[高圧縮比エンジンの燃焼出力メカニズム]
まず、本発明に係る高圧縮比とノッキング抑制との関係について詳述する。
本件発明者は、ノッキングと幾何学的圧縮比との関係を研究する過程で、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になるくらい圧縮比を上げると、ノッキング防止のためにリタードされる点火タイミングのリタード量が少なくなり、圧縮比向上分による出力上昇分がノッキングを防止するための点火タイミングのリタードによる出力低下を遙かに凌ぐ現象を見出した。この現象について、本件発明者は、図2の丸印で示すように、圧縮比が13以上になると、上記リタード量が比較的小さいストローク範囲に逓減するという仮説を立てた。図2は、本発明の開発過程における仮説を説明するためのクランク角度とトルク(図示平均有効圧(IMEP))との関係を示すグラフである。
この仮説は、圧縮上死点以降に点火タイミングをリタードさせた場合には、圧縮比を高めることによって、圧縮上死点での圧力・温度が一旦高まるものの、点火リタードによって、筒内の端ガスで自着火(Autoignition)が生じる前にピストンが急降下して圧力・温度が低下するため、自着火が生じ難くなるという考えに基づいていた。
この仮説を検証するため、本件発明者は、数値シミュレーションによって、図示平均有効圧(IMEP)と点火タイミングとの関係をシミュレートした結果、図3に示すグラフを得た。図3は、点火タイミングとIMEPとの関係を示すシミュレーション結果を示すグラフである。
図3に示すように、圧縮比が11と12とを比較した場合、12と13とを比較した場合では、IMEPが僅かずつ上昇するのに対し、13と14とを比較した場合、IMEPは、大きく上昇し、14と15とを比較した場合、IMEPの上昇比率が、13から14の場合に比べ、低減することが数値シミュレーションから明らかになった。この出力変化を検証するために、本件発明者は、各圧縮比における熱発生率について調べた。
図4は、圧縮比が11、13、14、15のエンジンにおいて、圧縮上死点経過後8°CAで点火した場合の熱発生率とクランク角度との関係を示すグラフである。
図4に示すように、圧縮比が11、13では、圧縮上死点から点火タイミングまでの熱発生率が緩やかに上昇しているのに対し、圧縮比が14の場合には、点火タイミング直前の熱発生率が大きく上昇している。この結果から、圧縮比がある値(96RONの場合、ε=13)からある値(96RONの場合、ε=14)に高く設定されることにより、ピストン上昇による圧力上昇によって周囲の冷損を上回る僅かな発熱反応を伴う冷炎反応が生じることがわかる。
図3および図4の結果から、高圧縮比であって、点火タイミングが圧縮上死点以降にリタードされた場合には、圧縮上死点以降の燃焼過程が多段発火となり、特に所定の圧縮比(例えば、オクタン価が96RONで、幾何学的圧縮比が14の場合)においては、冷炎反応が顕著になることが明らかになった。以下に冷炎反応のノック悪化抑制効果について説明する。
図5は、高圧縮比で圧縮上死点経過後の燃焼過程を模擬したグラフであり、上段が圧力と時間の関係、下段がモル数増加割合と時間との関係を示している。この計算値は、高温高圧の定容量器を用意し、時間変化で圧力とモル数の変化を計算したものである。
図5に示すように、ピストンが圧縮上死点を通過して経過時間がt1に達すると、冷炎反応が発生し、圧力が僅かに上昇する。この冷炎反応が生じる時間では、体積が一定でモル数が増加するため、理想気体の状態方程式
PV=nRT (1−1)
但し、P:圧力、V:体積、n:モル数、R:気体定数、T:温度
から明らかなように、圧力が上昇する程の温度上昇は生じない。このため、温度との関係では、筒内の端ガスにおいても圧力が上昇するほどの温度上昇はなく,自着火が生じにくくなる。そして、燃焼室(定容量器)では、所定時間経過後(t2)に連鎖反応によって熱炎反応が生じ、圧力が急上昇するという多段発火現象に至る。
次に、ピストンが圧縮上死点に達した時点で、筒内温度は、図6のように変化する。図6は、圧縮上死点に達した時点での燃焼室の温度分布を示す等高線である。
図6に示すように、ピストンが圧縮上死点に達したときの燃焼室は、中央部が冷炎反応によって高温になるが、周辺部分(端ガス部分)は、壁温の影響を受けて冷炎反応が進行し難いため、周辺部分の筒内温度は、約800K程度に留まっている。このため、冷炎反応が生じている過程では、周辺部分の筒内温度は、相対的に低温のまま燃焼が進行し、ノッキング悪化が抑制されることになる。
次に、燃焼室内で冷炎反応が進行している間は、ホルムアルデヒド(HCHO)が生成されることになる。このホルムアルデヒドは、燃焼室の温度が900K以下である場合、ノッキングの原因となるOHラジカルを吸収するので、ノッキングが抑制されることになる。
図7は、燃焼時の筒内圧力と周辺部分の端ガス部分の断熱圧縮温度履歴を示すグラフであり、上段が圧力とクランク角度との関係、下段が端ガス温度とクランク角度との関係を示している。
図7に示すように、ある気筒のピストンが下死点から圧縮上死点を経て下死点に至る過程で、圧力は、圧縮上死点から所定クランク角度上昇し、これに伴って温度も同じタイミングで上昇するが、吸気温度が極端に高くない限り、燃焼室の端ガス部分の温度は、900Kを超えることはない。従って、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になる位に圧縮比の高いエンジンにおいても、多段発火現象が生じるので、冷炎反応において生成されたホルムアルデヒドがノッキングの抑制に寄与することがわかった。
上述したように、ノッキング限界から決まる点火タイミングが圧縮上死点以降になる位に圧縮比の高いエンジンにおいては、ノッキング抑制メカニズムとして、
(1) 冷炎反応によって、燃焼室は、圧力の上昇分ほどの温度上昇がないこと、
(2) 冷炎反応は、主として燃焼室の中央部で生じるので、端ガス部分の温度は相対的に低いこと、
(3) ピストンが圧縮上死点を通過した後も燃焼室が所定温度(900K)以下になるため、ホルムアルデヒドがOHラジカルを消費すること
が機能していることが判明した。そこで、本件発明者は、これらノッキング抑制メカニズムを従来の化学反応に基づく計算に加味し、ノッキング限界を計算した。
図3の丸印は、各圧縮比におけるノッキング限界のシミュレーション結果を示している。図3の丸印で示すように、各圧縮比11〜15でのノック限界は、圧縮比が11と12とを比較した場合、12と13とを比較した場合では、リタード量がほぼ同じ量なのに対し、13と14とを比較した場合、リタード量は殆ど変化しないことがわかった。さらに、14と15とを比較した場合、リタード量が再び増加することがわかった。
これらの結果から、ノッキング抑制のためのリタード量は、冷炎反応の熱発生量に依存していることが判明し、ある圧縮比をピークにして逓減し、その圧縮比を超えると、再び増加することがわかった。
次に本件発明者は、冷炎反応とトルクとの関係についてシミュレーションを実施した。
図8は、圧縮比が14の場合の熱発生率とクランク角度との関係を示すグラフであり、図9は、数値シミュレーションに基づく圧縮比14のときのPV線図である。各図において、C11は、実際のエンジンと同様に冷炎反応を圧縮上死点経過後に生じせしめた場合、C12は、故意に冷炎反応が生じていない場合を示している。
図8に示すように、点火リタードによって、冷炎反応を圧縮上死点経過後に生じせしめた場合、熱発生率は、圧縮上死点経過直後から緩やかに高くなり、点火後(圧縮上死点経過後8°CA)プリイグニションを伴うことなく上昇する。
この前提に基づいて、PV特性を演算した結果、図9に示すように、PV特性は、圧縮上死点経過後の圧力が高い状態のまま燃焼し、冷炎反応が生じなかった場合に比べ、時間損失が低減することがわかった。
これらのシミュレーション結果から、圧縮比を高く設定し、且つ、点火タイミングを圧縮上死点以降にリタードした場合、圧縮比が14の場合に冷炎反応による熱発生率の上昇を高め、時間損失を低減して、高いトルクを得ることができることが判明した。
次に、本件発明者は、上述したような圧縮比とノッキング限界の関係が、オクタン価によってどのように変化するかを検討した。
図10は、圧縮比と冷炎反応による発熱量との関係をオクタン価毎に示すグラフである。
図10を参照して、オクタン価と圧縮比とを組み合わせて、冷炎反応による熱量を計測した結果、オクタン価が96RONの燃料を用いた場合、圧縮比が12.5以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が15以上のエンジンで冷炎反応が逓減した。この実測値に基づいて、91RON、100RONの場合を演算した場合、オクタン価が91RONの燃料を用いた場合には、圧縮比が12.0以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が14.5以上のエンジンで冷炎反応が逓減し、オクタン価が100RONの燃料を用いた場合には、圧縮比が13.0以上のエンジンで冷炎反応が顕著になり、圧縮比が15.5以上のエンジンで冷炎反応が逓減する。この図10のグラフに基づいて、オクタン価毎にノッキング発生点の出力を演算した。
図11は、図10のグラフに基づいて計算された圧縮比と図示平均有効圧(IMEP)との関係をオクタン価毎に示すグラフである。
図11を参照して、オクタン価が96RONの燃料を用いた場合、圧縮比が13以上15以下のエンジンで冷炎反応が顕著になるので、この冷炎反応による時間損失の低減とノッキング悪化の抑制効果,圧縮比向上分によって、出力も向上する。同様に、オクタン価が100RONの燃料を用いた場合は、圧縮比が13.5以上15以下のエンジンで、オクタン価が91RONの燃料を用いた場合は、圧縮比が12.5から13.5以下のエンジンで、それぞれ冷炎反応発生直前の圧縮比の出力よりも向上する。
特に、オクタン価が96RON、100RONの燃料では、冷炎反応が最も顕著に生じる圧縮比14近傍で出力が向上することが検証された。
次に、圧縮比の上限について説明する。
点火リタードが圧縮上死点以降になる圧縮比では、冷炎反応によって出力が上昇するのであるが、温度と圧力が高くて時間が長い場合には、プリイグニションが発生しやすくなる。例えば、温間時にエンジンがパーキングエリア等で一時停止し、吸気温が上昇しているときに再始動した場合には、吸気温度が異常に高くなる場合があり、その場合には、燃焼室の温度が急上昇してプリイグニションが発生する場合がある。また、最近では、吸気弁の閉タイミングを調整可能な可変バルブタイミングシステム(VVT)を有するエンジンも普及しているが、低速時のスロットル全開域では、吸気弁の閉タイミングが吸気下死点経過後30°CA以下であることから、図12に示すように、有効圧縮比と幾何学的圧縮比との差は、1以下になる。このため、吸気弁の閉タイミングを変更する手法を採用しても、有効圧縮比を低減可能な範囲は限られており、幾何学的圧縮比の上限を何らかの基準に基づいて、設定しておくことが好ましい。また、運転状況によっては、有効圧縮比を低減できない低速高負荷運転領域も存在する。そこで、本発明では、幾何学的圧縮比、有効圧縮比、オクタン価の組み合わせを表1のように設定することにより、出力の向上とノッキング抑制とを両立させることとしている。
次に、エンジンに過給機を取り付けた場合の影響について説明する。
図13は、着火遅れτの分布を圧力・温度の関係で示すグラフである。
まず、アレニウスの関数(Arrhenius function)
(但し、τ:瞬間の温度・圧力での混合気の着火遅れ、A、n:反応条件に固有な混合気の定数、p:絶対圧力、E:見かけの活性化エネルギー、R:気体定数、T:温度)
に基づき、(1−2)式の定数Aをオクタン価に比例する定数として、96RONの燃料を用いた場合における着火遅れτを求め、τを10ミリ秒毎に19段階のRτ1〜Rτ19とし、圧力(MPa)と温度(ケルビン)のグラフにした。Rτは、添え字が大きいもの程、自着火が生じやすいことを示している。
次に、過給機のないノーマルエンジンと、これらノーマルエンジンにターボチャージャを装備した過給機付エンジンの圧縮上死点での圧力と温度を調べた。
ノーマルエンジンとしては、幾何学的圧縮比が13の場合、14の圧縮上死点での圧力と温度Ap1、Ap2を求めた。
過給機付エンジンとしては、幾何学的圧縮比12の場合、13の場合、14の場合について、それぞれ過給圧が120KPa、140KPaの場合について演算し、それぞれの圧縮上死点での圧力と温度Ap3〜Ap8を求めた。
図13に示すように、ノーマルエンジンの自着火点Ap1(ε=13)、Ap2(ε=14)は、それぞれ着火遅れτのRτ4、Rτ5のライン上に位置する。これに対して、幾何学的圧縮比が同じ過給機付エンジンの自着火点Ap3(ε=13)、Ap4(ε=14)は、それぞれ着火遅れτのRτ5、Rτ6のライン上(または近傍)に位置することがわかった。すなわち、過給されるエンジンでは、同じ幾何学的圧縮比のノーマルエンジンの場合に比べ、圧縮上死点での着火遅れが10ミリ秒ほど短くなり、自着火が生じやすくなる。この傾向は、幾何学的圧縮比が13の過給機付エンジンの圧縮上死点での圧力と温度Ap3、Ap5と、幾何学的圧縮比が12の過給機付エンジンの圧縮上死点での圧力と温度Ap7、Ap8とを比較した場合、さらに顕著であった。
以上の結果から、過給機付エンジンの高圧縮比化については、ノーマルエンジンの場合に比べ、幾何学的圧縮比や有効圧縮比の値を1下げることによって、高圧縮比エンジンの自着火特性をノーマルエンジン並みにすることができることが検証された。
また、(1−2)式の定数Aがオクタン価に比例する値であることから、オクタン価の相違によって幾何学的圧縮比や有効圧縮比の値が変更された場合でも、それらの値から所定値下げることによって、同様の結果を得ることが可能となることが検証された。
なお、近年、エタノール(エチルアルコール)やメタノール(メチルアルコール)、食用油などからメチルエステルなどを作り、これを自動車用燃料として利用するバイオ燃料が開発されているが、バイオ燃料を用いるエンジンにおいても、オクタン価は、高くなる方向にあるので、本発明の技術思想を適用することが可能となる。
以上のような知見から、以下に示す実施形態が完成された。
[実施形態]
以下、添付図面を参照しながら本発明の好ましい実施の形態について説明する。
図14は、本発明の実施の一形態に係る4サイクル火花点火式ガソリンエンジン10の概略構成を示す構成図であり、図15は図14に係るエンジン本体20の一つの気筒の構造を示す断面略図である。
図14および図15を参照して、図示の火花点火式ガソリンエンジン10は、エンジン本体20と、このエンジン本体20を制御するためのコントロールユニット100とを備えている。
エンジン本体20は、クランクシャフト21を回転自在に支持するシリンダブロック22と、シリンダブロック22の上部に配置されたシリンダヘッド23とを一体的に有しており、これらシリンダブロック22およびシリンダヘッド23には、複数の気筒24が設けられている。
各気筒24には、コンロッド25を介してクランクシャフト21に連結されたピストン26と、ピストン26が気筒24内に形成する燃焼室27とが設けられている。本実施形態において、各気筒24の幾何学的圧縮比は13に設定されている。
図15を参照して、本実施形態に係るエンジン本体20は、当該クランクシャフト21の回転方向が右回りになる側(すなわち図15の状態)から見て気筒24のシリンダボア中心Z(図16参照)がクランクシャフト21の回転中心Oから右側にオフセットしている。このオフセット量Sは、気筒24のボア径が70mmの場合、例えば1mm〜2mmに設定されている。
図16は気筒24を拡大して示す平面略図である。
図16を参照して、シリンダヘッド23の下面には、気筒24毎に燃焼室27の天井部が構成され、この天井部は中央部分からシリンダヘッド23の下端まで延びる2つの傾斜面を有するいわゆるペントルーフ型となっている。
燃焼室27の側部には、コントロールユニット100からの燃料噴射パルスを受けて、このパルス幅に対応する燃料を燃焼室27に噴射する燃料噴射弁32が設けられている。
各気筒24には、シリンダヘッド23に固定され、燃焼室27内にスパークを発する3個の点火プラグ34が配設されている。各点火プラグ34は、ピストン26の稜線部分と平行なシリンダ直径沿いに並んでおり、中央のものがシリンダボア中心Z上に配置され、両側のものが燃焼室27の側縁に配置されている。各点火プラグ34には、電子制御による点火タイミングのコントロールが可能な点火回路35(図15参照)が接続されており、この点火回路35がコントロールユニット100に制御されることにより、点火プラグ34は、選択的に点火制御されるようになっている。
図17は本実施形態に係る燃焼室27の気流を示す説明図であり、(A)は圧縮行程初期、(B)は膨張行程初期をそれぞれ示している。
図16および図17を参照して、前記燃焼室27の天井部を構成する一方の傾斜面(図17(A)(B)において右側の傾斜面)27aには各々独立した2つ一組の吸気ポート28が開口し、また、他方の傾斜面(図17(A)(B)において左側の傾斜面)27bには2つの排気ポート29が開口しており、各ポート28、29の開口端に吸気弁30および排気弁31が設けられている。前記吸気ポート28は、それぞれ燃焼室27から図17の右斜め上方に直線的に延びるストレートポートであり、図17に示す断面で吸気上流側ほどシリンダボア中心Zから離れるような形状とされている。
前記ピストン26の冠面には、吸気側の周縁部の所定範囲および排気側の周縁部の所定範囲に、シリンダヘッド23の傾斜面に沿うように傾斜するスキッシュエリア構成面が設けられている。さらにこのスキッシュエリア構成面の内側には、隆起部33が設けられている。
隆起部33は、吸気弁30および排気弁31の投影面を含む所定範囲に設けられている。この隆起部33のすそ部分は、燃焼室天井部の両傾斜面27a、27bとほぼ平行な一対の傾斜面33a、33bを有する山形状に形成されている。両傾斜面33a、33bは、燃焼室27の天井面に対応するようなペントルーフ状に隆起し、天井面の稜線に対応する部分に頂部33cを有する形状となっている。そして、このピストン冠面の頂部33cとその両側の傾斜面33a,33bとにわたり、凹部264が形成されている。この凹部264の底面は球面に近似した湾曲面となっている。そして、凹部264の平面形状は、円に近い形状であるが、頂部(稜線)33cに沿った方向の径よりもこれと直交する方向の径が若干長い楕円形となっている。
このため本実施形態では以下のような作用を奏する。
すなわち、吸気行程でのピストン26の下降によって燃焼室27に吸い込まれる吸気は、図17(A)のTa1、Ta2で示すように、2種類の流れを形成する。一方の流れTa1は、主に吸気ポート28開口の点火プラグ34に近い側から燃焼室27へ流れ込み、排気側の燃焼室周壁面に向かって流れ、続いて排気側周壁面に沿って下方へ向かった後、ピストン冠面に沿って吸気側へ流れ、そこから上方へ向う。他方の流れTa2は、スロート部のシリンダボア周縁側から流出した弱い流れである。これらの流れTa1、Ta2により、図17(B)で示すように、反時計回り方向に旋回する正タンブル流Ta1と、時計回り方向に旋回する逆タンブル流Ta2とが生成されるようになっている。
次に圧縮行程に移行すると、ピストン26の上昇に伴い、正逆タンブル流Ta1、Ta2が燃焼室27内を上下方向に押し縮められつつ互いに下流側がシリンダボアの中央側から反対向きに旋回する。
圧縮行程初期乃至中期の段階では正タンブル流Ta1の方が、逆タンブル流Ta2よりも大きく、かつ強いが、圧縮行程が進行してピストン26が燃焼室天上部分に近づくにつれ、正タンブル流Ta1は中心が次第に排気側に移動するとともに小さくなる。そして、ピストン26が上死点付近にある圧縮行程終期ないし膨張行程初期には、正逆タンブル流Ta1、Ta2が同程度の大きさおよび強さで、燃焼室27内の排気側と吸気側とに分かれて互いに逆方向に旋回する状態となる。これら正逆タンブル流Ta1、Ta2により、ピストン26が上死点に近づく圧縮行程終期には、燃焼室天井部の傾斜面27a、27bとピストン冠面との間のスキッシュエリアから燃焼室27中央部側へ向う方向(図16(B)中の白抜矢印Ra、Rbとは反対の方向)に正スキッシュ流が生じ、ピストン26が上死点に達した後に下降し始める膨張行程初期には、図16(B)中の白抜矢印で示すような燃焼室27中央部側から前記スキッシュエリアに向う逆スキッシュ流Ra、Rbが生じる。
この場合に、正逆タンブル流Ta1、Ta2は、正スキッシュ流とは逆方向、逆スキッシュ流Ra、Rbとは同方向の流れとなるため、圧縮行程終期の正スキッシュ流を弱めて逆スキッシュ流の生成を早めるとともに、逆スキッシュ流Ra、Rbを強化する作用を発揮する。
このように逆スキッシュ流Ra、Rbが強化されることにより、スキッシュエリア内の燃焼速度が充分に高められ、火炎の主燃焼速度が高くなって急速燃焼が実現される。しかも、正タンブル流Ta1が適度に弱められることにより、初期燃焼速度はあまり高くならず、端ガスゾーンにおける混合気の自発火が誘発されることもない。つまり、初期燃焼期間はあまり短くならずに、主燃焼期間が大幅に短縮されることにより、ノッキングが未然に抑制されるとともに急速燃焼により時間損失が低減され、熱効率が向上する。
さらに、前記一対の傾斜面33a、33bが燃焼室天井部の傾斜面27a、27bと平行であるため、その間の空間では火炎伝播が均一に行われ、デトネーション防止にも効果的である。
加えて、ピストン26の冠面中央部分に噴射された燃料の飛行空間を確保するための凹部264を形成しているので、燃料が噴射された時点で筒内に混合気の乱れを生成し、一層、燃焼期間の短縮を図ることが可能になる。また、この凹部264は、有効圧縮比εr を12以上で運転する運転領域においては、圧縮上死点経過後に燃焼室27での冷炎の生成に寄与し、一層、出力を高める要素にもなる。
次に、各吸気弁30は、動弁機構40によって駆動される構成になっている。動弁機構40は、吸気弁30の開閉タイミングを無段階で変更可能なVCT(Variable Camshaft Timing mechanism)42と、吸気弁30のリフト量(開弁量)を無段階で変更可能なVVE(Variable Valve Event)43とを備えている。
図18は、図14の実施形態に係る動弁機構40の具体的な構成を示す斜視図である。
同図を参照して、動弁機構40は、各気筒24が並ぶ方向(図1参照)に沿って延びるカムシャフト41aを備えており、このカムシャフト41aにVCT42とVVE43とが組み込まれている。
VCT42は、カムシャフト41aの端部に固定されるロータ(入力部材)42aと、ロータ42aの外周に同心に配置されたケーシング(出力部材)42bと、このケーシング42bに固定され、前記カムシャフト41aの外周に相対的に回動自在に配置されたスプロケット42cとを有している。スプロケット42cには、クランクシャフト21(図14参照)から駆動力を伝達するチェーン42dが巻回されている。また、ロータ42aとケーシング42bとの間には、図略の作動油室が形成されており、電磁弁42eの油圧制御によって、ロータ42aとケーシング42bは、一体的な回転動作または相対的な回転動作に切換えられるようになっている。これにより、VCT42は、吸気弁30の開弁開始タイミングおよび閉弁タイミングを同時に変更可能な作動タイミング可変機構を構成している。後述するように、電磁弁42eは、コントロールユニット100によって、駆動制御されるようになっており、この駆動制御により、ロータ42aとケーシング42bとが連結/非連結するようになっている。
次に、VVE43は、各吸気弁30に設けられた一対の吸気カム43a、43bを備えている。各吸気カム43aは、前記カムシャフト41aに固定されている。他方の吸気カム43bは、カムジャーナル43cを介してカムシャフト41aに対し、相対回転自在に取り付けられている。
図19は、図18のVVEの要部を示す断面図であり、(A)は大リフト制御状態においてリフト量が0のときを示し、(B)は大リフト制御状態においてリフト量が最大のときを示し、(C)は小リフト制御状態においてリフト量が0のときを示し、(D)は小リフト制御状態においてリフト量が最大のときを示している。
図18並びに図19(A)〜(D)を参照して、カムシャフト41aに対して相対回転自在に取り付けられた吸気カム43bを一方の吸気カム43aと同期させるために、カムシャフト41aには、気筒24毎に設けられた偏心カム43dが固定されている。この偏心カム43dは、図19(A)〜(D)から明らかなように、カムシャフト41aに対して偏心している。偏心カム43dの外周には、オフセットリンク43eが回動自在に取り付けられている。オフセットリンク43eの外周部には、径方向に突出する突部43fが一体に設けられている。この突部43fには、カムシャフト41aと平行な連結ピン43gが貫通しており、この連結ピン43gによって、オフセットリンク43eの両側面には、それぞれリンクアーム43h、43iの一端部が回動自在に取り付けられている。一方のリンクアーム43hは、オフセットリンク43eと前記吸気カム43bとを連結するものであり、その他端部が、カムシャフト41aと平行なピン43jによって吸気カム43bの膨出部近傍部分に回動自在に連結されている。また、他方のリンクアーム43iは、オフセットリンク43eの位相を変更するエキセントリックシャフト43kにオフセットリンク43eを連結するためのものであり、このエキセントリックシャフト43kに固定されたコントロールアーム43mの端部に対し、他端部がカムシャフト41aと平行なピン43nで回動自在に連結されている。
図18に示すように、エキセントリックシャフト43kの途中部には、扇形のウォームホイール43pが固定されており、このウォームホイール43pに噛合するウォームギヤ43qが、ステッピングモータ43rによって回転駆動されるようになっている。後述するように、ステッピングモータ43rは、コントロールユニット100によって、駆動制御されるようになっており、この駆動制御により、コントロールアーム43mの位相が決定され、それによって、オフセットリンク43eの位相が決定されるので、タペット36を駆動する吸気カム43bの回動軌跡が当該吸気弁30の軸方向において変化し、バルブリフト量が無段階で変更されるようになっている。
図19(B)を参照して、各吸気弁30のバルブステム30aに設けられたタペット36は、吸気弁30のバルブステム30aの端部に固定されている。他方、吸気弁30のバルブステム30aは、周知のバルブガイド30bにガイドされている。このバルブガイド30bの外周には、スプリングシート部30cが一体に形成されており、このスプリングシート部30cには、当該タペット36の内奥部に形成されたスプリングシート部36aとの間に縮設されるバルブスプリング30dが着座している。
前記吸気カム43bは、このタペット36に接合し、バルブスプリング30dの付勢力を受けている。
この状態において、図19(A)(B)に示すように、ステッピングモータ43rによりエキセントリックシャフト43kおよびコントロールアーム43mを回動させて、ピン43nをエキセントリックシャフト43kの下方に位置付けると、吸気カム43bの揺動角が大きくなり、リフトピークにおけるバルブのリフト量が最も大きな大リフト制御状態になる。また、そこからコントロールアーム43mなどの回動によってピン43nを上方へ移動させると、これに応じて吸気カム43bの揺動角は小さくなり、図19(C)(D)に示すようにピン43nをカムシャフト41aの上方に位置付けると、バルブのリフト量が最も小さな小リフト制御状態になる。
図19(A)(B)に示す大リフト制御状態において、吸気カム43bは、同図(B)に示すようにカムノーズの先端側でタペット36を押圧し、該タペット36を介して吸気弁30を大きくリフトさせたリフトピークの状態(吸気カム43bがタペット36を介して吸気弁30を大きくリフトさせた状態)と、同図(D)に示すように吸気弁30のリフト量が0になる状態との間で揺動する。小リフト制御状態である図19(C)(D)の場合も同様にリフトピークの状態(カムノーズの基端側でタペット36を押圧)とリフト量0の状態との間で揺動する(同図(C)および(D)参照)。
図20は、図19(B)(D)の制御状態を模式的に表わすものであり、(A)は大リフト制御位置、(B)は小リフト制御位置に対応している。なお図20(A)(B)では、コントロールアーム43m、連結リンク43hおよびリンクアーム43iについては簡略に直線で表しており、また、偏心カム43dの中心(オフセットリンク43eの外輪の中心)の回転軌跡を符号T0として示している。
まず、図20(A)を参照して吸気カム43b自体のプロファイルを説明すると、この吸気カム43bの周面には、曲率半径が所定角度範囲一定の基円面(ベースサークル区間)θ1と、該θ1に続いて曲率半径が漸次大きくなっているカム面(リフト区間)θ2とが形成されている。
図20(A)に実線で示すのは吸気弁30がリフトピーク近傍にある図19(B)の状態であり、このときには、連結リンク43hによってピン43jが最も上方に引き上げられ、吸気カム43bは、カム面θ2のカムノーズ先端側がタペット36に当接した状態になっている。一方、仮想線で示すのはバルブリフト量Hが0の状態(図19(A))であり、このときには吸気カム43bの基円面θ1がタペット36に接していて、吸気弁30が閉じた状態になっている。
そして、カムシャフト41a(偏心カム43d)が図の時計回りに回転すると、これに伴いオフセットリンク43eの一端側(図の下端側)は、図に矢印で示すようにカムシャフト41aの軸心X周りを公転することになるが、このオフセットリンク43eの他端部の変位はそこに連結されたリンクアーム43iによって規制される。すなわち、リンクアーム43iは、エキセントリックシャフト43kの下方に位置付けられたピン43nを中心に図の実線の位置と仮想線の位置との間を揺動し、これに伴い、オフセットリンク43eの他端側(連結ピン43g)は、偏心カム43dが1回転する度に、ピン43nを中心として往復円弧運動をすることになる(この連結ピン43gの運動軌跡をT1として示す)。
前記連結ピン43gの往復円弧運動T1に伴い、この同じ連結ピン43gによって一端部がオフセットリンク43eに連結されている連結リンク43hの他端部(ピン43j)は、図にT2として示す軌跡で往復円弧運動し、そのピン43jによって連結リンク43hに連結されている吸気カム43bが図の実線の位置と仮想線の位置との間で揺動運動をする。すなわち、前記連結ピン43gが上方に移動するときには、連結リンク43hによってピン43jが上方に引き上げられて、吸気カム43bのカムノーズがタペット36を押し下げ、これによりバルブスプリング30d(図19(B)参照)を圧縮しながら、吸気弁30をリフトさせる。
一方、連結ピン43gが下方に移動するときには、連結リンク43hによってピン43jが下方に押し下げられて、吸気カム43bのカムノーズが上昇することになるので、前記の圧縮されたバルブスプリング30dの反力によってタペット36が押し上げられて、前記カムノーズの上昇に追従するように上方に移動し、吸気弁30が引き上げられて、吸気ポート28が閉じられる。
つまり、大リフト制御状態では、吸気カム43bがその周面の基円面θ1およびカム面θ2の略全体によってタペット36を押圧するように大きく揺動し、このように大きな揺動角に対応してバルブのリフト量が大きくなるものである。
また、前記の大リフト制御状態から、コントロールアーム43mをエキセントリックシャフト43kの軸心回りに上方へ略水平になるまで回動させて、図19(D)や図20(B)に示すように、リンクアーム43iの回動軸であるピン43nを大リフト制御状態よりもカムシャフト41aの回転方向の手前側に位置付けると、小リフト制御状態になる。この図20(B)においても図20(A)と同様に吸気弁30がリフトピーク近傍にある状態を実線で示し、リフト量Hが0の状態を仮想線で示している。
図20(B)において、カムシャフト41a(偏心カム43d)が回転すると、前記大リフト制御状態と同様にオフセットリンク43eの連結ピン43gはリンクアーム43iによって変位が規制され、エキセントリックシャフト43kの側方に位置するピン43nを中心として、往復円弧運動T3をする(リンクアーム43iは図の実線位置と仮想線位置との間で往復回動する)。そして、その連結ピン43gの往復円弧運動T3に伴って連結リンク43hのピン43jが往復円弧運動T4をし、そのピン43jによって連結リンク43hに連結されている吸気カム43bが、図の実線の位置と仮想線の位置との間で揺動運動をして、吸気弁30を開閉するようになる。
つまり、小リフト制御状態では、前記大リフト制御状態と比べて吸気カム43bの揺動角が小さくなり、この吸気カム43bが、その周面の基円面θ1およびこれに連続するカム面θ2の一部分のみによってタペット36を押圧するようになって、バルブのリフト量が小さくなるものである。
なお、上述のような動弁機構40を排気弁31にも設けて、当該排気弁31の閉タイミングを排気上死点よりもアドバンスさせることにより、筒内の既燃ガスを吸気行程移行に残存させ、内部EGRとすることが可能である。
次に、図14および図15を参照して、エンジン本体20の吸気ポート28には、インテークマニホールド132の分岐吸気管133が接続している。分岐吸気管133は、気筒24毎に設けられており、それぞれがインテークマニホールド132に等長の吸気経路を形成した状態で接続されている。図示の実施形態において、前記分岐吸気管133の下流端は、2つ一組で構成された各気筒24の吸気ポート28に対応して二股に形成されている。分岐吸気管133の上流側合流部分には、開閉弁134が設けられている。開閉弁134は、三方電磁弁で具体化されたものであり、アクチュエータ135によって、個別に分岐吸気管133の集合部分を所望量だけ開閉できるように構成されている。他方、二股に分岐した分岐吸気管133の一方の分岐部分には、図15に示すように周知のスワール生成用開閉弁133aが設けられている。このスワール生成用開閉弁133aはアクチュエータ133bにより駆動されて開閉作動するもので、このスワール生成用開閉弁133aにより当該分岐吸気管133の一方の分岐部分が閉じられたときは他方の分岐部分を通る吸気によって燃焼室27内にスワールが生成され、スワール生成用開閉弁133aが開かれるにつれてスワールが弱められるようになっている。
インテークマニホールド132の上流側には、新気をインテークマニホールド132内部に導入するための吸気通路136が接続されている。この吸気通路136には、スロットルバルブ137が設けられている。
排気ポート29には、各気筒24に2つ一組で形成された二股状の分岐排気管151が接続されている。各分岐排気管151の下流端は、エキゾーストマニホールド152に接続されている。このエキゾーストマニホールド152には、既燃ガスを排出する排気通路153が接続されている。
次に、前記インテークマニホールド132、エキゾーストマニホールド152の間には、排気された既燃ガスをインテークマニホールド132に還流させる外部EGRシステム160が設けられている。
外部EGRシステム160は、インテークマニホールド132とエキゾーストマニホールド152との間に形成された還流通路161に接続され、EGRクーラ162と、EGR弁163と、EGR弁163を駆動するアクチュエータ164とを備えた公知のバルブシステムである。
次に、図14を参照して、本実施形態に係るエンジン10には、過給機としてのターボチャージャ180が設けられている。
ターボチャージャ180は、エキゾーストマニホールド152から排出された排気の圧力によって駆動されるタービンセクション181と、タービンセクション181によって駆動され、インテークマニホールド132へ過給した新気を導出するコンプッサセクション182とを有しており、コンプレッサセクション182とインテークマニホールド132との間には新気を冷却するインタークーラ183が設けられていて、基本的には、従来から用いられているターボチャージャ、インタークーラをそのまま適用することが可能である。
図14を参照して、エンジン本体20の運転状態を検出するために、吸気通路136には、エアフローセンサSW1が設けられ、開閉弁134の下流には筒内温度を予測するための吸気温度センサSW2(図15参照)が設けられている。また、シリンダブロック22には、クランクシャフト21の回転数を検出するクランク角センサSW3および冷却水の温度を検出するエンジン水温センサSW4が設けられている(図15参照)。さらに、排気通路153には、空燃比を制御するための酸素濃度センサSW5が設けられている。
エンジン本体20には、制御手段としてのコントロールユニット100が設けられている。このコントロールユニット100には、エアフローセンサSW1、吸気温度センサSW2、クランク角センサSW3、エンジン水温センサSW4、酸素濃度センサSW5、並びにエンジン負荷を検出するためのアクセル開度センサSW6が入力要素として接続されている。これら各センサSW1〜SW6は、何れも本実施形態における運転状態検出センサの具体例である。他方、コントロールユニット100には、動弁機構40、スワール生成用開閉弁133aのアクチュエータ133b、開閉弁134のアクチュエータ135、スロットルバルブ137のアクチュエータ、外部EGRシステム160のアクチュエータ164が制御要素として接続されている。
図14を参照して、コントロールユニット100は、CPU101、メモリ102、インターフェース103並びにこれらのユニット101〜103を接続するバス104を有するものであり、メモリ102に記憶されるプログラム並びにデータによって、運転状態を判定する運転状態判定手段を機能的に構成している。
メモリ102には、詳しくは後述する種々の制御マップが記憶されており、これら記憶マップに基づいて、エンジン本体20は、運転状態に応じて好適に運転されるようになっている。
図21は、図14の実施形態において制御マップの基となるエンジン回転速度Nと要求トルクとの関係を示すグラフである。
図21を参照して、図示の実施形態では、点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせる点火リタード運転領域(低速中高負荷運転領域)Aと、圧縮上死点前に点火する通常点火運転領域Bとに大別されている。点火リタード運転領域Aは、エンジン回転速度Nを低速域、中速域、高速域の三段階に分割した場合において、その低速域にあって、所定の中高負荷運転領域A1からスロットル全開域AWOT の範囲に設定されている。そして、後述するように、本実施形態では、この点火リタード運転領域Aでは、吸気弁30の閉弁タイミングによって、弁リフト量が1mmで規定した吸気弁閉タイミングで求められる有効圧縮比εrを12以上に維持して運転されるようになっている。
他方、通常点火運転領域Bは、破線で示すように低速低負荷運転領域B1を有しており、この低速低負荷運転領域B1は、アイドリング運転領域B2を含んでいる。
図22は、図14の実施形態において制御マップの基となる有効圧縮比εrの制御例を示すタイミングチャートである。
図22を参照して、本実施形態では、上述したように、VVE43を備えた動弁機構40を採用している。この動弁機構40を用いることにより、吸気弁30は、その開弁タイミングとバルブリフト量とが無段階で制御される。
本実施形態において、点火リタード運転領域Aでは、図22から明らかなように、吸気弁30の閉弁タイミングを吸気下死点直後までリタードさせ、これによって、有効圧縮比εrを12以上に維持する一方、図21、図23で示すように、点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせることにより、点火リタード運転領域Aでのノッキングを確実に防止することとしている。
他方、残余の運転領域Bにおいては、原則として、吸気弁30を早閉じにして、有効圧縮比εrを12未満(例えば8程度)に下げるようにしている。これにより、ポンピングロスの低減を図ることができるようにしている。ここで、有効圧縮比をεrとすると、
(2)式中、
ε :幾何学的圧縮比
vs:行程容積(m3)
vc:隙間容積(m3)
θ :バルブリフト量が1mmのときの吸気弁30の閉弁タイミングのクランク角度
R :連桿比(コンロッド長/クランク半径)
である。
(2)式を用いることにより、バルブリフト量が1mmのときの吸気弁30の開弁角度に基づいて、有効圧縮比εrと開弁角度との関係をデータ化しておき、制御マップとすることで精緻に有効圧縮比εrを制御することが可能になる。
図23は、図14の実施形態において制御マップの基となる点火タイミングの一例を示すグラフである。
図23を参照して、例えば、幾何学的圧縮比が11の場合、通常運転時の点火タイミングは、IGaで示すように圧縮上死点よりも相当量AIg(例えば、エンジン回転速度が1500rpm、クランク角度CA=6°〜8°)アドバンスしている。これに対し、幾何学的圧縮比が13の場合、圧縮比11と同じノッキング特性であればIGv で示すように、圧縮上死点の直前で点火していたところであるが、本実施形態では、IGbで示すように、圧縮上死点よりもさらにリタードさせた点火タイミングで火花点火することとしている。これにより、本実施形態では、リタード運転領域(スロットル全開域AWOT を含む低速中高負荷運転域)Aにおいて、依然高圧縮比(εr ≦14)のままトルク低下を起こさない状態を維持することが可能になる(図23参照)。
点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせる場合、そのリタード量RIgは、筒内温度や筒内圧力等、ノッキングを決定する要因を考慮して実験的に集積され、制御マップによって定められるが、本実施形態では、例えば、圧縮上死点からのリタード量RIgをピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲(クランク角度CA=圧縮上死点後35°付近)としている。点火タイミングを圧縮上死点後にリタードさせることにより、ノッキングを抑制し、高圧縮比での運転が可能となるわけであるが、点火タイミングが圧縮上死点よりもリタードしている分だけ、燃焼期間という点では不利になる。そこで本実施形態では、ノッキングを抑制可能な範囲であって、なおかつ早期に膨張行程に移行した燃料を燃焼させるために、リタード量RIgをピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲としているのである。
図24は、図14の実施形態において制御マップの基となる燃料噴射タイミングを例示したグラフであり、(A)が弱成層の混合気形成を図るための分割噴射の一例、(B)が成層の混合気形成を図るための分割噴射の一例である。
図24(A)(B)を参照して、燃料噴射タイミングF1、F2を2回以上に分割すると、さらに燃料の気化霧化を促進することができる一方、後半の燃料噴射タイミングF2によって、筒内に乱流を付加し、急速燃焼に寄与することが可能となる。
そこで、本実施形態では、種々の運転状態に応じて、燃料の噴射タイミングF1、F2をデータ化し、制御マップとして用いることとしている。
ここで、図24(A)に示す例では、前半の燃料噴射タイミングF1を例えば吸気行程の中期(例えば、燃料の吹き終わりが圧縮上死点前で275°)で実行し、後半の燃料噴射タイミングF2を圧縮行程の前半(例えば、燃料の吹き終わりが圧縮上死点前で150°)に設定し、各タイミングF1、F2の燃料噴射割合を4/5:1/5に設定している。この形態では、吸気行程で噴射された燃料の気化霧化が促進し、燃焼室27内に弱成層の混合気を形成することができるので、燃焼時間を短縮することができ、高い出力と燃費の向上を図ることが可能になる。
他方、図24(B)に示す例では、前半の燃料噴射タイミングF1を例えば圧縮行程の前半で実行し、後半の燃料噴射タイミングF2を圧縮行程の中程ないし後半に設定し、各タイミングF1、F2の燃料噴射割合を4/5:1/5に設定している。この形態では、後半の燃料噴射によって、筒内に大きな乱流を生成することができるので、点火タイミングをリタードさせる場合においても、燃焼期間を短縮することができ、高い出力や燃費を得ることが可能となる。なお、本実施形態では、ピストン26の冠面中央部分に凹部264を形成しているので、後半の燃料噴射タイミングF2に噴射された燃料をトラップすることが可能になり、成層の混合気を点火リタード運転領域Aで形成することが可能になる。なお、図24(B)の場合においては、燃料噴射タイミングF1、F2における燃料噴射量を調整することにより、点火タイミングにおいて、弱成層を構成することも可能である。
図25および図26は図14の実施形態に係る制御フローを示すフローチャートである。
まず図25を参照して、以上の構成では、エンジン本体20に対する入力要素(SW1〜SW8)からの入力に基づき(ステップS10)、制御手段としてのコントロールユニット100は、エンジン本体20が稼働中であるか否かを判別する(ステップS11)。
エンジン本体20が停止中であった場合、コントロールユニット100は、さらに予め設定された所定の始動要求(例えば、アクセルが踏まれた場合等)があるか否かを判別し(ステップS12)、始動要求が検出されない場合には、ステップS10に戻って待機し、始動要求があった場合には、次のステップS13に移行する。
エンジン本体20が稼働中である場合、或いは始動要求があった場合、コントロールユニット100は、さらに低負荷運転領域Bから急加速要求があったか否かを判別する(ステップS13)。低負荷運転領域Bから急加速要求があった場合、有効圧縮比を高く設定することが好ましいため、予め実験等で定めた制御マップM1を用いることにより、点火タイミングを一気に圧縮上死点後の最大許容値(クランク角度CA=35°)にリタードすることとしている(ステップS14)。
他方、ステップS13において、急加速要求がなかった場合、コントロールユニット100は、さらに、エンジン本体20の運転領域が点火リタード運転領域Aで運転されているか否かを判別する(ステップS15)。仮にエンジン本体20の運転領域が点火リタード運転領域Aであると判定された場合、コントロールユニット100は、図22で示したように、吸気弁30の閉タイミングを吸気下死点以降にリタードさせ、有効圧縮比εrを幾何学的圧縮比に維持するようにする(ステップS16)。次いで、コントロールユニット100は、図23に基づく制御マップM2によって点火プラグ34のリタード量RIgを圧縮上死点後の所定クランク角度(本実施形態では、ピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲)に設定し、ノッキングを抑制しつつ、早期に燃焼を開始して、大きなトルクが得られるようにしている(ステップS17)。
ステップS14またはステップS17の後、コントロールユニット100は、外部EGRが可能な運転状態であるか否かを判別する(ステップS18)。この判別は、筒内温度や筒内圧力を検出/推定することにより、公知の方法で実行されるが、本実施形態では、特に、スロットル全開域AWOT を含む点火リタード運転領域Aの場合には、外部EGRを導入するように設定されている。
仮に外部EGRを導入可能な運転状態である場合、コントロールユニット100は、制御マップM2に基づき、EGR量、空燃比、燃料噴射タイミングを設定し(ステップS19)、その後、外部EGRシステム160を作動させ(ステップS20)、設定された条件でエンジン本体20を運転する(ステップS21)。これにより、筒内に既燃ガスが導入され、低い燃焼温度でエンジン本体20が運転されることにより、熱損失を可及的に低減することが可能になる。そして、ステップS21を実行した後は、ステップS10に戻って上述した制御を繰り返す。
また、ステップS18において、外部EGRが不能と判断された場合、コントロールユニット100は、外部EGRシステム160を停止し(ステップS22)、制御マップM4に基づいて、空燃比を設定(ステップS23)した後、ステップS21に移行する。
次に、ステップS15において、エンジン本体20の運転領域が点火リタード運転領域Aではない場合の制御について、図26を参照しながら説明する。
図26に示すように、エンジン本体20の運転領域が点火リタード運転領域Aではない場合、本実施形態では、コントロールユニット100が、エンジン水温センサSW4や吸気温度センサSW2の検出値に基づいて筒内温度Tを推定し、この筒内温度Tが予め設定された基準値TSTに満たないか否かを判別する(ステップS24)。そして、仮に、筒内温度Tが基準値TSTに満たない場合、コントロールユニット100は、制御マップM5に基づいて、吸気弁30の閉タイミングを設定し、有効圧縮比εrを上げる(ステップS25)。すなわち、冷間時においては、噴霧の気化霧化が不十分で、端ガスの着火遅れも大きくなるので、有効圧縮比εrが低いままであれば、熱発生率も低いままとなる。そこで、本実施形態では、高く設定されている幾何学的圧縮比を有効利用し、所定の冷間運転時であれば、有効圧縮比εrを高めて燃焼の安定化を図り、出力や燃費の向上を図っている。
さらに、コントロールユニット100は、設定される有効圧縮比εrが12以上であるか否かを判別し(ステップS26)、仮に有効圧縮比εrが12以上である場合には、ステップS14に移行して、点火リタード運転領域Aと同様な運転を実施する。これにより、高圧縮比を維持した場合のノッキングを確実に防止することが可能になる。ステップS24において、筒内温度Tが基準値以上であれば、コントロールユニット100は、制御マップM6に基づいて、吸気弁30の閉タイミングを設定し、有効圧縮比εrを下げる(ステップS27)。その後、或いは、ステップS26において、有効圧縮比εrが12未満に設定されたと判別された場合、コントロールユニット100は、制御マップM7に基づいて、点火タイミングを設定する(ステップS28)。その後、内部EGRが可能であるか否かが判別され(ステップS29)、可能であれば、コントロールユニット100は、制御マップM8に基づき、排気弁の開閉タイミング、空燃比、燃料噴射タイミングを設定し(ステップS30)、ステップS21に移行する。また、内部EGRを実行できない運転領域であれば、ステップS18に移行して外部EGRの可否が判別される。なお、上述したステップS19、S23、S30において、低速低負荷運転領域B1においては、有効圧縮比を低減した上で理論空燃比となるように燃料が噴射されるよう、各制御マップM3、M4、M8が設定されている。本実施形態では、高圧縮比条件下での有効圧縮比低減によって高膨張比が確保できることにより、理論空燃比での運転でも充分に燃費向上が図れるため、排気通路153には、NOx触媒に比較して安価で浄化率が高い三元触媒を配置できることから、低速低負荷運転領域においても、排気性能と燃費の向上を図ることが可能になる。
以上説明したように本実施形態では、通常であれば、ノッキングを防止するため、大幅な点火タイミングのリタードが必要であると考えられてきた運転領域(低速高負荷運転領域A1からスロットル全開領域までの中高負荷運転領域)Aにおいて、有効圧縮比εrを12以上とした高いトルクと燃費を維持したまま、エンジン本体20が運転されることになる。すなわち、図23に示すように、ノッキング回避のためにリタードされる点火タイミングIGb が、圧縮上死点後に設定されている場合には、図4に示したように、ピストン26が圧縮上死点経過後に、筒内での冷炎反応が顕著になり、圧縮上死点経過後の燃焼過程が多段発火となる結果、時間損失を低減しつつ熱発生率を維持することができ、充分なトルクを得ることが可能になる。また、このような熱発生率の維持により、当該リタード量RIgを可及的に低減することが可能になる。他方、冷炎反応が生じる領域では、図5に示したように、モル数が上昇する結果、圧力上昇分ほどは筒内温度が上昇しなくなる。加えて、図6に示したように、冷炎反応は燃焼室27の中央側で生じ、端ガスでの発生が少ないことから、筒内温度の上昇も抑制される。このような温度条件により、ホルムアルデヒドが生成されるとともに、このホルムアルデヒドがノッキングの原因となるOHラジカルの消費を促進し、この点からも自着火が抑制される。点火リタード運転領域A(少なくとも低速域においてスロットル全開域AWOTを含む高負荷運転領域)での高圧縮比化において、このようなノッキング抑制メカニズムを構成することにより、点火タイミングのリタードによる出力低下を熱効率改善分が補い、出力を犠牲にすることなく、可及的にディーゼルエンジン並みの燃費を得ることも可能となる。また、有効圧縮比εrが、吸気弁30の閉タイミング調整制御によって決定される構成になっているため、幾何学的圧縮比を変更するための複雑な機構を用いる必要がなくなる。
また、本実施形態では、エンジン本体20の運転領域が低速低負荷運転領域B1の場合には、弁リフト1mmで規定した吸気弁閉タイミングで求められる有効圧縮比εrを12未満に下げて圧縮上死点から所定量アドバンスしたタイミングで点火プラグ34を点火させるとともに、点火リタード運転領域Aの場合における点火タイミングの圧縮上死点からのリタード量RIgは、低速低負荷運転領域B1の場合の点火タイミングの圧縮上死点からのアドバンス量よりも小さく設定されるものである。このため本実施形態では、低速低負荷運転領域B1の場合には、有効圧縮比εrを12未満に下げてノッキングを未然に確実に防止するとともに、点火タイミングを一般的なエンジンと同様に圧縮上死点からアドバンスさせることにより、運転領域に応じた比較的高い圧縮比で適正燃焼を実現することが可能になる。また、吸気弁30の閉タイミングで有効圧縮比εrを変更することとしているので、ポンピングロスを低減し、燃費の向上を図ることが可能になる。すなわち、通常の圧縮比のエンジンで吸気弁30の遅閉じ(または早閉じ)を実行すると、有効圧縮比εrが相当低くなることに伴い、燃焼が不安定になってくる。このため、遅閉じ(または早閉じ)可能な範囲に制約が多くなる、或いはEGRを充分に導入できなくなる等の制約があった。しかるに本実施形態では、幾何学的圧縮比が相当高く設定されているので、有効圧縮比εrを相当下げたとしても、実圧縮比は依然高いため、燃焼安定性は高くなる。そのため、吸気弁30の遅閉じ(または早閉じ)の範囲を広くすることが可能になるとともに、バルブタイミングが同じであれば、低圧縮比のものに比べ、EGR率を高めることが可能になる。他方、低速域における点火リタード運転領域Aで点火タイミングをリタードさせる際のリタード量RIgは、比較的小さな値に設定されることになる。この結果、低速域での高負荷運転領域では、膨張行程に移行した後、ノッキングを回避しつつも極めて高いトルクを維持することが可能になる。
また、本実施形態における前記低速域は、エンジン回転領域を、低速、中速、高速の三段階に分けたときの低速域であり、その低速回域における所定期間(リタード量RIg)は、ピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲である。このため本実施形態では、運転領域をエンジン回転速度域で三段階に分割し、その低速回転速度域において、スロットル全開域で有効圧縮比εrを12以上に維持するように吸気弁30の閉タイミングを調整するとともに、点火タイミングを、当該ピストン26が上死点経過後10%以下のストローク範囲でリタードさせることにより、運転領域に応じた比較的高い圧縮比で適正燃焼を実現することが可能になる。
また、本実施形態では、中速以上のエンジン回転領域で点火タイミングを圧縮上死点以前に切り換えるものである。なお本実施形態においては、中速以降の高速側では、運転状態に応じて適宜有効圧縮比εrを12未満に下げるように構成されている。
また、本実施形態では、圧縮上死点後に点火タイミングがリタードされた場合に混合気の燃焼期間を短縮する燃焼期間短縮手段を備えている。このため本実施形態では、燃焼期間短縮手段によって、膨張行程での熱発生率を可及的に高め、時間損失を抑制し、高いトルクを得ることが可能になる。
図27は本実施形態に関連するPV線図である。
図27に示すように、圧縮上死点以降に点火タイミングをリタードさせると、仮想線の通り、時間損失が生じるわけであるが、燃焼期間短縮手段を設けることにより(図示の例では分割噴射を施した場合)、点火後の圧力上昇を早め、時間損失を低減することが可能になるのである。
燃焼期間短縮手段の具体的な例としては、筒内に乱流を生成する乱流生成手段(図14および図15のスワール生成用開閉弁133a、図17の逆スキッシュ)や図24で説明した燃料の分割噴射を好適に採用することが可能である。このため本実施形態では、比較的簡素な機構ないし制御により、膨張行程での熱発生率を可及的に高め、時間損失を抑制し、高いトルクを得ることが可能になる。また、前記燃焼期間短縮手段は、各気筒に複数の点火プラグ34を設け、燃焼期間短縮手段は、複数の点火プラグ34を作動させる多点点火手段であってもよい。その態様では、多点点火によって燃焼速度を促進することができるので、膨張行程での熱発生率を可及的に高め、時間損失を抑制し、高いトルクを得ることが可能になる。
また、本実施形態では、コントロールユニット100によって外部EGR量を調整可能な外部EGRシステム160を設け、コントロールユニット100は、エンジン本体20の運転領域が、少なくとも低速域においてスロットル全開域を含む点火リタード運転領域Aである場合には、外部EGRを導入するものである。このため本実施形態では、外部EGRによって燃焼温度を下げることができるので、ノッキングを回避しつつ、冷却損失を低減でき、熱効率が高くなる。その結果、高いトルクや燃費を得ることが可能になる。すなわち、圧縮比が高い場合には、圧縮行程において、筒内温度が急激に上昇することにより、ノッキングが生じやすくなる。さらに、急激に生じた熱は、シリンダの壁面等に吸収されて下がるため、熱損失が大きくなる。これに対し、排気弁31より排出された既燃ガスが導入された場合には、比較的有効圧縮比εrが高い状態であっても、燃焼温度が低くなる結果、ノッキングとともに熱損失も抑制され、高いトルクや燃費を維持することが可能になるのである。
また、本実施形態では、低速低負荷運転領域B1でも外部EGRを導入するものである。このため本実施形態では、有効圧縮比εrが下がるのと相俟って熱損失を可及的に低減し、高い燃費を維持することが可能になる。
また、本実施形態では、少なくとも低速低負荷運転領域B1では、有効圧縮比εrを低減するように吸気弁30の閉弁タイミングを吸気下死点から所定量ずらすものである。このため本実施形態では、比較的燃焼状態が不安定になりがちな運転領域で有効圧縮比εrが低減され、高膨張比を確保することになる。この結果、高圧縮比に由来するノッキングを防止しつつ、ポンピングロスを低減し、燃費の向上を図ることが可能になる。
また、本実施形態では、EGRを筒内に導入するEGR手段としての外部EGRシステム160を設け、外部EGRシステム160は、少なくとも前記低速低負荷運転領域B1では、EGRを導入するものである。このため本実施形態では、有効圧縮比が下がるのと相俟って熱損失を可及的に低減し、高い燃費を維持することが可能になる。すなわち、圧縮比が高い場合には、圧縮行程において、筒内温度が急激に上昇することになる。ここで、急激に生じた熱は、シリンダの壁面等に吸収されて下がるため、熱損失が大きくなる。これに対し、排気弁より排出された既燃ガスが導入された場合には、有効圧縮比が下がることと相俟って、燃焼温度が低くなる結果、熱損失も抑制され、高い燃費を維持することが可能になるのである。
また、本実施形態では、低速低負荷運転領域B1では、空燃比を理論空燃比に設定するものである。上記のように、高圧縮比条件下での有効圧縮比低減によって高膨張比が確保できることにより、理論空燃比での運転でも充分に燃費向上が図れるため、排気通路153には、NOx触媒に比較して安価で浄化率が高い三元触媒を配置できることから、低速低負荷運転領域においても、充分な排気性能を奏することができるのである。
また、本実施形態では、低速低負荷運転領域B1は、アイドリング運転領域B2を含むものである。このため本実施形態では、使用頻度が高いアイドリング運転領域B2においても、高い燃費を維持することが可能になる。
また、本実施形態では、エンジン本体20の筒内温度を推定する筒内温度推定手段を備え、コントロールユニット100は、冷間始動時は、吸気弁30の閉弁タイミングを吸気下死点近傍に設定し、有効圧縮比εrを高め且つ充分な吸気を確保するように吸気弁30の閉タイミングを調整制御するものである。このため本実施形態では、有効圧縮比εrを高めるとともに充分な吸気が確保されることにより、体積効率を高めることができるので、良好な着火/燃焼性能とエンジン回転数を立ち上げるのに充分なトルクを得ることが可能になる。
また、本実施形態では、エンジンの加速を検出するエンジン加速検出手段としてのアクセル開度センサSW6を備え、コントロールユニット100は、低負荷運転領域からの急加速時には、点火タイミングを圧縮上死点後の所定期間(リタード量RIg)の最大許容値に一気にリタードさせるものである。このため本実施形態では、急加速時に吸入される高い温度の新気に起因するノッキングを回避することとしている。
また、本実施形態では、燃料噴射弁32は、点火プラグ34の電極付近に向けて燃料を噴射する直噴型のものであり、エンジン本体20のピストン26冠面には、当該冠面周辺部に形成され、圧縮上死点から膨張行程に移行する際に逆スキッシュ流Ra、Rbを生成する隆起部33と、当該冠面中央部分に形成された凹部264とが設けられており、コントロールユニット100は、圧縮行程で燃料を噴射するように燃料噴射弁32を制御するものである。このため本実施形態では、圧縮行程に至る過程では、ピストン26の冠面中央部分に形成された凹部264によって、噴射された燃料の飛行空間が確保されることにより、膨張行程初期においては、ピストン26の周辺部分に逆スキッシュ流Ra、Rbが形成される。この結果、燃焼期間が短縮されることとなり、ノッキングの防止や膨張行程での熱発生率を可及的に高め、時間損失を抑制し、高いトルクと燃費の向上に寄与することになる。さらに、有効圧縮比εr を12以上で運転する運転領域において、凹部264が圧縮上死点経過後に燃焼室27での冷炎の生成に寄与し、一層、出力を高める要素にもなる。
このように本実施形態は、従来は、高価な機構を採用したり、吸気弁30の閉タイミングで有効圧縮比εrを下げることにより出力を犠牲にして対応していた高負荷運転領域Aにおいて、高い圧縮比を維持したままノッキングの回避を図っているので、低廉性と高出力性とを兼備しつつ可及的にディーゼルエンジン並みの燃費を得ることができるという顕著な効果を奏する。
上述した実施形態は、本発明の好ましい具体例に過ぎず、本発明は上述した実施形態に限定されない。
例えば、上述した実施形態において、エンジン本体20は、オクタン価が96RON以上の燃料を用いて運転されることが好ましい。その場合には、低速域においてスロットル全開域AWOT を含む点火リタード運転領域Aにおいて、有効圧縮比εrを12以上にするとともに、点火タイミングIGb を圧縮上死点経過後の所定リタード量RIgだけリタードさせることにより、最も有効に筒内での冷炎反応を利用し、高いトルクを得ることができる。図3並びに図11で説明したように、96RON以上の燃料が噴射される場合には、筒内が、圧縮比が12以上で冷炎反応を引き起こす活性化エネルギー以上となり、点火リタードによって冷炎反応による熱発生量を向上し、トルクを高めることが可能になるのである。
上述した実施形態において、エンジン本体20の幾何学的圧縮比εの上限は、15であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い低速全負荷運転の場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εrを維持しても、プリイグニション等の発生を防止することができる。
さらに本発明の別の態様として、エンジン本体20が91RON以上の燃料で運転される場合には、幾何学的圧縮比を12.5以上に設定し、低速域においてスロットル全開域AWOT を含む点火リタード運転領域Aでの運転時には、弁リフト1mmで規定した吸気弁閉タイミングで求められる有効圧縮比εr を11.5以上に維持するように吸気弁閉タイミングを調整するとともに点火タイミングIGbを圧縮上死点後の所定期間内にリタードするように構成してもよい。そのような態様では、比較的オクタン価が低い燃料が使用される場合においても、低速域においてスロットル全開域AWOTを含む点火リタード運転領域Aにおいて、有効に筒内での冷炎反応を利用し、高いトルクを得ることができる。
また、オクタン価が91RON以上の燃料を用いて運転される火花点火式ガソリンエンジンにおいては、エンジン本体20の幾何学的圧縮比の上限は、14.5であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εを維持しても、プリイグニション等の発生を防止することができる。
さらに本発明の別の態様として、エンジン本体20が、100RON以上の燃料を用いて運転されるものである場合には、エンジン本体20の幾何学的圧縮比の上限は、15.5であることが好ましい。その場合には、吸気温度が高い場合や温間時のエンジンを再始動する場合等の自着火が生じやすい状況下で高い有効圧縮比εを維持しても、プリイグニション等の発生を防止することができる。
また、有効圧縮比εrを下げる方法として、上述した実施形態では、吸気弁30の開閉タイミングを無段階で変更可能な動弁機構40を用いたが、これに限らず、例えば、2つの吸気カムを選択的に吸気弁30に伝達することにより、吸気弁30の開閉タイミングを2段階に切換可能ないわゆるロストモーション機能付動弁機構を用いてもよい。
図28は、ロストモーション機能付動弁機構を用いた制御例を示すグラフである。
図28に示すように、ロストモーション機能付動弁機構を用いた場合には、吸気弁30の閉タイミングをリタードさせるようにしている。この実施形態では、一旦筒内に導入した空気を押し出すことになるため、若干ポンピングロスが出るものの、低廉な機構で有効圧縮比εrを下げ、ノッキングを回避することが可能になる。
また内部EGRを実行する手段として、上述のようなロストモーション機能付動弁機構を採用してもよい。
図29は本発明の別の実施形態に係る吸気加熱手段としての吸気加熱システムの構成を示す構成図である。
図29を参照して、本発明を採用していわゆる予混合圧縮自己着火燃焼(HCCI:Homogeneous-Charge Compression-Ignition combustion)を実行する場合には、同図に示すような吸気加熱手段としてのヒータ140を設けていることが好ましい。
より詳細に説明すると、吸気通路136のスロットルバルブ137の上流側には、三方電磁弁138が設けられており、この三方電磁弁138に接続されたバイパス通路139にヒータ140が設けられている。さらにヒータ140には、温度センサSW7が設けられており、ヒータ140で加熱されたバイパス通路139内の吸気の温度を検出することができるようになっている。この温度センサSW7は、図略のコントロールユニットに接続されている。
図30は図29の実施形態に係る吸気加熱手段としての吸気加熱システム170の構成を示す構成図である。
図30を参照して、吸気通路136には、加熱通路171が分岐接続されている。この加熱通路171の途中には、冷却水熱交換器172と、排気熱交換器173が接続されている。
加熱通路171は、各熱交換器172、173を経て吸熱した熱を吸気側に還流するためのものである。加熱通路171の下流側には、気筒24毎に分岐した分岐管174aが設けられ、各分岐管174aは、対応する開閉弁134の吸気側のポートに接続されている。
冷却水熱交換器172は、エンジン本体20の水冷システム174に接続されて、エンジン本体20からラジエータ(図示せず)に還流する冷却水が吸収した熱を、加熱通路171を通る吸気に吸収させるためのものである。
排気熱交換器173は、エンジン本体20の排気通路153に接続されて、既燃ガスの熱を、加熱通路171を通る吸気に吸収させるためのものである。排気熱交換器173は、加熱通路171において、冷却水熱交換器172の下流側に配置されている。
本実施形態において、これら熱交換器172、173が、吸気加熱システム170の主要部を構成している。
この構成では、コントロールユニット100の制御により、開閉弁134と同様に、三方電磁弁138が開弁割合を変更可能に構成され、これによって、三方電磁弁138を切換えることにより、外気の新気をそのままインテークマニホールド132に導入したり、ヒータ140で加温された空気をインテークマニホールド132に導入したりすることができるようになっている。
その他本発明の特許請求の範囲内で種々の変更が可能であることはいうまでもない。