漁業(fishery)とは、水産動植物の採捕または養殖の事業である。職業として漁業を営む者は「漁業者」または「漁師」と呼ばれる。産業としては、農業などと並び「第一次産業」の一角を占める。
概要
上述のとおり、漁業とは「水産動植物」を「採捕」したり「養殖」したりする事業である(漁業法第2条第1項)。「水産動植物」とは、水中に棲息している動物(魚介類、鯨など)および植物(わかめ、昆布など)を指す用語である。「採捕」とは採集したり捕獲したりすることを指す用語である。さらに、今では自力で水産動植物を養殖し、その質・量を高める「養殖」も盛んになってきた。これらの漁業は、更に水産加工業や水産流通業を含む「水産業」の一部として扱われる。
漁業の分類
漁業は、「水産動植物の採捕」に関わる(狭義の)「漁業」と、「養殖」に関わる「養殖業」とに二分される。(狭義の)漁業は、その営む場所によって「海面漁業」と「内水面漁業」とに分類することができる。さらに、海面漁業は海岸からの距離を基準として「沿岸漁業」「沖合漁業」「遠洋漁業」の3種類に区分することとされている。一方の養殖業も、海面で営む「海面養殖業」と内水面で営む「内水面養殖業」とに分けられるが、さらに人口の養殖施設を利用する「陸上養殖」という概念も存在する。
漁業の歴史
“Give a man a fish and you feed him for a day. Teach a man to fish and you feed him for a lifetime.”
(人に魚を与えるのなら、魚そのものを与えるよりは魚の取り方を教えてやった方がずっと良い。
ただ魚を貰っても一時の空腹しのぎになるだけだが、取り方を教われば一生食べていけるのだから。)―― 『Civilization IV』にも引用されている、老子の言葉とされる有名な俗諺。[1]
狩猟・採集と並んで人類が営んだと考えられる最古の生業の一つに「漁撈」(漁労)がある。 当初は「徒手採捕」と呼ばれる、川や池に自ら入って素手で水産動植物を摑む手法が用いられたと考えられるが、後に人類特有の「道具」の発明によって、「釣」や「網」という二大手法が開発されたと想像されている。さらに、「舟」を利用することによって効率的な漁撈を営む者も現れた。
効率的な漁撈が可能となると、「山の幸」を集める「山の民」と「海の幸」を集める「海の民」との間で食料の交換が行われるようになったと考えられる。『古事記』や『日本書紀』に現れる「海幸彦・山幸彦」の神話は、このような時代背景を前提に理解する必要があるだろう。「海の民」は水産動植物の採捕に留まらず、船による人・物の運搬や、さらに海上での戦闘などに従事するようになった。大和朝廷に対して「海の幸」を献上する者は「海部(あまべ)」と呼ばれるようになった。
中世から近世にかけては、漁業は幕府や大名の許可を受けて行われるようになった。沿岸部は漁村ごとに区分され、それぞれの地元の漁業者(「漁民」という。)によって独占的に漁業が営まれた。一方、沖合の海は大型の漁船がないと漁業を営むことができないため、大規模な資本を有する「網元(あみもと)」による漁業経営が行われるようになった。さらに、捕鯨のような大規模な漁業経営も効率的に営まれるようになった。
明治時代に入ると、西洋の漁船・漁法が導入され、さらに漁業は発展した。明治34年には初の「漁業法」が制定された(明治43年に全改正)。沖合漁業は更に発展し、大規模な捕鯨などが行われるようになった。昭和24年の新漁業法の制定に伴い、漁業の民主化が図られた。その後、日本の漁業生産高は世界第一位になるまで発展したが、これは「公海の自由」の原則に基づき、日本の漁船が世界中の海に進出した結果である。造船技術・冷凍技術の発達が、こうした遠洋漁業の発展に貢献した。
しかしながら、遠洋漁業の発展は漁業の「持続可能性」という新たな問題を生み出した。水産動植物は自然再生するものなので、ある程度の採捕によって資源量はそれほど減少しないが、濫獲(または乱獲)が進むと資源が枯渇してしまう。このため、各国は自国周辺の海を囲い込んで、外国漁船の進入を阻止するようになった。20世紀後半には、アイスランドと英国との間で「タラ戦争」が勃発した。各国が自国沿岸から200海里を「排他的経済水域」に指定するようになったため、日本は遠洋漁業を営むための漁場を多く喪失した。あわせて、漁業に従事しようとする若者が減少するようになり、現在は日本の遠洋漁船にインドネシア人などが多く乗り込んでいる状況である。
沿岸漁業についても大きな変化が見られた。まず、工業地帯の造成のために多くの沿岸が埋め立てられ、従来の漁場が失われた。新規就業者の減少により漁業者の高齢化が進むとともに、多くの漁村が過疎化に悩むようになった。また、レジャーとしての釣りやスキューバダイビングとの間でトラブルが発生する場合もある。
養殖業については、ハマチやエビといった魚種が主力であったが、徐々にマグロの養殖が増えてきた。現在、マグロの完全養殖の事業化が企てられている。
漁業の免許・許可
漁場にも漁業資源にも限界があるため、一部の漁業は、農林水産大臣や都道府県知事の免許または許可がなければ営むことができない。以下の記述は厳密性に欠けるが、簡単に紹介する。
内水面漁業
内水面漁業を営む権利(第五種共同漁業権)は、地元の内水面漁業協同組合に免許される。それぞれの組合は、遊漁規則を定めているので、一般の人も、その条件に従い、かつ、遊漁料を納めることによってレジャーとしての釣りを行うことができる(漁業法第129条)。もちろん、組合員もルールに従って釣りをすることができる。
沿岸漁業
海岸で釣竿を垂らして釣りをすることは、特別に禁止されていない限り自由である。一方、アワビなどの(あまり動き回らない)定着性動物などを勝手に採ってはならない。具体的には、沿岸の海には「第一種共同漁業権」と呼ばれる漁業権が設定されており、アワビなどを採捕する権利は、地元の漁業協同組合に免許されているのが通常である(漁業法第14条)。したがって、地元の漁業協同組合が関知しない状態でアワビなどを採ったら「密漁」となる。密漁は犯罪として罰せられる(漁業法第143条)。なので、どうしても採りたい場合は組合員になるか、組合の同意を得る必要がある。
沖合漁業・遠洋漁業
こうした漁業を営む場合には漁船が不可欠である。しかも、漁業の種類によっては「許可漁業」(漁業法第52条)、「特定大臣許可漁業」(漁業法第65条)、「都道府県知事許可漁業」(漁業法第65条および第66条)に指定されているので、許可を受けずにこのような漁業を営むと犯罪となる。
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関連項目
脚注
- *原文は「授人以魚不如授之以漁 授人以魚只救一時之急 授人以漁則可解一生之需」(書き下し文は「人に授くるに魚を以てするは、之を授くるに漁を以てするに如かず。人に授くるに魚を以てせば、只一時の急を救うのみなり。人に授くるに漁を以てせば、則ち一生の需を解くべし。」なお第一文には「授人」または「授之」が重複するバリエーションも存在する)とされ、中国語圏では前半が時に現代語に訳され、海外では後半が翻訳されてそれぞれ引用される事が多い。しかし『道徳経』(いわゆる『老子』)およびその註釈にこの文章は存在せず(参考:ウィキソース「道徳経」)、正確な出典は不明である。
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