ピアノが揺れていた。スガダイローの演奏に共鳴し… などという比喩ではなく、スガダイローの指の圧力に押され、演奏中、何度もピアノが前後に揺れていた。
場所は荻窪のライヴ・ハウス、velvetsun。スガダイローtrioのライヴだった。ライヴ・ハウスと言っても、ここにはステージらしいステージは無く、客席然とした客席もない。小さな部屋の片側にピアノやドラム・セットがあり、もう片側にソファや椅子、テーブルが無造作に並んでいる。velvetsunではジャズが演奏されることが多く、スガダイローも頻繁に出演している場所だ。「スガダイロー七夜連続七番勝負」もここで行われた。
「ジャズ・ピアノ」という言葉だけに先に酔い、さらにお酒に酔いながら聴けばさぞかし気持ちよかろうと、目の前のテーブルにビールをスタンバイさせ、開演するのを待った。しかし、いざ演奏が始まると、それは人を酔わせるための演奏などではなく、こちらを無視した演奏者同士の技の仕掛け合いのように見えた。この日は即興演奏では無かったはずなのに。気持ちよくなるどころか気圧され続け、グラスのビールがほとんど減らないままにライヴは終了した。
このインタビューはそのライヴの直前に録ったものだ。開店準備を進めるvelvetsunの中で、「スガダイロー七夜連続七番勝負」の仕掛け人であり、あらゆる表現者たちを即興演奏で戦わせる“BOYCOTT RHYTHM MACHINE project”の主宰でもある清宮陵一を交え、スガダイローに七夜の闘いを振り返ってもらった。
インタビュー&文 : 水嶋美和
スガダイロー七夜連続七番勝負をDSDで!
フリー・ジャズ・ピアニストのスガダイローが、2010年9月3日から9日までの7日間、荻窪velvetsunで開催した「スガダイロー七夜連続七番勝負」。各日、スガダイローと1組のアーティスト(志人、松下敦(ZAZEN BOYS)、U-zhaan、山本達久、本田珠也、七尾旅人、The Sun calls Stars)が、セッションではなく、音楽という武器を持って前代未聞の決闘を繰り広げた。OTOTOYでは、この勝負の模様を、最高音質のDSD+mp3(320k)で販売。さらに、ボーナス・トラックには、スガダイローによるオーディオ・コメント(mp3/320k)もプレゼント。
>>DSDの聴き方はこちら
【ダウンロードに関して】
windowsをご利用のお客さまは、標準の解凍設定、もしくは解凍ソフトによっては正常にファイルを解凍できない可能性がございます。その場合、お手数ですが別の解凍ツールを使用し、再度解凍をお試しくださるようお願い致します。7-Zip(フリー・ソフト)での解凍を推奨しています。(7-zip https://sevenzip.sourceforge.jp/
また、ファイル名が長く操作出来ない場合や、ダウンロードしたファイルに不備や不明点がありましたら、info(at)ototoy.jpまでお問い合わせください。
昨日やったことが今日通じるとは限らない
——「スガダイロー七夜連続七番勝負」をやることになった経緯を教えてください。
スガダイロー(以下、S) : このイベントの主宰者・清宮(陵一)さんとvelvetsunの連中が俺を潰そうと。7日も連続でやれば潰れるだろうって(笑)。
——清宮さんはなぜ、このような企画を思いついたんでしょうか?
清宮陵一(以下、K) : スガダイローと即興は相性がすごく良いっていうのを世に知らしめたかったので、あとはインパクトが必要だなと思いました。一週間続けてやるって言えば「スガダイロー」という名前の広がりと演奏のインパクトが紐づくかなと。
——スガさんはこの企画の話を聞いた時、どう思いました?
S : 実は前に8日間連続でやったことがあって、でもそれは自分のバンドをそれぞれ連日で持ってきたものだったから、出しものも全部自分で決めたものだったんだよね。だから7日間連続でやる分には抵抗はなかったんだけど、最初清宮さんの提案が7日間全部ドラムと対決させたいっていう内容のものだったから、それは却下。
——それはなぜですか?
S : 体力的にも精神的にも難しいかなと。
K : 逆にバリエーションが出て良かったけどね。
——合わせる楽器によって使うエネルギーは違うんですか?
S : ドラムだと、基本的に俺が潰しに行く。闘いたいから、体力勝負なところに持って行きたくなっちゃう。それを7日間連続っていうのはさすがに体力的に辛い。あと、相手はリズムだから、ハーモニーやメロディは全部俺に委ねられる訳で、ソロ率が高くなるんだよね。音楽的な要素を一人でやっていかなきゃいけないから、やるとなると必然的に似てくる。
——じゃあ、志人さんや七尾旅人さんのような歌い手とのセッションはどうでしたか?
S : メロディとか色んな要素が入ってくるから、こっちは立ち位置が変わってくる。そうじゃないところで音楽を作っていくと言う感じかな。
——使うエネルギーが違うんですね。スガさんはこの企画以外にもよく即興でセッションされていますよね?
S : 言うほどやってないですよ。あんまり好きじゃない(笑)
——(笑)。
S : 面倒くさいんですよ。頭使わなきゃいけないし、昨日やったことが今日通じるとは限らないし。
結局2人とも汗だくになって、やんなきゃよかったみたいになって(笑)
——7人の対戦相手を決めたのはスガさん本人ですか?
S : ここ(velvetsun)のスタッフと、清宮さん。俺としては、「明日誰とやんの? 」みたいな感じ。元々知ってたのは本田珠也さんと山本達久くん、U-zhaan。松下敦さんが挨拶したことある程度かな。
——それぞれ、どういう音楽をやっているかは知っていましたか?
S : いや、知らない。
——合わせてから初めて聴いたんですか!? じゃあ、志人さんのラップには驚かれたのでは? 朗読や舞台のようで、独特ですよね。
S : いきなりこれかよ、やべえって(笑)。弾きながら、一本取られた。
——志人さんはスガさんのことは知ってたんでしょうか?
K : 『スガダイローの肖像』を渡してました。過去のライブ動画はチェックしてくれてたみたいですね。
——二番手、松下敦さんとはどうでしたか? すごい睨みあってましたね。一番戦っている印象を受けました。
S : いや、松下さんとは和気あいあいとしてて、気が楽でしたよ。一番喧嘩率が低い感じ。その分、安心して殴り合いが出来たというのもある。演奏中、目を合わせてない方が危ないからね。音楽の状態は。単純にお互い顔が怖いだけで、睨みあってた訳じゃない(笑)。
——(笑)。あの演奏、2人がまったく同じ瞬間で演奏を終えたのに驚いたんですが、セッション中はやはりお互い意志の疎通がとれているものなんですか?
S : 目線と、音の打撃に「終わりたい」っていうのがこもってくるから、お互い示し合わせたんじゃないかな。
——U-zhaanさんはどういう印象でした?
S : 彼は真面目だね。ストイックな印象があった。
K : ものすごい気合いが入ってた。その日着て来てたTシャツは一張羅だったというウワサを聴きました。
——それは気合いを感じますね(笑)。タブラと合わせるのは初めてでしたか?
S : 実はU-zhaanさんとは前に一回セッションをやったことがあって、あと俺も実はインド音楽がすごい好きでよく聴いてるんだよね。
——合わせる上で、弾き方で意識したことはありますか?
S : タブラもピアノを弾く感じで叩く楽器だから、それに合わせてあまり打撃させず、なるべく指で弾くようにした。だから俺は緩めというか、普段とは違う感じで軽く着地させて終わろうとしたんだけど、最終的には向こうからけしかけられて結局2人とも汗だくになって、やんなきゃよかったみたいになって(笑)。面白かったですけどね。7日間のバランスを考えて、これオレ全部爆発すんのか? って思ったから、そういうのが無い日もあっていいんだと思ってたんだけど…。
——思ってたけど?
S : そりゃそうだよね。こっちは7日間あるから気分を変えたくなるけど、向こうにとっては一回きりだから。それ以降、こっちが全部本気出していくとこまでいかないとみんな納得しないんだっていうのがわかった。
忍者の幻術に惑わされないように目をつむって、心の目で斬る!
——山本達久さんとのセッションはどうでした?
S : 緊張感が一番あった。侮れない、危ない奴というか。
——というのは、具体的にどういうドラマーだったんでしょうか?
S : 俺の求めるドラムのあり方はイエスマンなんですよね。俺のやる事にノーと言ってはならぬ。だけど達久くんはドラマーとして、単なるイエスマンじゃなかった。
——仕掛けてくる感じですか?
S : というより、「こっちはどうですか? 」っていうのを、演奏しながら巧みに言ってきて、それに乗らないとこっちが足元見られちゃうから、乗っかる。
——山本達久さんは対戦相手の中で一番若いですよね。
S : そうですね。音楽的な面白さを誘発させるというか、そういうきっかけを差し向けてくるのが一番うまかった。
——次は本田珠也さん。唯一、純粋なジャズ・ドラマーですね。
S : 彼とやっている時は、何も考えられなかった。自然な状態で弾けて、あれが本来の形なのかな。頭は使うんだけど、無理しなかった。
——他の方と合わせる時は無理しました?
S : しましたよ。ひねり出す感じ。
——次は七尾旅人さん。聴くのは初めてでしたか?
S : 聴いとけって言われてたんだけど、面倒くさくて(笑)。例えばすごい暇で、封が開いてて、すぐにでも聴ける状態ならいいんだけど。
——封筒を開けるのすら!?
S : おれピアニストだからさ、指が(笑)。
——そうですね(笑)。聴かずに合わせるのは怖くないですか?
S : 怖い。聴いてればこんな思いしなくて済むのにって毎回後悔するんだけど、その怖さも終わった頃には忘れるしね。
——七尾旅人さんのことは全く知らない状態でのセッションだったんですね。
S : だから、すごいびっくりした。気が付いたら彼、扇子持って踊ってて。「ええ!? 」って、驚いたね。歌も良かった。染みる感じだった。幻想的な世界を作る人だから、そこにとらわれないように。
——とらわれないようにするには、どこに気を付けましたか?
S : 見ないようにした。ちらっと見ると、もうすごいことになってるから。
——そういう時は目を合わせないようにするんですね。
S : ちょうど、俺が剣士で七尾さんが忍者で、忍者の幻術に惑わされないように目をつむって、心の目で斬る! みたいな感じでしたね。
——でも、スガさんも幻想的な弾き方をされてますよね。剣士と忍者というよりは、里の違う忍者の戦いという感じがします。だから、見てる側からしたら二種類の幻術にかかってる状態なんですよね。
S : 確かに、(当日の映像を見ながら)今見てみるとそうかも。幻想的な弾き方してるなあ。
——最後がオータコ―ジさんと伊藤大助さんのThe Sun calls Stars。彼らも初対面ですか?
S : 初対面です。あれは一番異質だった。2人から3人に変わると結構印象が違うんだよね。
——2対1でした? 1対1対1?
S : 2対1なんだけど、1人とずっと向き合ってなくていいから、それはそれで面白かった。3人でやるとちょっと気楽。
——弾いている時の精神状態って、どうなっているんですか?
S : まあ、普通ですよ。そんなに今と違わない。
——そうなんですね。意外です。見てる側としてはどんどんハイになっていくんで、演奏してる側はそれ以上にハイなのかと思ってました。
S : それなりにハイにはなってるんだけど、あんまりなりすぎると出しものとして成立しなくなる。毎日毎日ハイになってはいられない。むしろ、人格が別れていく感じ。
——というと?
S : 盛り上がれば盛り上がるほどに冷静になっていく自分が居て、陶酔してる自分をコントロールしだす。そうしないと止まらなくなるから、それはいつも意識してる。
——その感覚は、ピアノを弾き始めた頃からありましたか?
S : 最初はなかったけど、段々そういうコントロールの仕方が一番やりやすいってことがわかってきた。常にコントロール下にあるという安心感。暴走している感じすらコントロールできる、ものすごく落ち着いた状態に精神を置いておく。だから、酒を飲んで酔っぱらったりすると出来ないんですよね。
——じゃあ、ピアノを弾く前にお酒を飲むことはない?
S : ない。飲むと絶対に暴走だけが残って、冷静な方の自分が居なくなっちゃうから、ピアノを人前で弾く時は絶対に飲まない。
仕込まなければ仕込まないほどいい
——今回、ライヴ音源全てにオーディオ・コメントが付いていますね。即興のセッションって、演奏し合って何か会話してるんだろうなって思うんですけど、会話の内容まではわからないんですよね。演奏者の間に入りがたいイメージがあるし、分析できるものでもない気がしてたので、それを本人が振り返るっていうのはとても面白いアイディアだと思いました。
S : あんまりやりたくはないけどね。
——そうなんですか(笑)。まあ、恥ずかしいですよね。
S : うん(笑)。でも確かに、本人が話すと種明かしみたいな感じがするよね。
——そう! まさにそんな感じです。
S : 即興のセッションって、読めるところと読めないところがあって、「何やってんの!? 」っていう瞬間も結構あるんだよね。でもそういう瞬間の方が面白くなったりする。俺としてはそれをいい演奏としたい。
——ライヴ音源の配信は今までもされたことはありましたか?
S : 無いかな。すばやく動けるし、すごいいいシステムだと思います。
——ライヴを録音して配信するということに関しては、肯定的なんですね。
S : 情報を売るならそこに価値を与えなきゃいけないし、お金を出した人にだけ価値を与えていって、値段も上げていくもんだと思うんだけど、それと同時に情報そのものはどんどん広がっていきたい意識があるはず。それを閉じ込めようとするのはすごく醜悪な姿勢だと思うから、これからもやっていくと思います。
——この七夜連続七番勝負を終えた後、スガさん自身には何か変化はありましたか?
S : 白髪が増えた!
——(笑)。
S : 疲労してたんだよね(笑)。音楽のやり方は変わったかな。前は引き出しを全開にしてそこからどんどん出すタイプだったんだけど、引き出しに入れてしまっていくのもいいなと思うようになった。色んなパターンの人とやったことによって技の出し方の整理ができた。それが良いか悪いかはわかんないけど。
——次の対戦相手は向井秀徳さんですよね。向井さんの音楽は聴いたことありますか?
S : 俺、ZAZEN BOYS意外と好きなんだよね。今までに比べると予備知識はある。けど、弾き語りがすごいらしいね! それはそれで聴かずにいよう。
——やっぱり聴かないんですね。
S : そっちの方が得意なんですよ。仕込まなければ仕込まないほどいい。
——スガさんと向井さんって、想像つかないですね。
S : 俺も想像つかないんだから、当然じゃない(笑)?
ついに開催! スガダイロー vs 向井秀徳
開催が延期となっていた同公演の振替公演が決定!
2011年5月11日(水) @青山CAY
開場 19:00 / 開演 20:00
予約 2,500円 / 当日 3,000円
LIVE :
スガダイロー vs 向井秀徳
向井秀徳アコースティック&エレクトリック
スガダイローTRIO (スガダイロー、東保光、服部マサツグ)
予約方法 :
Eメールにて、御申し込み全員分のカタカナ・フルネームをお送りください。(予約締切:5月10日24時迄) お申し込み後、予約完了メールが返信されます。料金のお支払いは当日受付にてお願い致します。
予約受付Eメール・アドレス:vinylsoyuz(at)gmail.com
問い合わせ先 :
メール vinylsoyuz(at)gmail.com(主催)
電話 03-3498-5790(青山CAY 直通)
スガダイロー PROFILE
1974年生まれ、鎌倉育ち。学生時代は生物学者を目指すも其の道から挫折、ピアノに転向する。バークリー音楽大学に4年間留学し、帰国後渋さ知らズ等で活躍。06年ドキュメンタリー『BOYCOTT RHYTHM MACHINE II VERSUS』にてNATSUMENのギタリスト・A×S×Eと壮絶なセッションを繰り広げ、08年満を持してリリースした初のリーダー・アルバム『スガダイローの肖像』(二階堂和美がヴォーカルで3曲参加)には山下洋輔から「双子の銀河系の誕生を目撃しているような体験をした。その中に須賀大郎の世界が姿を現わし始めている。戦慄だ。」というコメントが贈られている。09年、坂本龍馬へのオマージュ作『坂本龍馬の拳銃』『黒船・ビギニング』をリリース。年末には中村達也(ex.BJC)との壮絶な異種格闘技決戦を1時間に渡って繰り広げる。10年9月「七夜連続七番勝負」を開催、連日会場を興奮の坩堝に。以降も、那須高原SPECTACLE in the Farm、渋谷WWW「Touch My Piano vol.1」に出演するなど、活動領域を着実に広げている、間違いなく21世紀の日本でただ一人のバリバリのフリー・ジャズ・ピアニストである。若手主体のコンセプチュアル・フリーアヴァンギャルド・バンド「REAL BLUE」や、「ok.hp」「リトルブルー」「スガダイローTRIO」「スガダイローQUINTET」などを率い、撼天動地に暗躍中。
RECOMMEND
V.A. / 坂本龍一 NHK session
2011年元日にNHK-FMで放送された『坂本龍一ニューイヤー・スペシャル』のために収録された演奏。大友良英との、オーネット・コールマンをモチーフにしたピアノとギターによる繊細な即興演奏「improvisation inspired by Ornette Coleman」、坂本が立てる物音と大谷能生のラップがゴダール的な空間を織りなす「adaptation 02 - yors」、ASA-CHANGのエレクトロニック・ドラムで奏でられる「adaptation 03.1 - acrs 〜adaptation 03.2 thousand knives - acrs」、2人の知性派ミュージシャンが相まみえた菊地成孔との歴史的な記録「adaptation 04 - nkrs」、やくしまるえつこの独特な声で「Ballet Mécanique」に新たな息吹を与えた「adaptation 05.1 ‒ eyrs ~adaptation 05.2 ballet mécanique - eyrs」。5人のアーティストとのセッションを、当日の模様を収めたブックレット(PDF)付きで完全収録。
DATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN / LIVE at BOROFESTA 2010 (HQD ver.)
2007年4月に活動を終了してから約3年半の時を経て、昨年10月に再始動したDATE COURSE PENTAGON ROYAL GARDEN。復活第2弾LIVEとなった京都BOROFESTA2010でのステージを完全収録して、高音質のHQD音源でOTOTOYから独占配信! メンバーを一新した新生DCPRGによる混沌とした怒濤のグルーヴが、強烈なダンス衝動を呼び覚ます。