中華民国
ちゅうかみんこく
この記事は中華民国あるいは台湾と呼ばれる国の政治、政治史を主に扱っています。現在の実質的な領土である台湾については台湾記事参照のこと。
中華民国(ちゅうかみんこく、繁体字:中華民國、英語:Republic of China)は、東アジアに位置する共和国。現在は台湾島と周辺の島嶼群・南沙諸島の一部などを実効支配しており、日本・フィリピン・中華人民共和国(中国)などと領海を接している。歴史に詳述する通り、中国共産党政府とは正統政権としての地位を争う立場にある。1つの中国というスタンスから国民党政府を正式に国家承認している国は少ないが、それ以外の多くの国と事実上独立した地域として非公式の外交関係にある。正式外交関係ではないので大使館は設置出来ないが、これらの国には中華民国外交部所管「台北経済文化代表処」を設置し、実質上の大使館として機能させている。また、総領事館や領事館に当たる「弁事処」「分処」を各地に設置して事務を分担させている。
1912年1月の成立以来「中華民国」と自ら名乗って来たが、中華人民共和国(以下中国)が認めないので国際機関などでは中華民国の名称は使用出来ない。そこで国際機関・オリンピックなどの国際大会では一般的に「チャイニーズタイペイ」と称する。
しかしこのような不安定な国際的地位への反発や大陸からの独立を志向する立場から、李登輝元総統らや民進党を中心に「台湾」という国名を主張するようになった。国民党を中心にこの様な独立志向への異論もあり、その立場からは「中華民国」という国名の維持が主張されている。中国も台湾を名乗り独立することは武力を行使してでも阻止するという立場を取っている。ちなみに、国家承認していない日本では、一般的に外務省から報道機関に至るまで「台湾」と呼ばれている。オリンピックについても、2021年東京五輪・2024年パリ五輪と2大会連続で現地メディアは国名を台湾と読み替えて放映している。
旅券では「中華民国」「REPUBLIC OF CHINA」「TAIWAN」の表記が併用され、2020年のデザイン変更で、「TAIWAN」の文字が1番大きく表記されるようになった。
共産党政府が実効支配する大陸部分と台湾島部分を含める全ての領域を領土と主張しているものの、実効支配しているのは台湾島と少数の島々(金門島・馬祖島)であり、中華民国政府は実効支配にある地域を自由区としている。国民党独裁時代は、正式な首都は大陸撤退以前からの南京のままであるとし、台北はあくまでも内戦中の仮の首都であるとしてきた。だが、現在は公式にも台北を首都と表記するようになっている。
台湾本島は大陸から150km前後離れているが、馬祖島が大陸から15km程金門島は5km未満しか離れておらず、台湾軍が駐留する最前線となっている。またこれらの島々では共産党政権との武力衝突が幾度も繰返されて来た。
人口のほとんどが漢民族で、その他の民族としては複数のグループからなる台湾原住民2%前後と海外からの移民であるインドネシア人とベトナム人など数%で構成される。漢民族は主に江南から移住して国共内戦以前から住む本省人、国共内戦で各地から逃げ逃れてきた外省人、中国語の一方言を話す客家からなる。台湾では江南系の本省人が8割以上を占める。また福建省に属する媽祖島・金門島ではその地域の方言が話されている。民族によって日本の植民地時代の歴史認識や大陸との関係は違いがあり、特に台湾本島から遠く僻地である福建省の島々は、島の生活が大陸に依存していること・文化的な距離と歴史などから中国(大陸部分)に友好的な人々が多い。また、同じ漢民族といっても言語的には差が大きく、国共内戦時代に来た外省人の標準語である北京語は本省人が用いる江南系台湾語(閩南語)とは意思疎通が困難となる程の地域差があった。現在は北京語をベースに台湾語を取込んだ台湾華語が国語と呼ばれて学校教育に用いられ、外省人や本省人らを問わず若い世代を中心に普及している。また、自分は台湾人か中国人かを問うという国立政治大学の調査では、1992年には18%に過ぎなかった台湾人という答えが2020年には68%に達し、中国人という答えは2%に過ぎない。中華民国の人々の自己意識には、大きな変化が生じているといえる。
中国大陸における北京政府時代・南京政府時代・台湾における国民政府独裁時代・総統民選時代で中華民国の政体と統治地域は大きく変質している。中華民国成立以前の台湾の歴史については、台湾記事も参照のこと。
大陸統治時代(1912 - 45年)
時期 | 出来事 |
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1912年1月1日 | 中華民国臨時政府が成立、孫文が臨時大総統職に就任した。同年3月に袁世凱が大総統に就任する(北京政府)。 |
1916年3月 | 袁世凱が中華帝国皇帝への即位を宣言するが、内外の反対により断念した。同年6月に袁世凱が死去し、各地の軍閥による全面的な内乱状態になる。対外的に中国を代表する中華民国政府は、いわゆる北京政府として1928年6月まで存続した。 |
1928年6月9日 | 蒋介石が国民党を支持基盤とする政府を樹立(南京政府)。 |
1937年7月7日 | 大日本帝国と南京政府との間で日中戦争が勃発し、国民政府は南京・武漢・重慶へ撤退した。 |
1940年3月 | 大日本帝国政府支援によって、汪兆銘を首班とする政府が南京に成立。 |
1943年11月 | 米国と英国との新条約を締結し、これによって約1世紀に及ぶ治外法権と租界が事実上解消された。 |
中国大陸・台湾両地域統治時代(国共内戦・1945 - 49年)
時期 | 出来事 |
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1945年9月2日 | ポツダム宣言に調印、第二次世界大戦における中華民国勝利と大日本帝国敗北が決定した。なお汪兆銘政府は同年8月16日に崩壊した。 |
10月15日 | GHQの一般命令第1号に基き、南京政府軍が台湾に進駐した。 |
24日 | 南京政府が国際連合に中国代表として加盟し、安保理事会常任理事国の地位を獲得した。また蒋介石が毛沢東と会談した(国共首脳会談*)。 |
25日 | 台湾光復式典を開催し、台湾を正式に編入した。 |
1946年5月 | 国共内戦が激化し、南京政府が南京に復った。 |
1947年1月・1947年12月 | 中華民国憲法が公布・施行された。 |
2月 | 台湾で二・二八事件が発生。 |
5月 | モンゴルの独立を正式承認したが、後に取消。 |
1948年5月 | 動員戡乱時期臨時条款を公布・施行された。 |
1949年10月1日 | 旧ソ連政府からの間接支持を受けた共産党軍の反撃を受け、米国政府支援と援助を受けたにもかかわらず中華民国国軍が敗退、南京政府が崩壊した。 |
台湾国民政府時代(1949 - 96年)
時期 | 出来事 |
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1949年12月7日 | 蒋介石が1度崩壊した国民政府を台湾において再始動、実効支配している区域内で戒厳令を実施。 |
1950年1月 | 蒋介石が総統職に就任、台湾国民政府活動が本格化した。 |
1952年4月28日 | サンフランシスコ講和条約と日華平和条約により、日本は台湾の権利・権原・請求権を保持しないことを宣言した(ただし、両条約共に台湾の帰属先を明言したものではない)。その後中華民国政府と日本国の外交関係が樹立された。 |
1958年8月23日 | 金門県で中国人民解放軍との間に八二三砲戦が勃発した。 |
1971年10月25日 | 国連総会でアルバニアが提案した「国府追放、北京政府招請」案(アルバニア決議)が可決、「中国」の代表権を喪失したと同時に国連から脱退した。 |
1972年9月29日 | 日本が中国の外交関係を樹立したことで日華平和条約が失効、日本との外交関係を断絶した(その後も現在に至るまで非公式で外交は継続)。 |
1975年4月5日 | 蒋介石総統が死去、息子・蒋経国が後任となる。 |
1987年7月 | 台湾島で戒厳令を解除、その後は他地域でも暫時解除された。 |
1988年1月 | 蒋経国総統が死去、副総統・李登輝が昇格した。 |
1991年5月 | 動員戡乱時期臨時条款を廃止、中華民国憲法増修条文を公布・施行。 |
台湾総統民選時代(1996年 - 現在)
時期 | 出来事 |
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1996年3月23日 | 国民直接選挙による総統選挙が実施され、現職の李登輝が当選した。 |
2000年5月 | 総統に民主進歩党・陳水扁が選出され、国民党が初めて野党となる。また陳は2004年5月に民主的に初めて再選される。 |
2002年1月 | 「台湾・澎湖・馬祖・金門」独立関税領域として、世界貿易機構に加盟。 |
2005年4月 | 国民党・連戦党主席が中国を訪問し、共産党・胡錦濤党総書記と1945年10月以来60年振りの国共首脳会談を開催する。 |
2008年5月 | 総統選挙で国民党・馬英九党主席が民主進歩党・謝長廷元党主席を破って当選、国民党が8年振りに政権を掌握した。 |
2016年5月 | 総統選挙で民主進歩党・蔡英文党主席が当選した。 |
2017年12月 | 戒厳令時代の真相究明や政治犯名誉回復を求める法律が施行される。 |
2018年12月 | 原住民の諸言語・客家語・ホーローと地位向上を定める法律が施行される。 |
2019年5月24日 | アジアで初めて同性婚が合法化。 |
2024年5月 | 総統選挙で民主進歩党・頼清徳党主席が当選。 |
1987年7月まで国民党一党による独裁統治が続いていたが、現在は民主主義による統治となっている。国家元首である総統は直接選挙によって選出され、任期は2期8年までである。
首相に相当する行政院長は総統が指名・任命、内政部・外交部・財政部などからなる行政院を率いる。他に国会に当たる立法院・裁判所を管轄する司法院・公務員人事を司る考試院・公務員の弾劾や国勢調査を行う監察院が、五権分立で相互に抑制するシステムとなっている。
(ちなみに、総統は中国語では大統領を意味する。アドルフ・ヒトラーは一党首)
1947年12月に施行された中華民国憲法第20条によって徴兵制度が実施されていたが、2019年1月に志願制に移行した。しかし、4ヶ月の軍事訓練義務は残っており、良心的兵役拒否権が認められている。徴兵制度廃止による削減分予算の一部は兵器充実に回す予定であるが、野党などから国防費を急増させる中国との軍事格差がますます広がるとの懸念も出ている。国軍である中華民国国軍は、正規軍で約30万人・予備役で約165万人の兵力を擁しており、正規軍の内訳は陸軍20万人・海軍4万5,000人・空軍4万5,000人である。中華民国国軍の最も重要な軍事基地は大陸部分沿岸から2.1km程離れた金門島であり、互いに大砲を撃ち合える程に距離が近い。
中国との軍事的対立を背景として、中華民国軍事施設には自国製のみならずフランス・米国製兵器・軍用機・軍用船が装備されており、2005年度国防関係予算は国家予算全体の約15%に相当する2,453億元(約7,400億円)となっているが、近年では国防関係予算の削減が実施されており、政府は特別予算を組むなどして対応している。
国際法上の立場は、中国支配権を中国共産党と争う内戦の当事者となっている。内戦は停戦しているだけで、互いに中国全体の領有権を主張している。このため、国連や諸国は中華民国と中国のどちらかを政府として選択して国交を結ぶこととなる(例えば日本は中国を政府として選択している)。国交を結んでいない場合も、大使館に代わる経済文化代表処を設置して実質的な外交関係は結ばれている。
米国(アメリカ合衆国)
1979年1月の米中国交正常化以降、米国とは正式な外交関係がまい。また、かつて米軍基地が台湾にあったが米中国交正常化により撤退し、米国は「台湾帰属は中国の内政問題であり不干渉」と宣言した。しかし一方で、中華民国が軍事的脅威に晒された場合は台湾関係法に基づいて米国が中華民国を防衛することとなっており、事実上の同盟関係にある。
1996年3月の総統選挙前後に中国人民解放軍が、台湾島近海に実験と称して弾道ミサイルを発射して軍事的恫喝を実行した。これは独立派と目される李登輝総統再選を阻止するのが目的であり、中国側は猛反発した。これに対して米国のビル・クリントン大統領は同地域に向けて艦船の増強を命じ、米軍は正規空母・インディペンデンスとニミッツなどを中心とした艦隊を派遣して対抗した。この時中国人民解放軍は圧倒的な戦力を有する米軍を前に何も出来ず、長時間も同地域に留まった。
2020年代に入ってから米軍から中華民国への武器輸出が急拡大、米兵駐留も中華民国国軍への軍事訓練を主任務として100人前後に上っている。
査証は90日間以内であれば原則不要。ただし、最寄りの経済文化代表処に確認が必要(交流協会では審査業務を行っていない)。満14歳以上の外国人は出入国時に指紋と顔写真登録が必要。
日本外務省は危険情報は発令してないが、スリや置引き、林森北路では飲酒によるトラブル、女性はマッサージ店での性被害に注意して欲しいとのこと。
コメント
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広西大洗奮闘記 13 清貧な酒飲み
どうも井の頭線通勤快速です。 今後リアルが忙しくなるので更新遅れますすんません。今後も広西大洗奮闘記をよろしくお願いいたします。4,960文字pixiv小説作品