地獄
『往生要集』(源信)巻上・大文第1「厭離穢土」 地獄は、等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・無間の8つに分けられる。最初の等活地獄では獄卒が、鉄杖・鉄棒で罪人の身体を打ち砕いて粉々にし、鋭い刀で切り刻む。しかし涼風が吹き来ると、罪人たちは生き返り、再び苦を受ける。そしてまた蘇生するのである〔*黒縄地獄以下の地獄では、この何千倍・何万倍もの苦を受ける〕。
『太平記』巻35「北野通夜物語の事」 醍醐天皇は生前の罪により、等活地獄の別処鉄崛地獄に落ちた。獄卒が鉾で天皇を貫き焔の中へ投げこみ、熱鉄の地に打ちつけて散々に砕く。「活々」と獄卒が言うと、天皇の身体はもとにもどる。しかし、まもなくまた獄卒が天皇を鉾で突き刺し焔の底へ投げ入れる。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第7歌 地獄の第4圏谷では、欲張りの群れと浪費家の群れが重荷を転がしつつ、円環状の道を互いに逆方向に走って、ある地点で衝突し「なぜ貯める」「なぜ遣う」と罵り合う。彼らはもと来た道を引き返し、半周先で再びぶつかってまた争う。永遠にこれが繰り返される。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第24~25歌 地獄の第8圏谷第7濠では、盗賊ヴァンニ・フッチが蛇に噛まれ、火を発して燃え上がり、全身灰と化して崩れ落ちた。しかし灰はおのずから集まって、またもとの姿に復した。すると再び蛇が彼の身体にからみついた。
『神曲』「地獄篇」第28歌 地獄の第8圏谷第9濠の円環状の道を、生前に不和の種をまいた人々が走る。鬼が罰として彼らの身体を刀で切り裂く。人々は顔を割られ内臓を露出させて、苦痛の道を1周する。鬼の前に来るまでに傷口は閉じ、そこで再び鬼が刃をふるう。
『変身物語』(オヴィディウス)巻4 女神ユノー(ヘラ)が冥府を訪れ、「罪びとの家」と呼ばれる所へ行った。そこでは巨人ティテュオスが横たわって、臓物を禿鷹に喰われている。タンタロスは、すぐそばの果物も水も口に入れることができず、飢え渇いている。シシュポスは、絶えず転がり落ちる岩を押し上げている。イクシオンは車輪にくくりつけられて、回転している。ダナオスの娘たちは水を汲み続けるが、水はいつもこぼれ落ちる。
『今昔物語集』巻17-19 浄照は少年時にたわむれに地蔵菩薩像を刻み、拝んでいたことがあった。彼は30歳で病死し、閻魔の庁に連れて行かれた(*→〔冥界の穴〕1)。そこでは多くの罪人が責め苦を受け、泣き叫んでいた。しかし1人の小僧が現れ、「我は、汝が少年時に造った地蔵だ」と言って、浄照を地獄から救い出し蘇生させた。
『日本霊異記』下-23 大伴連忍勝(おほとものむらじおしかつ)は、居住する寺の物を私用に使ったため殺されて、地獄へ赴いた。忍勝は、煮えたぎる釜に投げ入れられたが、生前に写経の志があったので釜の中は涼しく、しかも釜は4つに裂けた。死後5日して忍勝は蘇生し、地獄での体験を語った。
★3.地獄はどこにあるのか。
『和漢三才図会』巻第56・山類「地獄」 思うに、地獄はどこにあるのか、その所在はわからない。日本にある地獄というのは、みな高山の頂きが噴煙をあげている所で、温泉が湧いている。肥前〔温前(うんぜん)〕、豊後〔鶴見〕、肥後〔阿蘇〕、駿河〔富士〕、信濃〔浅間〕、出羽〔羽黒〕、越中〔立山〕、越〔白山〕、伊豆〔箱根〕、陸奥〔焼山〕などで、山頂は燃え立ち、熱湯は湧き出て、焦熱地獄のありさまのようである。
*立山の地獄→〔山〕7aの『今昔物語集』巻14-7、〔霊〕8の『善知鳥(うとう)』(能)・『片袖』(落語)。
『孤独地獄』(芥川龍之介) さまざまな地獄のうち、孤独地獄はどこへでも忽然と現れ、目前の境界がそのまま地獄の苦艱となる。幕末頃、「自分」の大叔父・細木香以が吉原で知り合った禅僧は、「孤独地獄へ落ちた」と言っていたそうである。一切に興味を覚えず、日々苦しいのだという。思えば「自分」もまた、ある意味で孤独地獄に苦しむ1人である。
『フォースタス博士』(マーロー)第3場 フォースタス博士が書斎に、地獄の悪魔メフィストフィリスを呼び出す(*→〔天使〕3)。フォースタスが「どうして地獄を抜け出して来た?」と問うと、メフィストフィリスは「ここが地獄だぜ。神によって天国を追われ、祝福を奪われたおれが、無限地獄の苦しみから脱(のが)れられるとでも思うのか?」と言い返す→〔悪魔〕1a。
『今昔物語集』巻4-5 天竺の阿育王が地獄を造り、国内の罪人たちを入れた。ある時、僧が地獄を見にやって来たので、獄卒が僧を捕らえて地獄の釜の中へ投げ入れた。とたんに地獄は清浄な蓮の池と変わったので、阿育王は驚いて僧を拝んだ〔*後に阿育王は、地獄を無益なものと考えて、壊した〕。
『朝比奈』(狂言) 近頃は人間が利口になって皆極楽へ行ってしまい、地獄がさびれてきた。やむなく閻魔大王自身が六道の辻に出て、娑婆から来る亡者を地獄へ責め落とそう、と考える。そこへやって来たのが豪傑の朝比奈三郎義秀で、閻魔は朝比奈を地獄へ落とそうとするが、力くらべに負けてしまう。朝比奈は自分の武器の七つ道具を閻魔に背負わせ、極楽浄土への道案内を命じる。
『八尾地蔵』(狂言) 人間が利根になり、ぞろぞろと弥陀の浄土へ行ってしまうので、閻魔王が六道の辻に出て、「罪人が来たら地獄へ責め落とそう」と待ち構える。1人の男がやって来るが、彼は八尾地蔵からの手紙を持っていた(*昔、閻魔は地蔵と「ねんごろ」な関係だった)。手紙には「閻もじさま参る 地より」として、「この男は我(=地蔵)を信じ、月詣でをしていたゆえ、浄土へ送り給え。ならずば、地獄の釜を蹴破(わ)るべし」と書いてあった。閻魔は男の手を取って、浄土まで案内する。
*閻魔と地蔵は同一存在、という物語もある→〔地蔵〕5の『日本霊異記』下-9。
『お血脈(けちみゃく)』(落語) 善光寺でお血脈の御印を額にいただくと、誰でも極楽往生できる。おかげで地獄へ堕ちる者がなくなり、地獄は不景気である。「お血脈の御印などがあるからいけない」ということになり、閻魔大王の命令で、石川五右衛門が御印を盗み出す。ところが五右衛門は、手に入れた御印を「ありがてえ。かたじけねえ」と、芝居がかりで額におしいただいたので、彼もまた極楽へ行ってしまった。
『古今著聞集』巻11「画図」第16・通巻387話 巨勢弘高が地獄変の屏風絵を描いた。楼の上から鬼が鉾で人を刺している場面が、まさに入魂のできばえだった。巨勢弘高は「おそらく私の死が近いのだろう」と言ったが、その言葉どおり、まもなく彼は死去した。
『地獄変』(芥川龍之介) 絵師良秀は自分の娘を犠牲にして、炎熱地獄の屏風絵を描いた(*→〔子殺し〕8)。その画面の凄まじさ・恐ろしさは、見る人の耳の底に、ものすごい叫喚の声が伝わって来るか、と思われるほどであった。屏風絵の出来上がった次の夜に、良秀は自分の部屋の梁へ縄をかけて、縊れ死んだ。
『旧雑譬喩経』巻上-11 鬼が僧をとらえて喰おうとするので、僧は「お前と私とは遠く離れることになる」と言い、そのわけを説く。「お前が私を害すれば、私は帝釈天のいるトウ利天に生まれ変わるが、お前は地獄に堕ちる。トウ利天と地獄と、遠く離れるのだ」。それを聞いた鬼は僧を放し、一礼して立ち去った。
*殺人の加害者は地獄へ堕ち、被害者は成仏する→〔発心〕3の盤神岩(ばんず)の伝説。
『ベルサイユのばら』(池田理代子)第6章 アンドレはオスカルと無理心中しようと考え(*→〔心中〕7b)、ワインにひそかに毒を入れる。アンドレは「主(しゅ)よ。われを地獄へ! そして、わが愛する女(ひと)を天の園へ!」と祈る〔*この世で結ばれぬアンドレとオスカルは、死後も、地獄と天国へ分かれてしまうことになる〕。
*死後、地獄へ堕ちるのは、1万人のうち数十人である→〔天〕4の『今昔物語集』巻9-36。
★8a.肉体は現世にとどまっているが、魂は一足先に地獄に堕ちている。
『神曲』(ダンテ)「地獄篇」第33歌 極悪人は、肉体は現世で生きたまま、魂だけ地獄へ堕ちることがある。「私(ダンテ)」が地獄の第9圏谷第3円で出会った修道士アルベリーゴは「俺の肉体は、まだ現世にとどまっている」と言った。「俺は仲間への裏切り行為をはたらいたため、悪魔に肉体を取られてしまった。魂は肉体から追い出され、地獄の溜池へ落ち込んだ。肉体は現世の寿命が尽きるまで、悪魔に支配されるのだ」。
★8b.地獄で魂が受けている罰が、現世の肉体に病気としてあらわれる。
『聊斎志異』巻1-23「僧ゲツ」 張という男が手違いで冥府へ召され、地獄を見た。そこでは張の兄が、僧でありながら酒色と博打にふけった罰で、逆さ吊りにされて泣き叫んでいた。張は現世へ戻り、兄を訪れると、兄は股間の瘡に苦しみ、足を壁にのせている。その格好は、地獄の逆さ吊りそっくりだった。兄は張から地獄の話を聞いて驚き、生活を改め、身を謹んで経を誦した。すると半月で病気は治った。
*身体は現世にありつつも、夜、眠っている間、魂は冥府を訪れている→〔冥府往還〕3の『続夷堅志』。
*身体は現世にありながら、心は天界へ昇る→〔天〕2の『今昔物語集』巻6-6。
★9.人間が地獄の鬼に責められるのではなく、人間自身が怪奇で醜悪な凶霊と化して互いに傷つけ合う、という物語もある。
『私は霊界を見て来た』(スウェーデンボルグ)第2章の8 現世にあった時、もっぱら物欲・色欲・支配欲の満足を求めていた人間は、死後、いったん精霊界に入った後(*→〔忘却〕9)、自らの意志で暗い地獄界へ向かい、凶霊となる。肉体を失ったことによって悪の心はむき出しになり、姿もそれにふさわしく、顔が半分そげ落ちたり、眼球がなく眼窩が暗い穴を開けていたり、怪奇で醜悪なものになって行く。凶霊たちは互いを憎悪し、暴力で傷つけ合う。
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