていない感じ、人間の温もりがないような質感があって、その表現に機械が歌うボーカロイドの冷たさ、無機質感がちょうど自分のやりたいことに合致していたからです。
──血が通っていない感じがやりたいのはなぜですか?
とくにAOKI takamasaのシンセとかグリッチ音だけで作ったような、無機質で人間の温もりが希薄だけどそれがかえって気持ちいいみたいなエレクトロニカを聴いたときの感覚が自分の中にずっと残っていて、これをやりたいなと思ったからです。僕が好きなエレクトロニカって割とそういうところがあると思います。
──今回のEPに込めた思いはありますか?
やりたいことをやりたいという思いがひとつですね。あとは、作っているうちに段々とコロナ後の世界が自分にとっていいものであったらいいなという思いが出てきて、それで作ったのが最後の曲「sorekara」でした。タイトルも迷ったけど希望を持ちたいなと思ってその曲名をそのままタイトルにしました。なので、ざっくり言ったら未来への希望みたいなものもあります。
──…ポジティブさを感じます!
そうかもしれないです! でもこの曲は“剥がれた未来”っていうネガティヴな言葉から始まって、最後のほうで開放感を表現しているので起点はやっぱりネガティヴさですね。
──今後はどのような活動をしていく予定でしょうか?
活動では無いんですけど、もっといろんな音楽を聴いて、いろんなことを知りたいです。2019年まではクラブで音楽を聴くのとクラブ向けに音楽を掘るので、クラブ・ミュージックしか聴いていない状態だったので。あとは、歌ものをもっと狭くて鋭い質感で突き詰めたいです。今回はそれぞれ近い質感でありつつもバラエティに富んだ内容ではあったので。それとは別に生活に寄り添う曲も作ってみたい気持ちもありますね。どっちを作るかはまだわからないです。
PROFILE
ハナカミリュウ
北海道札幌市在住のDJ/プロデューサー。 2015年よりDJとしての活動を開始。エレクトロニカやIDM等をバックボーンに持つ独特の感性から為される選曲で注目を集める。 18年にはオタクカルチャーとチルアウトを交差させたDJMIX『AQUARIUS』を発表し各方面から高い評価を得、一躍その名を広める。 20年よりコロナ禍を期に本格的なトラックメイクを開始、アーティストへのRemix提供やコンピレーションアルバムへの参加、そして今年7月には自身の音楽的アイデンティティを表明したEP『SOREKARA』を発表するなど精力的な活動を行う。
■ハナカミリュウ公式Twitter:https://twitter.com/Nakayakusyon
■ハナカミリュウ公式SOUNDCLOUD:https://soundcloud.com/hanakamiryu
■ハナカミリュウ公式Bandcamp:https://nakayakusyon.bandcamp.com/music