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柳沢 信有(やなぎさわ のぶとう、宝暦2年2月23日(1752年4月7日) - 寛政9年3月23日(1797年4月19日))は、越後黒川藩の第5代藩主。4代藩主・柳沢保卓の長男。母は植村家敬の娘。正室は柳沢信昌(大和郡山藩主・柳沢吉里の五男)の娘、継室は阿部正福の娘。子は柳沢光被(長男)、柳沢資顕(次男)。官位は従五位下、伊勢守、和泉守、伊賀守。
安永3年(1774年)、父の死により家督を相続する。寛政9年(1797年)に死去し、跡を長男の光被が継いだ。
父母
正室、継室
側室
子女
- 柳沢光被(長男) 生母は吉川氏
- 柳沢資顕(次男) 生母は井上氏
柳沢氏 黒川藩5代藩主 (1774年 - 1797年) |
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