職場でメガネをかけることが許されない女性たちがいる。百貨店の受け付け、ショールーム、宴会場のスタッフなどの接客業から、美容クリニックの看護師まで。
ある女性は仕事のスキル以上に「マネキン」であることを求められていると語る。一体どういうことなのか。
メガネをかけると華やかに見えない?
職場でメガネをかけることを禁止されている女性たちがいる。どうやらメガネには、医療機器以上の意味があるらしい。
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仕事中のメガネの着用を禁止されていると話すのは、大手百貨店のインフォメーション(受け付け)で働くAさん(女性、20代)だ。主な仕事は顧客対応や、ベビーカー、車椅子の貸し出し。
メイクの方法などを習う身だしなみの研修で、責任者から「メガネはダメですよ」と言われたという。
「まるで当たり前のような話しぶりでした。『華やかさ』を求められているからメガネはダメなんだと、当時は自分を納得させていました。今は『統一美』を出したいのかなと感じています。運動会の組体操のように」(Aさん)
Aさんの視力は0.01以下だ。勤務は週5日、毎日およそ8時間。通勤時間も合わせると、コンタクトレンズを装着する時間は1日12時間以上にのぼる。乾燥と疲労で目がゴロゴロするため、休憩時間は瞼を閉じて過ごすこともあるという。
いくら工夫をしても調子が悪いときもあり、「ああ、メガネをかけられたらなぁ」と思う朝も少なくないそうだ。
マスクもNG、メガネ以外にも細かいルール
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働き始めて数年。会社からは繰り返し「華やかに」そして「明るく」見えなければならないと言われてきた。
制服はワンピース、靴は会社から支給される5センチヒールのパンプスで、メイクもいわゆる“コンサバ”なもの以外は禁止されている。例えばラメのあるアイシャドウ、暗い色やヌーディーな色のリップ、カラーコンタクト、まつげエクステは全てNGだ。
髪の色も会社が配布する冊子に規定されており、それより少しでも明るいと注意されるという。ちなみにマスクの着用も禁止されており、Aさんは「風邪を移してしまったらどうしようと不安なときもありました。かえってお客様に失礼です」と話す。
Aさんが働く百貨店の受け付けは全員、女性。上記は受け付けだけの決まりで、売り場の販売員はメガネもマスクも着用でき、ヒールの低いパンプスを履くことも許されている。
同じ受け付けでも男性はメガネOKの謎
女性はメガネNGでも、男性は許されているケースも(写真はイメージです)。
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実はAさんは前職の商業施設の受け付けでも、メガネの着用を禁止されていた。同じ受け付けスタッフにはメガネをかけた男性もいたが、なぜか女性には許されなかったという。当時は他にも、ロングヘアの女性はアップにして「夜会巻き」にするよう定められており、うまくできないと「やり直し」させられていたそうだ。Aさんは毎朝30分かけてセットするのに嫌気がさし、髪を切った。
「ふと、この夜会巻きをセットしている時間はお給料出てないんだよなと思って悲しくなってしまって。コンタクトレンズ代も、メイクもそうです。
そもそも男性には課されていない見た目の美しさや華やかさを女性だけに求められているようで、納得いきません。
私は接客の仕事が好きで、誇りを持っています。職場の華になりたくて働いているんじゃない。接客で大切なのは心遣いのはず。ルールを見直して欲しいです」(Aさん)
「知的な印象」は就活にマイナス?
接客業にはメガネは好まれないため、コンタクトに変えるなどの対応を勧める就活情報サイトも。
出典:「就活の未来」ホームページ
職場でメガネの着用を禁止されているのは、Aさんだけではない。
Business Insider Japanのアンケートには、ショールームで働く女性から「髪の色、ネイル、メガネはNGなど、とても細かく規定されている」(25-29歳、会社員・団体職員)。また女子学生からは「ホテル宴会場の接客バイトでは『メガネをあげる仕草が不衛生だからコンタクトに変えろ』と言われた」(20-24歳、学生)などの声が寄せられた。
禁止されなくとも、上司に「眼鏡の女は嫌いだ」と言われたという声も。
ある就活情報サイトには、「接客業にはメガネは好まれなかったり、中には禁止の場合もある」ため、事前のリサーチやコンタクトに変えるなどの対応を勧める文章も掲載されていた。メガネをかけると「表情が分かりづらい」上に、「捉えようによっては冷たく感じる人も多い『知的な印象』」を与えるからだという。
ドライアイに悩み、勤務中も目薬が手放せない
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メガネを禁止されるのは、接客業だけに限らない。美容クリニックで看護師として働いていたBさん(女性、32)もその1人だ。職務規定が記された小冊子には、メガネ禁止と明記されていたという。
Bさんの視力は0.3。職場の定時は午前10時から午後8時だが、残業なども多く午後10時まで働くことも少なくなかった。そんな生活で毎日コンタクトを装着していたため、常にドライアイに悩まされていたという。
同僚の多くも目薬をポケットに入れて、つらいときにはさしながら勤務していたそうだ。中にはレーシック手術を受けた人も。
患者に脱毛や「美白」などの施術メニューを説明して勧める、つまり営業をすることもAさんの看護師としての仕事の一環だったため、メガネの他にも、指・鼻の下・腕・もみ上げ・うなじなど「人の目につく所に毛が生えていてはいけない」「太ってはいけない」「日焼けしてはいけない」「髪が傷んではいけない」「まつげエクステの本数が減ってはいけない」など、容姿に関しては常に厳しい指導があったという。もちろんメイクも必須だ。
私は看護師?それともマネキン?
初めは驚いても、すぐに順応したというBさん。社会が女性に向ける眼差しが、感覚を鈍らせていく(写真はイメージです)。
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Bさんは大学病院から転職してきたため、初めはそのギャップに驚いたそうだが、すぐに順応したという。
「その方が『売り上げが上がる』『説得力がある』と言われ、受け入れてしまいました。大学病院では技術や知識が評価基準でしたが、美容クリニックでは技術よりも美しさ、看護師でありながら『マネキン』であることを求められていたような気がします。
疑問に思ったこともありますが、美容クリニックは『つらいなら辞めればいい』『どうせ若くて元気で、肌も綺麗な新人が次々入ってくるから』という場所。その空気の中で私自身も感覚が鈍っていき、やがて率先して後輩や新人に身だしなみ規定に従うよう指導を行うようになりました」(Bさん)
メガネをきっかけに韓国で起きたこと
Bさんは美容クリニックに約6年間勤務したのちに退職し、現在はwebメディアの編集者として働いている。「自分が正しかったか疑問に思っています」というBさん。今は美容の観点から女性のありのままを肯定するような情報発信を心がけている。
「当時の私は社会のルッキズム(人を見た目で評価したり差別したりすること)を先頭に立って再生産していました。画一的な美しさを押し付けない、女性をエンパワーメントする情報発信をしたくて転職しました。
社会の価値基準が変われば、職場の身だしなみ規定もきっと変わると思います」(Bさん)
美の基準が厳しいと言われる韓国では、ノーメイクやショートカットにすることで、女性の外見などに向けられてきた社会的抑圧に対抗する「脱コルセット運動」が盛んだと報じられている。きっかけは、ニュース番組の女性キャスターがメガネをかけて出演したことだったという。
そもそもメガネは医療機器のはずなのに、なぜ着用が許されないのか、しかも女性にだけ。
一方、#KuTooが広がり、企業もパンプスやヒールの強制を見直したり、制服をスカートだけでなくパンツも選べるようにしたりするなど、多様化している。
Business Insider Japanでは複数の企業にアンケート調査を行っている。後日、その結果を報告する。
(文・竹下郁子)
※「職場のハイヒール・パンプス着用、緊急アンケート」には、これまで1400人以上から回答をいただきました。ありがとうございます。靴以外についてもおたずねしていますので、引き続きご協力をお願いします。