従来イメージまるでナシ! 衝撃の“新生ジャガー”は成功できるか?
2024.12.09 デイリーコラム思い切った“過去との決別”
そのピンクシャンパン色(のちに「マイアミピンク」という名であることを知る)の巨体が現れた時、筆者は思わずうなってしまった。
ところはJLR本社。デザインセンターに設けられた大がかりなプレゼンテーションルームで、2024年12月に発表されるコンセプトカーを直接見る機会を得たのだ。
単なる驚きもなければ、称賛の言葉が出ることもない。「かっこいい」とも素直には思えない。けれども、「ジャガーを愛し、ジャガーを殺した」世代にはまるで刺さらないであろうことだけはわかった。
ジャガーというブランドを再生させようと真剣に考えたチーム(若い世代もたくさん入っていた)は、ヘリテージへの理解と尊敬はあっても、それらの安直な再利用には目もくれなかったわけだ。顔だけ似せた過去の失敗例にも学んだことだろう。だから、「Eタイプ」には下敷きなどなかったことも思い出したはずだ。いちサイドカーメーカーが高級車ブランドへと脱皮しようとした際にも先人たちが前だけを向いていたことを、歴史的なデザイン、例えば、「SS1エアラインクーペ」から学んだに違いない。
けれどもデザイン的なモチーフを過去に求めることなど無意味だ。そんなものを探そうとすること自体、古臭い精神の所業でしかない。スニークプレビューで何度も目にした「Copy Nothing」というコピーこそが彼らの精神的なよりどころだった。
まるでファッションブランドのようなイメージ訴求に始まり、新たなブランドロゴやモノグラム、ジャガーマークの発表、さらにはマイアミデザインウイークでのコンセプトデザイン披露まで、“ジャガー”は沸騰ワードになった。
つくり手の気合は伝わってくる
賛否両論、しかも見たところ、ほとんど“ネガティブ”が渦巻き、このところ面白いネタの少なかったクルマ業界においてジャガーは話題を独占したかのようだった。
この半世紀、“ジャガー”という単語がここまで大いに語られたことは南米大陸でもなかっただろうから、まずは彼らのもくろみは大成功だったといっていい。思い出してもらうことが最も大事。いくら大胆な変身を遂げたとて、月の裏側でいくらうなってもうさぎ一匹逃げ出さない。
既報のとおりジャガーはバッテリー駆動の超高級ブランドへと舵を切っており、その方針は今も全く揺らいでいなかった。むしろ昨今の電気自動車を取り巻く微妙な空気感を一掃したい誘惑に駆られているかのようで、とにかく信念を貫き通す覚悟のようなものを若々しいチーム全体が発していた。
デザイン開発をリードしたジェリー・マクガバン氏(レンジローバーやディフェンダーのスタイリストとして名をあげた)はプレゼンテーションにおいて“言いたいこと”だけを言っていつの間にか姿を消していた。「あとは君たちが実物を見て判断しろ」と言わんばかりに。
確かにブランドの目指す全く新しい方向性をプロトタイプカーやロゴといったデザイン成果物で発表するといった場合、関わった当の本人たちの弁を聞いて代わりにそれをいくら書き立てたとて、実は詮なきことだったりする。彼らの強い思いはもう十分にデザインとして表現されているはずで、補足が必要であるというのであればそれはむしろ見るべきものはないと自ら告白するようなものであろう。だからジェリーがそそくさとわれわれの面前から去ったとて、あながち間違ってはいない。いや、それはむしろ“やり尽くした”という自信の表れであったに違いない。
マーケットによっては勝算も
ジャガーは変わる。それだけは確実だ。マイアミではもう1台、「ロンドンブルー」なるペイントの同じ2ドアクーペも展示された。「タイプ00」と名づけられたそれは、「ゼロエミッション」と「ゼロからのスタートである」という意思表示でもあった。
全長5mを超える2ドアクーペは、威風堂々さからしてロールス・ロイス級に見えたが、全長5.05m×全幅2.05m×全高1.27mでホイールベースは3.10mという実際の大きさからすれば、ベントレー級だろうか。価格帯もドイツのプレミアムカーよりも上で、ベントレーを少し下回るくらいから始まるという。もっと上を目指せばよかったのに!
市販第1弾モデルは、クーペのAピラーを前に引き出して4ドア化したスタイルになるようで、デザインモチーフの多くが踏襲されるらしい。ちょっと怖いもの見たさで市販モデルが楽しみでもある。
シンプルと違和感の極みという内外装のデザインが、果たして全く新しいジャガー愛を、特に若いデジタル世代に植え付けることができるのかどうか。大いなる賭けではあるが、マーケットによっては勝算もあるだろう。ムンバイあたりの若い富裕層が高級ホテルに乗り付けるシーンくらいなら、昔のジャガー愛を持つ、想像力に乏しい筆者でも容易に思い浮かべることができる。
残念ながら日本市場ではこのとてつもないジャガーを乗りこなすような層を想像することはまだできないでいるけれど、ちょっと前に「ロールス・ロイス・ファントム」の中古をアシにして遊んでいたような若いニューリッチにはウケるかもしれないと思ったりもした。
(文=西川 淳/写真=JLR/編集=関 顕也)
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西川 淳
永遠のスーパーカー少年を自負する、京都在住の自動車ライター。精密機械工学部出身で、産業から経済、歴史、文化、工学まで俯瞰(ふかん)して自動車を眺めることを理想とする。得意なジャンルは、高額車やスポーツカー、輸入車、クラシックカーといった趣味の領域。
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