真空とは、物質が存在しない「マジでカラッポな」またはそれに準ずる空間である。英語では vacuum(バキューム)。
要は、今まさにあなたが見ているこのスペースのように、「なーんにもないところ」が真空なのだ。え、黒い句点(。)がまばらに存在してしまっているって?まあ確かに。
反転させれば白い文字でもはっきりと見えてしまうって?それも間違ってないね。
もう少し空白文字や改行を使った方が良かったかな。でもそうしたらそうしたで「白いピクセルが存在してるじゃないか」って言われそうだ。でも、「真空」という言葉の解釈次第では、「まばらに何かが存在している」「ぱっと見ではわからないけど実は何かで満たされている」「どうあがいても取り除けないものがある」というのはどれも許されるのだ。
真空よりは中身の詰まった概要
工業的には「通常の大気圧より低い圧力の気体で満たされた空間の状態」。それだといくら何でもハードル低すぎね?と思われるかもしれないが、これは日本工業規格(JIS)にはっきりと書かれた定義で、ついでに言えばその元となっている国際標準化機構(ISO)による定義でもある。「その程度では真空と認めないぞ」という真空原理主義者なら「陰圧」または「負圧」という言葉を使えばいいんじゃないかな。
無論、これだけではざっくりしすぎなので「低真空・中真空・高真空・超高真空」といった分類がある。超高真空(大気圧の1億分の1以下)がだいたい地球上空100km(これより上が通常宇宙空間と言われる)くらいの真空だと思えばいいはず。現在人類が作り出せる最高級の真空は高度800kmくらいの宇宙空間に相当する。
直感的な定義では、「物質が存在しない空間」。技術的には到達しえないんだけど、物理学における思考や計算では多くの場合こうした真空状態を前提としていることが多い。何も無いんだけど、重力や電磁気力などが通る「場」にはなる。
相対性理論や量子力学などでは、それぞれ別の観点から「空間(時空)からどんなに頑張って物質を取り除いても、そこに残る《何か》がある」という考え方をする。なので、すごくざっくり言えば、その「取り除きようがない《何か》だけが残った状態」が真空だということになる。
無いものは無い?
「何も無い状態」を真っ正面から議論するのは意外と難しい。一見何も無いように見える空間も、扇げば風が発生するのだから何か(空気)が存在する事がわかる。そんなわけで大昔に「何も無い状態=真空」という概念を積極的に考えた人はあまり見当たらない。
例外的に、古代ギリシアの哲学者たちの間では「真空(虚空)は存在するのか」ということは一大問題として議論の対象になっている。
君、「虚空がある」って言った?じゃあ「虚空」は無じゃないってことだよね。だったら「虚空」なんてものはあり得ないじゃないか。 −BC5世紀の哲学者パルメニデスの発言(アリストテレスによる引用を意訳)
理屈はともかく、パルメニデスやその弟子であるエレアのゼノンは「真空は存在しない」という意見を掲げた。彼らは「ゼノンのパラドックス」に代表されるように、時間や空間に関して様々な議論を巻き起こしているのだが、この「真空の否定」は多くの哲学者が共有する常識となっていく。
そんな中で空気を読まなかった(真空なだけに)哲学者の一人がデモクリトス(BC460年ごろ-BC370年ごろ)。彼はあらゆる物質はアトム(原子)という粒子に分解できるはずだという原子論を提唱した。全ての物が粒でできているなら、粒と粒の間には何も無い空間すなわち真空が存在することを認めることになる。必然的にデモクリトスは真空論者でもあった。
しかし、古代ギリシア最強の哲学者アリストテレス(前384年〜前322年)は原子論を真空もろとも否定してしまう。彼曰く、
自然は真空を嫌う。
一応この発言の背景にはアリストテレスによる実験と思考がある[1]。ともかく、アリストテレスの物理学は理屈としては筋が通っていたので、17世紀ごろまでは西洋(古代ギリシアの影響を受けたイスラム文化圏含む)で真空の存在を本気で信じる人はあんまりいなかった(いなかったとは言っていない)。
ちなみに地球が土・水・風(空気)・火の四元素でできているという世界観もアリストテレスによって定着した。クリスタルのごとく信奉された彼の理論を砕かなければ無の力……じゃなかった真空に到達できないのだ。
真空を作る
アリストテレスとその信奉者に喧嘩を売りまくったガリレオ・ガリレイでさえも「自然は真空を嫌う」という発想を捨てられなかったらしい。しかし彼の死後の1643年、弟子だったエヴァンジェリスタ・トリチェリが「明らかに真空っぽい」現象を発見する。
トリチェリの実験はこんな感じ。まず大きな器と長ーいガラスの試験管(具体的には1mくらい)を用意して、両方とも水銀で満たす。次に試験管の口を指でふさぎながら器の水銀の中に突っ込んで、試験管を逆立てた状態で口から指を離す(万一にも水銀を体内に取り込んでしまうと危険なので、良い子は真似しないように)。
本当に自然が真空を嫌うなら、水銀はそのまま残るはずだが、実際にやってみると水銀は器の水銀面よりも76cmくらいの高さまでしか残れない。そこから上のガラス管には何も見えない。空気が入り込む余地はないはずなので、ここに真空が発生した、と考えられる。厳密に言えば水銀が少しだけ蒸発してうっすーい水銀ガスが存在しているのだけど、この「トリチェリの真空」はアリストテレスの説を覆すのに十分な説得力があった。ちなみになんで76cmだけ残るかというと、この高さの水銀の重さと空気が器の水銀を押す力(つまりは大気圧)が釣り合うから。この原理は気圧計に応用できる。
トリチェリの実験を知ったドイツのオットー・フォン・ゲーリケは1654年までに真空ポンプを発明して、「マクデブルクの半球」という実験をおこなっている。どんな実験かというと、金属の半球2個をぴったりと合わせて中の空気を真空ポンプで抜くと、ちょっとやそっとでは引き離せなくなるというものだ。ゲーリケがマクデブルクという街の市長だったのが名前の由来。ちなみに、マクデブルクの半球は何度か公開実験として実施されているのだけど、そのうちの一回は当時の神聖ローマ帝国の議事堂前で、時の皇帝フェルディナント3世の御前というどえらいシチュエーションでおこなわれている。このときは左右から8頭ずつの馬が引っ張ることでようやく半球を外すことができたそうな。
「ファファファ…ついに手にいれたぞ!!最強の力! 世界を支配する力!「真空」の力だっ!!」……とゲーリケは言わなかったかもしれないが(ついでに言えば半球をくっつけているのは真空の力というより外の大気圧)、彼の実験によって世界では「真空は存在する」という考え方が支配的になっていく。
その後、真空ポンプは改良を重ね現在に至っているが、それでも分子が1つもない完全な真空を作り出すのは物理的に不可能。なので、真空ポンプを作動させて作り出した状態は取りあえず「真空」と呼ぶことにしましょう、というのが上で述べた工業的な定義の背景にある考えと言っていい。
ちなみに現在作れる一番気圧の低い「真空」は、約10-11ヘクトパスカル(大気圧の約100兆分の1)。これがどれくらいすごいかというと、仮に東京ビッグサイトの建物内がこのレベルの真空だった場合、残された空気を圧縮して標準的な大気圧(1013ヘクトパスカル)にするためには米粒サイズまで縮めなければいけない。一方で、10-11ヘクトパスカルまで空気を薄めたとしても、わずか1cm3(角砂糖1個分の体積)の中に窒素や酸素の分子が数千個も残ってしまう。説明しておいてなんだが、すごいんだかすごくないんだか全然わからん。
そしてこの人類が現在までに作り出したもっとも薄い真空状態でさえ、せいぜい地球上空1000km程度の宇宙空間にしか匹敵しないし、さらに言えば一般的な星雲の大部分はこれより薄いというのだから宇宙ヤバイ。
エーテルを巡る攻防
一方、化学の進歩によって、かつて捨て去られていたデモクリトスの原子論が(形は少し異なるが)復活。粒子と粒子の間は真空と考えて良さそう……に思えたのだけど、ここで問題が発生してしまう。何も無くても空間中を伝わってしまう(ように見える)万有引力と光の存在だ。
元々、惑星が宇宙空間の中を動くことができるのは、空間が「エーテル」という物質で満たされていてそのエーテルがぐるぐる回っているからだ、という考えが古代ギリシア時代からあった。これを後世に定着させたのは例によってアリストテレスで、地球が四元素でできているのに対して天上界は全てエーテルでできていると考えたのだ。17世紀フランスの哲学者・数学者だったルネ・デカルトはこの考えを発展させて、エーテルが太陽系の中で渦を巻いて惑星を動かしているという説を唱えている。
しかしイギリスの物理学者アイザック・ニュートンは渦で惑星の動きを説明できないことを看破。宇宙空間にエーテルなんてねーよと考え、「リンゴが木から落ちるのも、月が地球の周りを回るのも、物質の間に万有引力が働くからだ」と主張した。なるほど、彼の万有引力の法則を使えば惑星の動きは計算できる。でもなんで、綱引きをしている訳でもないのに真空の中を万有引力とやらが伝わるの?という疑問は当然出てくる。これに対してニュートンは堂々とこう答えた。「知らんがな」[2]。
その一方、ニュートンは光の性質の研究でもものすごい実績を残していて(光が虹色に分かれることを説明したのもこの人)、光がとても小さな粒であると考えた。これなら当然、真空の中を光が進むことに何の問題もない。でも、どう考えても光が粒では起きそうにない現象が次々と見つかるようになった。具体的には「光の干渉」とか「光の回折」とかなんだけど、この辺は高校物理の教科書を読むなりググるなりしてくださいな(本節最後で紹介してる動画もオススメ)。
光の粒らしからぬふるまいも、光が粒子ではなくて波だと考えれば説明できる。しかし、海の波が水なくして伝わらず、空気がなければ音が伝わらないのと同じように、光の波が何も無い真空を伝わるというのは変な話だ。そんなわけで、なんと19世紀には「エーテル」という概念が復活していたのだ。このエーテルはやはり宇宙空間を満たしているのだけど、他の物質とは一切ぶつかったりせず、絶対的に静止していて、ただ光を伝えるだけの性質を持っている。こうなると、「他の物質が存在しない真空状態」は「純粋なエーテルしか存在しない空間」ともとらえられる。
ところが、19世紀も終わりに近づいたころになって事態はさらに逆転。「光が単純に波だとしたら説明できない現象もあるよ」という発見(光電効果)と「地球がエーテルの中を動いているのだとしたらおかしいぞ」という実験結果(マイケルソン・モーリーの実験)が相次いだのだ。この両方を突き詰めて、1905年に相次いで論文を出したのがアルベルト・アインシュタイン。前者の研究からは、光がとらえ方によって粒子とも波ともとれる量子であるという光量子説を提唱し(これが1921年にノーベル物理学賞を受賞した理由)、量子力学の成立に大きく貢献した。また後者の研究によって、絶対的に静止した物質としてエーテルが存在するという主張はとどめを刺され、その墓場の上に特殊相対性理論が誕生した。この量子力学と相対性理論によって「真空」の概念は大きく変化していく。
現代物理学における「真空」
アインシュタインは特殊相対性理論をさらに発展させて、ニュートンが投げっぱなしにしていた万有引力(重力)に説明を与える一般相対性理論を1916年に構築した。その説明とは、「質量を持った物体が存在すると、その周辺の時空がゴム膜みたいに歪むので重力が生じる」というものだ。というわけで、一般相対性理論における真空は歪むことで波のように重力を伝える性質を持っている。この「重力波」はあまりに微弱なので、アインシュタインの予測から技術が進んで初めて観測に成功する(2015年)まで100年もかかった。
……あれ、それって光を伝える媒質として仮定されたエーテルと似てない?まあ、エーテルは他の物質とは干渉しないけど何らかの「物質」であるのに対してこちらは「時空そのもの」を考えているのだけど、これをきっちり説明するのはあまりに難しいので割愛。
さて、この一般相対性理論を使って色々計算してみると、宇宙は膨張か縮小を続ける運命にある、という結果が出た。ところがアインシュタイン自身含め、ほとんどの物理学者は宇宙のサイズは不変だろうと考えていた。
< 宇宙の 法則が 乱れる!
それはいかんぞということで、アインシュタインは一般相対性理論の方程式に「宇宙項」というパラメータを付け加える。これは宇宙が膨張したり縮小したりするのをキャンセルするもので、まあ真空がそういう性質を持っているのだろう、という解釈がされた。
しかしアメリカの天文学者エドウィン・ハッブルが1920年代におこなった一連の観測と研究によって、宇宙が実は膨張しているという驚きの事実が発見されてしまった。こうなると宇宙項などというものを用意する必要はなくなる。アインシュタイン涙目。
ところが1990年代になって、その膨張速度をよく調べてみたら、宇宙が年齢を重ねるにつれて加速している、というさらに驚きの事実が発見された。つまり、真空自身に宇宙膨張を加速させるような性質があるのだ。というわけで、形を変えて宇宙項が復活。やったねアインシュタイン!
この宇宙項で表される、宇宙膨張を加速させる真空の性質は「暗黒エネルギー」と呼ばれている。
相対性理論がどちらかと言えばスケールの大きな事象について成果を出した一方で、ミクロの世界を説明することに成功したのが量子力学だ。詳しくは量子力学の記事をご覧いただきたいが、「光は波とも粒子とも取れる」という話を突き詰めていくと、「位置と運動量を同時には確定できない」という不確定性原理が得られる。
さて、不確定性原理の上に立って考えると、「真空」という概念ががらっと変わってしまう。なぜなら、「ある空間に何も無い」ということは確定的に明らかではないからだ。超ミクロな範囲ではエネルギーが出現したり、物質と反物質のペアという形で粒子がぽっと出現したりすることがあり得る。たとえて言うなら、遠くから見たら静かな水面だったのに、近づいてみたら結構波立ってる、というのが量子論における真空というわけだ。これは真空自体が持つエネルギー、真空エネルギーとも呼ばれる。
宇宙膨張を加速させている暗黒エネルギーの正体は量子論的な真空エネルギーではないかという説もあるが、両者の数字がうまく合わないのでまだただの候補に過ぎない。具体的にどれくらい合わないかというと、暗黒エネルギーの桁数が最大で120桁ほど足りない。割と絶望的である。
そうでなくても、一般相対性理論と量子力学はあまり相性が良くない。この全く異なる2つの世界を1つにできたならば、我々は無の力……じゃなかった真空エネルギーの本質に近づける、かもしれない。
真空が活躍する場面
現実世界
- 真空管 − 真空にした管の中で流れる電子を制御することで信号を変える電子部品。
- 魔法瓶 − 容器を二重にして間を真空にすることで保温効果を高める。電気ポットや水筒などとして使用。
- フリーズドライ − 低温真空状態を作り出すことで水分を昇華させ、保存食などを作る技術。
広義に「大気圧より低圧の状態を作り出して空気を抜き取ること」を考えれば、掃除機(vacuum cleaner)や真空パックなんかも真空の応用例と言えるかも知れない。
その他、真空がどんな性質を持っていて何ができるかという話は真空ポンプ.comとかいうそのまんまなウェブサイトがあって、このページよりよっぽど充実しているからそこを見ればいいと思うよ。
フィクションに登場する真空
宇宙を舞台としたSFでは、真空状態の描写というのは避けて通れない要素……のはずけど、スターウォーズあたりを筆頭に爆発音はガンガン響くし生身のまま人間が宇宙空間に放り出されても無事だったりして、割と真空が空気になっていることが多い気がする。
真空は地球上のバトルでも活躍する。ただ、真空そのものを利用するというより、もっぱら局所的な真空を作り出すことによる激しい気流で相手を攻撃する技として登場する機会が多い印象。以下はその一覧。「あのキャラ・技が抜けているぞ」と思った方は、すぐに編集してその真空状態を埋めてください。
- しんくうは(真空波) − 格ゲーやRPGで頻繁に登場する技で、もはやどれがオリジナルなのかよく分からないが、確認できる範囲で最古の使用例はFF5のエクスデス(さすが無マニア)。原理は作品によって異なる、というかどの作品でもよくわからない。エクスデスのしんくうはは白刃取りできてしまうし、ポケモンのしんくうはは攻撃手段ではなく先制攻撃できるようになる特殊技だし、「高圧縮された真空を飛ばす」という「真空って何だっけ?」と言いたくなる説明をしているところもある。ソニックブーム(衝撃波)とごっちゃになってないか?。
- バギ系統 − DQに登場する呪文の一種。バギ・バギクロスなどが含まれ、敵一グループを真空による竜巻で攻撃する。
- クロコダイン − ダイの大冒険に登場するおっさん獣王で、使用するとバギ系の効果を発揮する「真空の斧」を持つ。
- ワムウ − ジョジョの奇妙な冒険第2部に登場した柱の男。必殺流法・神砂嵐は真空と竜巻で攻撃する技。
- 猫草 − ジョジョの奇妙な冒険第4部に登場した生物。スタンド「ストレイ・キャット」は真空状態を作り出して攻撃や防御に利用できる。気流をぶつけるのではなく、空気が無いという意味での真空自体を使っている貴重なケース。
- 真空投げ − 格ゲーにおける「技」の名前。もはや真空あんまり関係ない。詳しくは当該記事参照。
関連動画
関連項目
脚注
- *具体例としてはこんな感じ。水の中に落とした球よりも、密度が高いシロップに落とした球の方がゆっくり沈む。密度がより小さい空気の中ではより速く落下する。これは抵抗によって速度が抑えられているのだと考えられる。ということは密度0の真空では抵抗がないので無限の速度で運動できてしまうはずだ。しかしそんなことが起きたら一つの物体が同時に2箇所に存在できてしまうので、自然は真空を嫌う。
- *正確には「われ仮説を立てず」という言葉で、彼の主著『プリンキピア』の中に見られる。「そうなるものはそうなるんだから仕方ない、理由をでっちあげるために余計な妄想をすんな」と言ったところか。
- 12
- 0pt