60代のあがき方。『秋の理由』伊藤洋三郎インタビュー
まだ途中だ。なにひとつ終わっていない。
苦悩する作家と編集者の60代の“秋”を描く、10月29日公開の映画『秋の理由』。この秋は、夢と現が入りくむ少し哀しい季節。何かしら戦ってきた人じゃないと発せない、ひとつひとつの言葉が重く響きます。100%理解するにはまだまだ経験が足りなさ過ぎるので、今回は主演の伊藤洋三郎さんに今年61歳になったありのままのご自身について教えていただきました。
Q:秋を感じるのは、どんな時ですか?
伊藤:この映画の時は特にそうで、去年の秋は何十年振りかに秋だなって。東京ってこの20年くらい夏がずっとあって、急に暖房が必要になったりとか、秋服っていうものがあまり出番がなくて。秋はいつもあっても短くて一瞬の気がしたんです。でもこの撮影の時は、奇跡的に秋があったなって感じるくらい都内の紅葉が長くて、凄く綺麗だったの。名もないような街の公園が紅葉して落ち葉になっててね。
-それまでの秋に対する思い出というのは、どんなものがありますか?
伊藤:虫の声とか。秋の夜長っていうくらい、お月さん綺麗だったりとかそういうの。なんか女の人みたいだけど。
-秋の夜長にはどんなことを思うんですか?
伊藤:俺ね、ぼっーとするけど、ほとんど何も考えてないね。芝居の脚本とかも書くんですね。考えるのはほとんどその時かな。どうしようかなとか。後はあんまり考えてないですね。
Q:人生を変えた一冊の本や一本の映画があったら教えて下さい。
伊藤:人生を変えたというか、俳優って凄いなと思ったのは、確か高校生の時かな。NHKの『春の坂道』っていうドラマで、柳生十兵衛を演じた原田芳雄さんが旅から帰ってきて、片目になって、要するに十兵衛として帰って来るんですよ。その時に庭先で、帰ってきた十兵衛に対して、お父さんである石舟斎が全然温かく迎え入れなかったの。その時に原田芳雄さんが「父上は強すぎます」っていう一言。そのセリフは覚えているんだよな。なんか普通の田舎のガキがテレビや芝居を全く知らずに観てて「あれ、この人、本当だ!」って思ったの。これ凄いなと。
-“本当”を感じたのは直観ですか?
伊藤:そういうのって直観でしょうね。「あ、この人は嘘じゃない」ってその時の演技を観て思ったの。後、自分の父親に対するそういうのとリンクしたんだと思うんですけどね。俺の母親も早くに亡くなったんですけど、それでも覚えている両親の姿ってあるじゃないですか。優しくしたりとか、そういうのは一切ないんですよ。男尊女卑でもないんだけど、親父は自分でご飯作ったりするの好きだったし。そういう人なんだけど、ちょっと褒めたりとか、抱いたりとか、ましてやキャッチボールとかしたことないし、怒るだけ。頭から殴る。そういうのもあったからかもしれないですね。だから余計その言葉が残ったのかもしれないんだけど。他の人と違って、その時の原田芳雄さんのシーンだけが「この人は違う。こんなに人に影響を与えるんだ」って感じましたね。
-もっとこの人の世界をみてみたいと思って、追いかけている人はどなたかいますか?
伊藤:ジャケットを集めたりとか、ジャズのレコードとか時計の収集したりとか、そういう人いるじゃないですか?そういうものはひとつもないんです。何かを追っかけたりとか、そういう執着は元々ないのかもしれないです。好きな俳優はいますけどね。ビリー・ボブ・ソーントン。
-『バット・サンタ』『チョコレート』の方ですね。どこに惹かれますか?
伊藤:面白い人だなぁ、この人って。
Q:今までに、背水の陣で挑んだ出来事があれば教えてください。
伊藤:凄い究極のこといいますね。あっても恥ずかしくて答えられないよ!自分の格好いい話になっちゃうじゃないですか。背水の陣と言っても、どこかでセーフティーネットみたいなものを人は絶対作って生きていますよ。僕、ずっとフリーで。日本で役者をやるには、事務所に入るのがオーソドックスで、便利、安全。仕事を広く受けやすいしアンテナもあるし。でも出会いが悪かったのか、結局すぐ自分でやっちゃったんですね。前は身内が居てマンツーマンでやっていたのもなくして、今は完全に自分の携帯がマネージャーみたいな。それでも何とか食えているんですよ。でもいつ食えなくなるか。来月は闇みたいな感じじゃないですか。そういう意味でいうと、背水の陣というか、割とそういうポジションを取りたがるのかもしれないです。そうは言っても、セーフティーネットはあるわけで。だって身体は絶対壊さないようにしてるから。だからアルバイトでも何でも、他の仕事をしようと思えば出来るわけじゃないですか。それはちゃんと頭の片隅にあるから。仕事がなくなったら、そのまま野垂れ死ねばいいやっていう風には思ってないから。だから自分で舞台書いたりとか作ったりとかするし。営業はしなきゃいけないんですが…。
-最近、失敗する勇気を持って挑戦したことはなんですか?
伊藤:お芝居って常にそうじゃないですかね?成功や安全なところを狙ったら、つまらないわけで。だから面白いんであって、発見があるんで。なんか格好いいな(笑)。
Q:破滅するってどんなことだと思いますか?
伊藤:女の人に溺れる。
-え??それはいきなり格好悪くなりましたね。
伊藤:(笑)。それって格好悪いんだ?
-でも人に執着しないんですよね?
伊藤:しないしない。だから逆に破滅するってこと。
-今まで女の人に溺れたことはないんですか?
伊藤:まだ生きてるからね。
-じゃ、破滅はまだ先ということですね(笑)。
伊藤:診断士みたいだね(笑)。だって溺れるって仕事も全て投げ打って、もう何もかもでしょ?四六時中一緒にいるんですよね?一緒に居てもいいことってないじゃないですか。多分うんざりするでしょ、普通は。最初はいいけど、人間ってわがままだから、そんなもんじゃないですか。何の話をしているんだ(笑)。破滅する、溺れるってことは、ずっと一緒に居られるってことで、他はもうどうなってもいいんですよ。死んでもいいくらい、こいつと居られればって。常にどっかに触れているって感じ?そういうことを溺れるってことだと思うのね。そうしたらそれが破滅だと思うね。だってそうしたら仕事も行きたくないもん。
-そういう人に出会ったら、幸せなんですかね?
伊藤:それはそれで。でもその先は死しかないじゃないですか。だって仕事しないんだから。それはお互いにそう望むわけじゃん。こっちばかりがだったら、そうはならないんで。だってこっちが求めても嫌な顔されないんだもん。向こうが求めた時にこっちが受け入れられるって、幸せだと思うよ。
-それはとても幸せなことですね。もし相手が受け止めてくれなくても、自分の想いがずっと募ってしまった場合はどのように向き合うんですか?
伊藤:俺は多分、忘れる。なんとかしようっていう風に、積極的にはいかない。
-忘れられるものなんですか?
伊藤:心の中にはあるかもしれないけど、会わなきゃいいわけで。
-会わないがために、どんどん募っていく何かがあるかもしれないですよ?
伊藤:そしたら、他のものに集中するんだよ。
-今、目の前に多摩川があったら、なんて叫びますか?
伊藤:好きだー。
-え?!それは誰に向かって…ご自身ですか?
伊藤:違う違う(笑)。愛しい人に対して。
Q:伊藤さんからみて、本作はどんな作品ですか?
伊藤:フィルムの向こう側に行ってやった感じ。普通の人間の日常でありながら、心の中を夢の中を歩いているみたいな。夢と現を行ったり来たりしている感じか。自分のテリトリーじゃないところでやったんで、なんとなく居心地が悪くて、それが逆にとても良かった。(撮影が行われた)国立は佇まいが綺麗な街なんですよ。家とか区画がきっちりとされてて、全てが整っている感じ?郊外でありながら、整理整頓されているというか、スカしちゃっている感じ。
-スカしてないところが、普段のテリトリーなんですね。
伊藤:もっと人の声とか、子どもとか、砂利とか、猫とか、雑草とか、食器の音とか、そういうのがあった方が。たまたまうちの近所がそうなのかもしれないけど。色々な人が住んでて、外国人とかおかまちゃんもいるし、よく観察しているからかもしれないけど。国立は凄くおしゃれな街でしたね。
Q:秋にはどんな理由があると思いますか?
伊藤:一年中秋じゃつまらなくて、夏があって、秋があって、冬があって、春があって。秋は山に行こうとか、何か美味しいもの食べようとか、そういう風に思わせてくれる。食べ物が結構豊富じゃないですか、収穫の秋。
-じゃ、今年の秋は何をしますか?
伊藤:どっか行きたいんだけどね。いつもどっか行きたい。どっか脱出したいと思っているんですけどね。でも出不精なんですよ。
Q:60代の監督が60代のおふたりを迎えて、最後のあがきみたいなものを描いていますが、60代はどんなものですか?
伊藤:まだまだガキでしょ。60は。
-いつ大人になるんですか?
伊藤:ずっと、ならないかもしれないですね。
-私は今、30代ですが、30はなんですか?
伊藤:頑張ればいいんじゃないですか?
-じゃ、40代はなんですか?
伊藤:40は身体が一番バリバリかもしれないですね。お酒飲んでもまだ大丈夫だなぁって。50過ぎるとお酒に弱くなって…。でも男の人は特に、60代も70代もバカな奴はバカだしガキだし。目指すところは、80になっても20代の奴に、袋叩きにされないように、身体だけは足だけは鍛えておかないと!逃げられるように。そういうのはありますね。フィジカルっていうの?肉体的に身体が弱くなると枯れたりとか・・・。よく言うじゃないですか、人間。
-80代の目標は20代の子たちに襲われても逃げられるように…。では、60代の目標はなんですか?
伊藤:60代も襲われないように。笑う風に、世の中なればいんじゃないですかね。
-そのために今、出来ることはなんでしょう?
伊藤:みんなで明石家さんまを見ればいいんじゃないですかね。
人生の“秋”に差し掛かり、肩肘を張らない生き方をされている伊藤洋三郎さん演じる本の編集者・宮本と、精神的な不調から声が出なく、他人からもわかりやすいフラストレーションを溜めている作家の村岡の二人が、寺島しのぶさん演じる村岡の妻と、突然現れた20代の女性・ミクとの関係の中で、どう変化していくのか、ぜひ劇場でご覧下さい。
取材:佐藤ありす
【STORY】
宮本守は本の編集者。友人の村岡正夫は作家。代表作『秋の理由』以降、小説を発表していない。精神的な不調から声が出なくなり、筆談器を使っている。宮本は村岡の才能を信じ、彼の新作を出すことを願っている。そして実は、村岡の妻美咲のことが好きなのである。宮本の前に『秋の理由』を何回も読んだというミクがあらわれる。ミクは『秋の理由』のヒロインに似ていて、宮本の心を読むことができる。宮本は美咲への思いをはっきりと自覚する。その一方で、美咲と村岡の関係は険悪になってきている。村岡は書けないことの苦悩から、正気と狂気のあいだを揺れ動き、自分のそばに宮本がいることを苦痛に感じて、宮本にそれを言ってしまう。宮本は怒りを爆発させる。村岡に、自分に、そしてこの世界のあり方に。
『秋の理由』
監督:福間健二
出演:伊藤洋三郎、佐野和宏、趣里、寺島しのぶ
宣伝・配給:渋谷プロダクション
(c)「秋の理由」製作委員会
10月29日 (土) より、新宿K’s cinemaほか全国順次公開!
https://akinoriyuu.com/