JP4577238B2 - 濃厚塩化物環境での長期耐久性に優れる樹脂被覆鋼材とその製造方法 - Google Patents

濃厚塩化物環境での長期耐久性に優れる樹脂被覆鋼材とその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、塩分が飛来する海浜地域や、岩塩などの融雪塩(凍結防止剤)が撒かれる地域のような、塩化物イオン(Cl-)含有量の高い濃厚塩化物環境下において、樹脂被覆鋼材の腐食を抑制ないし防止することが可能で、そのような環境下においても樹脂被覆鋼材をミニマムメンテナンス材として使用可能にする、濃厚塩化物環境での長期耐食性に優れる樹脂被覆鋼材とその製造方法に関する。
鋼材は、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車など多方面に広く用いられているが、自然環境に曝されると腐食するという問題がある。腐食を防止あるいは抑制する方法として、防錆・防食塗装が行われる場合と、鋼材に合金元素を添加して耐食性を向上させる場合がある。後者の例として、大気腐食環境で保護性錆(安定錆層)を生成させて、その後の腐食を抑制する低合金鋼、いわゆる耐候性鋼などが知られており、橋梁を代表とする多くの鋼構造物に使われている。
ところが、海浜地域や、内陸部でも融雪塩が散布される地域のように、塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下では、耐候性鋼材の表面に保護性のある錆層が形成されず、腐食を抑制する効果が発揮されない。そのため、これまで海浜地域などでは、塗装なしで裸のままの耐候性鋼材を用いることができなかった。
日本工業規格(JIS)で規格化された耐候性鋼(JIS G3114:溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材)においても、飛来塩分量がNaClとして0.05mg/dm2/day(0.05mdd)以上の地域、すなわち海浜地域や融雪塩が撒かれる地域(以下、海浜地域等と総称することもある)では、ウロコ状錆や層状錆等の発生による腐食減量が大きいため、無塗装では使用できないことになっている(建設省土木研究所、(社)鋼材倶楽部、(社)日本橋梁建設協会:耐候性鋼の橋梁への適用に関する共同研究報告書(XX)−無塗耐候性橋梁の設計・施工要領(改訂版−1993.3))。
このため、海浜地域などの濃厚塩化物環境下では、普通鋼材に防食塗装を施して使用するのが一般的である。しかし、海浜地域でも特に湿度の高くなる河口付近や、融雪塩を大量に撒く山間部等(融雪塩が走行中の車に巻き上げられて飛散し、橋梁等に付着し易い)では、厳しい腐食環境となり、橋梁等の鋼材構造物の腐食の進行が速い。また、海岸から少し離れた地域でも、雨で付着塩分が流されることのない軒下等では、飛来塩分量が1mdd以上の厳しい塩害腐食環境になる。このような厳しい腐食環境下では、腐食による塗膜劣化のため、約10年毎の補修塗装(再塗装)が必要となる。この補修塗装には多大な工数と、維持管理に莫大な費用がかかることから、塗膜寿命の延長化への要望が高い。
耐食性を改善するための塗装下地処理としてクロメート処理が行われる場合がある。クロメート処理は耐食性改善効果が高いが、処理に6価クロム化合物であるクロム酸を主成分とする水溶液を使用するため、処理により形成された皮膜(クロメート皮膜)も6価クロムを含み、環境保護の立場からその有害性が問題となっている。
鋼材の防錆・防食塗装の経時後の防食性、耐久性、密着性及び接着性は、鋼材表面の性状が大きく影響する。既設鋼構造物の塗り替え時には、鋼材表面に通常は錆が発生しており、そのような表面に塗料を塗り替え塗装しても塗膜にフクレや剥離が生じ、鋼材を長期間錆から保護できない。
そこで、従来は、塗装前に鋼材表面をブラスト処理等により、3種ケレン以上に除錆した後、塗料を塗装する方法や、塗装前に鋼材表面の浮き錆等を除去した後、錆転換剤を塗布し、赤錆の主成分である脆いオキシ水酸化鉄を黒錆の主成分である硬いFe34に変換し、塗料を塗装する方法等がとられていた。
しかし、前者の方法では、除錆の際多量の粉塵が生じ、作業環境が悪くなるだけでなく、作業効率も非常に悪いという問題点がある。後者の方法も、やはり手間がかかる上、錆転換剤の塗布後に時間をおかないと塗装を実施できないという問題点がある。
また、一般的な塗り替え塗装の場合、塗装前に2種又は3種ケレンを鋼材表面に施して除錆しているが、鋼構造物のくぼみ部分や狭隘部分の錆は除去しにくく、それらの個所の錆層と鉄素地との界面にはCl-やSO4 2-等の腐食性イオン物質が残存しやすく、また水分も存在しやすい。そのため、塗り替え塗装しても、それらの個所での防食性が大幅に低下する。錆落としが十分でないと、塗膜が密着不良となり、塗膜の剥離や錆が非常に早く生じる。従って、防錆・防食塗装の施工では、できるかぎり高度の錆落としが基準化されている。
しかし、現実には、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車、機械設備、鉄道車両、発電機、大型変圧器などの鋼構造物の環境や部位等の条件によっては高度の錆落とし作業そのものが困難であり、前処理の不備に起因する塗装のトラブルが非常に多い。また、近年錆落とし作業に従事する作業者の不足により、錆落としの作業の簡略化が強く求められるようになってきた。
船舶分野でも腐食と再塗装は大きな問題となっている。タンカーや貨物輸送船等の船舶は、空荷の時でも船体が安定性するようバラストタンクに海水を注入積載している。海水は、鋼に対し腐食作用を有しており、バラストタンクを構成する鋼材の腐食を促進させる。このバラストタンクを構成する鋼材の腐食は、バラストタンク内に注入積載された海水が直接接するタンク内壁部ではそれほどでなく、海水面上の空間部分(気相部)に接する部分で激しいことが知られている。これは、空間部のタンク内壁が、常に湿潤状態にあり、腐食を起こす(促進する)酸素が空気中から十分に供給され続けられることによる。このバラストタンク内壁面の腐食抑制対策としては、従来、タールエポキシ塗料をバラストタンクの内壁面に200μm程度と比較的厚い膜厚で被覆して防食することとしていた。しかし、この方法でも腐食環境が厳しく、塗膜寿命も約10年と短く、補修塗装が必要にであった。
下記特許文献1には、絞り成形により製缶された食品用スズメッキ缶の表面処理に関して、少なくともリン酸イオンと有機ホスホン酸化合物とスズイオンを含有するpH5.0以下の化成処理水溶液による化成処理が提案されている。この化成処理で形成されるのは、スズメッキ缶から溶出したスズイオンがリン酸およびホスホン酸化合物と反応して形成された不溶性のリン酸スズからなる化成皮膜である。
特開平7−286285号公報(請求項、段落0027)
本発明は、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車などにおいて構造材料として広く用いられている鋼材にとって避けられない、鋼材の腐食についての改善を目指したものである。より具体的には、海浜地域や融雪塩が散布される地域等、さらには船舶のタンクのように海水が飛散または接触する条件下といった、塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境下においても優れた耐食性を示し、特に錆または塩化物が付着した状態で補修塗装しても優れた耐食性を付与することができる、濃厚塩化物環境での長期耐久性に優れた樹脂被覆鋼材を提供することを目的とする。
本発明者らの一人が既に報告しているように(「材料と環境」第43巻(1994)第1号26頁)、耐候性鋼材において錆層が保護性を有するのは、Feの一部がCrで置換された微細なα−(Fe1-XCrX)OOHからなる錆層が生成することによる。しかし、この錆層の形成を促進するための鋼へのCrの添加は、飛来塩分量が比較的少ない環境では耐候性の向上に有効であるが、飛来塩分量が1mdd以上と多い環境では、逆に耐候性を劣化させることが判明した。
本発明者らは、この知見を踏まえて濃厚塩化物環境での腐食について検討した結果、このような環境下ではFeCl3溶液の乾湿繰り返しが腐食の本質的な条件となり、Fe3+の加水分解によりpHが低下した酸性環境で、かつFe3+が酸化剤として作用することによって腐食が加速されることが判明した。このときの腐食反応は次式で示される。
カソード反応:Fe3+ +e- → Fe2+ (Fe3+の還元反応)
もちろん、この反応以外に、
2H2O + O2 + 2e- → 4OH-
2H+ + 2e- → H2
のカソード反応も併発する。
一方、上記還元反応に対して
アノード反応:Fe→Fe2++2e- (Feの溶解反応)
も起こる。このFe溶解反応は、より詳しくは、次に示すように、塩化物または水酸化物形態の吸着中間体FeCladまたはFeOHadadは吸着)を経由して起こる:
Fe→FeCladまたはFeOHad→Fe2+
従って、腐食の総括反応は、
2Fe3+ + Fe → 3Fe2+ ・・・ 反応1
となる。
上記反応1により生成したFe2+は空気酸化によってFe3+に酸化され、生成したFe3+は再び酸化剤として腐食を加速する。この際、Fe2+の空気酸化の反応速度は、低pH環境では一般に遅いが、濃厚塩化物環境下では加速され、Fe3+が生成され易くなる。このようなサイクリックな反応のため、塩化物イオン濃度が高い環境では、Fe3+が常に供給され続け、鋼の腐食が加速され、耐食性が著しく劣化することが判明した。
このように、塩化物イオン濃度の高い濃厚塩化物環境では、錆層による保護は期待できないため、鋼自身のアノード溶解反応を遅くするのが有効である。例えば、Crを含有する鋼は、濃厚塩化物環境では上記アノード反応(Fe溶解)が促進されるためにかえって耐候性が劣化するものと推測される。
そこで、上記の濃厚塩化物環境での腐食メカニズムを基に、種々の合金元素の耐候性への影響について検討した結果、Snが上記メカニズムによる酸性環境下での鋼材の腐食の抑制に有効であることを見出した。濃厚塩化物環境、すなわち、pHが著しく低下した環境、における鋼材の腐食に対するSnの抑制効果は、次のメカニズムによるものであると考えられる。
(a)鋼材表面のSnは、濃厚塩化物環境においてSn2+イオンとして溶解し、上記アノード反応(Fe溶解反応)を抑制する。これは、図1左側の図に示すように、Sn2+イオンが鋼材表面の吸着活性点に優先的に結合して、鉄が溶出するFe→FeCladまたはFeOHad→Fe2+のアノード反応に必要な吸着中間体(FeCladまたはFeOHad)の生成を妨害するためである。
(b)また、Snは、Sn2+イオンとして溶解した後、低pH溶液では鋼面の電極電位により還元されて鋼材表面にSnとして析出する。
(c)析出したSnは、図1右側の図に示すように、酸性環境でのFeの溶解反応(アノード反応)の対反応である、2H++2e-→H2のカソード反応を著しく抑制する。これは、高水素過電圧によるものと考えられる。
(d)Snの析出は鋼の溶出部に集中するため、溶解したSn2+は効率的に腐食している部分のみにSnとして析出する。
(e)一度析出したSnは、腐食が進行するとSn2+として再溶出して,腐食抑制効果を発揮し、腐食している部分に再びSnとして析出し、腐食を抑制する。
(f)したがって、鋼材表面にSnまたはSn2+イオンが存在すると、枯渇することなく繰り返し腐食を抑制できる、すなわち、半永久的は腐食抑制効果を得ることができる。
Snメッキ鋼板は、ブリキと呼ばれて、古くから食用缶などに利用されてきた。しかし、大型の構造用鋼材、特に橋梁などの既存構造物にはメッキの適用は困難である。そこで、金属Snではなく、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を単に鋼材表面に塗布したところ、濃厚塩化物環境下での鋼材の腐食を著しく抑制できることが判明した。
ここに、本発明は、乾燥膜厚20μm以上の防食用樹脂被覆が施された樹脂被覆鋼材であって、樹脂被覆の下地として、該鋼材の表面またはその錆層の上にSn2+イオン含有酸性水溶液を塗布することにより形成された、金属Sn換算付着量15〜400mg/m2のSn含有層を有することを特徴とする樹脂被覆鋼材である。
別の側面からは、本発明は、鋼材表面または鋼材上に生成している錆層の上に、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を塗布して、金属Sn換算付着量が15〜400mg/m2のSn含有層を形成し、その上に乾燥膜厚が20μm以上の防食用樹脂被覆を形成することを特徴とする、樹脂被覆鋼材の製造方法である。
この方法において、前記酸性水溶液が塗布される鋼材表面または錆層は、表面粗さRzが30〜100μmであることが好ましく、酸性水溶液はpH3以下であることが好ましい。
本発明に従って酸性水溶液の塗布により鋼材表面に供給したSn2+イオンは、水の蒸発により2価Sn化合物のまま鋼材表面に付着すると考えられるが、一部は場合により、上記(b)に記載したように、酸性水溶液が引き起こす腐食(Feの溶出)に伴ってSnに還元される可能性がある。従って、Sn含有層は、2価Sn化合物の他に金属Snを含有しうる。
上述したように、塩化物イオン(Cl-)含有量の高い濃厚塩化物環境下では、FeCl3溶液の乾湿繰り返しが腐食の本質的な条件となり、Fe3+の加水分解によりpHが低下した状態で腐食が加速される。従って、環境からの水分が樹脂被覆を通って鋼材界面に到達すると、母材のFeが溶出してFe2+が生成し、一部はFe3+に酸化される。この時に塩化物イオンが存在すると、Fe3+の加水分解を促進し、pHが著しく低下する。
樹脂被覆の下地層にSnまたは2価Sn化合物が存在すると、水分が樹脂被覆を通って鋼表面に到達した時に、それぞれ上記(a)に記載するようにイオン化するか、または水に溶解することによって、Sn2+イオンが生成し、このSn2+イオンが(a)に述べたように、Fe表面の吸着反応中間体の生成を抑制して、Feの溶解を抑制する。
さらに、上記(b)〜(e)に述べたように、生成したSn2+イオンは腐食している部分表面に優先的にSnとして析出し、析出したSn上における水素イオンの還元反応(カソード反応)が著しく抑制され、腐食が抑制されることとなる。こうして、上記(f)に記載したように、SnとSn2+イオンは溶解と析出を繰り返して腐食抑制効果を半永久的に発揮する。
スズ化合物の酸性水溶液の塗布により鋼材表面に形成されたSn含有層は、一部Feとの複合化合物が生成し、強固にFe素地と付着しているが、付着量が多くなると、バインダーを含有していないため付着力が弱く、それが外部に露出していれば表面から簡単に除去されてしまう可能性がある。しかし、このSn含有層の上から防食用樹脂被覆を施すことで、Sn含有層は上層の樹脂被覆で保護され、バインダーを含有していなくても鋼表面にしっかり保持される。また、下地層がバインダーを含有している場合に比べて、下地中のSnの割合や存在密度を高めることができ、下地のSn含有層による腐食抑制効果がより高くなる。
Snを利用した鋼材の処理として、下記が知られているが、本発明とは技術思想が異なる:
1)船舶の船体や魚網への防汚塗料として、TBT(トリブチルスズ)化合物とTPT(トリフェニルスズ)化合物といった有機スズ化合物を含有する塗料が知られている。この有機スズ化合物は、本発明にように腐食抑制ではなく、貝の付着などによる防汚を目的に添加されたものである。また、使用する化合物種も本発明とは異なる。さらに、塗料はバインダーの樹脂を含有している。
2)食用缶の内面に行うSnメッキの表面処理にSnイオンとリン酸イオンとホスホン酸イオンを含有する水溶液で表面処理することが上記特許文献1に提案されている。これは構造用鋼材の腐食抑制を目的とするものではない。また、Snイオンがリン酸イオンと反応して不溶性のリン酸スズの化成皮膜が生成することで効果を発揮するものであり、この点においても本発明とは異なる。
3)発電機、変圧器、モーターなどに用いられる電磁鋼板の表面処理として、Snが添加された表面処理剤を鋼材に塗布することが行われている。これは、焼鈍中における雰囲気からの鋼材の窒化を防止して、磁気特性劣化を防ぐものである。
本発明によれば、防食用樹脂被覆の前に、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を塗布するという、既設構造物にも容易に適用できる簡便な手段によって、塩化物イオン濃度が高く腐食の厳しい濃厚塩化物環境下においても、鋼材の腐食を抑制して、その塗装寿命を著しく延長することができる。また、錆が残存した、すなわち残留塩化物が存在する場合にも、塗装寿命を著しく延長することができるため、本発明を既設鋼構造物の塗装塗り替え時の下地処理として利用すると、塗装塗り替え間隔を延長でき、メンテナンスコストを低減できる。一方、新規鋼材に本発明を適用した場合にも、鋼材の防食と塗装寿命延長の効果が期待でき、メンテナンスコストが著しく低減される。
本発明が適用される鋼材は特に制限されないが、好ましくは構造用鋼材、特に、海洋構造物、港湾施設、船舶、建築・土木構造物、自動車などにおいて構造材料として用いられている鋼材である。鋼材の材質は、特に鋼種を限定されるものではなく、炭素鋼、低合金鋼等の合金鋼等でよい。耐候性鋼やNi、Al、特にSn等を含有する低合金鋼であると、長期の耐久性の観点からは有利である。
鋼材の形態も特に制限されず、板、棒、形鋼、管、鋳造品等を含む任意の形態でよく、ラインパイプや配管等で使用する鋼管の他、鋼管杭、鋼矢板、鉄筋等の種々の形状の鋼材に適用できる。また、橋梁、陸上タンク、バラストタンクを含む各種の既設の鋼材にも本発明を適用できる。
本発明に従って処理される鋼材は、その外表面を予め公知のショットブラスト、グリッドブラスト、サンドブラストなどの物理的手段や、酸洗、アルカリ脱脂などの化学的手段、またはそれらの適切な組み合わせにより、表面の錆を実質的に完全に除去した、清浄な表面を有するものでもよい。この場合には、鋼材表面が処理される。新規な鋼材の場合も、処理前に予め表面を清浄化することが好ましい。
既設のさびた鋼構造物の場合には、錆面、つまり、錆層の上から本発明に従って処理を施すことができ、そのようにしても、その後の腐食を抑制することができる。それにより、既設構造物に対して、多くの工数とコストがかかる除錆作業を省略して、塗装寿命を大幅に延長できるので、メンテナンスコストの著しい低減が可能となる。ただし、さびた既設鋼構造物に適用する場合、表面に生成した剥離性の錆は、公知のディスクサンダーやエアハンマー等の動力工具やハンマー、スクレーパー等の手工具を用いて予め除去しておくことが望ましい。
鋼材表面または錆面に、まずSn2+イオンを含む酸性水溶液を塗布して、金属Sn換算での付着量が15〜400mg/m2のSn含有層を形成する。この付着量が15mg/m2より少ないと、上述したSn含有層による腐食抑制効果を十分に得ることができず、樹脂被覆後の鋼材の耐食性が低下する。一方、付着量が400mg/m2を超えると、上層の樹脂被覆の密着性が低下する。この付着量は好ましくは30g/m2以上、250mg/m2以下である。
塗布するSn2+イオンを含有する酸性水溶液は、溶解してSn2+イオンを生ずる任意のスズ化合物から調製することができる。例えば、硫酸スズ(II)もしくは塩化スズ(II)を水に溶解させるか、または酸化スズ(II)を酸水溶液に溶解させることにより、上記酸性水溶液を調製することができる。Sn2+イオンを含有する水溶液のpHは3以下であることが好ましい。水溶液のpHが3を超えると、Sn2+イオンが沈殿し、付与に有効に機能しなくなる。pHは必要に応じて、酸または塩基の添加により調整できる。
Sn2+イオン含有酸性水溶液は、空気酸化されてSn4+を含有する場合があるが、Sn4+/(総Sn)の比率が50%以下であれば、効果を発揮する。また、Sn4+に空気酸化されると、水酸化スズ[Sn(OH)4]の白色沈殿が生じる場合があるが、溶液中に金属Snを共存させると、この沈殿生成を抑制することができる。Snイオンの他に、Cuイオン、Crイオンなど、耐候性向上金属元素のイオンを少量共存させることも可能であり、好適である。その場合の添加量は、総Snの10%以内とすることが好ましい。但し、Niイオンの共存は、Snイオンの効果を妨げるため好ましくない。
この酸性水溶液は、有機樹脂をバインダーとして機能するような量では含有しないが、水溶液をエマルジョン状態にするための少量の有機樹脂(例、液中の全固形分の10%以下)の含有は許容される。但し、実質的に有機樹脂を含有していない(有機樹脂の含有量が液中の全固形分の1質量%以下)であることが好ましい。塗布する水溶液は、顔料または染料を添加して着色することもでき、こうすると、該水溶液の塗布部分を見わけやすくなり、特に既設構造物に塗布する場合に便利である。また、塗布後の乾燥を促進するため、Sn2+の安定性を阻害しないアルコール等の揮発性有機溶剤を溶媒の一部として添加することもできる。その他、本発明の作用効果に実質的な悪影響を及ぼさない限り、塗布する水溶液中に他の添加成分を含有させうる。
上記酸性水溶液の塗布方法は、必要な付着量が得られる限り特に制限されない。例えば、はけ塗り、しごき塗り、エアによる吹き付けなどが可能である。塗布水溶液が通常の塗料より低粘度であるため、塗布する鋼材表面または錆面は、表面粗さRzが30〜100μmと比較的粗面にしておくことが好ましい。ただし、所定のSn付着量を得ることができれば、特に鋼材表面または錆面の表面粗さRzが30〜100μmでなくても、腐食抑制効果を達成できる。しかし、表面粗さRzが30〜100μmであると、凹凸のトップ/ボトム部での付着量差は大きくなく、適切な塗布均一性が保持でき、かつ塗布する水溶液の液ダレを容易に防止することができるので、樹脂被覆鋼材の製造効率を増すことができる。従って、特に錆層が形成されていない場合、鋼材表面を上記の表面粗さとすることが好ましい。表面粗さRzは40〜90μmであることがより好ましい。鋼材の表面粗さは、例えば、ショットブラストにおいて使用する鋼球の粒径を変化させることにより調整することができる。錆層が生成しても、表面粗さは元の粗さが基本的には反映される。
Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を塗布すると、乾燥後に、塗布した鋼材の表面または錆面にSn含有層が形成される。このSn含有層は、上述したように、2価Sn化合物の他に、場合により金属Snや4価Sn化合物を含んでいる。Sn含有層は鋼材の表面または錆面に均一に形成されることが好ましいが、不均一であっても、十分な腐食抑制効果がある。これは、前述の通り、Sn2+イオンがSnとして析出する際に、鋼の溶出部、即ち、腐食部に集中して析出が起こり、腐食部のそれ以上の腐食を抑制するからである。
このように下地処理した上に、上層として、さらに防食用の樹脂被覆を20μm以上の乾燥膜厚で形成する。この樹脂被覆は、一般的には塗装で形成されるが、予め形成された有機樹脂フィルム(例、ポリエチレンもしくはポリウレタンフィルム)を貼付する樹脂被覆ライニングにより行うこともできる。
樹脂被覆の乾燥膜厚は20μm以上あれば、鋼材表面を完全に覆うことができるので、防食性を発揮できる。樹脂被覆の乾燥膜厚の上限は特に無いが、経済性の観点から、一般塗料の場合には2000μm以下、樹脂被覆ライニングの場合には5000μm以下とすることが好ましい。
樹脂被覆の厚みは、鋼材の周囲環境の腐食性の強さに応じて選択すればよい。本発明は、腐食性があまり強くない場所に設置されている鋼材にも適用できるが、その場合は、樹脂被覆の厚みは20〜50μmで十分である。一方、海上または海浜地域や大量の融雪塩が撒かれる地域のように腐食性の強い環境に対しては、樹脂被覆の厚みを100μm以上とすることが、防食の観点からは好ましい。
被覆する樹脂種は特に制限されず、防食用樹脂被覆に適したものを使用すればよい。例えば、塗料の場合、エポキシ樹脂、ウレタン樹脂、ビニル樹脂、ポリエステル樹脂、アクリル樹脂、アルキド樹脂、フタル酸樹脂、ブチラール樹脂、メラミン樹脂、フェノール樹脂等が使用できる。塗料には、ベンガラ、二酸化チタン、カーボンブラック、フタロシアニンブルー、α−FeOOH、酸化鉄等の着色顔料;ならびにタルク、シリカ、マイカ、硫酸バリウム、炭酸カルシウム等の体質顔料をそれぞれ1種または2種以上添加することができる。防錆顔料として、酸化クロム、クロム酸亜鉛、クロム酸鉛、塩基性硫酸鉛等を含有させることを排除するものではない。ただし、環境の負荷を考えれば、その添加量は、塗料中の全固形分に基づいて好ましくは20質量%以下、より好ましくは10質量%以下とする。その他、チキソ剤、分散剤、酸化防止剤等、慣用されている添加剤を塗料に加えてもよい。
塗料による樹脂被覆は、必要であれば使用時に塗装作業に適した粘度になるように有機溶剤で希釈して濃度を調整した塗料を用いて、常法に従って、エアスプレー、エアレススプレー、刷毛塗り等の方法で行うことができる。工場で塗装する場合には、ロールコート、浸漬等の他の方法により実施してもよい。塗装後、必要に応じて加熱して塗膜を乾燥させるか、場合によって焼付けを行う。塗装は、2回以上行うことができる。
樹脂被覆ライニングの場合も、従来より公知の方法により行うことができる。樹脂被覆ライニングは、錆層のない鋼材表面に適用することが好ましく、また、既設構造物の場合であっても、工場内で実施することが好ましい。従って、既設の橋梁などには塗装の方が適している。
表1に示す4種類の化学組成の試験鋼材(いずれも100×60×3mm厚の板材)を使用した。表1の鋼材(1)はいわゆる耐候性鋼(JIS 3114,SMA)、(2)は普通鋼、(3)は高Ni耐候性鋼、(4)はSn添加耐食鋼である。
Figure 0004577238
鋼材の前処理として、下記の2種類の処理を行った。
前処理X:ショットブラストによる除錆のみ;
前処理Y:ショットブラストによる除錆後、後述するSAE(Society of Automotive Engineers)J2334試験を5サイクル実施して錆層を形成した後、ワイヤーブラシにて浮き錆のみを除去したもの。
ショットブラスト時には、使用する鋼球の大きさを変えて、鋼材の表面粗さを変化させた。
こうして前処理した鋼材の表面(前処理Xの場合)または錆面(前処理Yの場合)に、下地処理として、pH2.12の硫酸第一スズ水溶液を、付着量がSn金属換算で表2に示す値になるようにしごき塗りした。付着量は、水溶液濃度を変化させることによって変化させた。目安として、1%濃度の水溶液で60〜70mg/m2程度の付着量となる。塗布後は、自然乾燥により乾燥させて、Sn含有層を形成した。
上記試験鋼材の全面にエアースプレーによりエポキシ塗料(ネオゴーセイ#2300:神東塗料製)を表2に示す乾燥膜厚になるように塗装し、溶媒を蒸散させて樹脂被膜を乾燥させた。
こうして作製した樹脂被覆鋼材供試材を、鋼材素地に達する深さでクロスカットを入れてから、SAE J2334試験により評価した。
SAE J2334試験は、湿潤:50℃、100%RH、6時間;塩分付着:0.5%NaCl、0.1%CaCl、0.075%NaHCOの水溶液中に浸漬、0.25時間;乾燥:60℃、50%RH、17.75時間、を1サイクル(24時間)とした加速腐食試験であり、腐食形態が大気暴露試験に類似しているとされている(長野博夫、山下正人、内田仁著:環境材料学、共立出版(2004)、p.74)。本試験は、飛来塩分量が1mddを超えるような厳しい腐食環境を模擬する試験である。この試験での80サイクルは、例えば沖縄県の飛来塩分量が1.1mdd環境の約2年に相当する。
SAE J2334試験を80サイクル実施した後、試験後の塗膜剥離腐食部分を剥離し、デジタルカメラで撮影した後、写真を二値化処理して剥離面積率を算出した。図2に結果の一例を示す。この例での剥離面積率は、処理なしの場合が59%、Sn付着量70mg/m2の場合が10%となる。試験結果も表2に併せて示す。
Figure 0004577238
表2に示すように、本発明に従った試験番号1〜9では、キズ部(クロスカット部)からの剥離が著しく抑制され、剥離面積率として7〜24%という小さい値となった。ただし、試験番号2では、剥離面積率は小さくなったものの、表面粗さが小さかったため、硫酸スズ水溶液の塗布の際に液ダレが起こり、塗装時の取り扱いが困難であった。
一方、試験番号9にみられるように、下地処理がない場合には、著しく剥離が進行した。試験番号10に示すように、Sn付着量が少ないと、十分な効果が得られなかった。Sn付着量の多い試験番号11では、塗装直後から樹脂被膜の密着力が小さく、試験前より塗膜に浮きが見られたため、試験を実施しなかった。試験番号12に示すように、樹脂被膜の膜厚が薄い場合には、下地処理によるSnの効果が十分に得られなかった。
本発明において得られるSnの作用効果を模式的に説明する説明図である。 実施例で実施した加速腐食試験後の供試鋼材の表面状況を示す写真である。

Claims (3)

  1. 乾燥膜厚20μm以上の防食用樹脂被覆が施された樹脂被覆鋼材であって、樹脂被覆の下地として、該鋼材の表面またはその錆層の上にSn2+イオン含有酸性水溶液を塗布することにより形成された、金属Sn換算付着量15〜400mg/m2のSn含有層を有することを特徴とする樹脂被覆鋼材。
  2. 鋼材表面または鋼材上に生成している錆層の上に、Sn2+イオンを含有する酸性水溶液を塗布して、金属Sn換算付着量が15〜400mg/m2のSn含有層を形成し、その上に乾燥膜厚が20μm以上の防食用樹脂被覆を形成することを特徴とする、樹脂被覆鋼材の製造方法。
  3. 前記酸性水溶液が塗布される鋼材表面または錆層の表面粗さRzが30〜100μmであり、酸性水溶液のpHが3以下である、請求項2に記載の方法。
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