コンテンツにスキップ

南区 (名古屋市)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
みなみく ウィキデータを編集
南区
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 愛知県
名古屋市
市町村コード 23112-6
面積 18.46km2
総人口 130,846[編集]
推計人口、2024年10月1日)
人口密度 7,088人/km2
隣接自治体
隣接行政区
名古屋市熱田区天白区瑞穂区緑区港区
東海市
区の木 クスノキ
区の花 ヒマワリ
南区役所
所在地 457-8508
愛知県名古屋市南区前浜通3丁目10番地
北緯35度5分42.3秒 東経136度55分52.2秒 / 北緯35.095083度 東経136.931167度 / 35.095083; 136.931167座標: 北緯35度5分42.3秒 東経136度55分52.2秒 / 北緯35.095083度 東経136.931167度 / 35.095083; 136.931167
南区役所
外部リンク 名古屋市南区
南区の県内位置南区 (名古屋市)位置図
ウィキプロジェクト

南区(みなみく)は、名古屋市を構成する16区のひとつである。

概要

[編集]

名古屋市の南部に位置する。旧東海道(現在では愛知県道222号緑瑞穂線)沿いには、笠寺観音(笠覆寺)や笠寺一里塚などの史跡が残る。

「南区」の区名を持つ現存の行政区のうちでは最も古い[注 1]

地理

[編集]
笠寺駅周辺の夕景 名古屋市営氷室荘
笠寺駅周辺の夕景
名古屋市営氷室荘
大江川
曽池
笠寺台地による坂道のある風景

国道1号を境に、東側は笠寺台地とよばれる丘陵地。西側は山崎川および天白川に沿った平坦な地形で、海抜ゼロメートル地帯が多い。

地形

[編集]

河川

[編集]
主な河川

湖沼

[編集]

昔は湿地帯(年魚市潟など)が多く大人の身長をこえる芦などが群生し、呼びあいながら方向を確認していた名残の「呼続」なる地名や「大磯」など、現在も古来の地理にちなんだ地名が残る。

主な池

台地

[編集]

地域

[編集]

区内の町名

[編集]

人口

[編集]
南区の人口の推移
2000年(平成12年) 147,749人
2005年(平成17年) 143,849人
2010年(平成22年) 141,227人
2015年(平成27年) 136,858人
2020年(令和2年) 134,999人
総務省統計局 国勢調査より[1]

隣接自治体・行政区

[編集]
名古屋市の行政区
他の市町村

歴史

[編集]

古代

[編集]

古代では、区の東部の笠寺台地松巨島と呼ばれる島で、街道中西部および天白川沿岸は年魚市潟(あゆちがた)[注 2]とよばれる干潟であった。菅原孝標女がその干潟を通過したこともある。尾張氏が拠点とした場所のひとつといわれる。伊勢湾台風の時には松巨島に該当する地域だけが再び島となって浸水の被害を免れた。

中世

[編集]

中世になると、製塩が盛んになる。一時期は、日本一を取ったこともあるが、瀬戸の塩の勃興を受け廃れた。鎌倉街道(陸路の上の道・海路の下の道・中の道の三本ある)が通る。織田と今川の係争地に位置していた為、織田方の水野帯刀・佐久間信盛などと今川方の山口氏の諸将がそれぞれたくさんの城を築いていた。(山崎城・山崎砦・帯刀屋敷・鳥栖城・寺部城・戸部城など)ただし現在は遺構すらほぼ壊滅状態であり、地元住民でも歴史家でもない限りそのことを知るものは少ない。なお、その頃の名残かいまだに呼続町周辺では水野家がたくさん居住しており、歴史を感じることができる。

近世

[編集]

江戸時代は、区域のほぼすべてが尾張藩の領地であり、南野村(現・星崎)の一部が美濃今尾藩(尾張徳川家の附家老)の領地であった。中西部で新田事業が盛んに行われる。東海道が通る。

近代

[編集]
明治時代
  • 1908年明治41年)4月1日 - 名古屋市が区制実施(4区発足)。名古屋市南区が発足する。(名前は南区であるが、現在の南区域は含まれない。)
大正時代

近現代

[編集]
昭和時代(戦前)
昭和時代(戦後)

現代

[編集]
平成時代

出先機関・施設

[編集]

国家機関

[編集]

厚生労働省

[編集]
日本年金機構
  • 笠寺年金事務所

国土交通省

[編集]

施設

[編集]
愛知県南警察署
名古屋市南消防署
JCHO中京病院
名古屋南郵便局
名古屋市南図書館
日本ガイシホール

警察

[編集]
警察署
関係施設
交番
  • 桜交番(鳥栖1丁目)
  • 笠寺交番(笠寺町)
  • 本星崎交番(本地通4丁目)
  • 鳴尾交番(星崎1丁目)
  • 白水交番(柴田本通4丁目)
  • 宝交番(中割町3丁目)
  • 道徳交番(道徳通2丁目)
  • 内田橋交番(内田橋1丁目)
  • 明治交番(内田橋2丁目)
  • 薬師通交番(岩戸町)

消防

[編集]
消防署
  • 名古屋市南消防署
出張所
  • 道徳出張所(泉楽通1-8)
  • 大同出張所(大同町3-4-2)
  • 大江出張所(加福本通1-11)
  • 星崎出張所(鳴尾1-79)

医療・福祉

[編集]
主な病院

郵便局

[編集]
主な郵便局

文化施設

[編集]
図書館
劇場

運動施設

[編集]
体育館

対外関係

[編集]

国際機関

[編集]

= 領事館

[編集]
名誉総領事館

経済

[編集]
名古屋市南部の繁華街新瑞
柴田ネオン街

第一次産業

[編集]

水産業

[編集]

古代から海産業が中心だった。特に中世からは前浜塩と呼ばれる製塩業が盛んに行われ、塩付街道を経て美濃信濃などの内陸部へ運ばれていた。江戸時代に新田開拓が進むにつれ製塩業は衰退。明治ごろには海苔や魚の養殖が盛んになり、愛知海苔(あゆち海苔)の中心生産地となる。愛知海苔は昭和の一時期には有明海を超える産出量を誇っていた。しかし1959年の伊勢湾台風により地元産業は壊滅的な打撃を受け、海産業も衰退。それに代わって各種工業が進出し、工場地帯を形勢することになる。

第二次産業

[編集]

工業

[編集]

伊勢湾台風以降は中西部を中心に、鉄鋼・金属・機械・化学などの工場地帯として発展している。概して中小企業が多く町工場と住宅地、商業地が混在した典型的な大都市圏の下町地区である。長く三菱関連の工場によって区の経済は支えられているような状態であったが、2000年に三菱自動車工業大江工場が閉鎖。周囲の下請け・孫請けの工場は少なからず影響を受けた。以降南区の工業は比較的低調で、人口も減少傾向が続いている。2005年に行われた国勢調査では2000年と比較して2.7%減少(約4,000人減少)となった。

第三次産業

[編集]

瑞穂区との区境に位置する、名古屋南部の繁華街新瑞」界隈を中心に商業が発展している。笠寺観音門前町として商店街も形成されている。また、柴田駅近くにネオン街がある。

商業

[編集]
繁華街・歓楽街
主な商業施設

本社を置く主な企業

[編集]
上場企業

教育・研究機関

[編集]
大同大学
名古屋市立桜台高等学校
ロートニッテン

大学

[編集]
私立

高等学校

[編集]
県立
市立
私立

中学校

[編集]
市立

小学校

[編集]
市立

その他の教育施設

[編集]

研究機関

[編集]

交通

[編集]
笠寺駅
大同町駅
桜本町駅
名古屋市営バス鳴尾営業所
名古屋高速3号大高線星崎本線料金所
国道23号線

鉄道

[編集]

区内にはJR東海道本線と名鉄2路線がほぼ南北に貫通しており、1994年に桜通線が開通するまでは地下鉄路線がなかった。東西に貫通する鉄道路線は存在しない。 また、東海道本線に並行して東海道新幹線が通っている。

区の明確な中心駅はなく、JR笠寺駅、名鉄本笠寺駅、名鉄大江駅、地下鉄桜本町駅などに利用がほぼ分散している。 この他、区域から徒歩圏内の駅として地下鉄新瑞橋駅妙音通駅がある。区役所はJR笠寺駅と名鉄本笠寺駅のほぼ中間に位置する。

鉄道路線

[編集]
東海旅客鉄道(JR東海)
CA 東海道本線:(名古屋市熱田区) - 笠寺駅 -(名古屋市緑区)
名古屋鉄道(名鉄)
NH 名古屋本線:(名古屋市瑞穂区)- 呼続駅 - 桜駅 - 本笠寺駅 - 本星崎駅 -(名古屋市緑区)
TA 常滑線:(名古屋市熱田区)- 豊田本町駅 - 道徳駅 - 大江駅 - 大同町駅 - 柴田駅 -(東海市)
CH 築港線:大江駅 -(名古屋市港区)

地下鉄

[編集]
名古屋市交通局(名古屋市営地下鉄)
桜通線:(名古屋市瑞穂区)- 桜本町駅 - 鶴里駅 -(名古屋市天白区)

貨物列車

[編集]

※ 笠寺駅からは名古屋臨海鉄道東港線も通っている。

バス

[編集]

路線バス

[編集]

営業所

[編集]

道路

[編集]

高速道路

[編集]
名古屋高速道路

国道

[編集]

県道

[編集]
主要地方道
一般県道

幹線道路の道路通称名

[編集]
<南北の道路>
<東西の道路>

観光

[編集]
星崎城
笠寺観音門前町
桜神明社
道徳公園
見晴台遺跡公園
名古屋市総合体育館

名所・旧跡

[編集]
主な城郭[2]
主な寺院
主な神社
主な遺跡

観光スポット

[編集]
公園
文化施設
スポーツ施設
娯楽・宿泊施設

文化・名物

[編集]

祭事・催事

[編集]
主な催事

出身関連著名人

[編集]
佐久間信盛

出身著名人

[編集]

ゆかりのある人物

[編集]

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 現存しない区では大阪市南区(現・中央区)が最古である。
  2. ^ 年魚市潟あゆちがたとは、氷河期の終わりに縄文海進と呼ばれる海面上昇により出現した旧愛知郡一帯にかけて広がっていた干潟のこと。

出典

[編集]
  1. ^ 「毎月1日現在の世帯数と人口(全市・区別)」
  2. ^ “愛知のお城巡り”. 名古屋市南区の城郭. https://www.oshiromeguri.com/nagoya/084minami/ 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]